お互いに名乗りは終わった。
試合はすでに始まっている。
まず、動いたのはヴィリー。
業物のクレイモア、小ぶりな両手剣を両手で握っている。
下段に構え、切先は地面に向けた。
愚者の構え。
「――」
ヴィリーは攻撃により、戦場における局面を支配することを得意としている。
先の先である。
だから、愚者の構えを取りつつも、じりじりと、こちらへと歩み寄る。
鉄靴(サバトン)が床石を踏む音。
その音が小刻みになり、やがて走り出した。
攻撃が来る。
ここで、私は愚者の構えに対する定石を選んだ。
「――」
跳ぶ。
頭部へ垂直からモーニングスターを叩きつけること。
この急襲攻撃を私は得意としていた。
「――覚えている」
小さな呟き。
覚えている。
もう十年以上が経つというのに――私の存在すら忘れていたくせに。
ヴィリーは、私の急襲攻撃を記憶していた。
「覚えているぞ、エーレンフリート」
愚者の構えが変位する。
両手が高く引き上げられ、雄牛の構えへとすぐ移行し。
小ぶりな両手剣は容易くそれに応じて、切っ先が私へと向けられた。
私の行動を予想していなければ、到底間に合わぬ変化。
やはり、ヴィリーが得意とするのは――
「死ね」
先の先。
相手の行動を事前に読むこと。
私が跳んだ瞬間を狙って、ヴィリーは突きを繰り出す。
狙いは私の心臓であった。
確かに鎧に身を包んではいるが、あのクレイモアの一撃を受けては助からぬかもしれぬ。
そして、私はすでに宙を舞っている。
だが、辛うじて左手に装着したバックラーを動かす。
衝突。
業物のクレイモアは強烈な一撃を私に与えた。
辛うじてバックラーで防いだものの、バランスは当然崩れる。
宙に浮いていた私は姿勢を維持できず、転落した。
「――」
受け身。
必死になって、床石に衝突するダメージを軽減しようとする。
そして、その隙を見逃すヴィリーではない。
強烈な突きを加えた両手はすでに引き戻され、雄牛の構えから更に変位。
屋根の構え。
繰り出されるのは当然、全身全霊の力を込めての。
「イヤーッ!」
床に転がる私目掛けて、渾身の振り下ろしであった。
当たれば死ぬだろう。
防御は無意味。
なれば、回避を。
転がるのは後ろではない。
――後ろに下がれば、ヴィリーは足を更に一歩踏み込むだけ。
私はクレイモアに斬られて死ぬだろう。
だから、前転だ。
活路は前方のみにある。
「――ッ」
クレイモアが床石を力強く叩いた。
私の回避が辛うじて間に合ったのだ。
ヴィリーの口元から小さな舌打ち、のようなものが聞こえた。
それだけ距離が近い。
ヴィリーよ。
私とて、昔の私のままではない。
確かに昔よりも体力こそ劣ってはいるが、開拓領主となってからも鍛錬は怠っておらぬのだ。
とにかく、近づいた。
一番厄介なのはクレイモアの間合いであった。
モーニングスターとのリーチ差であった。
もちろんヴィリーもそれは承知しているので、すかさずステップで後ろに下がるが。
「離さんぞ」
私は前に飛び起きた。
発条が跳ねるようにして飛び上がり、そのまま体当たりを試みる。
鉄の塊であるバックラーを前に突き出し、それでヴィリーの頭部を強かに叩いた。
確かな手ごたえ!
「――」
だが、この一撃で倒れるならばヴィリーは若い頃に「血みどろ」などと呼ばれておらぬ。
タフネス。
驚異的な打たれ強さこそが、ヴィリーの本領。
私は効果的なダメージを与えたなどと期待しなかった。
結局は、モーニングスターの一撃を頭部に与えるしかない。
昏倒させるほどの強打を狙う。
「やるな」
ヴィリーは予想通り、何も堪えていなかった。
クレイモア。
両手に握り続けたそれは、私の腹部にピタリとあてられて。
力がぐいと込められた。
相手の体に刃を押しつけての引き切り狙いだ。
ヴィリーの膂力と、業物のクレイモアの二つがあれば、鎧を断つことは可能――拙い!
「――」
バックラー。
左手のそれを慌てて振り回し、上からクレイモアを殴りつける。
ぎっ、と。
ヴィリーによる引き切りの音が、腹部から聞こえた。
あと少しでも抵抗が遅れていれば、私の腹部は鎧ごと斬り割かれていただろう。
お互いに一歩ずつ飛びのき、見合いをする。
「――相変わらずバックラーの扱いだけは上手いな」
ヴィリーにとって、私の評価はそれだけであった。
拙い。
ダメージを多く与えているのは、確かに私の方である。
だが、それだけといえばそれだけだ。
ヴィリーはもう諦めている。
どちらかの負傷による降参、それによる勝利など最初から埒外としていた。
明確な死を。
それだけをヴィリーは私に与えようとしている。
「覚悟が足りないんじゃないのか?」
私の心を読んだようにして、ヴィリーは軽口を叩いた。
なるほど。
私が間違いであった。
自分が決闘で死ぬ覚悟は確かにあったのに、ヴィリーを相手にして。
『どうにか殺さずに勝とう』などと何処かで考えていたようだ。
ヴィリーの方にはそのような甘い考えはない。
最初から覚悟を決めているのだ。
「殺すか、殺されるかだぞ」
「――すまない」
私は思わず謝罪してしまった。
私が間違っていたからだ。
ヴィリーが一瞬、まあいいさと言いたげに笑った気がした。
「死ね」
ヴィリーは、再び屋根の構えを取ろうとして。
クレイモアを頭上で回転させた。
手首の柔らかい回転、遠心力、ヴィリーの馬鹿力。
それら全てが籠った、強烈な袈裟斬り。
これを――どう回避する?
