7 knights to die   作:道造

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第71話 big liar/大嘘つき

 

 決闘裁判、第六試合目の当日。

 コロッセウム。

 円形闘技場に観客が詰めかけている。

 様々な観客がいた。

 市民がおり、騎士がおり、豪商がおり、純粋に決闘裁判の結果を見届けたい者も多かったが。

 それ以上に、興味があったのだ。

 決闘裁判者、ヴェンデル紋章官側への興味ではない。

 同じく決闘裁判に挑むアルバンという男への興味である。

 王妃派閥、第二王子派閥の人気などは元々薄かったが、今回の決闘裁判を連ねた騒動にて。

 完全に全ての民衆からの失望と不快を抱かれ、派閥そのものが滅亡寸前。

 だが、ここに一人だけ奇妙な人物が、その派閥にいまだ存在する。

 第一試合では、観客に対して良く通る声で堂々とルール説明を行い。

 第二試合では、トラクスという人気剣闘士にかばわれるような場面があり。

 これが最も有名だが――第三試合では必死にベルリヒンゲン卿の決闘死を望まぬことを嘆願し、その代わりに自らの手にて、自分の父親であるラインホルトを誅したと言われている。

 第四試合では、妹に毒を盛られたことに怒り狂いて王妃派閥の大量殺戮を行ったディートリヒ卿から、アルバン本人だけは全くの無罪であるかのように見逃されている。

 第五試合では、見事な決闘死をしたヴィリー卿の亡骸を、自身が血まみれになることなど気にせずに抱きしめて。

 その葬式では、騎士でありながら遺族の代わりと言わんばかりに大いに泣き、ヴィリー卿の遺族に対し後見人となることを約束している。

 騎士として誠に見事であり、横から話を聞くだけでも好人物であった。

 ハッキリ言えば、どうしてお前はアーデルベルトが如き愚物に仕えているのか。

 そんな疑問を、誰からも抱かれていた。

 そんなにも主従の誓いが大事なのだろうか?

 そう噂する者もいたが、よくよく話を聞けば別に騎士としての主従を誓ったことが、アルバンには誰に対してもないと聞く。

 当然、第二王子にも誓っていない。

 ならば、もうアーデルベルトなんて見捨てろよ!

 決闘裁判など出場放棄してしまえ!

 後は決闘裁判の最後にて、あのアーデルベルトなる愚物を惨たらしく葬ってしまえばよい。

 誰もがそう考えた。

 なのに、本人は決闘裁判をするという。

 それどころか、これが自分の初陣だとさえ口にしているという。

 誰もが不思議であった。

 

「結局、何がしたいんだ。お前は」

 

 要するに、それだけを。

 アルバンが何をする気なのか、それを見届けに多くの観客が集まっていた。

 純粋なる好奇心であった。 

 

「頼むから変な真似はしてくれるな。お願いだから、無事に終わってくれ」

 

 アレクサンダー王はすでに頭を抱えていた。

 やはり、止めるべきであった。

 若い頃の自分ならば「なれば、この王を倒してから決闘裁判に出向け」と剣を抜き。

 無理やりにでも、アルバンを止めていたのではないのか?

 そんなことを考える。

 若い頃ならば、実際にやってのけたであろうが。

 そのような真似をするには、すでにあまりにも老いていた。

 

「賽は投げられました。もはやアルバンの好きにやらせるしかありません」

 

 クラウスは、アルバンの兄である。

 血を分けた兄弟である。

 であるために、半ば諦めていた。

 確かにアルバンは優しき男であり、人の言葉をよく聞き、自分を制御することができる。

 なれど、騎士という価値観において、本当に許せぬことに対しては激発するのだ。

 あまりにも優しすぎるがゆえに。

 そういうことが幼少の頃からあった。

 もう、好き放題にやらせるしかなかった。

 

「……衛兵は準備しておいたか?」

「すでに」

 

