7 knights to die   作:道造

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第74話 black veil/黒いヴェール

 

 気絶したアルバンが目覚めたのは数分後の事であった。

 そこかしこに痛みを感じている。

 足指の骨はカイトシールドの一撃にて、おそらく折れているだろうが。

 痛いということは千切れてまではいないということだ。

 切断痛ではなく、ちゃんと指がそこにあるという感覚は残っている。

 良いことである。

 全身のそこかしこに打ち身、手の指の骨折、肋骨のヒビ、及び強烈なダメージの痕が残っているが。

 それがアルバンにはむしろ、心地よかった。

 自分の戦績であった。

 おそらく――これが生涯初めてとなる騎士としての初陣で。

 これから最後になるであろう予定の戦いに対して、自分が望んだ結末である。

 

「お目覚めか、アルバン卿」

 

 律儀にも、ヴェンデル紋章官はアルバンが目覚めるのを待っていた。 

 コロッセウムの観客達もである。

 気絶が十分を超えれば、おそらく違う行動に出たであろう。

 具体的にはアレクサンダー王やクラウスが血相を変えて、王権を用いてアルバンの敗北を無理やりにでも宣言したであろうが。

 わずか数分を待つぐらいの器量ならば、観客席のアレクサンダー王からただの平民に至るまで、誰しにもあった。

 

「ふふ、敗北の声を上げる奴もいないんだったな」

 

 アーデルベルト。

 愚劣なる男。

 あの男は自分の腐れたプライドにより負けを認めるどころか、未だディートリヒ卿に怯えてコロッセウムに訪れることもできぬから。

 アルバンだけだった。

 アルバンの敗北を認めることができるのは、アルバン本人だけなのだ。

 もうアーデルベルト側に付いている人間など、この世の何処にもいないのだから。

 

「待たせて申し訳ない。ヴェンデル紋章官」

 

 アルバンは悲鳴を上げる全身の痛みを無視して。

 折れた足の指から生じる痛みすらもを我慢して、立ち上がり。

 そうして宣言した。

 

「アーデルベルト側アルバンが宣言する。このアルバンの明確な敗北であると!」

 

 澄み渡る声だった。

 熟練の騎士たちが、指揮官の才があると認めるほどに透き通った大音声である。

 観客はそれを受け入れた。

 最初にアレクサンダー王が玉座にて拍手をした。

 その顔は複雑に満ちていて、頼むからこれ以上は何もせず満足して。

 早く試合を終わらせろ、今から説教すると言いたげであったが。

 

「おい、すぐに医療班を入場口にて待機させろ。我が弟を死なせる気か?」

 

 兄クラウスなどは顔面をやや蒼白にして、それでも配下に指示を飛ばしている。

 焦りは隠せなかったが、指示に関しては的確であった。

 そして、アルバンの血を吐くような叫びに。

 その戦いに、観客達も不満などは欠片もなかった。

 

「よくやったぞ!」

「見事な初陣であった!!」

 

 観客の内、騎士の何人かは如何にアルバンが見事な初陣を果たしたか。

 それを十二分に理解しているからこそに、心の底からアルバンを褒め称えている。

 観衆の誰もが拍手をして、アルバンの敗北を受け入れた。

 

「――」

 

 アルバンは満足した。

 やりたい放題にやったのだ。

 自分を育ててくれた公爵家の騎士や兵士がアカデミーのせいで死んだ、世の理不尽を憎んだ。

 スパイであり卑劣な真似をせねばならぬ、自分の立場を恨んだ。

 その全てが報われたようであった。

 そんな晴れやかな気分になったが。

 それだけではないのだ。

 まだ残っている。

 今にも崩れ落ちそうな痛みに耐えながらも、最後にやるべき告発をする。

 

「さて、このアルバンが負けた以上は、最初の宣言通りのことをする」

 

 まだ続いているのだ。

 誰もがもう終わったと思っている、この決闘はまだ続いているのだ。

 アルバンは騎士である。

 やるべきことをせねばならぬのだ。

 

