ミノフスキー博士は、ジオンに拘留されMS研究に従事したものの、一年戦争の開戦直後に自殺した。遺書には自身が作り出した兵器の罪深さについて、書かれていた。
史実ならば行われたはずのレビル将軍による演説。それは、行われなかった。しかし、ティアンム中将により行われた演説も有り、ジオンは連邦軍から講和を引き出すことが出来なかった。
ジオン公国は、地球に部隊を降下させ重力戦線を展開した。だが、戦争を終わらせるような劇的な効果は得られなかった。
プロパガンダの対象となった人間は、前線に出ないものだ。それは、シャア・アズナブルも例外ではなかった。撃墜王とは撃墜されていないから、撃墜王でいられるのである。死んでしまっては宣伝しようもない。
シャアは専ら後方での嚮導や、テストパイロットを務めていた。
「素晴らしい機体だ。ザクともドムとも違う。高い推力が有り速い。前線が欲しがるだろうな」
ゲルググの先行量産機の持つ優れた性能を、シャアは嬉しそうに語った。彼はスピード狂であり、推力の大きさを重要視していた。だが、その点を除いてもゲルググは素晴らしい機体だった。ゲルググはミノフスキー博士の研究成果が、ジオンのMS開発能力を底上げした証明だ。
「あとは、細かいトラブルの割り出しか」
ゲルググに乗り込もうとするシャアに、下士官が声を掛ける。
「シャア少佐。司令部からの呼び出しです」
「分かった。すぐに行く」
司令部で、シャアに言い渡されたのは、不本意な任務だった。
「私は、テストパイロットをやっている方が肌に有っている。そう伝えておいたはずですが?」
「君のような優秀なパイロットを、いつまでも遊ばせてはおけないのでね」
「過大評価ですな」
「過大評価でも、なんでも構わん。命令に従うか否かだ」
「……拝命しました」
シャアのそもそもの所属部隊は、ドレン中尉が艦長のパトロール部隊としてファルメル隊だ。しかし、シャアはテストパイロットとして、ファルメル隊から離れていた。
ドズル中将がシャアに与えたムサイ級ファルメルと部下。それはシャアにとって、無用の長物だったのだ。彼はMSに乗りたいだけで、戦争がしたいわけではなかったのだ。
これまでのファルメル隊は、ドレン中尉の指揮のもとパトロール艦隊の1部隊として任務を遂行していた。
「ドレン中尉。これが、MSパイロットか?」
「はっ。そうですね。ジーン兵長は新兵ですが、士気は高く、熱意が有ります」
「私が聞いているのは、気持ちの問題ではない。能力の問題だ。開戦前ならこんな飛行時間のパイロットは、訓練機すら未了の状態だったぞ」
「今は、戦時中であります」
「……そうか。仕方がないな」
シャアは、この部隊の補充要員に不満を抱いていた。だが、どうしようもない。
「海賊退治とはな。ゲリラと言えば聞こえは良いが、本性は海賊だ」
ムサイの艦砲で沈めた海賊の宇宙船は、民間船に毛の生えたものだった。多少の武装は付いているものの、それだけだ。それでも、非武装のパゾク級輸送艦などには脅威である。
この海賊は、連邦軍に協力し、ジオン軍の地球への補給路を荒らしていた。その被害は大きく、手の空いていたシャアがゲリラ討伐に出る羽目になったのだ。
「連邦軍の秘密作戦をキャッチしただと? 発信源はアレか。ドレン中尉、敵艦を追うか?」
「当然です。アレは宝船でしょう」
シャアは面倒くさい予感がしたため、内心でため息をついた。しかし士官たるもの、それを表情に出したりはしない。
「あの木馬を追撃する。この方角ならばサイド7だな。よし、サイド7へ舵を切れ」
サイド7が怪しい。それはジオン軍諜報部が掴んでいた情報だった。そして、それを裏付けるように木馬は、サイド7へと入港した。
シャアが決めたのはザクによる偵察だ。シャア自身も偵察に出ることにした。
「こらジーン! そんなものを出すな!! 作戦前なんだぞ! やめろ!!」
「こいつ、気に入らねぇ! 能無しのクセにいっぱしの古参兵面しやがってぇぇ!!」
出撃前の格納庫では、ジーンがナイフを振り上げていた。シャアはその腕を掴んだ。
