「どうしてこうなる? 私は王として何か悪いことをしたか?」
アレクサンダー王の口から発せられた言葉は、およそ王らしくない言葉であった。
王としての功罪及び、自分の判断に対する自問自答まで加わっている。
無理もない。
王にとっては紛れもなく優秀極まりない働きをしてきたアルバンが、急に暴走したのだ。
なんでこうなるの、ぐらいの事は口走りたくもなる。
「お前がアルバンをこき使いすぎて、追い詰めたのが悪いのでは?」
トラクスが、アルバンへの擁護とも、単なる現実の示唆ともとれる言葉を口にした。
囚われるべきローゼマリーを密かに隠していた。
なんなら、アルバンの願いを聞き入れて、自国に亡命させるつもりであった。
これを鑑みれば、無関係とはいえないので呼ばれたわけではあるが。
トラクスにも色々と意図があって、この場にいる。
「ふふふ、トラクス殿の言葉も正しくはありますな」
アルミン王太子。
珍しいことに、余命いくばくもない身でありながら、この場にいる。
何も今までも何も知らぬ、無関係の立場を通していたわけではない。
決闘裁判の状況は逐一、腹心であるクラウスが報告していたし。
何事も上手くいっていたからこそ、別に顔を出さなかったわけであるが。
「これは追い詰められましたな、父上」
ついにアルミンでさえ顔を出さなくてはならぬ問題が発生した。
さすがに今回ばかりは知恵を貸さないわけにもいくまい。
そう考えて、病身に鞭打って会議に参加している。
「追い詰められたどころではない」
そのアルミンの身を気遣いながらも、アレクサンダーは頭を回転させる。
これは難題であった。
単にアルバンの馬鹿を説教して終わりという問題ではないのだ。
「風車を巨人だと思いこみ、全速力で突撃し、衝突時の衝撃で跳ね返されて野原を転がった。そんな騎士道物語の読み過ぎで現実と物語の区別がつかなくなった馬鹿がいたらしいが、お前はそれより馬鹿だな」
と。
アルバンの兄クラウスなどは嘆いて、足指や手指の骨を骨折し、全身打撲傷だらけでベッドの上に転がるアルバンを猛烈に説教したらしいと聞くが。
まあ、なんだ。
アルバンの立場になってみれば、正直言って誰もが彼を馬鹿だ馬鹿だと罵りつつも。
騎士道精神にのっとり、ローゼマリーという女一人を庇うためにわざと狂態を演じた。
そして決闘にて死に物狂いで闘い、最後の最後まで守り抜こうとした。
それ自体は全くの馬鹿、阿呆、愚かと罵りつつも。
「確かに私はローゼマリーを死罪にして、全てを丸く収めようとしていた」
アルバンの立場になってみれば、本当の騎士というものを目指した立場を考慮して考えるならば。
馬鹿だな、若いなと笑うことはできても、嘲笑うというのはさすがに違った。
そんな感性を誰もが持ち得ていた。
トラクスも、アルミン王太子も、アレクサンダー王さえもがだ。
アルバンは立派な騎士道を通そうとしたと認めていた。
「私が冷たすぎたか」
アレクサンダー王は猛省している。
ローゼマリーを殺して、何もかも角を立てずに終わらせよう。
だが、それを実行した時の「お人好し」なアルバンの怒りを理解できなかったのだ。
「確かにローゼマリー嬢には罪有りき。なれど、まあイザベラ嬢に事前に相談して、罪一等ぐらいは減ずるべきであったろうな」
トラクスが結果論でこそあるが、もっともよかったであろう判断を口にする。
イザベラ嬢の純潔を守るために、アーデルベルトの阿呆に適当な女をあてがうのは王室からの依頼であったのだ。
その責務を果たしたローゼマリーが嫉妬やストレスから、イザベラ嬢の名誉を侮辱するような行動に出たとて。
まあ一方的な悪女として死罪にするのは、王室としても少しためらうべきであった。
少なくとも、イザベラ嬢もローゼマリーが自分の楯になってくれていることは承知の上であったし。
イザベラ嬢の優しい性格を考えるならば、少なくとも死罪だけは許してやれと。
そう口にするのは間違いなかったのだ。
だからだ。
「父上の判断ミス、及びイザベラ嬢との連絡不備ですなあ」
アルミン王太子がけらけらと笑った。