「私は最初にこう宣言した。主よ、決闘の神よ、もしも、このアルバンに少なかりしとはいえ正義あらば、我を勝利させよ! もし敗北したとあらば、相応の罰を我に与えよ! 誰もが覚えているだろう!!」

 

 観客もようやくにして思い出した。

 確かに、アルバンはそう宣言していた。

 いやいや、もう終わっただろう。

 観衆の誰もが、アルバンが立派に闘ったことは理解している。

 決闘の神がいたとして、それを認めぬほど狭量ではなかろうと。

 

「ヴェンデル紋章官! 答えよ、ザクセン王国の法では、決闘裁判にて偽誓を行った者に対する刑罰はどうなっている!?」

「――」

 

 紋章官は止まった。

 そうか、これか。

 確かにドミニクと自分とでは、自分を決闘相手に選んだのは消去法であっただろうが。

 決闘相手が紋章官であることにも意味があるのだ。

 ヴェンデルは、ザクセン王国の法を知り尽くしている。

 虚偽は吐けなかった。

 

「利き腕の腱を切断することでございます。二度と決闘者として剣を握れぬようにと!」

 

 その言葉を聞いた、全ての人間の背筋がぞっとした。

 いや、確かに偽誓に対する刑罰としては正しいのだろう。

 だが、それを今まさに見事な決闘を遂げたばかりのアルバンにやるのか?

 ならば。

 法の方が間違っているのではないかと。

 決闘前にアルバンが行った告白が何処まで真実かどうか、観衆にはわからぬ。

 だが、仮にその全てを信じたところで、アルバンがそれをやったのは悪を誅するためである。

 アーデルベルトという阿保どもの集団を始末するためである。

 決して私利私欲のためではない。

 ならば――

 

「おい、馬鹿。やめろ! 何を考えている!!」

 

 誰もが言いたかった台詞を。

 それは誰よりも先に、アレクサンダー王が発言した。

 同時に、観衆のそこかしこから悲鳴が上がった。

 

「ヴェンデル紋章官。勝者としての貴方にお願いしたい。我が利き腕の腱をお切り願いたい!」

「……」

 

 さすがのヴェンデルも戸惑った。

 そこまでするのか。

 もう、誰もそこまでは求め無かろう。

 なんとかしてみせる。

 このヴェンデルとて、命懸けでローゼマリー嬢の助命嘆願を協力してやるから。

 馬鹿な真似を今すぐやめてくれ。

 そうは思ったが。

 

「……承知した」

 

 ここで、その説得にすぐ折れるようならば。

 アルバンはアルバンではないのだ。

 アルバンは、自分の利き腕の腱を切ってまでも、ローゼマリー嬢の助命を乞うている。

 ヴェンデルはどうしようもなしに頷いた。

 それに対し、観衆は非難を飛ばしている。

 

「何やってんだ、馬鹿。やめろ!」

「そこまでする理由がどこにある!!」

 

 アルバンの見事な決闘を見届けた、観衆が一斉に彼を擁護し始めた。

 悲鳴を上げている人間までいる。

 そして。

 トラクスの横に座っている、黒いヴェールの女が立ち上がった。

 

「座れ」

 

 トラクスは小さく命令した。

 

「お断りいたしますわ」

 

 黒いヴェールの女は、未来の王に反抗した。

 黒いヴェールは決意を意味する。

 理解していたのだ。

 アルバンが、このような馬鹿をしでかす可能性を彼女だけは理解していたのだ。

 

「良いのかね、私の想像通りであるとするならば。それをすれば君は死ぬ可能性が高いのだが?」

 

 トラクスは尋ねた。

 

「元より、私には死罪に値する罪有りき。死ぬのも仕方ないことでありましょう」

 

 黒いヴェールの女は答えた。

 そして、こう続けた。

 

「騎士に騎士の矜持があるならば。阿婆擦れにも阿婆擦れなりの矜持がございますの」

 

