リタは目を擦った。置いてあったはずの機体が無いのである。
「ヘイズルが無い!? えぇ! なんで!」
地下から出て、服を調達したリタは、可愛らしい女の子になっていた。彼女が軍人と言っても誰も信じないだろう。
もしここが反連邦的なコロニーであったら、連邦軍のノーマルスーツを着ていたらヤバい。そういう理由で自己判断し、服を調達したのだ。しかし、少し目を離しただけなのにヘイズルがなくなっていた。リタの判断は失敗だった。
機体から、秘匿通信で救難信号が発せられているので、センサーが潰されていなければ、アルビオンはこちらを見つけてくれるはずである。
「ヘイズル、どこかな?」
リタは通信端末を取り出して、ヘイズルの位置情報を辿る。
「あちゃ〜。出ないか。潰されてるっぽいな」
位置情報は辿れなかった。どうも、位置情報発信器が潰されているようだ。これでは、アルビオンの救援が来るのは随分先になってしまう。
「ん? 私以外にサイコミュが反応してる? おかしい。全然繋がらない」
ヘイズルのサイコミュは、リタ以外の誰かと繋がっているようだ。普段ならば、感覚的にヘイズルの場所が分かるのだが、今は全然分からない。
「なら、足で稼ぐしかないか……」
エアロックの緊急脱出口から、地上へ上がる。古いコロニー特有の猥雑な雰囲気は、リタには珍しいものだった。
「うわぁ。すごい。人工の空だ。こんな場所を人間って作れるもんなんだね」
夕焼けに気を取られていたリタは、歩いてくる少女に気が付かなかった。
「あっ、ごめんなさい」
リタは少女を押し倒すような形で、転んだ。
「怪我はない? ごめんね。私の不注意でぶつかっちゃった」
「大丈夫です。私こそごめんなさい」
「コロニーにも夕焼けは有るのね。あまりに綺麗だから、見惚れちゃった」
「お姉さんは地球の人なの?」
「そうよ。目を離した隙に車を盗まれちゃって一文無しになっちゃったけどね」
リタはほとんど何も持っていない。所持品は端末と護身用の拳銃。そして最低限のサバイバルキットだけだ。ノーマルスーツは、脱ぎ、隠してきた。
「えぇ!? 大変じゃないですか! 警察には行ったんですか?」
「行ってないわ。みんながみんなそうじゃないとは知っているけど、アースノイドが嫌いな人も居るでしょう?」
「もう日が暮れちゃいますよ。私、リィナ・アーシタです。今日は、私の家に泊まって行きませんか?」
「ありがとう。私はリタ・ベルナル。よろしくね」
リタはリィナと他愛ない話をしていた。リィナの学校が楽しかったとか、そんな感じの話である。
「お兄ちゃんを迎えに行かなきゃ……」
「リィナちゃんは、偉いね。お兄ちゃんは、何の仕事をしてるの?」
「ジャンク屋です。一攫千金を狙ってるって」
リィナが兄を迎えに行ったジャンク屋に、リタが見慣れた機体が有った。
「お兄ちゃん。まだやってるの? もうお夕飯の時間よ」
「あー。わかった。今行くよ」
「ねぇ、お兄ちゃん。その機体はどうしたの?」
「あー。拾ったんだ。このガンダムは売るよ! 他のジャンク屋連中がガンダムだってことで、高く買ってくれるんだ。これで、リィナも山の手の学校に行けるぞ!」
喜んでいる少年を前に、リタはむっとしてしまう。
「そこの子、名前は?」
「ジュドー・アーシタだ。あんたは?」
「私はリタ・ベルナル。連邦軍の少尉よ。貴方が盗んだガンダムの持ち主」
「盗んだ? これは、拾ったんだ」
「私の機体なのよ。返してくれないと困るわ」
「あんたが、本当に持ち主だって証明出来るのか?」
目の前の少年は、なかなか悪知恵が働くようだ。
「私の所属はロンド・ベルよ。もし、貴方がそのガンダムを横流ししたことが露見したら、貴方だけじゃなくて家族も大変なことになるわ。ひょっとしたらリィナちゃんの人生も滅茶苦茶になるかも……」
「……分かったよ。ガンダムは返す。リィナの方が大事だ」
「協力、感謝するわ」
ジュドーは、大人しくガンダムを返すことにした。妹を引き合いに出されると、彼は弱かった。
「よう! ジュドー! ガンダムの受取に来たぜ!」
「悪い。取引はキャンセルだ」
「はぁ〜? 今更そんなこと出来ねぇよ。こっちは命が掛かってるんだからな!!」
