01.赤い彗星(偽)
子供のころから、シャア・アズナブルは乗り物が好きだった。彼がはじめて自分の手で駆ったのは馬だ。故郷のテキサス・コロニーは、コロニー建設バブルの際に作られたコロニーである。西部劇の世界をイメージして作られたコロニーには、馬がいた。
シャアが馬に乗って見る世界は高く、広かった。それが彼の世界を変えた。
ハイスクールをサボってバイクに乗ったり、車に乗ったりと、学生時代のシャアは不真面目だった。
悪友に誘われて操縦した宇宙船。そのコクピットに座った感動はシャア・アズナブルの人生を方向付けた。
それからのシャアは、両親に黙って宇宙レースに出るなど、スピード狂の本性を見せ始めた。
乗り物に夢中であり、あまり帰郷しなかったシャアは、両親にいきなり、ジオン士官学校の入学許可証のサインを貰いに行った。
彼の両親は烈火のごとく怒ったが、なんとかサインを貰った。
シャアはそのまま悪友の所有しているフネで、サイド3に行った。その道中も彼にとっては未知の経験だった。
士官学校では、ガルマ・ザビと親友になった。ガルマとシャアはウマがあった。ガルマの甘さをシャアは好ましく思っていた。ガルマが、ガーディアン・バンチに駐屯している連邦軍に対して、武装蜂起を考えたりしていたが、それはシャアの必死の説得により阻止された。
シャア・アズナブルはガルマの
しかし、シャア・アズナブルは軍人であり、モビルスーツは兵器だ。争いに使われるものなのである。
シャアに課された任務は、ミノフスキー博士を確保することだ。同僚のラル大尉と、マッシュ准尉、オルテガ准尉、ガイア准尉、彼らと共にミノフスキー博士を捕まえなければならない。
「シャア中尉。気分が優れないように見えるが、大丈夫か」
「あんまり大丈夫じゃない。僕は、飛ぶことは好きだけど、戦いは苦手なんだ」
そう言い放ったシャア・アズナブルを見て、ランバ・ラルは溜息を吐いた。苦手というのは、絶対に嘘だ。シャアの操縦の腕前は尋常ではない。レースで磨かれた精神により、彼には一切の躊躇というものがない。更には、絶対に避けられないような背後からの攻撃を避ける。そんな、未来予知のような能力まで持っていた。
かつてラルが仕えたジオン・ズム・ダイクンとダイクン家。目の前の男には、ダイクンの忘れ形見であるキャスバルの面影がある。シャアの性格は柔和で、真面目だ。ラルは部下としてシャアを高く評価している。
「よう。アズナブル坊ちゃん。ママとの電話は終わったのかい?」
「ああ。遺言は残してきた。心配してくれてありがとう。オルテガ准尉」
「はぁ? 別に、俺はお前の心配なんかしてねぇよ!」
シャアは、生真面目な性格でオルテガのペースをよく崩す。シャアの機体色は、オルテガがからかったことを真に受けたシャアが誂えたものなのだ。シャアはからかわれたことに気が付いたあとで、赤が好きなので嬉しいと喜んでいた。
「お前ら、そろそろ会敵だぞ。私語は慎めよ」
「おうよ。分かってるって」
「了解しましたラル大尉。索敵に集中します」
この部隊では、シャアの生真面目さが変に浮いていた。彼は、基本的には真面目だ。一度、マッシュに騙されルナボウル用だという変な仮面をつけたことはあったが。ノーマルスーツを着用し、変な仮面を装着していないシャアは、真面目なジオン軍人だった。
「遅いな…!」
「なっ。速すぎる!!」
真っ先に動いた赤い機体が、待ち伏せていた連邦軍の不格好なMSもどきを撃ち抜いた。一斉射を加えようとしていたところを乱され、隊長機を撃破された鉄騎兵中隊。もはや、ただの案山子だった。
「ミノフスキー博士。ジオン公国軍中尉、シャア・アズナブルです。身柄を確保させていただきます」
