エリク・ブランケはフォン・ブラウン市を人質に取った。市を核弾頭で破壊しない代わりに、マスドライバーで発射する質量弾と、座標データを要求したのだ。
交渉相手であったオサリバン常務は、それに応じた。エリクは想像していなかったが、質量弾などは、前もってアナハイムが製造していた。つまりこれは、アナハイムのマッチポンプだった。
エリク・ブランケは、自分の意志で行った一連の行動が、アナハイムの掌の上にあるとは気が付いていなかった。
ジオン共和国が自分たちに支援を行っていたこと。核弾頭の奪取に連邦軍過激派が関与していたこと。それらは、エリクの脳内からすっぽり抜け落ちていた。
どこまで行っても、エリクは未熟な軍人で、単なるテロリストだった。
エリク・ブランケというよりは、オサリバンの目論見通り、質量弾と座標データはインビジブル・ナイツへ引き渡されることとなった。
回収船を向かわせて、あとは1時間もすれば受け取りが完了していたはずだった。その後、確保されているマスドライバーに向かい、座標データを入力し、質量弾を撃ち込む。それで、水天の涙作戦が、完了するのだ。
「なんだ!? フォン・ブラウンが…………ッ!?」
フォン・ブラウン市は核の炎に包まれた。エリクは指示を出していない。また、バズーカに積んだ気化弾頭も装填されたままだった。
アクシズ艦隊のエンツォが独自に行動したとしか考えられなかった。
「エンツォを呼び出せ!!」
「それが、通信途絶しています! 味方MAが、暴走しました!! 連邦軍に打通されます!」
想像していない事態だった。エリクの交渉相手が消滅したのだ。重量弾も座標データも手に入っていない。エリクの打てる手はもう無かった。
「…………何が起こったんだ??」
エリクはGP02を操作することも出来なかった。
「よくも! フォン・ブラウンを!」
「……ガンダムッ!?」
コウ・ウラキのGP01Fbが、アクシズ艦隊を突破してきたのだ。エリクは直前まで敵の接近に気が付かなかった。
「チッ、やられたか……」
身に付いた回避技術により、エリクは無意識にGP02を操作していた。しかし、ダメージは甚大であり、戦闘は継続出来そうに無かった。
「なんで!! なんで! フォン・ブラウンを核で焼いた!?」
「……俺の方が知りたい!」
「お前がやったんだろう!」
動揺のせいか、エリクの操縦は精彩を欠いた。数発のビームがGP02を貫く。
「ここまでか」
エリクは、自分の現状の理解が出来ないまま機体と運命を共にした。
時間は少し遡る。アクシズ艦隊の旗艦であるグワンザン。シーマ・ガラハウとエンツォ・ベルニーニは、そのブリッジで対面していた。
エリク・ブランケとオサリバン常務との交渉は終わっている。あとは、重量弾の移送だけを行えば、アクシズ艦隊の役目は終了する。
フォン・ブラウン上空の制宙権を巡り、一部の艦は連邦艦と戦闘をはじめていた。エンツォの横には核の起爆装置が入ったブリーフケースが置いてある。エリクは気化弾頭を、エンツォが核を持つという二段構えの策だ。これは、エリクの慎重さの現れだった。
グラナダ特戦隊がコロニージャックを成功させていたなら、コロニーがフォン・ブラウンへ落ちてもおかしくない時間だ。しかし、コロニーは向かってこない。シーマの策は破れたのだ。
だが、シーマは諦めていない。最後まで足掻く。それがシーマ・ガラハウの生きる術だ。
「ハマーンを使いたいと?」
「そうさ。グラナダ特戦隊の持っていたNT専用MAブラウ・ブロ改。アタシたちはコイツをマレットから預かった。これに彼女を乗せたい」
「ほう。良いだろう。道具は使ってこそだ」
チラリとハマーンに目をやると、彼女は半目でこちらを睨んでいた。
「なんだ。簡単に許すんだね」
「そうだ。アクシズの本命は他にある。これは、余興に過ぎん」
ハマーンの錠が外された。
「使え。壊すなよ」
そう言った途端、強力なプレッシャーがブリッジを駆け巡る。ハマーン以外の動きが止まった。
「私は道具じゃない! お前たちを! お前たちを殺してやる!!」
ハマーンは、鞭を掴むとエンツォの首に掛けた。そしてそのまま、体重を掛け、エンツォの首を絞めた。
