「あの二人、くっつくと思うか?」
問いが一つ放たれた。
いよいよもって、あと一時間も経たぬ内に儚くなるだろう。
そんなアルミン王太子の口からであった。
「……というと?」
側近である、クラウスが応答した。
アルミンのいうところが判らなかったからである。
クラウスは優秀なので、一つだけなら思いつくが。
「アルバンと、今回の発端となったローゼマリー嬢のことですかな? まあ、第二夫人辺りであるならば私も認めないでもないのですが。公爵家次男の正妻としては認めてやれませんぞ」
アルミンの問いを、クラウスは自分の弟についてだと解釈した。
ローゼマリー嬢は、この件でアルバンに惚れてしまっただろう。
間違いなく惚れただろう。
それこそアルバンのためなら、自分の首をくくられても構わないほどに。
その程度の女心に対する機微は心得ている。
実のところ、クラウスは彼女がそこまで弟であるアルバンを愛してくれるならば、第二夫人としてなら認めてやらないでもないと考えている。
さすがに正妻となると、それなりの家からの出自でないと困るが。
いや、経歴をロンダリングすればなんとかなるか?
まあそれは、彼女からの好意をアルバンがどう受け止めるにもよるが――
「違うよ。そっちじゃない。そちらは確定でくっつくさ。わかりきった結末だ」
アルミンは、まるでわかってない奴だなあクラウスはと。
そう言いたげに微笑んで首を振った。
「ドミニク卿と、イザベラ嬢さ。あの二人、私の予想だとくっつく可能性があるぞ」
「まさか」
クラウスはそれを否定した。
身分が違うし、齢も違う。
たしかに十六歳差の結婚など、貴族では珍しくもない。
ないが、それは男側に権力があって、女側になかなか嫁ぎ先が見つからない立場の場合だ。
イザベラ嬢はそれとは違う。
男なんて、誰でも選べる立場なのだ。
アッカーマン辺境伯の娘というのもあるし、アレクサンダー王が彼女に城の二つも三つも建てられる多額の謝罪金を支払ってもいる。
小さいとはいえ領地もあれば財産も持っているのだ。
イザベラ嬢が望みさえすれば、誰でもより取り見取りだろう。
名家の若い次男坊・三男坊なら立候補者など腐るほどいる。
どうせならば、クラウスがアルバンを押し込みたいぐらいであった。
対して、ドミニクは違う。
「ドミニクは平民上がりの一代騎士に過ぎませんが? 確かに誉れ高き騎士です。今回、ザクセン王国の内憂を片付けたことに対しての貢献を考えれば、爵位の一つぐらいくれてやっても良い。ですが、イザベラ嬢が彼を選ぶとはとても――」
「彼女の前に真っ先に立って庇い、決闘裁判を挑んだ男という大前提を忘れていないか?」
「まあ、それはそうですが」
決闘裁判に真っ先に名乗りを上げて、彼女を庇おうとした男と。
その最後に結婚する。
傍から見れば美談であろう。
間違いなくハッピーエンドであるが。
「ドミニクはおそらくアッカーマン辺境伯の娘としか見ていないでしょう」
恋愛感情など欠片もない。
確かに命懸けで闘ってはいたが、それはアッカーマン辺境伯への恩義や忠誠からであって。
イザベラ嬢に対して何か対価を求めての行動ではないのだ。
「それはそうだろう。だがさて、ではイザベラ嬢はどうかな? 彼女の内心はそれなりに揺れ動いたと思うぞ。彼女はちょっと『自分がいなければコイツは駄目なんじゃないか』といった男性に心が惹かれるタイプだ」
アルミンが愉快気にいう。
クラウスはというと、少し困ってしまった。
女心を全く理解できないではないが、はて、この場合はどうなるのだろう。
「私はイザベラ嬢側の方は、それなりにドミニクに好意を持っていると思う」
「まあそれは多少あるでしょうが」
「防衛戦争も終わった。ドミニクは今までずっと最前線で闘ってきたのだ。ここはひとつ、休暇というものを与えようと思うのだ」
はあ、とクラウスはイマイチ理解できずに生返事をした。
「ヨルダンは素晴らしい騎士だが、陪臣騎士一人でイザベラ嬢を新領地に乗り込ませるのは少し不安だ。ドミニクに、ここに休暇を与えて、ちょっとイザベラ嬢の領地で手伝いでもしてろと命令しておけ」
