外伝① godfather/名づけ親(ベルリヒンゲン編)
あの決闘裁判から、もう二年が過ぎた。
ベルリヒンゲンは今年で五十歳になる。
まさか四十八歳にして十六歳の花嫁を迎え、その二年後に初子を授かることになるとは夢にも思わなかった。
少し人生を振り返れば、中々にヤンチャな人生を送ってきたと考える。
フェーデという名の喧嘩もすれば、フェーデという名の農民戦争とてやりきった。
命を賭した決闘裁判だってしたのだ。
ここまでの騎士人生を歩いてきた奴などそうはいないと思っている。
だが、そこから、こういった人生の結末までは予想していなかった。
まさか、自分の三分の一の年齢しか生きていない嫁をもらうとはな。
そして、五十歳にして子供を授かることになるとは。
しかして、悪くない。
決して悪くない結末のはずである。
妻が抱えている赤子の顔をみると、思わずベルリヒンゲンはにんまりとしてしまう。
まだ生まれて三日も経っていない息子だった。
「子供の名前は何にします? 前から決めていたんでしょう?」
小さな可愛い小間使い。
あまり美人ではないが、ベルリヒンゲンにとっては世界で一番いい女。
今ではその妻である「鼻ぺちゃ」な彼女が、赤ん坊を腕に抱えて、子供の名前についてを口にした。
王都で買ってやった髪留めを気に入ってから、二年前までしていた三つ編みおさげはやめてしまった。
あれはあれで実のところ、ベルリヒンゲンにとっては好きな髪型だったのだが。
それはそれとして、子供の名づけだ。
真面目にやらねば男がすたる。
さて、何と名付けるか。
それをすでに決めているが、妻にも詳細を説明しようと口を開く。
「実のところ、このベルリヒンゲン。名づけのセンスが全くなくてな」
「知ってはいます。貴方は犬には犬と、猫には猫と名付けるお人。最初は私が名前を付けた方がマシだと考えたぐらいです。でも、この子は将来騎士になるんですよね。私みたいに農村育ちの女が考えた名前だと、将来この子が恥を掻くかも」
「うーむ。別にそんなことはないと思うが……気にしすぎではないか?」
首を捻る。
別に、愛する子供に親が付けた名前に、農民だろうが騎士だろうが貴賤はないというのがベルリヒンゲンの意見だったが。
それはそれとして、妻が抱える赤ん坊の将来について考える。
今の彼は左腕を失った傷痍軍人であり、年金頼りの老騎士にすぎぬが。
かつての爵位はまだ残っていて、この子に相続することができた。
ベルリヒンゲンの名など、このまま歴史の中に消え去るのみと彼は考えていたのだが、子が出来たとなると話は別だ。
いつか王都にて騎士になる選択肢が、この子にはあった。
「別に、このまま公爵家の自由民として畑を耕して暮らす。もちろん、その選択肢もあると思うが――今のままだって十分幸せだろう」
この地に身を埋めても良い。
公爵家はクラウスが当主の座に着いてから良政が敷かれており、農民戦争で疲弊した農民たちにも十分な手当がされた。
だから、別に自由民として生きていくというのも悪くは無いだろう。
ベルリヒンゲンは老いらくの子供がどうしようもなく可愛くて仕方なく、離れがたいために、そんなことも考えてしまうが。
「勿体ないですよう。この子には将来、王都で立派な騎士となって、実家に少しの仕送りはしてもらわないと。何せ、これから子沢山の家庭になる予定なんですから」
「……そうか。まあ、そうだな」
なんというか、妻は思った以上にシビアな考え方をしていた。
厳しい生活をしてきたためか、金勘定には少しばかりうるさいところがある。
それは出会った時から変わらないな、と妻について考える。
まあ、王都にて立派な騎士となった方が農民よりは良い暮らしができるだろう。
子も、そして些少の仕送りを受けることになる妻もだ。
