7 knights to die   作:道造

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第61話 Bloody Willy(血みどろヴィリー)

 

 

 お互いに名乗りは終わった。

 試合はすでに始まっている。

 まず、動いたのはヴィリー。

 業物のクレイモア、小ぶりな両手剣を両手で握っている。

 下段に構え、切先は地面に向けた。

 愚者の構え。

 

「――」

 

 ヴィリーは攻撃により、戦場における局面を支配することを得意としている。

 先の先である。

 だから、愚者の構えを取りつつも、じりじりと、こちらへと歩み寄る。

 鉄靴(サバトン)が床石を踏む音。

 その音が小刻みになり、やがて走り出した。

 攻撃が来る。

 ここで、私は愚者の構えに対する定石を選んだ。

 

「――」

 

 跳ぶ。

 頭部へ垂直からモーニングスターを叩きつけること。

 この急襲攻撃を私は得意としていた。

 

「――覚えている」

 

 小さな呟き。

 覚えている。

 もう十年以上が経つというのに――私の存在すら忘れていたくせに。

 ヴィリーは、私の急襲攻撃を記憶していた。

 

「覚えているぞ、エーレンフリート」

 

 愚者の構えが変位する。

 両手が高く引き上げられ、雄牛の構えへとすぐ移行し。

 小ぶりな両手剣は容易くそれに応じて、切っ先が私へと向けられた。

 私の行動を予想していなければ、到底間に合わぬ変化。

 やはり、ヴィリーが得意とするのは――

 

「死ね」

 

 先の先。

 相手の行動を事前に読むこと。

 私が跳んだ瞬間を狙って、ヴィリーは突きを繰り出す。

 狙いは私の心臓であった。

 確かに鎧に身を包んではいるが、あのクレイモアの一撃を受けては助からぬかもしれぬ。

 そして、私はすでに宙を舞っている。

 だが、辛うじて左手に装着したバックラーを動かす。

 衝突。

 業物のクレイモアは強烈な一撃を私に与えた。

 辛うじてバックラーで防いだものの、バランスは当然崩れる。

 宙に浮いていた私は姿勢を維持できず、転落した。

 

「――」

 

 受け身。

 必死になって、床石に衝突するダメージを軽減しようとする。

 そして、その隙を見逃すヴィリーではない。

 強烈な突きを加えた両手はすでに引き戻され、雄牛の構えから更に変位。

 屋根の構え。

 繰り出されるのは当然、全身全霊の力を込めての。

 

「イヤーッ!」

 

 床に転がる私目掛けて、渾身の振り下ろしであった。

 当たれば死ぬだろう。

 防御は無意味。

 なれば、回避を。

 転がるのは後ろではない。

 ――後ろに下がれば、ヴィリーは足を更に一歩踏み込むだけ。

 私はクレイモアに斬られて死ぬだろう。

 だから、前転だ。

 活路は前方のみにある。

 

「――ッ」

 

 クレイモアが床石を力強く叩いた。

 私の回避が辛うじて間に合ったのだ。

 ヴィリーの口元から小さな舌打ち、のようなものが聞こえた。

 それだけ距離が近い。

 ヴィリーよ。

 私とて、昔の私のままではない。

 確かに昔よりも体力こそ劣ってはいるが、開拓領主となってからも鍛錬は怠っておらぬのだ。

 とにかく、近づいた。

 一番厄介なのはクレイモアの間合いであった。

 モーニングスターとのリーチ差であった。

 もちろんヴィリーもそれは承知しているので、すかさずステップで後ろに下がるが。

 

「離さんぞ」

 

 私は前に飛び起きた。

 発条が跳ねるようにして飛び上がり、そのまま体当たりを試みる。

 鉄の塊であるバックラーを前に突き出し、それでヴィリーの頭部を強かに叩いた。

 確かな手ごたえ!

