ディートリヒは最初から怒っていた。
話が違う!
確かにイザベラ様の楯になれと、妹パウラを差し出した。
その結果として、妹パウラが毒を盛られた。
そのことでイザベラ様をお恨みは一切していない。
最初から覚悟の上であったし、よくよく話を聞けばイザベラ様の身代わりとなったのではなく、このディートリヒに対する人質とするためにパウラへと毒を盛ったとのことだ。
ならば、イザベラ様を責めるというのは筋が全く違う。
そして、その病状も今では回復した。
なんとか解毒剤を入手して、パウラは復調したのだ。
だから良い。
何もかも解決したことだと、それについては納得することはできたが。
「ヨルダン卿、今年で幾つになる」
「はい、三十二歳となります」
ディートリヒが、黒騎士――いや、元黒騎士であるヨルダンに詰問する。
ヨルダンは素直に答えた。
自分は三十二歳であると。
「パウラはまだ十六歳だぞ!?」
ディートリヒは困惑と同時に、怒りの声を上げた。
現在の状況に対する怒りである。
年齢差を鑑みれば十六歳の妹が、三十二歳の男に惚れこんでいるというのだ。
いや、この時代ではよくある話よ。
特段、縁談としては珍しいという話でもないのだが。
それはさておき、ディートリヒには、妹には同年代の男と添い遂げて欲しかったという、紛れの無い想いがある。
ゆえに怒っていた。
妹パウラが、この眼前のヨルダンという男に惚れこんでしまったことに。
あの御方でなければ、パウラは生涯結婚しませんなどと。
そんなことを口走るまでに、妹が惚れこんでしまったことに。
「殺すぞお前」
正直な想いであった。
ディートリヒはあまり頭がよくない狂える大猪であるがゆえに、柔らかい言葉を告げることが出来ぬ。
ゆえに、どうしても率直な物言いになってしまうのであるが。
「と言われましても……今の今まで私はそのようなこと一切知らなかったのですが」
ヨルダンにとっては知らぬことである。
ディートリヒを挑発しているわけではない。
本当に知らないことなのだ。
確かに、確かにヨルダンはパウラ嬢を窮地から助けた。
パウラ嬢が毒を盛られ、ベッドに伏す部屋のドアの前に立ち塞がり。
第二王子・王妃派閥の数名を斬って捨てた。
騎士叙任式の際に、ヴォルフガング卿が贈ってくれた名剣にてだ。
だが、それはイザベラ様の筆頭家臣として、命を賭しても当然の行為であり。
「むしろ、どうしてパウラ嬢が私にそのような好意を抱くようになったのか……」
知らんわ、そんなの。
結論から言えば、それがヨルダン側の率直な意見である。
なんでこんな三十二歳のしかめ面のオッサンに、パウラ嬢がわざわざ好意を?
そう困惑するばかりである。
実際に首を傾げてもいる。
「妹は血迷っている」
ディートリヒは告げた。
真剣な面持ちである。
「私もそう思います」
ヨルダンはしかめ面のまま答えた。
こちらも、真剣に答えたつもりである。
「我が妹パウラが血迷うわけないだろ、殺すぞ」
そしてディートリヒはあっさり自分の言葉を覆した。
よくよく考えれば、パウラは賢い妹である。
その見識に狂いはないと思っていた。
「ええ……」
ヨルダンは困惑した。
理不尽な問答である。
しかし、その理不尽を暴力で通す事を可能とするのがディートリヒである。
ザクセン王国史上最強で、理不尽な暴力を行使する騎士なのだ。
「……」
ディートリヒはここで悩んだ。
妹の見識について悩んだ。
なるほど、眼前のヨルダンは確かに良い騎士なのだろう。
良い男だ。
それはよくわかる。
わかっていて、それでいて納得できない。
どうしてこのようなオッサンに?
このディートリヒよりも、腹違いの兄よりも年上の男に?
