騎士に成るのが夢だった。
公爵家の次男として生まれ落ち、兄クラウスのスペアという立場でこそあったが、別にそれで不遇を受けたことはない。
優秀な兄を押しのけて当主になりたい欲など無いのは誰もが承知していたし。
私はといえば、むしろ一人の騎士として戦場に立つことを夢見ていた。
立派な教育を受けて。
将来を嘱望されて。
いずれは立派な騎士として、善男善女を守るために悪に立ち向かう。
そんな憧れを抱いていた。
ずっと。
「トラクス殿、申し訳ない。お力添え有難く」
「大したことではない。私の国に連れて行けばよいのだな?」
頭を綺麗に下げる。
トラクス殿は大した手間でもないと言いたげに、心よく応じてくれた。
ローゼマリー嬢を匿ってくれているのである。
「……恥ずかしい話だが、私には貴方しか頼れる人がいないのです。恩はいずれ、必ずやお返ししますので」
「アルバン卿に貸しを作れるとあらば、女性一人匿うことなど造作もないことだな。気にせずともよい」
トラクス殿は、私を買いかぶりすぎだ。
そう思う。
私など、騎士受任式もまだという身の上である。
アカデミーに所属しているから、公爵家次男だから、その立場を貴族として保証されているだけである。
主君もおらねば、もちろん騎士ですらない。
そして、私はもう自分が何者かもわからなくなっていた。
「本当の騎士」とはどういった存在を意味するのだろうか。
「……」
トラクスの屋敷。
その小さな部屋で、供応を受けている。
将来は王になるであろう、彼自らがホストとしてワインを注いでくれた。
飲まねば失礼であるし――飲まなければ、やっていられなかった。
「何かお悩みのようですな?」
「はい」
悩んでいる。
ずっと、悩んでいる。
子供の頃は単純であった。
自分が正義の立場にあると信じていた。
騎士道を信じていた。
「トラクス殿にとって、騎士とはなんでしょうか?」
だが、今の自分にはもうどうしてよいのかわからなかった。
自分の有様を、客観的に見つめる。
職務を優先するあまりに、ローゼマリー嬢のプライドを傷つけて、今回の事態を招いた。
アッカーマン辺境伯の追悼を兼ねた戦勝祝賀会にて、在りもせぬイザベラ嬢の罪を責めたて。
決闘裁判にて虚偽そのものの偽誓を前宣誓にて誓い。
掴んだ決闘における情報を裏から、ドミニク卿の側に提供し。
ベルリヒンゲン卿を守るために父を追い詰めて、服毒自殺させ。
ヴィリー卿の弱みに付け込んで、彼を決闘死させ。
怒りのあまりに血族でもある王妃を、自らの手で絞殺して王城の門に吊るした。
これが騎士のやることか!
何もかも自分の失敗が巻き起こした。
引き金を引いたのは、このアルバンだ!
「私風情が答えられることなど少ないが。騎士は、その気高い勇気、善い振る舞い、寛大さ、そして名誉をもって、人々より愛され畏敬される存在たらねばならない」
トラクス殿は静かに語っている。
騎士道について。
「そうして騎士は、愛によって博愛と秩序を世に回復させ、畏敬によって、正義と真実を世に取り戻すのである」
道理である。
教本のように、騎士道について述べて。
「何についてをアルバン卿がお悩みかはわからんが、この教本通りの文句が全てではないかと。このトラクスは考えている」
そう言葉を締めくくった。
私の悩み。
私の悩みか。
「……ヴィリー卿の葬式に行きました」
「うん」
トラクス殿も決闘はご覧になられたであろう。
結果は知っている。
ただ頷いた。
「とても良い葬式でした。ヴィリー卿が心から愛した御婦人は葬儀中は涙一つ流そうとせず、ただただ五歳の娘を泣かないようにと。騎士の家族としてかくあるべきと。ずっとあやしておりました」
「うん」
トラクス殿はただ、私の言葉に頷いた。
御婦人がするように。
子供をあやすように。
「まだ十歳の息子さんも、また立派なものでした。娘さんで手が離せぬ御婦人の代わりとなって喪主を務め、これから自分が当主になるのだからと。やはり涙一つ流さずに家人とともに、葬式を取り仕切っておりました。私は後見人として、その全てを見届けました」
「うん」
トラクス殿がまた、やはり頷いた。
私は告白をする。
「私が彼を殺したのです。ヴィリー卿を自分の目的のために犠牲にしたのです。なのに、私は後見人としてその葬式を見届けた後に。あろうことか一つの邪心を抱きました」
「それは何か?」
「妬みです」
どうしようもないほどの妬みであった。
何処から湧いてくるのかわからないほどの強烈な。