「――」
回避不可!
この速度、リーチの攻撃を回避する立ち位置にない。
私にはやはり、ヴィリーも褒めたようにバックラーの技術しかない。
だが、この強烈な攻撃を――
「受けて死ね」
この小さなバックラーのみで受け切るなど不可能。
物凄い衝突音を立てて、私の左手にずしりとした衝撃が加わる。
辛うじて体重移動をして、バックラーに力を籠めるが。
駄目だ、耐えられぬ。
私はバックラーを取り落として、床を転がることで辛うじて衝撃から逃れる。
また前転を試みようとして――
「おまけだ」
追撃。
バックラーを弾き飛ばした、そのクレイモアの攻撃を横切らせて。
その回転力で、ヴィリーも自ら体を回転させる。
強烈な、姿勢を低くした私の頭部への蹴り。
これは避けられぬ。
鉄靴の衝撃が、兜を通して私の脳を揺らした。
「――」
眩暈。
強烈なダメージ。
死ぬ。
ここで僅かでも引けば、更なるヴィリーの追撃が入る。
私は死ぬだろう。
必死にヴィリーに絡みつく。
伸びていた足を左腕で掴み、その片足を思い切り持ち上げた。
「オオオオオッ!!」
全身全霊の力を込める。
眩暈は収まらぬが、ただ気合のままに全力で立ち上がる。
ヴィリーの片足を掴んだまま。
それだけならばできた。
「――ッ」
ヴィリーの姿勢は蹴りで崩れていた。
脚一本を奪われてはたまらず、転倒する。
ここだ。
ここにしか、私が勝利するチャンスはもう存在しない。
左手のバックラーはもうない。
右手にはモーニングスターが握られている。
眩暈は止まらない。
なれど。
マウント・ポジション。
なんとかヴィリーの身体に跨ることができた。
すぐさまモーニングスターを振り下ろそうとするが――左腿に激痛。
相手は第一試合のシュテファンのような愚か者ではなく、百戦錬磨のヴィリー。
ヴィリーはクレイモアを捨てて、すぐさま腰のナイフに切り替えたのだ。
私の左腿はそのナイフが深々と突き刺さっている。
なれど、それでも。
「私の勝ちだ、ヴィリー」
この程度の激痛如きに堪えられぬのならば、もう騎士ではないわ。
モーニングスターをヴィリーの頭部に叩きつける。
床石に挟まれて、ヴィリーの頭蓋が強烈に叩きつけられた。
ヴィリーの兜は上物ではあるが、あのシュテファンほどに恵まれた代物ではない。
数発。
それだけで、試合は終わるはずだ。
再び、左腿に激痛。
「――」
ナイフでもう一度、足を抉られた。
「血みどろ」のヴィリーはこの程度では破れない。
もう一度、モーニングスターを頭部に叩きつける。
効いているはずだ。
確実にダメージは与えているはずだ。
だが、ヴィリーが戦意を萎えさせる様子はない。
それどころか。
ナイフを私の左腿に突き刺したまま、次のナイフを引き抜いて。
「もらうぜ」
首であった。
私の兜下、首元の僅かな装甲を狙ってナイフを差し込もうとしてきた。
必死に上半身を伸ばして、回避する。
眩暈。
左腿の大量出血、鈍痛、意識を失いつつある。
もはやどちらも満身創痍。
どちらが先に死ぬか。
どちらが先に意識を失うか。
泥仕合であった。
私は再度、モーニングスターを叩きつけようとして。
駄目だった。
左足に、もう力が入らないのだ。
マウント・ポジションを維持することなどできなかった。
ヴィリーの馬鹿力で、体を押しのけられる。
「――随分、手こずらせたな」
ヴィリーは立ち上がる。
奴の鎧は血に濡れている。
私の左腿からの出血を浴びた。
それだけではないように見えた。
ヴィリーの頭蓋は、確かにすでに砕けていた。
その手ごたえを感じている。
兜下から流血していた。
「だが、ここまでだ」
ヴィリーはクレイモアを拾い上げた。
柄ではない。
握ったのは柄ではなく、剣先である。
甲冑に覆われた鉄拳にて、力強くクレイモアの剣先を握りしめた。
私は動けない。
眩暈がしている。
ヴィリーはトドメの一撃を放った。
剣による寸断ではなく、それは混戦でたまに見られる、騎士の剣術の――
「さよならだ、エーレンフリート」
殺撃。
遠心力の加わったクレイモアが、頑丈なる剣の柄が、私の兜と衝突する。
強烈なダメージ。
私はその衝撃で吹き飛ばされ、意識を手放そうとする時間で、二つのことを考えた。
一つ目はドミニク卿の声。
確かに降参の声が上がっており、私が決闘裁判で明確に敗北してしまったこと。
それは決定的になった。
二つ目はヴィリーのこと。
「血みどろ」のヴィリーのことだ。
私が死ぬかどうかはわからない。
意識を手放して、次に目覚めることができるかどうかはわからない。
まだ生死については不明であった。
だが、おそらく、もうヴィリーの方は。
声が聞こえる。
良く透き通る声だった。
「ヴィリー卿!」
アルバンの悲鳴であった。
意識を手放す瞬間。
勝利が確定したと同時に地面に崩れ落ちる。
割れた頭蓋から大量に出血し、もう命数を使い果たした「血みどろ」のヴィリーの姿を私は眼にした。