 トラクスは諦めた。

 アルバンはきっと怒るだろう。

 そして、彼への大きな貸しが一つ無くなったことを、たった今諦めたのだ。

 

「ではやり遂げなさい。ローゼマリー嬢。たとえ何があろうとも。君が単なる悪女でなかったことは、このトラクスの人生における叙事詩(サーガ)に残しておこう」

「そうしていただければ素敵ですわ。さようなら、トラクス王。立派で優しい王様になってくださいまし」

 

 女は黒いヴェールを脱ぎ捨てた。

 そこには、アルバンが利き腕の腱を失ってまでも、庇おうとしていた女がいた。

 名をローゼマリーという。

 この決闘裁判の状況を引き起こした悪女である。

 

「アレクサンダー王! そして観衆の皆々様方!!」

 

 彼女はその素顔を晒して、トラクスの横で絶叫した。

 トラクスの横にいるのである。

 その姿は簡単に注目を集めた。

 

「あの男、アルバンはとんでもない大嘘つきでありますわ! こともあろうに、私ローゼマリーという女一人を庇うために何もかも大嘘をついておりますの! 信じられますこと!!」

 

 決闘裁判の原因であるローゼマリー嬢の顔を知る物は、多くない。

 だが、騎士の中にいないわけではない。

 自然と、彼女の名乗りを認める騎士もおり、次第に周囲の注目が集まった。

 あれがこの決闘裁判を引き起こした悪女かと。

 それに、アリーナに立つアルバンも気づいた。

 

「ローゼマリー嬢!」

 

 彼女の名前を絶叫した。

 彼女は、それにくすりと笑って。

 

「今回の決闘裁判が引き起こされたのは、私がイザベラ嬢から嫌がらせや暗殺を受けたという大嘘を、あの阿呆のアーデルベルト達に吹き込んだことが原因。アルバンのいうことは全くの虚偽でございますわ!!」

 

 真実である。

 ローゼマリー嬢には死罪に値するべき罪があった。

 そして、それが事実であると観衆に認識された以上、もう逃げられないであろう。

 彼女は処刑人に首を刎ねられるであろう。

 

「さあ、アレクサンダー王。お捕らえになってくださいまし」

 

 それら全てを覚悟の上で。

 ローゼマリーは、アレクサンダー王の玉座に向けて、敬意を表すために膝を曲げてお辞儀をした。

 見事なカーテシーである。

 

「……悪女ローゼマリーを捕らえよ」

 

 アレクサンダー王は判断した。

 

「アレクサンダー王! アルバンは、我が弟は、彼女を庇うためにああして!!」

 

 クラウスはようやく全ての事態を呑み込み始めていた。

 ならば、兄としては彼女を庇ってやりたい。

 そう判断し、アレクサンダー王の命令に逆らおうとしたが。

 別に、アレクサンダー王は冷酷な判断を下したわけではない。

 

「別にローゼマリー嬢を殺すためではない。もう、そんなことどうでもよいわ! どうとでも良きに計らってやる! 今はただ、あの馬鹿なアルバンの暴走を止めるためだ。彼女は暴走するアルバンに対する、良い人質になるであろうが。すぐさまに捕らえよ!!」

 

 むしろ、この状況に至って老いたるアレクサンダー王の脳はフル回転していた。

 ここでなんとか、全ての事態を解決する手段を見出したのである。

 クラウスもそれを聞き、すぐさま納得した。

 

「承知しました」

 

 こうして悪女ローゼマリーは捕らえられ。

 若獅子アルバンはそれを見て狂ったように暴れ出したが、同じく集まってきた兵士に身柄を押さえられて。

 すぐさま医者に取り囲まれ、担架で運ばれた。

 その事態をざわつきながらも見守る観衆には何が真実か最早わからず、困惑するばかりで。

 全ての真実が明らかになるのは、後日となる。

 

「さて、アレクサンダー王はどう良きように取り計らうかね?」

 

 お手並み拝見といこう。

 そう言わんばかりに、トラクスが悪役面で大いに笑った。

 

 

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