 いつもの数以上に、コロッセウムの闘技場入り口にも。

 そして、客席にも衛兵を多数配置させている。

 何か本当にとんでもないことをアルバンが始めた場合、せめてコントロールをするために。

 ……無駄な努力かもしれないが。

 そう思いつつも、アレクサンダーは客席を見た。

 

「トラクスがおるな。まあ、アイツはアルバンを好んでいるからな」

 

 一般客席に、トラクスがいる。

 もちろん一般客席といっても、周囲は彼の騎士で囲まれている。

 黒いヴェールを被っている女などもいた。

 女連れで観戦か、気楽なものだ。

 アレクサンダーはそんな八つ当たりじみた考えを抱きながら、神に祈る。

 もし神聖なる決闘裁判を司る神がいたとして。

 罰を与えるならば、汚らわしきアーデルベルトに。

 次に、それを自身の目的のために利用しようと考えた、このアレクサンダーに対してであるべきだった。

 アルバンに罪はない。

 あってよいわけがない。

 ゆえに、神よ、アルバンに加護を与えますように。

 どうか無事に戻してください。

 あの男はこれからの王国に必要な人間なのです。

 そんな、悲鳴じみた祈りをする。

 決闘はもうすぐ始まりそうであった。

 そして。

 やはり、アレクサンダーの祈りは全くの無意味であったのだ。

 結論から言おう。

 アルバンは堂々と入場し、決闘裁判が始まるまえに言うべきことがあると。

 そう言わんばかりにアリーナに上り、その中央にて。

 指揮官の才があると熟練の騎士たちが認めるほどに透き通った大音声にて、観客に語り始めた。

 

「決闘裁判を始める前に言うべきことがある。皆さま、どうかお聞き届け頂きたい!!」

 

 やりやがった。

 観客はといえば、これを待ってたんだという人間もいれば。

 第三試合にて、ベルリヒンゲン卿を助けた時のあまりにも悲痛な決意と訴えを知っているので。

 何か変なことを言うのであれば、今すぐやめてくれといった顔をしている。

 当然だが、アルバンはそれら全てを無視した。

 

「このアルバンの過ちについて、どうか皆様お聞き届け頂きたい。この決闘裁判に対して、男一匹の告白をどうかお聞き届け頂きたい!!」

 

 アルバンの声は本当にどこまでも良く届く。

 そのうえ、観客の誰もが静まり返っていた。

 誰の耳にも聞こえている。

 

「まず、イザベラ嬢の名誉について穢したことを深くお詫びしたい。全くの本意ではなかったが、私は彼女の名誉棄損に関わっている。イザベラ嬢が、アカデミーにおいて男爵令嬢ローゼマリーへ嫌がらせや暗殺を試みたということが真実かどうか。それを争うのが今回の決闘裁判の目的であったが。もはや観客さえ誰も信じてはおるまい」

 

 辺りをゆっくりと見渡す。

 それはそうだ。

 すでに第二試合のトラクスとヴォルフガングが演じた喜劇じみた騒動にて、誰もがそうだと思っている。

 決闘裁判などせずとも、真実は明らかだろうと。

 ローゼマリーという悪女が、アーデルベルトなる阿呆をたぶらかしたのだろうと。

 そして。

 アルバンは、愉悦さえ含んだような口調で叫んだ。

 

「それも当然である。アレは私が、このアルバンがアーデルベルトとその一味を抹殺するために計画したものだ。私が無理やりにローゼマリー嬢に言わせた、全くの嘘であるのだから!!」

 

 アルバンは嘘をつき始めた。

 大きな嘘を。

 それを聞いて、トラクスの横にいたヴェールを被っている女が身を震わせた。

 

「この私が、全く無根拠の嘘を、アーデルベルトとその一味を抹殺するためだけに奴に吹き込んだのだ。詳しく説明するならば、つまり、名高きアッカーマン辺境伯の娘であるイザベラ嬢に有り得ぬ罪を着せ、戦勝祝賀会の騎士達からの強烈な反発を買うことで、アーデルベルトを破滅させようと目論んだのだ」

