全身に激痛が走っている。
なにせ足指は折れておるし、手指も折れているし、肋骨にもヒビが入っていた。
鎧こそ着ていたため後遺症と成りえるような怪我、それに致命傷はないが、全身のそこら中に打撲痕がある。
満身創痍であった。
「目覚めた? おバカさん」
そんな全身これ負傷という私がベッドにて横たわり。
目覚めて目を開いた先には、ローゼマリー嬢が呆れた顔で椅子に座っていた。
どうも私の看病をしてくれていたらしい。
「あれからどうなりましたか?」
状況を尋ねる。
我が兄クラウスが涙声で、私にこんこんと説諭していることしか決闘後の記憶が無い。
目の前にローゼマリー嬢がいるということは、彼女が死罪を免れたことは間違いないようだが。
「結論から言うと」
ローゼマリー嬢は大きなため息を吐いて。
おそらくはアレクサンダー王が下した結論を口にした。
「私は貴方の看病が終わり次第、厳しい修道院送り。懲役数年ってところね。実家も取り潰されずに済んだし、私の弟が実家を相続することを認めてもくれた。優しい判断じゃないかしら」
私は大きく息を吸い。
肋骨に痛みを感じながらも、やはり大きく息を吐きだした。
「そうか」
私のやったことは愚かな事だ。
阿呆で若くて、どうにもならない暴走だ。
その自覚はある。
だけど、どうやら結果だけは勝ち取ることが出来たようだ。
「――その代わり、貴方は数年の国外追放よ。条件付きだけど」
「ヴィリー卿の家族の後見人は兄に? 年に一度は面会の機会を、帰国の許可をこのアルバンに与えたか?」
「そうよ。貴方、聞く必要もなく理解してるじゃない。全部こうなることが判ってて今回の行動に出たの?」
いや。
何もかも予想通りにいったわけではない。
ただ、アレクサンダー王もあれで吝嗇や狭量とは程遠い御方である。
おそらくは私の若さを許してくださるように考えていた。
そこに、アルミン王太子からの援護があるだろうことも。
「国外追放か。結論はアルミン王太子が出されたか? 修行の旅に出よと仰せか?」
「おバカさんの癖に察しはよいのね。そう聞いているわ。可愛い子には旅をさせよ。そして馬鹿な子にも旅をさせよ。その先で何かを見つけるだろうってことね」
そうか。
私は口端に笑みを浮かべる。
なるほど、何もかもが良いところに着地したらしい。
私はこれから念願の騎士の中の騎士となるべく、騎士修行の旅に出る。
きっと厳しい旅になるだろうが、だからこそ望むところであった。
「……よいように落着しました」
「……全部読んでたの? この結末を? そう言われたら怖いんだけど」
「まさか、この私はそこまで頭がよくない。皆何か勘違いをしているのだ。今回の件で、良くわかったでしょう」
全部を読み切ったわけではない。
なれど、計算を何一つ含んでいなかったわけでもない。
私は今回の結末を、ある程度は見込んでいた。
唯一の違いがあるとすればだ。
貴女だ。
「ローゼマリー嬢、何故私を庇われたのです」
「騎士には騎士の、阿婆擦れには阿婆擦れなりの矜持があるのよ」
私は利き腕の腱を斬られる覚悟を確かに決めていた。
別に、それでも人生やりようはあると思ったのだ。
自分の責任をとるために、利き腕一つくらい惜しくもなかった。
だが、ローゼマリー嬢がその覚悟を止めてしまった。
「――」
「――」
二人、自然に見つめ合う。
私は細い目を大きく開くこともなく、語り掛けた。
「修道院の生活は退屈でしょうね」
「多分、若い労働力としてこき使われるんじゃないかしら? お婆さんが多い厳しい修道院だって聞くし。年季明けには、婚期を逃しちゃうわね」
なるほど、その可能性もあるな。
ローゼマリー嬢に罪がないとはいわないが。
まあ、ここまで背負ったのだ。
「その時は責任を持って――まあ、適当な相手をなんとか見つけてあげられるでしょう」
「あら、そこは私が引き取ってやる、ぐらいの台詞が出てくることを期待してたんだけど」
くすくすと、ローゼマリー嬢が笑う。
彼女は悪女だ。
まあ、本当に全ての責任を取るというのも、別に私は嫌というわけではないのだが。
「一年に一度、帰国の際には貴女に会いに、修道院に出向くことを約束しましょう。それぐらいならアレクサンダー王も許してくださるはずです」
「期待してるわ。少しは退屈を埋めてちょうだいな」
なにはともあれ、まあなんだ。
良いところに落着したのだと思おう。
私は目を閉じて、再び激痛の中で眠りに落ちた。
まどろみの中で、ローゼマリー嬢が私の額にキスをするかのように動いた。
性欲などそこには一切ない。
