ウマ娘 After Side B -もう一人の英雄-   作:ニサ

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決意

「はぁ、はぁ…流石ですクーさん」

「っしゃあ!まだまだぁ!遅れ取り戻すよ!」

 

 併走した僚バから大きく差をつけてなお余力十分と言った具合にクオンが気を吐く。昨日の今日で何か変わっている筈がないと、状態に懐疑的だった周囲を黙らせるにはこれ以上ない結果であった。

 

「こいつァ…逆に困っちまうな」

 

 クオンが叩き出した時計を目にし、トレーナーが苦笑いを浮かべる。

病み上がりが故に少しでも粗があれば釘を刺そうと、トレーナーだけでなくチームメイトも考えていたが、その余地すら無い、それこそ翌週いきなりGⅠに出しても通用すると思える程の仕上がりであった。

 

「トレーナーさん!もう1本良いですか!」

「あーもう…好きにしろ!ただし無茶はするな!」

「はい!」

 

 懇願と言うよりは最早脅迫だ。クオンの気迫に圧され、降参だと言わんばかりに両手を上げトレーナーは応える。

 

「さぁ次はエーちゃ…ん~?」

 

 振り返り、次の併走相手であるエグザクトに声を掛けたクオンであったが、

目にしたのはサブトレーナーに耳を引っ張られながらコースを後にする彼女の後ろ姿であった。

 

「何か"手の内は見せたくない"だの何だの駄々こねてまた坂路送りです…」

「あのアホ…」

 

 事の顛末を後輩ウマ娘から聞き出し、クオンは大きくため息をついた。

とはいえエグザクトの言い分にも理がないわけではない。

予定通りであれば次の毎日王冠から3戦連続で走る相手だ、

併走であろうと、自身の状態を悟られるような真似は避けたいと思う気持ちはわかる。

 

「まぁいいや…1本お願いね、リンちゃん!」

「エーちゃんの代わりにはならないですが…よろしくお願いします!」

 

 

「クッソォ…3本目に14-14は無いだろがよォ…」

「バカだねー、素直に併走してりゃ良かったのに」

 

 結局あの後エグザクトは全体練習に戻る事なく怒涛の坂路3本追いをこなし、更衣室に入って早々散り際の蝉の如くひっくり返り現在に至る。

トレーナーへの怨嗟の声を漏らすエグザクトを笑いながら、クオンは彼女の脚を横目で見やる。

 入学したての頃とはまるで違う、一線級のシニアウマ娘とも何ら遜色の無い強靭且つしなやかな筋肉。何よりもクオンでも難しいラップと本数の坂路追いを「しんどかった」程度でこなした事。

 

(強くなってる…確実に…)

 

 このまま行けば何処まで伸びるのかという期待と同時に、僅かながら不安を抱く。

彼女に負けるかどうかではない。ブルボンに宣言したように、クオンが先ず目指さんとすべき所は勝敗の一つ手前にある。

 ただ、エグザクトの大目標として立ちはだかるに、今の自分が相応しいかどうか。そこだけが懸念事項であった。

彼女が自分をライバル、というより乗り越えるべき壁として見ているのは分かっている。だからこそ、どうあっても無様な走りをする訳にはいかない。

 

「余計な事考えんじゃねーぞ、クー姐ェ」

 

 そんなクオンの焦りを感じ取ったのか、アイシングを続けながらエグザクトが釘を刺すかのように言った。

 

「アタシはな、テッペン獲りてェんだよ。秋天はナリタブライアンも居るんだ。だからクー姐がドン尻でも知ったこっちゃねー」

「ほー…そっかそっか…」

「なんだよ…なんだそのいでででで!?」

「ほーれくるしゅうないくるしゅうない」

 

 いっぱしな口を利く後輩に満足げに頷き、クオンは氷嚢を手に取ると、

照れ隠しと仕置きを兼ねてソレをエグザクトの一番赤く腫れた所に強く押し当てる。

 

(なんだ、気を揉んでたのは私だけか)