「……」
ヨルダンは黙っている。
正直、ディートリヒの詰問に色々と不愉快なことがないとは言わない。
しかし、まあ彼の気持ちも良く判る。
今の自分は、イザベラ様の筆頭家臣という立場は得ている。
そのことに誇りを抱いているが、それはそれとして三十二歳のよくわからん、元黒騎士のオッサンに自分の妹が強い好意を抱いていると。
それを知った腹違いの兄たるディートリヒが平静でいられるわけもないだろうと。
「……」
「……」
だから互いに沈黙した。
沈黙して、お互いに睨み合う。
ディートリヒが頭一つ背が高く、ちょうどヨルダンを見下ろす形となるが。
それでもヨルダンは引かなかった。
殺し合えば確実にヨルダンは死ぬだろう。
だからといって、イザベラという主君を持つヨルダンがここで引けば矜持がすたる。
たとえドラゴンが相手でも、彼が逃げ出すことはないのだ。
「さて、どうする? 皆の意見を求む」
横からその光景を眺めているドミニクは、周囲に意見を求めた。
三人集まれば文殊の知恵と、東方の諺を聞いたことがドミニクにはある。
集団で意見を交換することの重要性を鑑みた。
「そんな事を言っている場合じゃない! ここはイザベラ様を呼ぶべきであろう!!」
まず陪臣騎士であるレオンハルトが提案した。
だってディートリヒ卿に殴られたら、それだけでヨルダンが死ぬのだ。
それは実際に決闘した自分が一番よく理解している。
ここはイザベラ様を呼ぶのが最善と考えるが。
「男七人集まってそれは情けなくなかろうか?」
処刑人サムソンが疑問を呈した。
確かに、ここでイザベラ様に泣きつくというのは情けないにも程があると。
彼らには騎士としてのプライドがあった。
だが。
「ではサムソン殿が止めに入るか?」
ドミニクがそう尋ねると。
「お断りする。殴られたら死んじゃうし」
サムソンは明確にこれを拒否した。
殴られたら死んじゃうし。
それが現実である。
つまり、処刑人サムソンとてディートリヒ卿には恐怖していた。
彼には市井に交ざり、子供相手に青空教室を開くという夢があった。
ここで死にたくはないのだ。
「この中で一番強いのは、七騎士で一番強いのはヴォルフガング卿であるな」
そう口にしたのは領主騎士である。
東方開拓地にて開拓に明け暮れる、庶民的な彼である。
当然のように七騎士の中で一番強い人間に、辛い役目を押し付けようとした。
白羽の矢を立てた。
仕方ないのだ。
皆、ディートリヒ卿は怖かった。
誰もが嫌な役目を押し付け合った。
今回は一番強いヴォルフガング卿にその役目を求めた。
「私が少年だったころにトーナメント決勝戦にて、同年代のディートリヒ卿に見事なぐらいにボコボコにされて完敗した話をするか? その光景を繰り返すだけとなるが?」
剣闘士ヴォルフガングはそう口にした。
止められるわけねえだろ。
まあまあ、と横から口を挟んだところでボッコボコに殴られて終わりよ。
そんな率直な物言いであった。
事実、そうであろう。
誰もがヴォルフガングの言い分には納得した。
「かといって、ヨルダン卿を見捨てるわけにもいきませぬ」
紋章官がそう口にした。
それはそう。
一人は皆のために。
皆は一人のために。
別にそんな誓いをしたわけではないが、ここでヨルダンを見捨てる選択肢はない。
七騎士は立派な騎士である。
命など惜しくもない。
だが――
「ええ、こんなことで我らが死ぬことになるのか? これが我らの死因か?」
ドミニクが正直に疑問と困惑を口にした。
戦場で死ぬことは誉れである。
主君のために死ぬことは誉れである。
朋輩のために死ぬことは誉れである。
その三つの内たる最後の『朋輩』という言葉に、確かにヨルダン卿は値する。
七騎士は年齢も役職もバラバラであるが、確かに皆が友人のつもりである。
だから、そのために死ね、というならやらんでもないが。
「なんでこんな理由で死ななければならんのか?」
ドミニクは躊躇った。
別にパウラ嬢がヨルダン卿に惚れたっていいだろ!