 

 トラクスは観客席で、にこやかな笑顔を浮かべている。

 アルバンが何をやるのか。

 どういう考えで、このような虚言を吐いているのかはトラクスと、その横のヴェールを被っている女だけが理解していた。

 

「誰かが怒り狂ってアーデルベルトを斬り殺しでもしてくれれば、そう望んでいたが。思った以上に上手く事が運んだ。なんと決闘裁判騒ぎになり、アーデルベルトとその一味だけではなく」

 

 ローゼマリー嬢。

 たった一人の女を庇う為に、騎士アルバンは大嘘つきになった。

 

「王妃派閥、第二王子派閥。それらを巻き込んで、一網打尽にする目が出た。後はこのアルバンの思う通りよ。第一試合にて、あの薄汚い一味の一人であるシュテファンを、誇り高き黒騎士ヨルダンに挑ませて、誅した」

 

 ヨルダンは戸惑っている。

 アルバンが嘘を付いているのかどうか、彼にはよくわからなかったから。

 事実、彼は祝賀会にてアーデルベルトを殺そうとしている。

 ドミニク卿の訴えにより、それが寸前で止まっただけだ。

 

「第二試合では、やはりエドガーを誅するため、トラクス殿との大事な約束を破らせて。大観衆の目の前で首を刎ねさせて」

 

 ヴォルフガングは黙っている。

 黙って、観客席でにやついているトラクスを眺めていた。

 一人だけ何もかも知っている顔をしているのが、気に食わなかった。

 

「第三試合では、ベルリヒンゲン卿を命の危険にさらしてまでも! 父ラインホルトを仕留める口実を設け」

 

 サムソンも沈黙している。

 黙って、アルバンの表情からその真偽を読み取ろうとしている。

 まだ情報が足りなかった。

 

「第四試合では、ディートリヒ卿を暴れさせるために、アカデミーにて彼の妹であるパウラ嬢が毒を盛られるのをわざと見逃した」

 

 レオンハルトはこの時点で、アルバンが嘘つきであると看破した。

 嘘つきめ。

 全くの出鱈目を口にしてまで、誰を庇っている、と。

 

「第五試合では、この決闘裁判を最後まで続けるためだけに、できるだけ長くディートリヒ卿を暴れさせるためだけに、ヴィリー殿を死なせてしまった。これに関しては私の計画通りにいかず、誠に痛恨の極みである。もし私がこの決闘裁判に敗れ、むなしく死んだ時は、私の全ての財産を彼の遺族に届けて頂きたく」

 

 エーレンフリートは呆れた。

 情報は揃い始めている。

 明らかにアルバンは何かを隠し通すために、嘘を吐いている。

 

「よって、この第六試合では。王国の内憂を一網打尽にすることが目的といえど。これら神聖なる決闘裁判に対して唾を吐き、騎士にあるまじき、すべての醜き振る舞いを。それに対する罪償いをしたく、決闘裁判に出場した!!」

 

 剣を抜いた。

 アルバンは剣を抜いて、大観衆の目の前で叫んだ。

 

「これが、この汚らわしき目論見を企んだアルバンの初陣である。主よ、決闘の神よ、もしも、このアルバンに少なかりしとはいえ正義あらば、我を勝利させよ! もし敗北したとあらば、相応の罰を我に与えよ!!」

 

 観客は唖然として。

 真実かどうかもわからぬアルバンの叫びを聞きながら、東側の入場口を見た。

 笑い声が聞こえたからだ。

 決闘相手たるヴェンデル紋章官が、大爆笑していたからだ。

 なんと小気味良い大嘘つきだとでも言いたげに、ただただ彼は笑っていた。

 ヴェンデルは、イザベラ様が止めることを恐れるかのごとく。

 勇んで、入場口から飛び出して、アリーナの上に駆けあがった。

 もう試合は誰にも止められそうになかった。

 

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