蠟燭は消える前が一番燃え盛ると言うが。
本日のアルミンは体調が良く、アレクサンダー王の判断ミスを大いに笑い飛ばす余裕があった。
「……老いたのだよ」
アレクサンダー王は自分の失敗を、アルミンからの指摘を婉曲に認めた。
結局は、「お人好し」のアルバンを追い詰めすぎたのだ。
ローゼマリーの苦境の立場を利用して、アーデルベルトのような阿呆に女として宛がう。
それだけでも嫌であっただろうに、そのローゼマリーが死罪を受ける。
それだけは、真面目なアルバンには認められなかったのだ。
彼の心情に、十二分に配慮してしかるべきであった。
ただでさえ、無茶苦茶な仕事の量をアルバンには押し付けていたのだから。
「そうだな、お前が悪いな。お前が絶対悪い」
トラクスは容赦がない。
アルバンは見事な騎士であるのだから、それを扱いきれなかったお前が悪い。
ここぞとばかりに、アレクサンダー王を責めたてている。
彼には目的があった。
「なんだ、まあ別にいいじゃないか。ローゼマリー嬢の罪は結局、罪一等を減じて国外追放辺りが良かろう。なんならば、我が国で受け入れてやるぞ。元々、そのつもりであったしな」
「ふざけるな! お前の魂胆はわかっているぞトラクス!!」
トラクスは何も善意でこのような事を口にしているわけではない。
確かに善意がないわけではないが、それはアレクサンダー王への善意ではなくローゼマリー嬢、及びアルバンへの善意であって。
「貴様、アルバンを自国に引き抜くことを考えているだろうが!!」
ついでにアルバンに大きな貸しを一つ作ってやって。
これから国盗りを行い、王となった暁にはだ。
ローゼマリー嬢を庇ってやったのだから、恩返しをせよと引き抜いて。
アルバンを自分の腹心として据え、将来は宰相あたりにするのも悪くは無かろう。
そのようなことを計画しているのだ。
「元々優秀なところを見込んでいたのだ。お人好しなところもな。今回暴走した若さは欠点ともいえるが美徳でもある。一度やらかした以上は、二度目のミスはないだろう。ああ、認めるとも。是非ともにアルバンが欲しいね」
トラクスは野心ある男である。
アルバンが欲しいと素直に認めた。
「それは困りますな。アルバンは我がザクセン王国の柱石となるべき男ですので」
これにはアルミン王太子が素直に反対した。
但し、けらけらと笑いながらであるが。
アルミンにとっては、これが最後の仕事になるであろうが。
まあ、それが父アレクサンダー王の苦境とはいえ、こうも愉快な騎士物語の後始末になるとは。
そのような笑いである。
「ローゼマリー嬢は殺さぬ。罪を減ずる」
アレクサンダー王はそれをまず決めた。
自分の首を、まさにここにいる処刑人サムソンに刎ねられることを覚悟のうえで、悪女はここにいるぞ。
だからアルバンの馬鹿を許してやってくれと。
そう訴え出たローゼマリー嬢の首を刎ねろと口にすることは、王としてあまりに恥ずかしいことであるし。
「だが国外追放にもせぬぞ。貴様の思い通りにしてやるものか」
それをすればトラクスが間違いなく確保に動く。
それはよくわかっていた。
「ではどうするのかね?」
ニヤニヤとトラクスが笑っている。
愉悦の笑みだった。
随分と悪役面をした、如何にも楽しそうな笑みだった。
「……とりあえず、厳しい修道院にでも放り込むか。ローゼマリー嬢の身を守ると同時に、彼女が将来しかと更生したのだと周囲に認めさせるための処置だ」
決闘裁判の原因である。
その直接的な原因はアーデルベルトとその取り巻きが極まった死ぬべき阿呆どもだからであるが。
遠因の一つであることは間違いなかった。
今回の決闘裁判に巻き込まれ、死ぬ理由があったにせよ、少なからず生き残った上で第四王子ブルーノの傘下に入った元第二王子派閥や元王妃派閥からは恨まれているであろう。
まずそれから身を守らねばならぬし。
罪一等を減じたとはいえ、何らかの罰を与えねばならぬ。
「非常に良いお考えです」
なんだ、私が横から口を挟むために、参加するまでもなかったか?