「構いませんが、それでどうなると?」
「その内、イザベラ嬢から良い男を見つけたので結婚すると。我が王国に連絡が来るであろうさ」
それがドミニクだと。
クラウスにはピンとこなかったが、まあアルミン王太子はそれなりにイザベラ嬢と文通などしているようだった。
彼女の男に対する好みというのも知っているのかもしれない。
ならば、余計な口は挟むまい。
それに。
「結果が見られない事だけは残念だ」
もはや死を迎えた自分の主君に、最も惚れた男に反論して何になるというのか。
クラウスはもう泣きそうであった。
いや、アレクサンダー王などはもう滂沱している。
何故自分などが生きていて、自分の愛息が死んでしまうのかと言いたげに。
「さて、ディートリヒにも聞きたいことがある」
今回、ある意味では最も暴れた男。
そんな王国最強騎士にして、すでに国から出奔したことになっている彼にアルミンは尋ねた。
「やはり、この後はザクセン王国を出るつもりか?」
「七王国を旅して回ろうと思っています。もう、誰に仕えようとも思いません。何、たまには貴方の墓を見舞いに来ますので、その、貴方も寂しくないと」
ディートリヒは歯を噛んでいる。
歯から血が滲むほど噛んで耐えていた。
自分にとって太陽とも思えた主君が、とうとう死ぬからだ。
「そうしてくれ。ああ、妹のパウラ嬢が、あのヨルダン卿に惚れこんでいるそうだが、どうなる」
「……悩みましたが、認めてやることにしました。確かに齢は離れておりますが、パウラの方が望んでいるのです。これを兄として拒むことはできません」
「そうか。相変わらず良い男だな。お前は」
アルミンは微笑んでいる。
ディートリヒは、やはり歯を噛んでいた。
「ディートリヒの主君であったこと、お前ほどの騎士を自分の配下にできたこと。誠に誇りに思う。これを抱えてならば、死ぬのは怖くない」
ディートリヒは、涙を溢した。
そんなことを口にして欲しくはない。
叶うのならば、自分の心臓を捧げても良いから、自分の主君に生きて欲しかった。
だが、その願いが叶わないことは知っている。
だから、せめて泣かないでおこうと思ったのに。
どうしても耐えられなかった。
「ああ、そうだ」
アルミンは時間がないことを悟った。
すでに、ディートリヒやクラウス以外の配下にも、愛する弟たちにも別れを告げている。
残すところは――
「父上、私が亡き後も壮健であってくださることを願っております」
アレクサンダー王。
自分の父にだけはまだ別れを告げていない。
「死なないでくれ」
それを王は否定した。
何故死ぬのが自分ではないのか。
自分の身体など粉々に砕け散って、地獄に落ちても良い。
七王国で最も裕福な領主であり、戦上手であるアレクサンダー王でさえ。
叶えられぬものは存在する。
「父上、もう死にますよ。これが天命というものです。どうか御受け入れを」
アルミンは優しく諭した。
そして微笑んでいた。
「そうでなければ、私がゆっくり眠れません」
アレクサンダー王は、耐えることにした。
これが自分のできる最後の役目であることは理解していた。
「ああ、私はもはや王ではない。だが、見守る事だけはできる。アルミンが気になっていること、心配していたこと、それらすべてを見届けてからあの世に逝き。いつか、お前に出会えたならば、その結末を語ることにしよう」
アレクサンダーは泣きながらに、笑ってそう言った。
「それはよかった。では、さよならです。ああ、そうだ。遺言ぐらいは」
アルミンは、何か遺言らしいことを残そうと頭を捻らせて。
単純に、自分が本当に思っていることを口にした。
「良き父と、良き配下に恵まれた。誠に誇らしい騎士人生でした」
そして、最期にその言葉を残してアルミンは儚くなった。
あっさりと、眠るように目を閉じて。
「アルミン……」
アレクサンダーは、その眠りを妨げぬように静かに泣く。
ザクセン王国におけるすべての内憂が片付いて。
秩序と正義、その二つが訪れて、七人目の騎士がようやく安心して死ぬことができた。
これにて決闘裁判が完全に終わり、その過程で七人の騎士が死んだ。
後世の戯曲ではそのように語られている。