「いででででで!角!氷の角ォ!!!つーかなんだお前ら!離せ!」

「まーまー、ここは先輩の言うことを聞いてさ」

「社長サン、しっかりアイシングしないとダメだよ。後でクるよ」

「斜に構えて肝心なとこ何も報連相しなかったバツだ、こんにゃろ。ごめんなバカタレ、ちっとは協力させろ」

 

 安堵の表情を浮かべながら氷嚢を押し付けるクオンに乗じて、チームメイト達もエグザクトに群がり全身を抑えながら、ヤケに力の籠ったマッサージや異様に当たりの強い冷却を行う。

 クオンは改めて、今身を置いている環境に深く感謝した。後顧の憂いはない、あとは自分の全力を天皇賞秋に引き出すだけだ。

 

 チームメイト達の献身の末、果たしてエグザクトはあれだけの負荷に対して筋肉痛は避けられたものの

「雨風に次いで整体と雪も嫌いになりそうだぜ」

と、暫く愚痴り続ける事になるのであった。

 

 

 成長のピークを迎えたシニア級、ことGⅠウマ娘ともなると、中間追いは能力の向上を狙う物ではなく、レースに向けて徐々に体を仕上げる事が主な目的となる。

掛ける負荷は人それぞれではあるが、少なくともがむしゃらにハードトレーニングを行う物ではない。

 

「こんなのって…」

 

 だからこそ、柿田トレーナーは眼前に広がる光景に絶句していた。

 

「滅茶苦茶に見えるか?柿田」

「黒沼さん!」

 

 これがさも当然であるかの如く、悪びれもせず声を掛けて来た黒沼に対し、柿田は声を荒げる。黒沼が鬼と呼ばれる所以は柿田も熟知している。彼の本領からすれば、今行われているトレーニングの負荷そのものは大した物ではない。

 ただし、課している相手がミホノブルボンとなれば話は別だ。

 

「無謀ですこんな事!仮に仕上がったとしても勝ち目なんて!」

「そうだな、お前の言う通りだ」

「だったら!」

 

 ならば今すぐ止めるべきだろうと、その目で強く訴えかける柿田にたじろぐ事もなく黒沼は小さくため息を吐くと、懺悔するかのように切り出した。

 

「…情けない話だがな、俺は結局何もしてやれなかった。止める事も背中を押す事も。…自惚れていたんだ、ブルボンの未来は俺に委ねられていると。だからこそ決められなかった。けどあいつはとっくに俺の手を離れて、俺なんかの力を借りずとも、自ら選び乗り越える力を持っていたんだな…」

「…それでも止めるのがトレーナーの、大人の責任じゃないんですか。

理想の為に暴走する子を止めるのが、私達の役目じゃないんですか!」

 

 柿田とて大人、それも一流のトレーナーだ。相手を徒に責め立てるような事はしない。だが一歩引いたような、何処か他人事のように語る黒沼に対し、憤りを包み隠せなくなった柿田は肩を震わせながら黒沼に詰め寄る。

 

「そうだな…その通りだが」

 

 黒沼は自嘲気味に小さく苦笑いを浮かべると、諭すように柿田に問いかけた。

 

「その理想を支えるのも俺達の仕事だろう?それにな、やはり俺はトレーナーだ。

俺はもう一度あいつが走っている姿を見たい。肩を並べて共に夢を見たい」

「夢…!?たかが夢で、夢なんかで!それは、それはブルボンが無事で居たからこそ…」

 

 言葉の弾みでこそあったが、零れ出た失言に柿田は口を紡ぐ。

ライスと程度の差はあれど、ブルボンも無事では済まなかった一人だ。

だがそんな彼女を責める事もせず、黒沼はブルボンから目を離すことなく続ける。

 

「気に病むな、柿田。お前の言う事は尤もだ、そして間違っているのは俺達だ。

…けれどな、あいつらの、そして俺達の始まりは夢、それも望外な絵空事だっただろう」

「夢…」

 

 柿田は再度その言葉を噛みしめる。

 

「お前はどうだ、柿田」

 

 

「ふッ…!」

「「はあああぁぁぁ!!!」」

「おらあぁぁぁぁ!!!…畜生、全然遠いじゃねーか!!!」

 