「みんな! みんな死んでしまぇ!!」
エンツォの持っていたブリーフケースを、ハマーンが開いた。そして、それをそのまま操作した。
「貴様ァ! 大佐とケースを離せ!!」
「ははははははは! もう遅い! 全てを終わらせてやる!」
エンツォの部下が、拳銃を取り出す。発射された弾は、咄嗟に盾にされたエンツォの肉体を貫く。だが、肝心のハマーンは頬を傷付けられただけだった。
「これで終わりだ!!」
ニュータイプの能力か、ハマーンは触れたことすらない起爆装置をいとも簡単に使用した。頬から流れた血を彼女の赤い舌が舐め取る。
「フォン・ブラウン市が……消滅した……」
ブリッジクルーの誰もが唖然としていた。
「クソッ! お前、何をやってくれたんだい! 逃げるよ!」
皆が固まる中、いち早く行動したのはシーマだった。彼女は、ハマーンの手を取った。既にナタリーが、ハッキングを完了している。脱出経路は、とっくに確保していた。
「やれやれ、とんだお姫様だよ。計画がパァだ」
「コロニーに毒ガスを流し込んだ貴女と、フォン・ブラウンを核で吹き飛ばした私。お揃いじゃない」
「アタシはお前とは違う!」
「結果を見れば同じことよ。私たちは売られたのよ。男共に! だから、私たち女が世界を変える! 協力してシーマ・ガラハウ?」
「……こんな状態で、お前はなぜ笑う?」
「
追手を振り切り格納庫まで、2人は逃げ切った。シーマがゲルググに乗り込む。
「何をしてる!? 早く乗りな!」
「必要ないわ。もう来ているもの」
「何がだ、いっッッッ!!」
格納庫がブチ破られる。そこにはブラウ・ブロの巨体が有った。グワンザンは混乱しているのか、砲火は上がらなかった。
「ナタリー。行くわよ!」
「ええ。行きましょうハマーン」
ハマーンはナタリーと手を繋ぎ、ゲルググから勢いよく跳んだ。ブラウ・ブロは、彼女を受け入れるように動いた。
「あのブラウ・ブロが! サイコミュが、動いている! ハマーン・カーンは本物のニュータイプだと言うのかい……」
ブラウ・ブロと1機のゲルググが格納庫から去ったあと、グワンザンは、ブラウ・ブロの放ったビームに焼かれ、消え去った。
「あら、邪魔しにきたの? 貴様ら羽虫如きが、私を殺せるとでも思うのか!! 死ね!! 死ね! 死ね! 男は死ね! 男に味方する女も死ね! 死ね! みんな死ね! 死んじゃえぇ!!」
アクシズ艦隊とそのMSは、ブラウ・ブロのオールレンジ攻撃により艦数を減らした。
「冗談じゃない。付き合ってられるか。アタシは逃げるよ」
シーマのハマーンに対する感情に反応したのだろう。ビットがシーマのゲルググを襲った。全身全霊の操作で、必死に回避する。
「避けるな! お前! 薄汚い殺人者の癖に善人ぶって! 気持ち悪いんだよ! 死ね! 死ねぇぇ! 私と一緒だろう! 私と一緒に死ねぇぇ!」
「くっ、メインカメラが、これはダメみたいだね」
だが、シーマに死は訪れなかった。コクピットを開き、戦況を確認する。白いガンダムと赤いジム・カスタムが、ブラウ・ブロとやり合っていた。
「ゲルググ。まだ動くか。さぁ、リリー・マルレーンまで辿り着けるかね……」
傷だらけのゲルググは、リリー・マルレーンまで辿り着いた。だが、孤立無援のシーマ艦隊を包囲するのは、ティターンズ艦隊だった。
「停戦? どういうことだ?」
「シーマ様。ジオン共和国軍のパプテマス・シロッコ大佐が停戦をティターンズに呑ませたようです!」
「聞かない名前だねぇ。だが、助かった」
「アステロイド帰りだとか、若い男です」
シロッコは、ジオン公国軍の辺境部隊の将校だった。一年戦争中に、白鳥に導かれた彼は、戦後にジオン共和国軍の将校となった。
しかし、反ガルマ派と見なされ、ガルマ派にアステロイドベルトの部隊へ飛ばされた。
政変後、キャスバル派に拾われ、本国に戻った。彼は、才能をいかんなく発揮し、若くして大佐まで上り詰めた。そして遂には、艦隊を率いる立場にまで出世していた。
ジオン共和国軍の軍人として、パプテマス・シロッコが予想していたシナリオと、現状はかなり異なる。だが、シロッコはこの事態も己の栄冠へと繋げられると考える程の野心家だった。