一機で段違いの活躍をしたシャアは、ミノフスキー博士を無事に捕虜にした。博士は怯えきっていたので、シャアはこの上ない紳士的な振る舞いをしたのだ。ミノフスキー博士は、彼の生み出した機体が悪魔のような動きをしていたので、シャア・アズナブルに怯えていたのだが、鈍感なシャアはそれに気が付かなかった。
この一連の戦闘で、シャアは大尉に昇進した。ラルと同格になったが、もともとシャアはラルのことを上官として敬い慕っていた。それが、先任に対する敬意に変わっただけだった。
「父さん、そろそろ戦争がはじまりそうだよ。母さんとかセイラさんとかを連れてジオンに避難してくるべきだよ」
「僕は大尉に昇進したんだ。父さんたちを養うことくらい出来るよ」
「ルウムにいるよりもサイド3の方が安全だよ」
そういったことを必死に言い続けて、シャア・アズナブルはようやく家族をサイド3に呼ぶことができた。戦争がはじまる予兆は明確で、ルウムも危険だった。
しかし、シャアの友人であるマス家はルウムから逃げなかった。行方不明であるエドワウは関係がないが、セイラやその義父であるテアボロが、ルウムに残ると言っているのだ。医師のセイラは、患者のため。テアボロは、セイラが残るからと言っていた。
シャア・アズナブルは、ランバ・ラルの影響もあり戦争反対派だった。しかし、死にたくはなかったため、声を大にして主張することはなかった。
シャアの秘めた思いとは裏腹に、戦争がはじまった。
「シャア。素晴らしい働きだな。サラミスを三隻。それも単機で落とすとは」
「ドズル閣下。単機ではありません。母艦や整備兵がいての私です」
「相変わらず貴様は謙遜する。だが、そこが貴様の良いところだ。貴様の部隊でルウムのベイを潰せ」
ドズルの命令を聞いて、シャアは胸が苦しくなった。故郷を攻撃することに対しての忌避感だ。
「申し訳ありません。私にはできません。私はもう、人を殺したくありません」
「赤い彗星というものが、臆病だな」
「閣下。ジオンはコロニーを落としたのですよ。地球では怨嗟が溢れています。我々はやり過ぎたのです」
ドズルは、人払いを行った。それから、シャアの襟首をつかんだ。
「臆病風に吹かれたか!? ラルに何か言われたのか! 予備役に送られたいか!」
「閣下。閣下にはお子さんが生まれたと思います。その子の前で、コロニーを落として人々を虐殺したと誇れますか? 無辜の民を殺したと誇れますか!?」
「黙れッッ!!!」
ドズルに投げられ、シャアは転がった。咄嗟に受け身を取ったので、怪我はない。
「黙れッ! 喋るな!」
手すりを握りつぶし、ドズルは苦悶していた。その様子を見て、シャアは上官の苦悩をようやく悟った。そして八つ当たりをした自身の浅はかさを恥じた。
「閣下。ルウム攻撃の件。了解しました」
「そうか」
シャアに課された目標はルウムの港湾施設だ。ザクで奇襲すれば、簡単に目標を達成できるはずだった。
しかしシャアは正々堂々と攻撃を行うことを宣言し布告した。民間船が避難した頃を見計らって、ベイを攻撃する。
数隻いた戦闘艦艇を沈め、港湾施設に打撃を与えた。味方にも民間船舶には犠牲を出させなかった。
その後、ルウム戦役に参加し、マゼラン級5隻を沈めた。シャア・アズナブルの名は、一躍報道されエースとなった。
シャア・アズナブルの活躍は留まるところを知らなかった。脱出したレビル将軍をサラミスごと確保したことも、その功績である。
しかしシャアは政治的には無能であった。副官であったドレン少尉に問われた時には、以下のように返したという。
「少佐、これは政治の問題ですよ」
「なら丁度良い。私は軍人で、政治には関わらないようにしているんだ」
ドレン少尉は、この返答に呆れた表情を浮かべた。シャアは、それを無視した。