 ブルボンが逃げる、メジロマックイーンとトウカイテイオーが追う。大きく遅れてゴールドシップが追い込みをかける。GⅠウマ娘3人とプロスペクト1人による何とも豪華な併走は、僅かにブルボンが先頭でゴール板を通りすぎた。

 

「トレーナーさん、タイムは!」

「ご、ゴルシちゃんもうギブ…」

 

 地べたに突っ伏すゴールドシップを気にも留めず、メジロマックイーンが声を張り上げる。

 

「…感謝する。ここまで来られたのは間違いなくお前たちのお陰だ」

「滅相も…いえ、そうですわね…」

 

 黒沼トレーナーの返答に声を弾ませたマックイーンであったが、彼が差し出したタブレットを目にした途端に声を落とした。間違いなく目標としていたタイムだが、いざ目の当たりにするとその異様なラップに閉口せざるをえなかった。

 

「大丈夫だよ、マックイーン」

「テイオーさん…」

 

 気遣わしげな表情を浮かべるマックイーンにテイオーが声を掛ける。

 

「諦めないっていう気持ちは何よりも強いんだ。だから大丈夫」

「そう…でしたわね」

 

 テイオーの自信に満ちた瞳を見つめ、マックイーンも笑みを浮かべる。

信じられる根拠があった。そう言えるだけの軌跡があった。テイオーも、そしてマックイーンもそうだったからこそ。

 

「皆さん、ありがとうございます。必ず悔いの無い走り…いえ」

 

 ブルボンは深々と頭を下げ、小さく被りを振ると、力強く宣言した。

 

「必ず…必ず勝利をこの手に!」

 

 

「…そうだね、退院したら旅行にでも行ってみようか。

色んなところで絵を描いてみたり、美味しい物を食べたり。それから…」

「…お姉さま?」

 

 いつも通りライスの見舞いに向かい、諸々の世話を行った後、雑談をしている途中ふと柿田は窓外を見つめた。

 正門の大欅は既に秋の匂いを漂わせる茜色に染まっている。

何かを決意したかのように、そして気を吐くように小さく溜息をつくと、柿田は真剣な眼差しでライスを見つめ、重々しく口を開いた。

 

「…ライス、今から言う事は独り言だと思って聞き流して頂戴

私はね、ライスの走る姿がもう一度見たい。あなたのトレーナーだもの、また一緒に夢を追いかけたい」

「っ…!」

 

 柿田の言葉にライスの体が強張る。

"走る"その言葉を聞き、今にも泣き出しそうな彼女の様子に気付きながらも、柿田は言葉を続けた。

 

「でもそれ以上にあなたが大事なの。あなたには人として当たり前の、普通の幸せを掴んで欲しい。だから私はあなたを走らせたくない。二度と怖い目に遭わせたくない。

ーけれどもね、ライス。あの場所で、ターフであなたの事を待っている人も居るの」

 

 嗚咽を押し堪え小さく体を震わせるライスを優しく抱きしめ、耳元で小さく、それでいてはっきりと囁いた。

 

「だからお願い。ただ秋の天皇賞を、ブルボンを見てあげて」

 

 

「-それでも、私はライスを守ります」

「そうか、お前はそれで良い。いや、本当はそれが正しいんだ」

 

 確固たる意志を込めた柿田の返答を、黒沼は寂しさと安堵の入り混じった声色で肯定した。

 

「ただ…あなた達の覚悟は分かりました。お手並み、拝見させて貰います」

 

 先輩として憧れていた。良き好敵手としてこれからも、この先も肩を並べたいと思った。そんな彼の決意を踏み躙りたくないという想いと、弱々しい姿は見たくないという我情。そして何より二人の夢、そして自分とライスの夢を諦めたくない。

 複雑に入り混じった気持ちを込めて、柿田は宣戦布告という形でその背を押す事にした。

 

「…なら勝負だな、俺とお前と。ブルボンとライスシャワーと」

「…ええ、今度も負けません」

 

 叩きつけられた挑戦状に口元を綻ばせる黒沼に、負けじと柿田も不敵な笑みで返す。ここにまた一つ、決着をつけるべき戦いの火蓋が切って落とされた。

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