イザベラ様が必死に止めるように叫ぶ声が背後から聞こえた。
誠に申し訳なく思う。
なれど、どうしても聞きたいのだ。
この眼前のアルバン殿が、どうしてこのような出鱈目の大嘘つきをやらかしたのか。
是非聞きたい。
そう思えば居ても立っても居られない。
入場口から飛び出して、アリーナの上に駆けあがってしまった。
「アルバン卿、やらかしたな!!」
私は叫んだ。
大爆笑をしながら。
ここまで笑ったのは、この『ロバの耳』の暗部風情が、ここまで愉悦の感情をさらけ出すのは何時振りの事か!
もう十年どころか、生涯で一度もなかった気がする。
何か、何か「やらかす」ことはわかっていた。
だが、ここまでの大茶番をやるとは思ってもみなかった。
「……」
アルバン卿は、少し沈黙し。
天に掲げた剣を下ろし、大騒ぎの観客の声など聴こうともせずに。
ただ、こう口にした。
「大分スッキリした」
ある程度の、気は済んだと。
これならば冷静な会話が出来そうである。
自分の質問も聞き届けてくれそうであった。
「決闘前に、いくつか質問したい。よろしいか?」
「どうぞ。多少の事なら、ヴェンデル紋章官ならば掴んでいるのではないか?」
「まあな。アレクサンダー王には何も届けておらんが――」
そういえば、私は私でどうして王に黙っているのだろうな。
アルバン卿はローゼマリー嬢を庇っている。
おそらくはトラクス殿のところだろうと。
王に報告する義務を私は無視した。
その理由は。
「そこまでして、ローゼマリー嬢を庇うか? 自分が騎士として守るべき貴婦人にしでかした無礼と思うか? そんなにも彼女を利用し、プライドを傷つけた自分が気に食わぬか?」
アルバン卿の心を多少は理解できたからだ。
スパイとしての職務を優先するあまり、ローゼマリー嬢のプライドを傷つけて今回の騒動を引き起こした。
その原因は自分にあると思っているのだ。
「それもある。当然、彼女は守らねばならぬ。結局のところ、私はローゼマリー嬢を見下していたのだ。金で貞操を売る女だと。阿婆擦れだと。だから自分の職務に利用しても良いと。ちゃんと調べれば、実家に仕送りをするために、そのような真似をしていることも分かっただろうに」
まるで唾を吐くような仕草で。
それも可能ならば地にではなく、自分の面にでも吐き掛けたいような表情で、苦悶の声を上げるアルバン卿。
私は笑いながら、質問を続けた。
「職務だから仕方ないではないか」
「そのように仕方ない、仕方ない、で何もかも済ませるならば世に騎士道などいらぬわ! 私はそうやって自分に言い訳をして、見ないふりをしてきた。そのことが、自分が、もはや許せぬ段階に至った! このまま彼女を見殺しにするぐらいならば、自分が死んだ方が騎士としてはまだマシだ!!」
アルバン卿が、自らに怒りをそう示すのに対して。
私は一層愉快になってしまうのだ。
なんだろうな、この感情は。
「憧れ」か?
「ときめき」か?