父もそう老いているわけではあるまいと。
喜ばしい表情で、アルミンが拍手をする。
「アルバンがこれ以上馬鹿なことをせぬようにと、人質でもあるしな」
アレクサンダーは少し冷たい判断も口にした。
王とは清いばかりでは生きられぬ。
ここでアルバンの首に縄一つ括りつけて何が悪い。
そのような事を口走る。
「おやおや、酷い王様だ。私は将来、こうはなりたくないねえ」
トラクスが揶揄った。
そんなわけあるか、貴様もどうせ将来はこういった微妙な判断で苦労することになるのだと。
そんな目で、アレクサンダーはトラクスを睨みつけた。
「それはよろしいが、まあ貴族の立場と市民権を剥奪しての国外追放ならばイザベラ嬢も七騎士も納得したでしょう。ですが、修道院送り程度ではイザベラ様への配慮が足りない! と七騎士が怒り狂うのは目に見えておりますぞ」
アルミンの冷静な指摘。
それはアレクサンダー王を悩ませた。
「それに、まあ、アルバンを今後どうするかの問題もあります」
アルミンは立て続けに問題を口にした。
アレクサンダーは答えた。
「偽誓についてか」
「はい、アルバンが偽誓を行ったのは紛れもなく事実なのです。本来の刑罰であれば決闘者として、利き腕の腱を斬ってしかるべきところ。無罪とはさすがにいかんでしょう」
別にアルバンは利き腕の腱を斬られたところで、価値は落ちぬ。
あのくるくると良く回る頭と能力、それに加えての誰よりも誇り高き精神さえあればよいのだ。
そうアレクサンダーは考えているが。
「……」
だからといって、まあ本当に利き腕の腱を斬れば、兄であるクラウスが烈火のごとく怒り狂うのも目に見えていた。
心の底から国のために仕えてきた我が弟になんてことを、王を見損なったと。
本当に激発し、心の底から怒り狂うのは目に見えているのだ。
「なんなら、クラウス・アルバンの兄弟を我が国で引き取ってもよいぞ」
トラクスは楽し気に笑った。
どちらも有能な人物である。
手に入るならば、新たに領地を与えてでも欲しい兄弟であった。
「ぬかせ」
とにかくも、アルバンの偽誓に対して刑罰を加えるというのも有り得なかった。
何より誰より、アレクサンダーがそんなことしたくない。
本当に困っていた。
アレクサンダーは頭を抱えた。
「ならばアルバンを国外追放しましょう」
ここでアルミンが凄まじい案を出した。
ローゼマリー嬢ではなく、アルバンを国外追放せよと。
「何故そうなる?」
アレクサンダーは困惑したが。
「厳密には、ちょっとお前は現実と騎士物語の帳尻を合わせよと。国外に出て、騎士として修練の旅に出よと命令するのです。これならば道理が通ります。偽誓への罰としても、誰もが納得しましょう」
アルミンはアレクサンダーよりも遠い将来を考えている。
広い世界へと旅に出して、成長の機会を与える。
そして将来はザクセン王国の柱石にしようと、そう考えたのだ。
「気長な計画だな」
トラクスは率直にそう思い、実際に口にしたが。
「計画とはそもそも最終的な目標にさえ到達すれば良いのですよ。アルバンには経験を得る機会が必要です。ここはザクセン王国を含めた七ツ国を放浪し、騎士修行を積んでいただきましょう」
アルミンは引くことなく、真正面からトラクスの言葉を受け止めた。
トラクスとしては。