 

「――」

 

 だが、この一撃で倒れるならばヴィリーは若い頃に「血みどろ」などと呼ばれておらぬ。

 タフネス。

 驚異的な打たれ強さこそが、ヴィリーの本領。

 私は効果的なダメージを与えたなどと期待しなかった。

 結局は、モーニングスターの一撃を頭部に与えるしかない。

 昏倒させるほどの強打を狙う。

 

「やるな」

 

 ヴィリーは予想通り、何も堪えていなかった。

 クレイモア。

 両手に握り続けたそれは、私の腹部にピタリとあてられて。

 力がぐいと込められた。

 相手の体に刃を押しつけての引き切り狙いだ。

 ヴィリーの膂力と、業物のクレイモアの二つがあれば、鎧を断つことは可能――拙い!

 

「――」

 

 バックラー。

 左手のそれを慌てて振り回し、上からクレイモアを殴りつける。

 ぎっ、と。

 ヴィリーによる引き切りの音が、腹部から聞こえた。

 あと少しでも抵抗が遅れていれば、私の腹部は鎧ごと斬り割かれていただろう。

 お互いに一歩ずつ飛びのき、見合いをする。

 

「――相変わらずバックラーの扱いだけは上手いな」

 

 ヴィリーにとって、私の評価はそれだけであった。

 拙い。

 ダメージを多く与えているのは、確かに私の方である。

 だが、それだけといえばそれだけだ。

 ヴィリーはもう諦めている。

 どちらかの負傷による降参、それによる勝利など最初から埒外としていた。

 明確な死を。

 それだけをヴィリーは私に与えようとしている。

 

「覚悟が足りないんじゃないのか?」

 

 私の心を読んだようにして、ヴィリーは軽口を叩いた。

 なるほど。

 私が間違いであった。

 自分が決闘で死ぬ覚悟は確かにあったのに、ヴィリーを相手にして。

 『どうにか殺さずに勝とう』などと何処かで考えていたようだ。

 ヴィリーの方にはそのような甘い考えはない。

 最初から覚悟を決めているのだ。

 

「殺すか、殺されるかだぞ」

「――すまない」

 

 私は思わず謝罪してしまった。

 私が間違っていたからだ。

 ヴィリーが一瞬、まあいいさと言いたげに笑った気がした。

 

「死ね」

 

 ヴィリーは、再び屋根の構えを取ろうとして。

 クレイモアを頭上で回転させた。

 手首の柔らかい回転、遠心力、ヴィリーの馬鹿力。

 それら全てが籠った、強烈な袈裟斬り。

 これを――どう回避する?

 

「――」

 

 回避不可!

 この速度、リーチの攻撃を回避する立ち位置にない。

 私にはやはり、ヴィリーも褒めたようにバックラーの技術しかない。

 だが、この強烈な攻撃を――

 

「受けて死ね」

 

 この小さなバックラーのみで受け切るなど不可能。

 物凄い衝突音を立てて、私の左手にずしりとした衝撃が加わる。

 辛うじて体重移動をして、バックラーに力を籠めるが。

 駄目だ、耐えられぬ。

 私はバックラーを取り落として、床を転がることで辛うじて衝撃から逃れる。

 また前転を試みようとして――

 

「おまけだ」

 

 追撃。

 バックラーを弾き飛ばした、そのクレイモアの攻撃を横切らせて。

 その回転力で、ヴィリーも自ら体を回転させる。

 強烈な、姿勢を低くした私の頭部への蹴り。

 これは避けられぬ。

 鉄靴の衝撃が、兜を通して私の脳を揺らした。

 

「――」

 

 眩暈。

 強烈なダメージ。

 死ぬ。

 ここで僅かでも引けば、更なるヴィリーの追撃が入る。

 私は死ぬだろう。

 必死にヴィリーに絡みつく。

 伸びていた足を左腕で掴み、その片足を思い切り持ち上げた。

 

「オオオオオッ!!」

 

 全身全霊の力を込める。

 眩暈は収まらぬが、ただ気合のままに全力で立ち上がる。

 ヴィリーの片足を掴んだまま。

 それだけならばできた。

 

「――ッ」

 

