ザクセン王国新王ベルノルトより、アルバンは国外追放処分を受けた。
彼にとっては待ち望んだ旅路である。
憧れた騎士修練のための旅だ。
旅には陪臣となったヴェンデルが同行し、七つ国をそれぞれ一年ずつの旅をした。
さて、色々なことがあった。
一つ目の国では長年の敵対関係からなる緊張の緩和に貢献し、様々な騎士との決闘をこなし、最終的にその決闘相手の騎士全てから友として認められて、王からザクセン王国との和平条約の確約を勝ち取り。
二つ目の国では困窮する領土を憐れに思い、公爵家次男としての知識と経歴を生かしてザクセン王国との流通を調えて治世に貢献し、王から直々に招かれて賛辞と感謝の言葉を受け取り。
三つ目の国では路銀稼ぎに漁師の真似事などをしたついでに、その領土を脅かす大規模な海賊団をその国の騎士達と一緒にやっつけて、その国の貴族や民だけでなく、王からすら英雄であると称えられて。
四つ目の国では御前試合のトーナメントに参加して優勝したところを王に大層気に入られ、末姫をやると。
城も領地も全部用意してやるからウチの一族になりなさいと取り込まれそうになったために夜中に忍んで逃げ出して。
五つ目の国では悪王が苛政を敷いていたため、反乱側の騎士や民に加わって戦争を行いて見事に勝利し、新王から宰相になって欲しいと懇願されたところをやはり逃げだして。
六つ目の国では王となったトラクスにより宰相として辣腕を振るわないかと熱心に勧誘を受け、それでも駄目なら自分の娘と結婚して王になれと冗談交じりに誘われたが、丁重に固辞した。
私はいまだ本物の騎士ですらありませんから、が固辞した際の方便である。
この辺りで、国外追放処分から「王都以外」の追放処分へと切り替わった。
アルバンが他国に奪われることを危惧したクラウスの判断であったと記録が残っている。
七年目はザクセン王国の王都外にて、いつになったらお前は本物の騎士になったと自分に納得がいくんだよと周囲から揶揄われながらも、各地を念入りに視察して悪い代官や賊を見つけてはこれを懲らしめた。
それらの国々での物語を詳細に書くと、それぞれが一冊の本になってしまうので割愛する。
とにかく、アルバンは七つ国の貴族や市民では知らぬ者がいないほどの功績を為した。
そして騎士修行を終えると同時に、旅に同行してくれたヴェンデルが流行病で亡くなったのを墓に弔いて。
ようやく王都からの追放処分が解かれた。
決闘裁判から七年、アレクサンダー前王が同じく流行病で亡くなる寸前で恩赦を口にしたと言われている。
より正確に恩赦の言葉を記すと「もう十分旅も楽しんだであろう。あとは大人として責任を取る時間だ」であったが。
これにより新王ベルノルトと宰相ブルーノ、公爵クラウスが統治するザクセン王国にて正式な騎士叙任を受ける運びとなった。
この際、ザクセン王国だけではなく七つ国全ての王から爵位や勲章が贈られている。
アルバンは最初これを拒もうとしたが、アルバンには今後とも外交官や使者として貢献してもらいたいというザクセン王国の意向もあり、最終的には有難く受け取った。
二つや三つの国の爵位を持っている騎士というのは稀にいるが。
七つ国全ての爵位を持つのはアルバンが歴史で初めてであり、同時に今後破られることのない唯一となった。
アルバンはこの旅路の中、年に一度ずつザクセン王国に帰国している。
修道院に入ったローゼマリー嬢と、「血みどろ」ヴィリーと約束した家族の様子を見るためである。
ローゼマリーは闊達で、何もかもさっぱりとした表情で、アルバンが帰国するたびに長時間のお喋りをすることで満足を得て。
またヴィリーの家族も、アルバンの年に一度の来訪を心から歓迎した。
決闘裁判当時は10歳であったヴィリーの息子も14歳には騎士となり、最後の七年目のザクセン王国内の視察には同行している。
またヴィリーの娘も、アルバンにはよく懐いた。
懐きすぎて、将来はアルバン様以外と結婚するだなんて嫌だと駄々をこねて、ヴィリー夫人を困らせていたが。
まあ実際アルバンはローゼマリーにもヴィリーの娘にも、ちゃんと責任を取る形で結婚することになる。
アルバンといえば、七年間の旅路にて数多くのロマンスを経験したと言われているが。
実際のところ、真偽は定かではない。
公式には三人を娶ることになり、真面目なアルバンだからこそ、その三人以外には愛など囁いたことはないだろうという学者が殆どであるが――まあ真実はわからない。
少なくとも当時のアルバンは、まだ12歳であるヴィリーの娘を娶ることなど真剣には考えていない、特に想い人もいない、と口にしたことが兄であるクラウスの日記には残っている。
