決闘裁判は終わった。
本来ならば、祝宴を大々的に開きたいところだが、アルミン王太子が儚くなってしまわれた。
自然と、誰からともなく発言をした。
「アルミン王太子は誠に素晴らしい騎士であった。皆、しばらく喪に服そう。当然ながら祝宴はやめておこう」
と。
誰もが納得し、そうすることにした。
アルミン王太子に尊敬の念を抱かぬ者などいなかったからだ。
だが、しばらく経ってから改めて祝宴をというわけにはいかぬ。
なにせ、領主騎士であるエーレンフリートなどはすぐさま帰路につき、アッカーマン辺境伯から託された領民たちと共に開拓を続ける役目が残っている。
文通こそ叶うだろうが、この七騎士が一度に集まることは人生で二度とないかもしれない。
だから、とにかく最後に集まり、小さな、いわゆる別れの会を開くことにした。
辺境伯家の下屋敷の一室にて。
酒も口にはしたが、まあ静かな飲み会となった。
まず口を開いたのはドミニクだった。
「さて、私なのだが、新王から直々にお暇を出された。事実として戦場がなくなった今、私の騎士としての役目も終わったのだろう。お払い箱さ」
少しだけ拗ねている。
そんな口調であり、新王が愛する亡き兄に託された命令。
アルミン王太子の最後に意図したところは、本人に全く伝わっていなかった。
ドミニクは女心というものが一切わからない、いわゆる朴念仁である。
「おやおや、私と共にイザベラ様のお役に立つというのは不満ですかな?」
同じく朴念仁。
元黒騎士であり、今後はイザベラの筆頭家臣になるヨルダンが揶揄った。
もちろん彼も、アルミン王太子の意図は全く理解していない。
だが。
主君たるイザベラが、ドミニクが新領地に派遣されて、統治の手伝いをしてくれることを知って。
どことなくだが、喜んでいることにだけはちゃんと気づいていた。
だから、ドミニクが同行してくれることは歓迎している。
もちろん、主君の好意については口に出さない。
それが騎士というものであるし、横からちょっかいをかけるのはそもそも人として無粋である。
人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んでしまった方が良い。
「ヨルダン卿と一緒に働くのも、イザベラ様のお役に立つのも嫌ではない。……決して嫌ではないが、代官経験もない騎士など連れて行って何のお役に立てるものか。そこのところどうかな?エーレンフリート卿」
「領地経営は慣れですな。慣れ。数年も経てば覚えるものです」
元代官経験者、現領主騎士のエーレンフリート卿はそう口にする。
ワインは最初の一杯だけで、後は水だった。
明日出立するというのに、痛飲するわけにはいかない。
「慣れるかどうか、そもそも数年も派遣されるかどうかもわからん。お役に立てるように頑張りはするが、どうなることやらな。さて、ヴォルフガング卿はどうする?」
「それなんだがな、トラクスについていくことになった」
「ほう」
ヴォルフガング卿は、にこやかに答えた。
トラクスについていく。
それはつまり――
「国盗りか」
トラクスが大々的に傭兵や黒騎士に声をかけ、自分の出身国に攻め入る。
それはすでに噂になっていた。
「うむ、奴についていき、国盗りの手伝いをするというわけだ。なに、実のところ、トラクスなら達成すると思っている。一年もかからんだろうさ。最初は辺境伯領の実家にでも帰り、しばらく遊んでいようかとも思っていたのだがな」
「それではつまらんだろう。トラクスに付いて行った方が楽しめそうだ」
「俺もそう考えた」
なるほど、ヴォルフガング卿もアッカーマン辺境伯の死に対して、決闘を通すことで、なんらかの納得を得たのだろう。
ドミニクはそう解釈した。
そして、また今後の事を別な騎士に尋ねる。
「サムソン卿は、市井に交じりて、なんでも青空教室の教師になると伺っているが?」
「本来は処刑人よりも、出自が恵まれぬ境遇のもの。それでも才能ある子供の教育に携わる仕事をしたいと、常々考えておりましてな。ようやく夢が叶いました」
それはよいことだ。
ドミニクは自分の事のように喜んだ。
「まあ、その前に結婚式に呼ばれておりますが」
「ふむ?」
ここで首を捻るが。
すぐに答えは返ってきた。
「その、私の決闘相手であったベルリヒンゲンの奴が結婚をするそうでしてな。公爵領まで来てくれと」