「ふむ、負けたよ。見事な策だと認めよう」
ただ真面目に敗北を認めるだけである。
策としてはそう悪くないのだ。
「認めよう」
アレクサンダー王としては、アルバンをすぐに重用したかったのだが。
確かに、あの暴走具合には少しばかり若さをそぐ経験という物が必要であるように思えた。
将来の事を考えれば、旅に出すというのも悪い考えではあるまい。
「しかし、奴には『紅蓮のヴィリー』の家族に対する後見人という仕事があるのだがな」
思い出したように、アレクサンダーは口走るが。
「別に公爵家の後ろ盾さえあればよいのです。兄クラウスに引き継いでもらえばよろしい。アルバンには年に一度、ザクセン王国に帰還する許可を出し。ヴィリーの家族の様子を見に来る権利を与えればいいのですよ」
これは逆に言えば、一年に一度はザクセン王国に帰って来いということであり。
責任感の強いアルバンであれば、間違いなくヴィリーの家族の様子を見に来るであろう。
やはり首に縄をつけておこうというのだ。
アルミンの計画は実に巧みであった。
「……お見事で」
それを理解したトラクスが、もうお手上げだとばかりに両手をひっくり返した。
もちろん、アルバンを引き抜くことは一切諦めていない。
彼が騎士修行の旅を続けるとあれば、トラクスの国に訪れる機会もあるだろうと考えている。
「さて」
アルミンが、少しばかり首を捻った。
この問題ばかりはどうするか、と言った顔つきで。
「ローゼマリー嬢の修道院送り、アルバンを騎士修行の旅に出すための国外追放。まずこれは宜しい。誰もが納得するでしょう。それはそれとして、イザベラ嬢と七騎士がそれを受け入れるための配慮という物をせねばなりませぬな」
残った問題はそれだけである。
「あの七騎士を怒らせて、もういい、トラクス王のところに行きます。そう判断させる手もあるぞ」
トラクスはしつこい。
そして欲深い。
「お前はあの七騎士を聞かん坊の子供か何かと考えているのか?」
アレクサンダー王は少しだけ呆れて。
そして、結論を出した。
「私が直接、謝罪に出向くとしようか。アッカーマン辺境伯の下屋敷にて、七騎士とイザベラ嬢に謝罪するのだ。これこれこういった事情なので、受け入れて欲しいと。無論、この謝罪の件については一市民にすら知れ渡ることになるだろう」
王として、最も有り得ぬ行動について。
アレクサンダー王は決断を下した。
「……よろしいのですか?」
アルミンとて、それを考えなかったわけではない。
本来は重い頭を下げるべきではない男が、直接に出向いて頭を下げる。
これ以上の誠意はないのだから。
選択肢として有り得なかったわけではないが。
「決めたことだ。それにな」
アレクサンダーは。
この王は、一つだけ王を辞める前に。
第三王子ベルノルトに王位を譲る前に心残りがあった。
「ずっと謝りたいと思っていたのだ。私の盟友であるアッカーマン辺境伯の援軍に駆け付けなかったことを。それこそ、あの七騎士が自分の事情を差し置いて、アッカーマンの苦境に駆け付けたというのにな」
王としてではなく、友人として。
アッカーマンの苦境に駆け付けなかったことに。
ずっと謝りたいという心残りが、アレクサンダーにはあった。
それを口から吐き出した。
王ではなく、ただ一人の騎士として。