「MSの戦いにナイフを使えと、どこの教官に教わった?」
新兵であるジーンが暴走したのだろう。シャアは頭が痛くなった。元々、部下の指揮は得意ではないのだ。シャアは単にMSの操縦が好きなだけで、部隊運用も政治も得意ではない。
飛行時間が短く、短気な新兵を扱うことははっきり言ってシャアの手に余った。
「そのままで良い。聞け。この任務は重大だ。細心の注意と、民間人への配慮が必要だ。単なる偵察ではない。コロニーへの偵察だ。くれぐれも民間人に被害を出すな! 規律は守れ!」
特にナイフを取り出したジーンに向けてシャアは言った。この部隊を万全に統率出来ているわけではないのだ。規律を守らせる必要がある。
「ジーン兵長。君は任務に参加するな。命令を守れない兵士は不要だ」
「……ッ」
「やれやれ、返事をすることも出来んか」
「シャア少佐、意見具申します」
「デニム曹長か。申せ」
「ジーン兵長は未熟です。これは認めます。しかし、誰もが初めは未熟です。兵長に成長の機会を頂けませんか?」
シャアはジーンを信用していなかった。だが、古参兵であるデニムの意見を完全に無視するわけにはいかなかった。
「曹長。私は、兵長の資質を疑っている。だが曹長は、彼の資質を担保するのだな」
「はっ。担保いたします」
「分かった。そこまで言うのならば認めよう」
ジーンの出撃は認められた。ファルメルに搭載された機体はザクのみだった。シャアの乗機は高機動型になっているものの、他は通常のザクⅡだ。ゲルググが欲しいとシャアは思ったが、無いものは仕方がない。
「ドレン中尉。留守を頼むよ」
「お任せください」
「飛行中は一切交信するな。エアのみを使え。バーニアは使うなよ。コロニーの死角は中心軸の延長線上だ。私に続け」
シャアの指示に、ジーンとデニム、スレンダーから返答が返ってくる。
「ハッチオープン!」
「シャア機、射出!」
赤い機体を含めた4機のザクがムサイのハッチから射出された。
敵に発見されるような大きなトラブルはなく、4機はコロニーに取り付いた。接続回線により秘匿通信が開かれる。
「ハッチを開いた。デニム曹長、ジーン兵長は内部の警戒に当たれ。決して民間人への攻撃はするな。警戒だけに留めろ。戦闘は避けろ」
「スレンダー軍曹は退路を確保しろ。私は、コロニーに侵入して情報を得る。任せたぞ」
部下は言うことを聞きそうだった。その様子にシャアは安堵した。
モビルスーツを降り、ノーマルスーツとジェットパックでコロニーに侵入する。シャアは昔から勘が鋭く、物を探すことが得意だった。
「これか」
兵とすれ違うことなく、連邦軍のコンピュータへアクセスしたシャアは適当にパスワードを打ち、V作戦のデータを引き出した。シャアは勘が良いため、なんとなくでパスワードが分かった。
「他愛ないな。これで、作戦は成功だ」
シャアがデータを抜き終わり、軍施設を脱出した途端、地面が揺れた。
「なんだ!?」
もと来た道を戻り、機体へと滑り込み。だが、もう遅かった。
「スレンダー軍曹、もう一度言ってくれ」
「ジーン兵長がコロニー内部へ侵入! 敵と交戦しました!」
「ええい! デニム曹長は何をやっていた!」
「それが、暴走を止められず……」
シャアは現状を少し考えると撤退を選択した。
「ジーン兵長、デニム曹長やってくれたな…! 撤退を指示しろ。作戦目標は達成した」
「それが、2人と連絡が取れません!」
「…ふむ。撃破され死亡したものと考えろ」
「なッ? 何故です? 少佐!?」
「根拠はない。勘だ。私の勘はよく当たる。我々も撤退するぞ」
シャアとスレンダーはファルメルへ撤退した。ジーンとデニムのザクは、結局戻らなかった。
「目標であるV作戦のデータは奪取した。2人は残念だった。ソロモンへ撤退する」
「木馬の待ち伏せはしないのですか?」
「無用なリスクを取る必要はない。目標は達成したからな。欲をかけば、失うものだ」
「了解しました」
ファルメルは、ソロモンへの帰還のためサイド7を離れていった。