ベルリヒンゲンはもう五十歳だ、妻と寄り添って長くは生きられぬだろうと考えているし、事実そうだろう。
妻の現実的な提案を拒むことはできなかった。
「で、話を最初に戻しますが、名付けです。以前から考えていたんでしょう?」
「うむ。考えてはいた。そして、悩んだ」
ネーミングセンスが無い。
犬には犬と名付け、猫には猫と名付けるぐらいにネーミングセンスが彼には無い。
それをすっかり知っている妻としては、不安だろう。
素直にそう受け止めて、その事実を口にする。
「安心してくれ、自分に名付けのセンスが無いことは知っている。ゆえに、人に頼ることにした。名付け親を頼むことにしたのだ」
「どなたに名付け親を? 王都に手紙を書いていたのは知っていますが」
「うむ。お前もよくよく知っていよう。かつて決闘裁判を闘った、私の決闘相手だ。あのサムソンの奴めにな。名付け親になってもらおうと頼み込んだのだ。これが何より良い結果を産むだろうとな」
サムソン。
決闘裁判にて、かつて死闘を繰り広げた相手。
あれを機に騎士を辞めて、今では市井に埋没している。
国に青空教室の教師として雇われて、今では子供に読み書きを教えてやっているとのことだった。
市井から意見を広く取り入れ、王家に直接報告するなどの仕事もしているらしい。
実のところ、アルバンに頼もうかとも思ったが――騎士修行として各地を放浪しているらしい、今どこにいるかもわからぬ彼に頼むのは無理があった。
「悪くないと思います。あ、この子が大きくなったなら。将来はサムソンさんのところにお世話になるんですかね。何歳の時に王都に行くことになるかはわかりませんけど」
「それも考えておる。年老いた私が将来、王都まで連れ添うわけにもいかんしな。少しは王都に知己もおるが、大切な息子を預けられるほどの信用がおける男となると、やはりサムソンしかいないだろう」
もう騎士は辞めてしまったが、アレクサンダー王に直接面会する登城権は残っていると聞いているし。
ちゃんとした扶持が貰える役職探しも、サムソンが手伝ってくれるならば容易いはずだった。
奴の築き上げてきた信用ほど頼りになるものはないのだ。
もちろん、そういった計算だけではなく――サムソンという男に、我が子の名付け親になって欲しかったという素直な願望もあるが。
「この子の事、ちゃんと考えてくれてたんですね」
「そりゃあ子供のためとならば、誰だって必死になるものよ」
自分の息子を見て、また相好が崩れる。
さて。
それでは、妻に告げることにしようか。
名付け親となり、将来は立派な騎士となるために導いてくれるはずの男。
そんなサムソンが必死になって考えてくれた息子の名前だ。
きっと妻も気に入ってくれると思うのだ。
「この子の名は――」
ベルリヒンゲンは自分の初子にして愛息、その名を告げる。
妻は笑顔で頷いて、赤子にその名を呼び掛けた。
「いい名前ですねえ」
「そうだな」
さて、後は愛息に立派な騎士教育の下地を施すためにも、自分が長生きするだけだ。
何があっても死んでたまるものか。
ベルリヒンゲンは顎を撫でながら、これから先の事をそう考えた。
五十歳の男の厳かな決意である。
もっとも、その決意は単なる杞憂にすぎず。
ベルリヒンゲンはなんと八十一歳まで長生きをし、多くの子や孫に恵まれることになり、その度にサムソンに名付け親を頼むことになる。
また公爵家当主のクラウスにも次男以降が陪臣騎士の誘いを受けて、彼の子孫からは実に多くの名騎士が世に輩出されることになるのだが。
神ならぬ身であるベルリヒンゲン本人に、それを知る術はまだなかった。
続巻が出ないことが正式に決定したため
二巻の書き下ろし予定だった原稿をWEBに掲載していきます。
作者の力が及びませんでした
御購読いただいた読者の皆様に心からの御礼とお詫びを申し上げます