居心地の悪い場所だった。ここに居る人間は、かつてのジオン三軍の所属も違えば、思想も違う。戦争犯罪人も居れば、そうでない人間も居る。しかし、自分以外にA級戦犯はいなかった。シーマに対し、恐怖するような視線もちらほら飛んでくる。
シーマ・ガラハウの相貌はかつてのものとは違う。彼女は常に顔の下半分を覆う仮面を付けている。というのも、頬から下を切り裂くように入った傷が有るからだ。醜い傷跡を晒すような趣味はシーマにはなかった。
その傷は、シャア・アズナブルに付けられたものだった。性能ではシーマの乗機であるガーベラ・テトラが圧倒的に勝っていた。それでも、シーマは勝てなかった。それどころか負傷し、フレームを傷付けられたガーベラは廃棄せざるを得なかった。
シーマはこれまでアナハイムに媚を売り、生きてきた。A級戦犯というスティグマは彼女の寄る辺を無くした。
「インビジブル・ナイツ実行部隊長のエリク・ブランケ少佐だ。今後の計画について話したい。我々インビジブル・ナイツは水天の涙作戦のために結成された部隊だ。月面のマスドライバーから地球にある連邦軍施設を攻撃するための部隊だった。
だが、ガルマ・ザビのもたらした偽りの終戦により、我が部隊は行動できなかった。今こそ、水天の涙作戦を実行する時だ」
エリクは言葉を区切り、この場に居る面々を見回した。
「我々には核も気化弾頭も有る。これをフォン・ブラウンに仕掛け、アナハイムにマスドライバーの投下座標と弾薬を供出させる。それにより、地球上の連邦軍施設を粉砕する。スペースノイドの栄光のためだ。諸君の奮闘を期待する! ジーク・ジオン!」
出席した面々が立ち上がり、ジーク・ジオン!と叫ぶ。蓋を開ければ実に単純な作戦だった。要はアナハイムを脅して、マスドライバーのデータと弾を出させて、連邦軍基地を攻撃するのだ。シーマたちは、連邦軍やティターンズの足止め要員だった。
「コレは駄目だね。このフネは沈む」
シーマが、アナハイムに飼われ生き延びてきたのは、部下のためだった。連邦軍に殺されるためではない。
必死に頭を回して、生き延びる道を考えた。シーマが持っているものは、ザンジバル級にムサイ級。それとゲルググだけだ。この僅かな手持ちでは、切れる札がなかった。
アナハイムが飼っていたジオン残党の中で目立つ組織は、インビジブル・ナイツ、グラナダ特戦隊、シーマ艦隊だ。シーマ艦隊は、アナハイムからよく思われていないようで危険度の高い襲撃などを行わされている。
シーマ艦隊が、足止め要員として使い捨てにされるのは明確に想像できた。
「手札が少ないんなら増やせば良い。エリクの手はそこまで長くないだろう」
手始めにシーマは、ジオン共和国軍袖付きの司令官である准将に粉を掛けることにした。
「おや、シーマ中佐ではないか。コロニー浄化の聖女にお会い出来るとは光栄だ」
「アンドリュー准将こそ、見事な部下の統制をお見せになる。私たちとしても見習いたい」
「私はザビ家の売国奴が連邦に押し付けられたフォン・ブラウン裁判など、唾棄すべきものだと思っている。シーマ中佐の、一年戦争の際のGGガスを使用した浄化は正しいものだと信じている。コロニー落としによって、連邦の甘言に騙されかけていたスペースノイドが結束を取り戻し、未来へ向かえるのだ」
准将は無意識にシーマを煽っていた。コロニー虐殺の光景が眠る度によぎり、罪悪感でよく眠れない。そう目の前の男に告げたら彼はシーマを軽蔑するだろう。
「殉じよう! 我々はスペースノイドの未来に殉じようじゃないか!」
シーマはこの男との協力という線を捨てた。准将は単なる死にたがりだった。シーマは、彼に同調したいとは微塵も思わなかった。
「ならアクシズか。エンツォ大佐ねぇ。良い噂は聞かない男だが」
シーマが訪問すると、エンツォの傍には、首輪を付けた少女がいた。少女は髪を短く切り揃えられ、脚には傷が有った。傍らには鞭が有り、エンツォが少女を嬲っていたようだった。