さて、ともかくアルバンは24歳にしてようやく立派な騎士となり、成人とみなされる14歳から10年の時を経て、ようやく公爵家次男の立場からの独り立ちを果たしたことになる。
当然だが、アルバンの婿入りをベルノルト王や兄クラウスに嘆願する貴族は沢山いたが。
ここでトラクスが出て来る。
無事に「国盗り」を果たし、王となって六年の彼には一つだけ大きな悩みがあった。
後継者がいない。
より厳密にいえば、息子が産まれない。
まだ王となって六年だろう、気にしないで良い。
そういう周囲の声もあったが、トラクスだけは真剣に後継者不在を心配していた。
三人の妻を娶り、10人の子供が出来たが、全てが娘であったのだ。
男児が産まれない。
これは自分が悪いに違いない、どう考えても自分の種に原因がある。
周囲はトラクスの雄度が高すぎるあまりに、逆に娘しか生まれないのだなどと笑っていたが、当人は本気で将来を悲観していた。
前代の悪王、自分が殺した血縁上の父親は多くの種を国内に残しており、もしトラクスが何か病や戦場で倒れた場合、各地の領邦君主が誰か適当な人間を担ぎ上げて反乱を起こす可能性が高い。
自分の国家はトラクスという王を失えば、途端に空中分解するであろうことが容易に予測できた。
トラクスはアルバンが自国に居た時は半ば冗談気味に、宰相になれと、なんなら俺の娘と結婚して王になるかだなんて口にしていたが。
それから二年が経ち、もはやトラクスにとっては冗談で済まない事態になっていた。
そして、トラクスにとっては、アルバン以上の後継者など七つ国の何処を探してもいないように思えたのである。
ザクセン王国に真剣に申し入れた。
「貴国と永遠の同盟を約するためにも、騎士アルバンを我が長女の婿に迎え入れたく。もちろん王の座を約束する。これは例え自分に将来息子が産まれても決して違えぬ。そもそも息子の質が選べぬことはアレクサンダーの苦労でよくよく知っているが、義息子は選べるのだ。もしアルバンを自分の後継者に選べたならば、これほど嬉しいことはない」
と。
これにザクセン王国は悩んだ。
噂はすぐに市井にすら漏れ――正確にはトラクスが意図的に漏らして。
もはや誰もが知るところとなり、国中で論議を巻き起こした。
宮廷でも論議を起こして、一か月ほど混乱して、それこそどうするのが一番正しいか紛糾したが。
結局一番大事なのはアルバンの意思というところに落ち着いた。
アルバンは答えた。
「アレクサンダー王の遺言の通り、責任を取る時間となりました。永遠の同盟を約するためにも、私がトラクス王の後継者となりましょう」
と。
なお、アルバンはこの時の判断について「あれが過ちの始まりであった。格好つけるんじゃなかった」と老年に書いた自省録にて回顧している。
アルバンはトラクスの後継者となり、その際に側近になることを志願したヴィリーの息子を連れて行くこととなったのだが。
この際に、ヴィリーの娘とローゼマリー嬢も一緒に連れていった。
厳密には兄クラウスがどうせなら縁者全てを連れて行け、と忠告したのである。
素直にそうすることにした。
この時、アルバンが何を考えていたのかはわからない。
わかるのは、未だ六歳のトラクスの娘を婚約者として迎えて。
そこから八年後ほどの時が流れた。
危惧した通りトラクスに息子が産まれず、娘が十四歳の成人になったのを認めると、彼は王座をすんなりアルバンへと譲ってしまった。
別にアルバンの嫁になれるなら宮廷での順番なんて気にしないとばかりに、ヴィリーの娘とローゼマリー嬢はその間に第二夫人、第三夫人として結婚を済ませていた。
さて、アルバン王の時代だが、ここからアルバンの苦難が始まる。
七つ国全てを狙う侵略国家が現れたのである。
アルバンは七つ国に呼び掛けた。
「頼む、一度でいい。お願いだから協力してくれ。そのためならば、私個人にできることならばなんでもする」
と。
この願いだが、お前らと仲良くするのは全く気に食わないが、アルバン王の頼みであるからと。
各国の王は理解を示し、不思議とすんなり上手くまとまったと言われている。
もちろんアルバンが大変な苦労の上で纏めたのだが、そもそも纏まったことだけで凄いと後世の歴史家は誰もが皆口をそろえて、アルバンを称賛している。
その上で侵略国家に勝利し、見事に撃退したのだからケチのつけようがない。
二年にわたる長い戦であったが、なんとか七つ国を窮地から救ったのだ。
なお、この戦で戦略的戦功の一番を選ぶとすれば、当然ながらまとめ役のアルバンであるが。
戦術的な功績を評価するとすれば、それはディートリヒである。
そう、決闘裁判第四試合に出ていたザクセン王国最強の「狂える大猪」ディートリヒである。
ザクセン王国を出奔し、それまで何処で何をしていたのかさっぱりわからないが、決闘裁判から15年。