何とも表現できぬ感情を心に覚えた。
本当に愉快だった。
そうだ、私はあの美しい遺体を、アッカーマン辺境伯の亡骸を見た時と。
全く同じ感動をアルバン卿に抱いていた。
「それだけのために、このような茶番を? 何もかもを誤魔化すために出鱈目を?」
質問はそう多くすべきではない。
これは尋問ではない。
すでに決闘直前の、決闘者同士の会話に切り替わっているのだから。
延々と長話をするつもりはなかった。
だから、これが最後の質問で。
「もう一つは主に対して、決闘の神に対して、このアルバンが偽誓したことへの怒りよ!!」
そして、アルバン卿もまた全てを告白するつもりであった。
少なくとも、このヴェンデルに対してだけは。
「というと?」
「ヴェンデル紋章官も見たであろう。決闘前のことよ。あの愚物、アーデルベルトが前宣誓の台詞すら覚えられぬ阿呆の代わりに、私が――」
確かに覚えている。
あのアーデルベルトが、お遊戯程度の儀式もできぬから。
立派にアルバン卿が前宣誓を王と司教の前で宣誓したことを。
「このアルバンが、騎士であるにも関わらず、あろうことか神に偽誓したのだ。イザベラ嬢がやってもおらぬ悪事を働いたと、それを証明するために闘うと」
「確かに、覚えている」
だが、仕方ないではないか。
再び口にしようとしたが、やめた。
先ほどの繰り返しにすぎぬ。
やはりアルバン卿はこう言うだけだろう。
そのように仕方ない、仕方ない、で何もかも済ませるならば世に騎士道などいらぬわ、と。
「それを思い出した。あの時は何とも思わなかった。ただの阿呆の代わりに阿呆物語を演じてやろうと。心にもない言葉を口にして、前宣誓をするだけであった。ただのスパイとして」
「――」
仕方ないではないか。
やはり、そう思ってしまうが。
口にする意味はない。
「私は私が許せぬ。事もあろうに、騎士が偽誓を行った。王の前で、司教の前で、主と神の御前にて、自分の騎士道に背いた」
「――」
それもアレクサンダー王が望んだことだ。
そう口にしようして、やはりやめる。
もはや、言葉は届かぬ。
そうだ、こうなった時の。
「繰り返す、もはや私は私が許せぬ。ここまで道化を演じて、決闘の放棄などできるか! 今日こそが私の初陣だ!!」
本当の騎士というものが真に物事に挑むときは、誰であっても止められぬのだ。
それはアッカーマン辺境伯が戦場にて証明している。
自分の命と引き換えに、敵首魁を討ち果たした。
嗚呼。
「ふふふ」
私は笑った。
信じられぬことだが、私は人生で二度もだ。
本当の騎士が、自身が騎士である証明を為そうとする姿を目にしている。
一度はアッカーマン辺境伯で。
二度目は眼前の男だ。
「何を笑っておられるか、ヴェンデル紋章官。このアルバンがそこまで愚かしく見えるか」
「その通りですな。貴方は全く愚かだ」
心中に抱いた感想と、似て近しい言葉を口走る。
アルバン卿、貴方は全く愚かだ。
そして、私は貴方の愚かさが全く嫌いではない。
ローゼマリー嬢には間違いなく罪有りき。
アルバン卿が頭を床に擦りつけて助命嘆願しても、救われるかどうかは疑わしく。
たとえトラクス殿を頼って彼女だけを逃がしたとしても、その実家が潰れることは免れまい。
だからこのように、自分に全ての責任があるかのような、大嘘つきの出鱈目を口にした。
だが、それだけではないのだ。
彼女のためだけではない。
これはアルバンという騎士が抱く、強烈なプライドの問題なのだ。
「ヴェンデル紋章官。私はローゼマリー嬢を庇わなければならぬ。そもそも私のせいだからだ。そして私は偽誓をした。その贖罪もせねばならぬ。恥を掻かねばならぬ。観客の前で醜態を演じなければならぬ。そして、イザベラ嬢には最初から何の罪もなかったことを、決闘の是非に関わらず観衆の全てに周知させて。この神聖決闘裁判のそもそもの意味を完全に喪失させる真実の告白を行った上で」
アルバンの姿はありふれた騎士の姿だ。
右手にロングソード。
左手に公爵家の獅子紋章が刻まれたカイトシールド。
何処にでもいる騎士の姿。
だが、このヴェンデルの目には。
「その上で、先ほど述べた通りの決闘を求める。主が、決闘の神が、もしも、このアルバンに少なかりしとはいえ正義あらば、我を勝利させてくれるだろう! 偽誓への許しを与えてくれるだろう!! もし貴殿に敗北したとあらば、相応の罰を自分に与えよう!!」
とても初陣とは思えぬ、とてつもない強敵に映っているぞ。
それを誇りに思うがいい、アルバン卿よ。
「真剣勝負を、ヴェンデル紋章官。頼むから、わざと負けてくれる真似などしてくれるな!」
私は愉悦した。
絶頂に近い愉悦だった。
眼前の全身全霊を賭したアルバン卿に立ち塞がれることへの歓びだった。
「承知」
アルバン卿は愚かである。
愚直である。
そのような本当の騎士と闘える機会を避けるとすれば。
それはもう騎士と呼べなかった。
このヴェンデルとて。
この『ロバの耳』の暗部とて、騎士である自覚くらい残っていた。
「全力を以て闘うことを誓いましょう」
主に、決闘の神に。
そして何より、アルバン卿に。
剣を抜く。
そして、決闘裁判の六試合目が始まった。
もちろん約束試合などではない。
互いを殺すことを目的とした試合でこそなかったが。
アルバン卿の騎士としての誇り全てを懸けた闘いが、始まった。