車で乗り付けたマフィア崩れといった風体の男は、仲間に目で合図を送った。ジュドーの取引相手は、借金で首が回らなくなったジュドーのお仲間連中だった。
彼らは、ジュドーが流そうとした、ガンダムに飛びついたのだ。
「リィナ!!」
「へへ。ジュドー。お前、妹が大事だったよな。そのガンダムを引き渡しな。金は払う」
男がリィナにナイフを突き付けている。リィナは、固まっていた。
「おい! マル! コクピットに乗り込め!」
「了解です! ボス!」
マルと呼ばれた男が乗り込んでも、ガンダムは動かなかった。リタは、こっそりリィナを人質にしていた男の背後に回り込んでいた。男のナイフを持った腕を打ち据え、リィナを解放する。
「痛ぇ! 何をするんだ!!」
「お前、ジュドーのガールフレンドか?? その物騒なオモチャを仕舞いな」
リタが、拳銃を発砲すると男たちは青くなった。
「おいおい本物かよ……ジュドー、お前のガールフレンド、物騒過ぎないか?」
「お兄ちゃん! もうジャンク屋は辞めるって言ったじゃない! もう! お兄ちゃんのお友達の方も、取り敢えず話し合いましょう!」
リィナの妙な迫力に、男たちは大人しく従った。
「俺たちは、ジュドーの同業者のジャンク屋だ。最近、サイド6の方で流行ってたクランバトルってのが、シャングリラでも流行っててな。それに俺たちもいっちょ噛みしたんだ。そしたら、負けが嵩んでよ。借金が出来ちまった。MS同士のバトルってすげぇ金掛かるのな……
それでよ、最後にデカい賞金のバトルに出て、借金を帳消しにするんだ!」
男のバカさ加減にリィナとリタは呆れた。
「頼む。ガンダムを渡してくれ! ガンダムなら勝てるはずなんだ!」
「パイロットは居るの?」
「マルの奴が……」
「伸びてるじゃない」
ヘイズルのサイコミュと補助システムに触れたマルは、フィードバックを受け、気絶していた。
「2vs2のMAV戦でしょ。パイロットが2人いないとダメなのよ。1人は伸びてる奴だとして、もう1人は?」
「俺が出るはずだった……連邦のアムロって奴は、初見でガンダムに乗れたんだろ。なら場末のジャンク屋の社長の俺だって乗れるはずだ…!」
リタは、このクランの連中を救いようのないバカだと思った。特にリーダーは特級のバカだった。
「そんなの無理よ。私のヘイズルは返して貰うわ。貴方たちのお遊びに、私は関与しないから」
「リタ。こんな奴らでも俺の友達なんだよ。コイツらこのままじゃ内臓を売ることになっちまう」
リタは、自分が正論を言っている自覚が有った。しかし、ジュドーが自分を説得してくる。そして、リィナも、何故か、目の前の連中に同情しているようだった。
「リタお姉ちゃん。この人たちも悪い人じゃないのよ。お姉ちゃんも手伝ってあげて」
「私は、軍人よ。こんなこと出来ないわ。ヘイズルは機密の塊なの。民間の遊びに出せるような機体じゃないのよ」
リタはクランのむさ苦しい男たちに土下座されていた。ジュドーも、しつこく説得してくる。リィナの上目遣いも、リタの心を苦しくさせる。そしてついにリタは屈した。
「リタ! 俺たちでやろう!」
「……分かったわ」
リタは16歳であり、軍人としても人間としても未熟だった。だから、ジュドーの誘いに頷いてしまった。
クラン、ポイズンチワワの所持機体は1機だけだ。ヘイズルを2機目とすることで、MAV戦の参加資格を満たしている現状だ。
「これが、うちのジムⅡだ」
「シムⅡアップデートがされてないわね。これ、ジム改よ」
「そんなバカな。業者はジムⅡって言ってたぞ」
「騙されたのね。ジム改は教習機として乗ったジム・カナールの原型機だから、私なら乗れるはず。ジュドーは?」
「俺は、無理だ。あのガンダムなら、なんとか動かせるんだけど。ジム改は乗ったことがない」
ジム改にはリタが、ヘイズルにはジュドーが乗ることになった。
「ジュドー、ヘイズルを動かせるって特別なのよ。アルビオンが迎えに来たら、一緒に軍に出頭して貰うからね」
「はいはい。分かったよ」
ジュドーは、全てが終わって、金が入ったらリィナを連れて、上等なコロニーに逃げるつもりだった。厄介事に関わるつもりは毛頭ないのだ。