43歳を迎えていたディートリヒは未だに全盛期の実力を誇っていた。
いや、それどころか、決闘裁判当時よりも更に強くなっていた。
そんな化物が最前線を転戦し、ひたすらに殺戮を繰り広げたのだからたまったものではない。
最終的には侵略国家の王さえも討ち取った。
戦が終わり、戦のまとめ役であったアルバンはディートリヒに謁見を許して、こう口にした。
「貴卿こそ本当の一騎当千である」
と。
ディートリヒはこう返した。
「そういうお前は本物の騎士になれたのかね?」
純粋な疑問であったらしい。
アルバンはこう答えた。
「いや、まだだな。そもそもどうしたらなれるのか、方法を模索中だ」
では何をすれば納得するのかと。
ディートリヒは苦笑するとともに、爵位も勲章も断って、また旅に出た。
その時、七つ国の王たち六人は。
要するにアルバンを除いた王たちは、何かアルバンに与えられるべき報酬。
七つ国のまとめ役となり、侵略国家をブチのめした男になにかしてやれることはないかと考えた。
アルバンの回顧録には一文「よけいなことをされた」とだけ書かれているが。
この男こそが、誰から見ても七つ国全てを統治するに相応しいと考えたのである。
もちろん、それは純粋な好意でもあったが、同時に自分たちに都合のよい皇帝を。
ようは七つ国同士の仲裁や、共通規格が必要な度量衡や、交易や、法律や、道路整備。
とにかく国家間の何から何まで面倒くさい計画を押し付けることのできる、善良な皇帝がいればいいなあと、皆が考えて。
そして勝手に六か国の同意と、当時アルバンの王国宰相となっていたヴィリーの息子での合意により至尊の座を押し付けられたのである。
そういえば、まとめ役となる際に「私個人にできることならばなんでもする」と言っていたし、言質はとれているから勝手にそうしてしまっても問題ないだろうと誰もが納得した。
こうしてアルバンは皇帝になった。
この時、決闘裁判から17年が経ち、アルバンは34歳である。
若い皇帝であった。
アルバンは本気で泣いて嫌がりながら皇帝の座についたと、兄クラウスが日記に残している。
その後も沢山の苦労をした。
そして、その苦労の見返りは七つ国の黄金期である。
完全な平和と、国土の発展と、貴族や市民の上から下までを含めた幸福である。
アルバンはその後も46年、要するに80歳になるまで、皇帝の座を息子に譲ってからでさえも、事実上の皇帝として君臨した。
いや、させられた。
本人はさすがに50歳ぐらいで責任の時間を済ませたと考えていたが、アルバンが皇帝になってからの時代が七つ国の貴族や市民にとって幸福であり、代替できない存在となっていた。
誰もが現状維持による更なる発展を望み、責任ある立場から逃れないように嘆願されたのである。
だが、さすがに80歳になると、アルバンは弱音を吐いた。
「もうすぐ私は死ぬぞ。それまでに誰もが幸福になれる道を模索しろ」
と。
七つ国の全てが慌てに慌てて、最終的に一つの国として統合しようという結論になった。
二十年がかりの国家大統合である。
それが現在ある後継国家の成り立ちである。
アルバンは弱音を吐いてから20年、100歳でしっかりと国家大統合を見届けるまで生きたが。
その間に、アルバンは自省録を書いた。
長い回顧録ともいえる。
これについても、語るとアルバンの人生そのままを記すことになってしまう。
だから、それはやめておこう。
ただアルバンの最期の言葉を記しておこう。
「はて、私が本物の騎士になりたいだなんて思ったのは、何歳の時であったか? とんと成れた気がせぬ。死ぬほど苦労をしたし、自由気ままな旅もした。なれど、私は今でも……」
彼が最後に続けて言おうとした言葉は誰も知らないし、知ることができない。
若いアルバンの事を知る者は、もう100歳で死ぬときに誰も残っていなかったから。
その予想すら何一つできなかった。
ただ一つだけハッキリしていることがある。
アルバンが本物の騎士になりたいと思ったのは間違いなく17歳の時。
アルバン皇帝として至尊の座に就いた時でもなく、その前のアルバン王としてでもなく、七つ国を旅した若い時代でもなく、更にその前。
決闘裁判にて、数多くの見事な騎士をその眼にした時である。
十七歳のアルバンを中心に、数多くの騎士についての決闘が克明に記された戯曲。
その名も『7 Knights to die』と呼ばれ、現在でも親しまれている。
完
無事完結しました。
最後まで読んでくださった方、誠に有難うございます。
心から感謝いたします。
書下ろし外伝など書くかもしれませんので、ブックマークは残したままで頂けますと嬉しいです。
色々と勉強になり経験を得た作品でした。