7 knights to die   作:道造

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第84話 Whatever/もうどうでもいい

 

 アッカーマン辺境伯のように。

 騎士の中の騎士として生き、最後まで騎士道を貫き通し、美しく悲しく生涯を終わることのできる人は。

 もう私にとっては辺境伯が最後で。

 これからの世の中には存在し得ないのではなかろうか。

 そんなことを考える。

 このドミニクは、確かにアッカーマン辺境伯にとっての危難に馳せ参じて。

 誰よりも勇ましく戦い、敵騎士も十数は討ち果たした。

 もし生き残れば、それを功績と言い張って半ば強請る様な形にて、あの御方の陪臣騎士になるつもりであった。

 今までの軍役で手に入れた、アレクサンダー王から頂いた勲章にも未練はなかった。

 だが、アッカーマン辺境伯が死んだ今、私の願いは全て砕け散ってしまっている。

 飛散したのだ。

 死んでいく人は美しい。

 まして、それが敬愛する主君と認めた男であったならば、なおさらだ。

 これから、この『未払いのドミニク』が代価を支払えず、その後を生きていくということ。

 忠誠を確かに誓うつもりであった人を失くしながら、そのまま生きていくこと。

 生き残るということ。

 それは大変醜くて、生にしがみついた、汚らしいことのように思えた。

 だから、この私は、ドミニクは、もう死のうと思うのだ。

 それがもっとも自分の騎士人生を締めくくるにあたって相応しい行為に思えた。

 音が聞こえる。

 歓声だった。

 

「ドミニク卿、本当によろしいのですか。まだ間に合いますぞ」

 

 試合開始前のコロッセウムにて、観客の歓声が響く中で。

 ヴェンデル紋章官が、最後に念押しするように確認した。

 

「構わない。私が何を考えているか、貴方達も本当は理解しているはずだ」

 

 口にする。

 私は許した。

 あのアーデルベルトの計略全てを許してやった。

 あの薄汚いアーデルベルトに、どうせなら短剣に毒を塗ってから来いと。

 それでお前とはようやくフィフティフィフティだと。

 誰もが止めるのを無視して、そう書いた手紙を、金を積まれて欲呆けた新聞社に送り付けてやったのだ。

 

「もう疲れた。何もかもに疲れた。貴方たちの説得も、心からの友情も有難く思う。だが、私は」

 

 これを人生最期の勝負としよう。

 あのアーデルベルト如きに負けるつもりはない。

 ちゃんと勝つつもりではいる。

 毒の塗られた短剣を用いようが、鎖でつながれた範囲でしか行動できなかろうが。

 鎖の長さは甲冑組打の距離である。

 ハッキリ言えば、楽々と勝利することができた。

 新聞社にはこれでフィフティフィフティだと言ったが、そりゃ嘘だ。

 何が有ろうと、私が負けるわけがない。

 

「これで終いとしたいのだ」

 

 だが、あのアーデルベルトも思えば、こうなっては哀れなものだ。

 すでに殺されること自体は覚悟の上で、ここまで頭を捻ったのだろう。

 ならば軽く、その毒が塗られた短剣で傷つけられるぐらいはされてやってもいい。

 奴の死と引き換えに。

 それで何もかも終わりだ。

 どんな毒を使われようが勝利して壇上から立ち去りて、その後に死んでみせよう。

 土地豊かなザクセン王国に襲い掛かる危難、本当に長きにわたる戦争は終わった。

 あの英明な、本当に王位にふさわしかったアルミン王太子も、まもなく儚くなってしまうだろう。

 ザクセン王国の内憂も、公爵に王妃、そしてアカデミーもが、もはや消え果てた。

 最後に残ったアーデルベルトもこの手で殺し、正義と秩序を取り戻すことになるだろう。

 だから、終いだ。

 それら全ての決着が予定されている以上、もう私には未練がないのだ。

 アッカーマン辺境伯亡き今、この世の中の何に興味が持てようか?

 兵士になったのが十四歳。

 騎士になったのが二十歳。

 今が三十二歳だ。

 十八年間をずっと戦場にて走り抜けてきた。

 あの御方の騎士になるために、未払いであった恩返しをするために、ずっと駆け続けてきた。

 もう休もうと思うのだ。

 両親には誠に申し訳ない限りだが、もう二人とも他界している。

 誰にも迷惑をかけるとは思わない。

 もう、どうしても私には何か生きる理由があるように思えないのだ。

 生きるか死ぬか、それだけが問題ならば、さっさと死ねばよい。

 だから、そうするのだ。

 

「――この世は素晴らしい。生きてこそ自分が仕えるに値する主君がこの先、見つかるかもしれませんぞ。こんなバカなことは今すぐ辞めてしまいなさい。本気になれば、容易く勝利できましょうぞ」