まるで母親が、眠れる幼い子にする愛情のキスのようだった。
そんな感覚を覚えたが、おそらくは勘違いだろう。
キスをされたこと自体が、おそらくただの勘違いだ。
眠りに落ちる中、そう思い込むことにした。
*****
玉座の間。
アレクサンダー王が座っている。
その表情は全てをやり終えたようで、疲れ果てているような、それでいてスッキリとしたような。
王位継承を行う前の、最後の務め。
そう言わんばかりの表情で、紋章官ヴェンデルを見据えた。
「さて、ヴェンデル。たっての頼みがあるとの事だったが」
「はい」
謁見を願った者。
今回の全ての状況を報告し終え、その全ての務めを果たし終えた『ロバの耳』の一員。
そんなヴェンデルからの、願い。
何を言うかは、アレクサンダーにはなんとなくわかっている。
「アルバンに付いて行くのか?」
「はい、左様であります」
スッキリとした表情であった。
ようやく自分のやりたいことを見つけたと言ったような。
うきうきと、どこか愉快そうに。
そんなヴェンデルを見て、アレクサンダー王は引き留めることを諦めた。
「直臣騎士を辞め、公爵家の陪臣となる。そうしてアルバンの旅に同行する。そのつもりと考えて良いのだな? 別に同行するだけならば、ザクセン王国の騎士を辞めずともよいのだが」
「これは区切りのようなものでございますれば」
ヴェンデルが口にする。
何もかも『ロバの耳』としての自分の仕事をやり遂げたような表情で、じゃあこれから先はどうしようかと。
その先の「何もかも」を決めた顔つきの男であった。
「妻子はおりませぬ。地位も立場も実のところ執着はないのです。ですが、あのアルバンという一人の騎士がどこまで辿り着けるのか? そこにだけは興味が湧きました」
アルミン王太子のようにはなれないだろう。
あれは万能の人だ。
アレクサンダー王のようにはなれないだろう。
勇猛果敢な戦人には。
アッカーマン辺境伯のようにはどうかな?
その可能性はあるかもしれないな。
そんなことをヴェンデルは考える。
騎士の中の騎士にはたどり着けるかもしれぬ男なのだ、アルバンという者は。
「時には道標になりましょう。時に支える柱となりましょう。時に肩を並べる戦友にもなりましょう。すでにクラウス卿には快諾を得ました」
「まあ、クラウスにとってみれば、お前ほどの騎士がアルバンの旅に同行してくれるより心強いこともなかろう」
クラウスが断る理由は何処にもない。
喜んで応じただろう。
その様子は容易に想像できる。
「誰も彼もが、アッカーマンの死によって変わっていくのだが」
アレクサンダーは溜め息を吐いた。
同時に、心配そうに口にする。
「変わるのは良い。だが良い方にであることを望む」
惚れた男が死んだのだ。
何処かおかしくなる人間が多数出てもおかしくない。
黒騎士ヨルダンはイザベラの筆頭家臣という居場所を得た。
剣闘士ヴォルフガングは自分の道を探し始めた。
処刑人サムソンは市井に交じり、教職に就くことを望んだ。
陪臣騎士レオンハルトは主君の残した子を死ぬまで守るだろう。
領主騎士エーレンフリートはアッカーマンに託された領民と共に生きる。
紋章官ヴェンデルはアルバンの騎士修行の導き手を選んだ。
さて。
「ドミニクはどうするのであろうな」
「ドミニク卿が何か?」
「知っているか? 実のところ、アイツはそもそもアルバンより頭が固い」
平民の兵士から騎士に成り上がった。
そして、あの男はアッカーマン辺境伯に心からの憧れを抱いていた。
アッカーマンこそが本物の騎士であり。
それに自分が辿り着くことを目標としていた。
それ以外に何の興味もなかったのだ。
おそらく、そうして今まで生きてきた。
「ヴェンデル。いいともさ。アルバンとともに旅立つがよい。気が向くままに生きよ」
「はい。そうしますよ」
言われなくともと。
そう言いたげに、ヴェンデルは笑った。
アレクサンダーは少しだけ悩んだ。
心に僅か、引っ掛かりを残すとすれば。
「後はドミニクだけか」
自分の息子、第二王子アーデルベルトの事ではない。
奴の死は疑っていない。
心配なのはドミニクの事だけである。
「奴も。この決闘の終わりで納得を得て救われればよいが」
自分が本当に納得しない限り、何事も前に進むことはできない。
納得は全てに優先する。
おそらく、騎士にとっては自分の生命よりも。
さて、その納得をあのアーデルベルトが如き相手との決闘で得られるのだろうか。
それだけは、アレクサンダーにもわからなかった。
7 Knights to die(六章「knight among knights」) 完