もう手仕舞いである。
結局のところ、ドミニクという騎士が、アーデルベルトという愚か極まりない第二王子を仕留める。
今やただの平民に過ぎぬ愚劣を殺すだろう。
主はそんな結論が下る瞬間を、天から見守っておられる。
そんな雰囲気である。
油断しきっていた。
弛緩しきっていると言い換えても良いだろう。
誰も彼もがもう終わりだと。
愚かな公爵ラインホルトは死んだ、愚かな王妃テレージアは死んだ。
あとはアーデルベルトを片付ければ、長きに続いたザクセン王国の内憂も仕舞いだ。
何もかもが良い方に向かうだろう。
ありとあらゆる人間が、貴族が、平民が、ドミニクを除いた六騎士が、そう考えている。
「イザベラ様、何の用件でしょうか?」
そんな雰囲気が漂う周囲の中で。
イザベラが問う。
「ドミニク卿、私は私のために決闘裁判に名乗り出てくれた六騎士の事情を、すでに知りました」
彼女のために名乗り出てくれた騎士は七人いる。
黒騎士ヨルダン、剣闘士ヴォルフガング、処刑人サムソン、陪臣騎士レオンハルト、領主騎士エーレンフリート、紋章官ヴェンデル。
それぞれに名乗り出でたる事情があった。
それはすでに本人の口から、イザベラに語られている。
問われたからだ。
イザベラが問うたからだ。
貴方の、父上に対する関係が知りたいと。
イザベラ自らが問い、決闘後に「何もかもやり終えた」「そういう約束であったから」とばかりに、それらをすべて話したからだ。
そして――
イザベラはそれを危ういと感じた。
彼らは本当に死んでもよいと思っていたからだし。
何なら、アッカーマン無き世に意味はないと、死にたがっているとさえ感じる者もいたからだ。
「誰も彼もが語ってくれたからです。我が父アッカーマンとの関係を、自らの来歴を、その関係の全てを話してくれたからです」
「誰もが口頑なであったでしょうに」
「聞きだすのには苦労しましたよ?」
本当に苦労した。
誰も彼も、彼らにとっては大事な事だからだ。
一生心中に潜めて、そのまま決闘で死んでしまっても別に構いやしない!
そんな誓いを抱いて、誰もが決闘に臨んだのだ。
別に誰か余人にこの想いを知られる必要はない。
我が誇りだ。
このまま死んでも構わない。
この誇りと共に私は死ぬのだと、誰も彼もがそう決意して挑んだ決闘裁判であるのだから。
「私は調べました」
イザベラがそう口にする。
調べたと。
何もかも、自分のできる限りは調べた上で。
「情報をかき集め、すでに少しばかり知っているんですよ、そんな匂いを漂わせて、誰も彼もに白状をさせました。彼らと、我が父アッカーマンの関係がどういうものであったか」
誘導し、理解を示し、そして本人の口から聞きだしたのだ。
我が父アッカーマンがどういう人物であったのかと。
もちろん、自分の認識と、彼らの解釈に齟齬はあまりない。
父は、あれだ、家族にとってはちょっと財務方や母の『お叱り』の言葉に弱くて。
それでもやりたいことはやりとおして、一陣の風のように駆け抜けていった。
誰も彼もの心の中を。
ひとつだけ。
そこまでやっても、ひとつだけわからないことがある。
「それでも、ドミニク卿。貴方の事だけは何一つわからなかったのです。陪臣の中では筆頭騎士であるレオンハルトでさえ、どうにも思い出せない。確かに見覚えはあるのだがと口にしました」
筆頭騎士であるレオンハルトが。
忠誠の全てを我が父アッカーマンに捧げて生きてきた彼でさえ、わからなかった。
はて、ドミニク卿は何が由縁で怒り狂ったのかと。
何故いの一番に、アーデルベルトに対して決闘裁判を口にしたのかと。
「なので、直接にお尋ねします。ドミニク卿。貴方は確かに私と面識があります。私が幼き頃、誰にでも拙いカーテシーを練習している頃、貴方は私と出会ったことがありますね」
「そうですね」
ドミニク卿は答える。
とても懐かしそうに。
そして、同時に私を視界に入れておきながら、実のところは見ていない!