「すまんな、ヴェンデル卿。貴卿はアルバンというあの若さの輝きに目を焼かれておる。私とは違うのだ。私に二度と、忠誠に値する主君が現れるとは、アッカーマン辺境伯ほどの男が眼前に現れるとは。どうしても思えぬのだ」

 

 私はヴェンデル紋章官の、生に縋りつけようとする言葉を斬って捨てた。

 アッカーマン辺境伯ほどの素晴らしい男に巡り合えるものか、と。

 頭を下げ、その横を通り過ぎる。

 コロッセウムの長廊下を歩く。

 ヴェンデル卿の横を通り過ぎた後にも、まだ私の友人が、見事な騎士達が残っている。

 彼らにも最期の挨拶を済ませておかねばならなかった。

 

「なあ、この先にも素晴らしいことはきっとあるのではないか。若者を育てる歓びに目覚めるやもしれぬ」

 

 処刑人サムソン卿。

 彼は騎士を辞め、青空教室の先生になるという。

 そうだ、本来は優しい気性の彼には、それこそお似合いであった。

 

「そのようなことはない。私は全く以て自分の欲得だけを考えて生きてきた。誰かに何かを譲ろうなどと思ったことはない。人に助けられ、譲られて、こうしてここまで生きてきたのだ。この終わりこそがふさわしい」

「ドミニク卿」

「貴殿が教鞭を振るっている姿に興味はあったが。命を繋ぐほどの縄ではない」

 

 また頭を下げ、その横を通り過ぎる。

 その次に、また私の友人がいた。

 剣闘士ヴォルフガング卿だった。

 

「何もかも嫌になってしまったのならば。いっそ心機一転、国を飛び出さないか? ドミニク卿ならば、トラクスも両手を開いて歓迎してくれよう。何も、このようなところで――」

 

 説得。

 彼らは最後の説得を、このドミニク風情にしてくれようとしているのだ。

 私は確かな友情を感じている。

 だが。

 

「すまんな、ヴォルフガング卿。私は貴殿のように、明るい髪の色をした騎士とは。アッカーマン辺境伯に対して、本当は心の底からの忠誠を心底誓っていた男とは違うのだよ。実のところは根暗だ」

「ドミニク卿」

「このような男を引き連れては、ヴォルフガング卿とトラクス殿の足を引っ張るだけよ。やめておけ」

 

 謝辞する。

 また頭を下げて、通り過ぎる。

 今度は陪臣騎士レオンハルト卿が横にいた。

 

「このまま王都から離れ、私と共にアッカーマン辺境伯の遺児を。嫡男殿の騎士となり、あの御方の子を守り通すというのでは駄目か?」

「その役目は貴方の役目であり、私のものではない。そのまま貴方は役目を果たされよ。私はここまでだ」

 

 また謝辞する。

 繰り返すように頭を下げて、やはり通り過ぎる。

 そして再び歩き始め、やはり友人がいる。

 領主騎士エーレンフリート卿である。

 

「――開拓の口がある。何もかもが嫌とならば、いっそ私のように、東方植民地にて領主になってみるというのは如何か?」

「すまんな、エーレンフリート卿。私には貴殿のような代官経験もなく、貴殿のように、領民の命と生活という重い責任を担えるほどの大した男ではないのだ。見込み違いだ」

 

 やはり謝辞する。

 後は。

 後は、残すところはただ一人。

 黒騎士ヨルダン卿であった。

 

「私と一緒に、イザベラ様の陪臣騎士になるというのでは駄目か。なんなら、筆頭家臣は貴方でも良いのだ」

「御冗談を。貴方ほどの素晴らしい騎士を押しのけようとは思っておらず、やはりそれは貴方の役目で、運命がめぐり合わせたのだ」

 

 これにて、六人の友人の傍を通り過ぎる。

 素晴らしい男たちであった。

 見事な騎士達であるのだ。

 私は彼らの友人となり、この決闘裁判を戦い抜いたことを誠に誇らしく思う。

 だから、後は。

 もういいのだ。

 もうどうでもいいのだ。

 六人の友人に別れを告げた。

 さて、肩の荷は下りた。

 最後に――コロッセウムの入場口に、一人の女が佇んでいた。

 私の前に立ち、見事なカーテシーをしていらっしゃった。

 まるで幼きあの時のように。

 私はおそらく人生最期となるボウ・アンド・スクレープにて礼を返し、こう言い放った。

 

「イザベラ様、貴女に勝利を必ずやもたらします。そして、これにておさらばです」

 

 私がそう口にした瞬間に、イザベラ様は。

 強烈に私の左頬を、その右手で張り飛ばした。

 頭がたわむかと思うほどの、強烈な平手打ちである。

 そう。

 

「私の話を聞きなさい! このヘッポコ騎士!!」

 

 まるで寝ぼけた我が子を叩き起こすための、激怒した母親のようなビンタであった。

 

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