「ヴィリー卿は騎士としてあまりにも最高の死を遂げたのだと。それに比べて、自分は何をやっているのかと」
「アルバン殿とて、立派に騎士として仕事を――」
「私がやっていることは! 騎士としての仕事などではない!!」
拳を机に打ち付けた。
子供が癇癪を起こしたように激怒する。
「私がやりたかったのは、成りたかったのは、ヴィリー卿のような男であった」
ヴィリー卿だけではない。
ずっと妬ましかった。
決闘裁判に挑む騎士たちが、ずっと。
「私はヨルダン卿のように気高く、ヴォルフガング卿やトラクス殿のように闘う勇気を持ち、ベルリヒンゲン卿のように善き振る舞いを行い、サムソン卿のように秩序を愛し――」
吐き出す愚痴は、もう止まらなかった。
「ディートリヒ卿のように畏敬を抱かれ、レオンハルト卿のように主君へ忠義を捧げ、エーレンフリート卿のように民に寛大で、ヴィリー卿のように貴婦人への愛のために死ぬ。そういう騎士になりたかった」
彼らに比べて、自分は何をやっているのか。
騎士として相応しいことなど何一つやっておらぬ。
「最後には、きっとドミニク卿が決闘裁判によって正義と真実を取り戻すことでしょう。それに比べて、私は――」
「アルバン卿は自分を騎士と認められぬと?」
「私ごときが何をどうして胸を張って、騎士であると名乗れましょうか?」
惨めであった。
あまりにも惨めが過ぎた。
自分が嫌いだった。
最初から間違えていたのだ。
ローゼマリー嬢の弱みに付け込んで、金で操ろうとした。
アーデルベルトが如き男に彼女を宛がった。
そこから全てが間違えていたのだ。
「――アルバン卿。君が何を言おうと、私には卿は立派な男に見えるが」
「それは貴方が私のやってきたことを、何も知らぬから言えるのです」
懊悩している。
決闘裁判で見事な決闘を遂げた騎士達に強烈な嫉妬をして。
引き比べての、自分の醜さに嫌気がさしていた。
全てをぶち壊してやりたくなる。
そんな破壊的衝動にすら駆られる。
「アルバン卿、君は少なくとも眼前の男のために、どうにかしてやろうとアルミン王太子に取り次いでくれたではないか」
「――それとて、私が我慢できずに」
「それだよ、アルバン卿」
トラクス殿が、ワイングラスを手に持ちながら、人差し指で私を指した。
「君の美徳だ。どうしようもなく隠し切れない美徳だ。善良さだ」
ぐいと、ワイングラスの中身を一息に飲み干して。
酒気とともに、言葉を吐き出す。
「アルバン卿。君はこのトラクスとの約定を守ろうとしたし、実際に守った。ベルリヒンゲン卿の死を良しとせず、アーデルベルトを殴り倒して決闘を止めた。ヴィリー卿の葬式では――ご家族が必死で涙をこらえる中、一人だけその代わりと言わんばかりに泣いていたと聞く」
「……」
「私は決闘裁判の原因であるローゼマリー嬢を庇っている理由も聞かず、匿うことを承知した。何故か? 君が誠実な男であると知っているからだ。君のやることには何一つ間違いはない」
そんなことはない。
間違いだらけだ。
私が、このアルバンが賢ければ、もっと良い形に全ての事を収めることが出来た。
そう思うが。
「……さて、アルバン卿。君は決闘裁判の第六試合に挑むことになった。私は今からでも止めたいぐらいだが、君は止めまい。きっとやりたいことがあるのだろう。その理由についても聞かぬ」
私のワイングラスは空になっている。
それに気付いたトラクス殿は、また私のグラスにワインを注いでくれた。
そして立ち上がり、ボトルを私の側に置く。
「あれだ、私の言いたいことは一つだけだ。君が妬ましいと言った騎士、誰もがみんなやりたいようにやっている。君とて、自由にやったところで文句を言われる筋合いはあるまい」
アレクサンダー王はきっとやって欲しくないだろう。
兄クラウスも同じだろう。
二人とも同じことを言うだろう。
別にローゼマリー嬢の罪自体は事実なのだから、お前が気にする必要はない。
決闘裁判の結果として死罪が与えられても仕方ないだろうに、と。
だが。
「トラクス殿、そうするつもりです」
私はそれだけはできないのだ。
そのようなことができるならば、もう騎士を二度と名乗れなくなるのだ。
私の信じる騎士はそのようなものではないのだから。
「やりたいようにやるのです。コロッセウムにてお見届けを」
私はそうトラクス殿に口にして。
「うん」
やはりトラクス殿は、子供をあやすように。
多くを語らず、ただ頷いてくれた。