 ヴィリーの姿勢は蹴りで崩れていた。

 脚一本を奪われてはたまらず、転倒する。

 ここだ。

 ここにしか、私が勝利するチャンスはもう存在しない。

 左手のバックラーはもうない。

 右手にはモーニングスターが握られている。

 眩暈は止まらない。

 なれど。

 マウント・ポジション。

 なんとかヴィリーの身体に跨ることができた。

 すぐさまモーニングスターを振り下ろそうとするが――左腿に激痛。

 相手は第一試合のシュテファンのような愚か者ではなく、百戦錬磨のヴィリー。

 ヴィリーはクレイモアを捨てて、すぐさま腰のナイフに切り替えたのだ。

 私の左腿はそのナイフが深々と突き刺さっている。

 なれど、それでも。

 

「私の勝ちだ、ヴィリー」

 

 この程度の激痛如きに堪えられぬのならば、もう騎士ではないわ。

 モーニングスターをヴィリーの頭部に叩きつける。

 床石に挟まれて、ヴィリーの頭蓋が強烈に叩きつけられた。

 ヴィリーの兜は上物ではあるが、あのシュテファンほどに恵まれた代物ではない。

 数発。

 それだけで、試合は終わるはずだ。

 再び、左腿に激痛。

 

「――」

 

 ナイフでもう一度、足を抉られた。

 「血みどろ」のヴィリーはこの程度では破れない。

 もう一度、モーニングスターを頭部に叩きつける。

 効いているはずだ。

 確実にダメージは与えているはずだ。

 だが、ヴィリーが戦意を萎えさせる様子はない。

 それどころか。

 ナイフを私の左腿に突き刺したまま、次のナイフを引き抜いて。

 

「もらうぜ」

 

 首であった。

 私の兜下、首元の僅かな装甲を狙ってナイフを差し込もうとしてきた。

 必死に上半身を伸ばして、回避する。

 眩暈。

 左腿の大量出血、鈍痛、意識を失いつつある。

 もはやどちらも満身創痍。

 どちらが先に死ぬか。

 どちらが先に意識を失うか。

 泥仕合であった。

 私は再度、モーニングスターを叩きつけようとして。

 駄目だった。

 左足に、もう力が入らないのだ。

 マウント・ポジションを維持することなどできなかった。

 ヴィリーの馬鹿力で、体を押しのけられる。

 

「――随分、手こずらせたな」

 

 ヴィリーは立ち上がる。

 奴の鎧は血に濡れている。

 私の左腿からの出血を浴びた。

 それだけではないように見えた。

 ヴィリーの頭蓋は、確かにすでに砕けていた。

 その手ごたえを感じている。

 兜下から流血していた。

 

「だが、ここまでだ」

 

 ヴィリーはクレイモアを拾い上げた。

 柄ではない。

 握ったのは柄ではなく、剣先である。

 甲冑に覆われた鉄拳にて、力強くクレイモアの剣先を握りしめた。

 私は動けない。

 眩暈がしている。

 ヴィリーはトドメの一撃を放った。

 剣による寸断ではなく、それは混戦でたまに見られる、騎士の剣術の――

 

「さよならだ、エーレンフリート」

 

 殺撃。

 遠心力の加わったクレイモアが、頑丈なる剣の柄が、私の兜と衝突する。

 強烈なダメージ。

 私はその衝撃で吹き飛ばされ、意識を手放そうとする時間で、二つのことを考えた。

 一つ目はドミニク卿の声。

 確かに降参の声が上がっており、私が決闘裁判で明確に敗北してしまったこと。

 それは決定的になった。

 二つ目はヴィリーのこと。

 「血みどろ」のヴィリーのことだ。

 私が死ぬかどうかはわからない。

 意識を手放して、次に目覚めることができるかどうかはわからない。

 まだ生死については不明であった。

 だが、おそらく、もうヴィリーの方は。

 声が聞こえる。

 良く透き通る声だった。

 

「ヴィリー卿!」

 

 アルバンの悲鳴であった。

 意識を手放す瞬間。

 勝利が確定したと同時に地面に崩れ落ちる。

 割れた頭蓋から大量に出血し、もう命数を使い果たした「血みどろ」のヴィリーの姿を私は眼にした。

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