「ほう、それはめでたいが」
あの老境でわざわざ自分から貴婦人を探すようはしないだろう。
だから、方向が逆だろう。
何処の女人に射止められたのであろうかな、あの誇り高き老騎士は。
ドミニクは正直興味が湧いたが、聞かないでおいた。
そういった話は、別に後からでも良い。
文を通じて、結婚式はどうだったと尋ねれば良い。
今はただ。
「レオンハルト卿は? まあ知ってはいるが」
「辺境伯領に戻る。戻って、新たな主君に忠誠を誓う。新たなるアッカーマン辺境伯にな。それだけさ。やることは今までと何も変わらん」
ただ、今後どうするか、大雑把な事を聞けばよい。
細かいことなど後で良い。
「エーレンフリート卿も開拓を続けるか。今までと変わらぬな」
「その前に、ヴィリー卿の墓参りだけはしておこうと思う」
「……ご遺族に拒まれは」
ドミニクは複雑な表情を見せた。
決闘者同士、どちらも死を覚悟の上で闘っており、当たり前だがそこにケチをつけるところはない。
だが、あの素晴らしき騎士を、夫を亡くした妻や。
息子や娘にとっては、エーレンフリート卿の墓参りを受け付けることができないかもしれぬと危惧したが。
「逆に、これはヴィリーの遺族からの願いでしてな。なに、ヴィリーの奴めが、遺族にはすでに自分が死んでも決闘の上でのことだ。恨むな。むしろ墓の一つでも見舞うように言っておけと言い残しておったらしく」
「なるほど」
さすがヴィリー卿だ。
しっかりと、死後のことまで気を配っている。
ドミニクにとっても、あの第五戦は記憶に残る決闘であった。
最後に――
「さて、ヴェンデル卿は公爵家の陪臣になってまで、アルバンに付き添うことを望んだとのことであったが?」
「ええ、夢かないまして、あの若者に付き添うことになりました」
ヴェンデルは、やや自慢げに口にする。
「楽しそうだな」
ドミニクは、それを少し羨んだ。
混じりっけなしの純粋な嫉妬である。
「きっと楽しいですよ」
ヴェンデルもまた、誇らしげに返事をした。
きっと楽しいだろう。
あのアルバンという若者を観察し続けるという行為は。
「さてはて、あの若獅子、どこまで騎士の極みにたどり着けるものかな? まさか、アッカーマン辺境伯やアルミン王太子を超えるほどの男になるかな?」
ヴォルフガングが、横から口を挟む。
大変に愉快そうな声で。
「さすがに――それは、といいたいところですが」
サムソンがそれに繋げた。
視線を、横のエーレンフリートにやる。
彼は言葉を繋げた。
「さて、人の素質や将来などわかりかねますからな。ですが、あの男が大器であることは間違いない。なれば、後は投げた賽の目がどう出るかだけですな。どうかな」
顎による催促を受けたレオンハルトもまた、それに続けた。
「彼の将来には期待するところですな。まあ、私たちは一番若いヴォルフガング卿でも二十八歳。皆も年老いておりますので、息子の代が見届けてくれることを期待というところでしょうが。そこのところどうかな、ヨルダン卿」
最後に、彼がヨルダンに尋ねる。
ヨルダンはこう答えた。
「あの若者のすることです。きっと、この中の誰も想像できない騎士の姿を見せてくれるのではないかと思います。何、この黒騎士がイザベラ様の筆頭家臣になるように、思いがけない面白いことも世の中には沢山ありましょうぞ」
結論から言えば。
誰も彼もが、アルバンには期待していた。
「まあ、無事に決闘裁判も乗り越えたのだ。あの若獅子殿の動向は、放っておいてもどんな辺境からでも聞こえてきそうな気さえしている。さて――最後に」
ドミニクが杯を掲げた。
「喪に服している最中である。乾杯はせぬが、杯を掲げるぐらいはしよう。若獅子の栄達を祈って」
七騎士が杯を掲げた。
すでに亡くなったアッカーマン辺境伯には別れを告げた。
あの太陽のようなアルミン王太子も儚くなってしまったが、内憂全てが片付いたザクセン王国の未来は明るいだろう。
そう願って。
「そして、さよならだ。きっと、我らが一堂に会することは二度とない。なれど、紛れもなき戦友だ。この友情が永遠であることを願っている」
ドミニクの台詞で締めくくって。
それで、別れの会は終わりとなった。
誰もが覚悟していたように、この七騎士が一度に集まることはこの場以降、二度となかった。