この程度の年齢差、世間では別に珍しくもない。
少々狭量すぎやしないかい、まあ一息吸って落ち着きなよ。
そうディートリヒ卿にフランクに話しかけて、怒った彼に殴られて死ぬことを恐れたのだ。
「戦場ならば良い。だが、こんなことで死ねば世間の物笑いの種よ!」
それはそう。
ドミニクの悲嘆じみた言葉に、誰もが頷いた。
だが、仕方ないではないか。
ヨルダン卿を見捨てるわけにはいかない。
「あれだ、こういうのは男が関わるとろくなことにならん。ここは毅然とした女性が――」
イザベラ様を呼ぼう。
率直にドミニクはそう口にしようとして。
やはりそれをしては、男として、騎士としての矜持を失うような気がした。
ゆえに、それだけはできなかった。
「ええい、皆。行くぞ」
ドミニクがそう口にした。
「行くのか。気が進まんが」
ヴォルフガングは嫌がった。
というか、皆が嫌だった。
だが、何度も言うがヨルダン卿を見捨てるわけにはいかない。
その気持ちだけは皆、嘘ではないのだ。
「ディートリヒ卿! お待ちいただきたい!!」
にらみ合うヨルダンとディートリヒ。
その間にドミニクがどうにか割って入った。
それだけで他の者は誰もが、ドミニクを尊敬した。
「ドミニク卿。すまんが、どいてくれ。私はヨルダン卿がパウラに相応しい男かどうか見定めねばならぬのだ」
「そこをなんとか。とにかくも、荒事は――」
「荒事を起こすつもりはない」
ふん、とディートリヒは腕組みをして。
少し悩んだ後に、認めるのは嫌だが、と言いたげに。
「なるほど、胆力は少なくとも優れているようだ。このディートリヒが睨みつけても怯えぬ男などそうはおらぬよ」
結局のところ、このにらみ合いはディートリヒにとって審査であった。
ここで怖気づいて退くようならば騎士として失格。
パウラの夫にふさわしいどころか、イザベラ様の筆頭家臣としても失格である。
そう判断するつもりであった。
だが、ヨルダンは一切退かなかった。
「よかろう。まずは妹パウラの見識に間違いがなかったのは認めよう。後はヨルダン卿、貴殿の気持ちだ」
「私の?」
ヨルダンは疑問符を頭に浮かべた。
「貴殿はパウラの好意を知らなかった。そこに嘘はないのだろう。それはわかる。それはそれとして、その、知った上での貴殿としてはどうなのだ。我が妹パウラを妻にふさわしいと思うか?」
ディートリヒは存外、マトモな思考回路をしていた。
審査は終わりだ。
確かに、妹パウラに相応しい相手だとヨルダン卿を認めよう。
だがヨルダン側はどうなのだ?
そのような疑問が芽生える。
「その、なんだ。あれだ、脅かしてすまなかった。それについては謝ろう」
ドミニクが割って入ったのもあってか、ディートリヒは冷静になった。
素直に謝罪する。
そして、言葉を続ける。
「腹違いの我が妹、パウラはもうお前以外の男に嫁ぐのは嫌だと思い詰めているのだが?」
そんなことを言われても、と。
首を傾げながらに、ヨルダンは答える。
「先ほども言いましたが、何故わざわざ私のような男に? そう考えはしますが……」
ディートリヒの態度は打って変わって真摯である。
なれば、ヨルダンも真摯に答えざるをえない。
「まあ、私はイザベラ様に良い縁談をこれから探すからと言われている立場なのです。当然ですが、主君の紹介があればこれを断るつもりは一切ありません」
「つまり、イザベラ様がパウラを紹介すれば、これを娶るつもりだと?」
「そのつもりです。パウラ嬢に、考え直した方が良いとは一言告げるつもりですが……」
正直に答えた。
ヨルダンにとってはこれ以上の返事などしようがない。
そう言いたげに、口にした後で。
「そうか。理解した。パウラはおそらくイザベラ様に、お前を紹介するように強請るだろう。当たり前だが、イザベラ様がこれを断ることはないだろう」
「まあそうでしょうね」
がし、とディートリヒが両手でヨルダンの両肩を掴んだ。
彼に取っては本気ではなかろうが、ヨルダンはそれだけで両肩が軋むようだった。
「つまり、ヨルダン卿は我が義弟ということになるな」
「まあ、そうなるかと」
「義弟」
その言葉を噛みしめて、ディートリヒは強く頷く。
「よし、納得した。貴殿を、ヨルダン卿を義弟と認めよう」
「……」
ヨルダンはほっとしたと同時に。
別にパウラ嬢を嫁に取るのは嫌じゃないが、眼前のディートリヒ卿を義兄と呼ぶのは嫌だな。
ドラゴンを相手に闘うよりも嫌だな。
一瞬だけそんな顔をして、必死にそれを隠そうとした。
それを見て、ドミニクは深く同情するとともに。
「ふふふ、年上の義弟というのも悪くないものだ。いっそ、私もイザベラ様の家臣となるか?」
なんか一人だけいい空気を吸っている上に、とても身勝手な事を言い出す。
そんなディートリヒ卿を見て、深くため息を吐くのだった。
というわけで本来は書籍用だった2作を提出しました。
書籍版1巻でも外伝3作を書き下ろしておりますので、一度お読みいただければなと。
ではでは