私を通して、ただ父であるアッカーマンを見ている。
「私が王都で立派な騎士となり、その御礼のために、全て、何もかも、私の人生丸ごとを救ってくださった御礼を述べるために辺境伯領に訪れた際に。幼い貴女は私にカーテシーをしてくださいました」
ドミニクは笑いながらに、そう口にした。
平民上がりの一代騎士。
そんな私風情に、敬意を示してくださった。
それを覚えていると、彼は言いたげに笑う。
「それを覚えております。ゆえにお答えしましょうか。いや――」
ドミニクは首を傾げ。
どうしようか、と少しじらしながらも、やがて決意する。
「アーデルベルトが何をしてくるかはわからない。それを考えれば、イザベラ様の父君が、アッカーマン辺境伯がどれだけ素晴らしい御方だったかをお伝えする必要があります」
ドミニクは油断していない。
アーデルベルトに負けるとは誰も思っていない。
他の六騎士でさえ、そう思ってはいない。
そんな中でも、決闘相手であるドミニクだけは油断していなかった。
「これは他の六騎士にも打ち明けるべき事情なのかもしれません。いえ、口にするのは無粋なのかもしれません。それをずっと悩んでおりましたが――」
ドミニクは笑っている。
当然ながら嘲笑ではなく、愉快そうに笑うのでもなく。
これぐらいは喋ってもよいのだろう。
なにせ相手は――
「貴女にだけなら喋ってもよいのかもしれませんね」
アッカーマン辺境伯の御息女であるのだから。
それがイザベラは少し気に食わない。
自分を見ていない。
私を通して、今は亡き我が父上を見ているのだと思った。
「では、語っていただけますか?」
そう考えたが、それを口には出さぬ。
今はただ知りたかった。
眼前の騎士ドミニクが、何故自分を誰よりも先に庇ってくれたのか。
その真実を。
「そうですね。誰にも話したことはないので――少々お待ちください。何から語れば良いものか? どこから話しましょうか、少し悩んでおりまして」
ドミニクは首を傾げる。
そして悩んで。
大分悩んでから、そうして口にした。
「そうですね、まず出会いから口にすべきなのでしょうね。私の出自についても全て明らかになります。アッカーマン辺境伯が私に与えてくれた慈悲についても、全てお判りになるかと思いますので」
ドミニクが結論を出した。
そうして、長い物語を話し始める。
「幼き頃の話でした。それこそ私にカーテシーをしてくださった頃の貴女のように幼いドミニクという少年の話であります。実のところ、私は王都の平民から、一兵士から成り上がった一代騎士、今ではその身分を与えられておりますが――」
ドミニクはずっと笑いながらに、目を瞑り、そうして続ける。
「実のところは、ザクセン王国における王都の平民どころか。ザクセン王国の自由民ですらなく。それどころか、国民ですらなくて――」
イザベラは、何一つ驚かぬようにと。
そうした心構えで聴いている。
それを理解しているため、ドミニクは全てを白状するつもりでいた。
「そうですね。ただの旅芸人。自由民の権利すら与えていない、七王国の全てを放浪して路銀を稼ぎ、その日暮らしをしている芸人一座の幼い子供。ただの一人の少年だったのです」
告白。
ドミニクにとっては誰一人に対してもしたことのない自分の出自。
それを語りながらに、思い出す。
「そうです。辺境伯領の旅路において、賊に襲われたところで、父も母も叔父も座長も皆殺しにされたところで、その死体から全財産の指輪や宝飾品を漁られたところで。法の庇護を求めることさえできぬ、父や母の復讐さえ誰かに訴えることを出来ぬ、そこらの農民という自由民の権利すら持たぬ、哀れな子供だったのですよ」
覚えている。
ずっと。
惨めだった子供の時と、立派だったアッカーマン辺境伯のことを。
地獄に落ちても、天国に昇っても。
たとえ主が私の振る舞いに、どのような判断を下そうとも。
私はずっとあの時、あの時の事を覚えているだろう。
御恩を覚えているだろう。
それを、ついに辺境伯の娘に明かす時が来たのだ。
ドミニクは、笑っている。
ずっと。
自分が敬意の全てを注いでもまだ足らぬ、あの太陽が如く民を照らしつけるアッカーマン辺境伯に向けた笑みであった。
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