「これは、シーマ中佐。何用かな?」
「これから友軍になるんだ。挨拶をと思ってね」
「ふむ。私は、アサクラ大佐と親しくしているからね。君の評判は彼から聞いているよ」
嬲られた少女の存在や、アサクラ大佐が生き延びていた事実に、シーマは不快感を覚えた。だが、シーマの固まった表情筋は動かない。
「それで用件は何だ? ふむ。我々に逃亡の手伝いをさせたいのか。アナハイムを何らかの材料で脅し、木星船団の船籍を得ると。なるほど。考えているな。君の行方は連邦政府が血眼になって追っている。悪いが、アクシズは君を庇うことは出来ない」
「……その少女の能力か。厄介だね」
「驚かないのか。そうとも。ハマーンは優秀な強化人間だ。反抗的なところは残っているが、利用価値はある」
シャアとの交戦から、シーマはもしやと思ってカマを掛けたのだ。エンツォは、それに引っ掛かった。
「やれやれ。お手上げだね」
「そうか。単にアサクラに利用されただけの無能かと思ったが、なかなか見所がある。だが、君を拾うことは出来ん」
リリー・マルレーンに戻るべく、格納庫に向かう最中、シーマは袖を引かれた。
「貴女がシーマ・ガラハウ?」
「そうさ。あんたは?」
「私はナタリー・ビアンキ。中尉よ。情報技官をしているわ」
「で、何の用だ?」
「ハマーンを助けて欲しいの。まだあの子は折れてないわ。エンツォ大佐は、洗脳やら暴力であの子の意志を折ろうとしてる。友達なの。彼女を助けたいのよ」
「方法は?」
「思いつかないわ。シーマ中佐は?」
「悪いけど、他を当たりな。アタシは見ず知らずの人間を助けるほど暇じゃないんだ」
首輪を付けられ、鞭で打たれているだろうハマーンを、シーマは哀れに思った。だが、シーマには彼女を助ける余裕などない。
「あとは、特戦隊の連中か……」
グラナダ特戦隊は、狂った連中だ。
指揮官のマレット・サンギーヌ大尉は、暴力的でプライドが高い。
リリア・フローベール中尉は、マレットを崇拝している。マレットとリリアに引っ張られるような空気がこの部隊には有った。
部隊規模はムサイ4隻からなる小規模な部隊だ。しかし、グラナダ出身の部隊であり、装備と練度が充実している。狂犬的な部隊である彼らと、協力できるとは思っていなかった。
「何の用だ? シーマ・ガラハウ」
「協力を申し込みたい」
「どんな風の吹き回しだ? 俺たちは利害を共有出来ないだろう」
「アタシは、思ったんだ。マスドライバーによる攻撃など、意味はない。男ならデカいことをしたくないかい?」
マレットは、シーマの言葉の続きを待った。
「コロニー落としだよ。エリクの澄まし顔を崩したくないかい?」
「ふっ。ははははははは! 面白いな! コロニー落としか、コロニー落とし。そうだよな。面白い!」
シーマの差し出した手をマレットは掴んだ。
「エリクはマスドライバーで隕石を落としたがっている。コロニー落としには否定的だ。綺麗な戦争がしたいんだろうね。けど、もうあの戦争でコロニーを落としちまった以上、アタシたちは薄汚いテロリストだ。ならとことん暴れるべきだろう?」
「そうだろうな! クズはクズらしくするべきだ! エリクの済まし顔を崩してやる! はははは! 素晴らしいな!」
「シーマ、俺たちには秘密兵器がある。見せてやろう」
そう言って、マレットがシーマに見せたのは巨大なMAだった。
「ブラウ・ブロの改造機だ。俺が乗る予定だったが、俺にはサイコミュの才能が無いようでな。俺自身を強化させたが、無意味だった」
「サイコミュか……なら、丁度良いパイロットが居る」
「誰だ?」
「囚われのお姫様さ」
シーマの手元にはカードが揃いはじめていた。これなら上手く立ち回れば、泥船から逃げられるかもしれない。
マレットは協力者ではない。シーマが、彼を利用するだけだ。アナハイムもエリクもマレットも利用して生き延びる。シーマは、これまでもこれからもそうやって生きていくのだ。