アスターが家にやって来た。この前、模擬宇宙へ入る為に宇宙ステーション『ヘルタ』へ行った時以来。あの時は終わってから休憩に誘われて紅茶やお菓子を貰った。なので今回は私が持て成す番。と言っても、紅茶の茶葉とかはアスターがくれたモノが多いけど。
「大分服が増えて来たわね」
「お蔭様。……多すぎ」
沢山、アスターは服をくれる。サイズは私用にしてくれているから、銀狼とホタルが着る事は出来ない。その結果、着きれない服がそれなりにある。片付けておく場所も無いから、折り畳んで服を重ねて部屋に置いてあるけど、もう部屋の五分の一くらいは服で埋まってしまった。
「こうなると、流石に衣装を入れる場所が欲しいわね。今度、用意するわ!」
「ありがとう」
衣装を入れて置ける場所があるのは本当に嬉しい。だけどこの感じ、これからもまだまだ服を持って来るつもりなんだと分かる。
ここへ初めてアスターが来た時の様に、最初は彼女が満足するまで私は着せ替え人形となるしかない。またキャリーバック一杯の服を着せ替えられ続けた後、全部終わってからアスターは気付いたみたいに部屋に置いてあったヘルタの人形を見た。
「ミス・ヘルタの人形、着替えさせてるのね」
「ん。マネキン代わり」
宇宙ステーション『ヘルタ』に数多くあるヘルタの人形はどれも同じ格好で、人形だから着替えさせる必要がない事もあって基本的にはそのままにされている。だけどここは私の家で、小柄なヘルタの身体なら私の服もちょっと小さいけど着せる事は出来る。なので偶に服を着替えさせてる。よっぽどの事が無いと、ヘルタはこの人形に接続しない。それにしたとしても、全然気にしないみたい。気付いてるとは思うけど。
「確かに、ミス・ヘルタの人形は全部同じ格好よね。こうして着せ替えるのは悪くないわ」
アスターがそういってヘルタの人形を触り始める。誰も入ってないそれは勿論、持ち上げたりしてもダラッと重力に従ってぶら下がるだけ。でも関節部分を上手く伸ばしたりすると、色々なポーズを取らせる事は出来る。試しにヘルタの両手を胸の前へ移動させて、左右の手でハートを作らせてみる。
「ふふっ、ミス・ヘルタはそんな仕草、絶対にしないわ」
「ん。居ないから、出来る」
「勝手に私で遊ばないで」
「!?」
アスターへ見せる為にヘルタの後ろへ回っていた私は、急に首だけが動いて私を見て来た事に恐怖した。人形とはいえ、人間には絶対に無理な角度まで首が曲がるのは流石に怖い。アスターも急にヘルタが喋った事にビックリする中、動き出したヘルタは元々立っていた位置へ移動する。そしてよくある姿勢に戻ると、そのまま何も言わなくなった。
「ヘルタ?」
「…………」
「もう、居ないみたいね」
一瞬目の前の人形に接続しただけで、何も言わずに中から居なくなってしまった様子。そんなに遊ばれるの、嫌だった? 確かに絶対やらない姿勢を取らせたりしたのは良くなかったかも。にしても、どうして分かったんだろう? もしかして、動かないだけで偶に見てたりする?
ヘルタの人形に触るのは止めて、私はアスターとリビングへ行く。私の部屋に居ても、そんなに出来る事は無いから。ゲームはあるけど、アスターは余りやらないみたい。宇宙ステーション『ヘルタ』の所長としては忙しいみたいなので、遊んで居られないらしい。開拓者から聞いた事はある。変な疑いを掛けられたり、所長としての立場を良く思わない人もいて大変だって。
紅茶を入れて、お菓子も出して、ソファに座って一緒に寛ぎ始める。アスターは本当にお嬢様なんだって分かるくらい、綺麗な動作で紅茶を飲んでから身体の力を目一杯抜き始めた。
「はぁ……ここは力が抜けるわ」
「良い事?」
「えぇ、勿論。憩いの場って事よ」
「なら、良かった」
『ヘルタ』でだって、身体を休める事は出来る筈。だけど立場として、下手に気を抜けないのかもしれない。アスターの身体や多忙な事を心配する人だって勿論いる。私は殆ど話した事が無いけど、アーランって人が特にそうだと思う。誰よりもアスターの力になりたいと思っているのは、話さなくたって伝わって来る。
「アスター先輩は、どうして所長になったの?」
「ミス・ヘルタの一声で、ね。最初はビックリしたけど、今は感謝してるわ。……どれだけ忙しくても、大変でも、家に居た時よりはよっぽど自由だもの」
アスターが私には分からない何処かの凄いお嬢様なのは知ってる。だけどそれが彼女にとって大きなしがらみにもなっていたらしい。昔を思い出す様に上を少しだけ見上げたアスターは、何かを思いついたみたいに声を上げる。
「後輩ちゃん、星に興味はある?」
「星……空の?」
「えぇ。私の居るところからは星が良く見えるの。宇宙に居るんだから当然ね。だけど、星は数えられないくらい沢山あるの。そしてその全てに名前が付いているのよ」
空を見上げて星を見た事は何度かある。ここからじゃ見えないけど、ヤリーロ-VIの街から見上げた空は綺麗な星空だった。それを綺麗だと見上げた事はあっても、そこまでしっかり考えた事は無い。だけど考えてみれば、当たり前なのかもしれない。あの時見上げた別の星のどこかから見れば、私が居た星も綺麗な景色の極一部だった。
「私の夢はね、自分の星を見つける事よ」
「自分の、星?」
「さっきも言ったけれど、星には全て名前がある。だけどまだ見つけられていない星を見つけた時、その星には自分の名前を付けられるのよ。今ある星の名前も、過去に実在した素晴らしい天文学者の人達が見つけたの」
私が知っているのはヤリーロ-VIやピノコニーくらい。だけどその名前を付けた人が、世界には間違いなく存在した。それが自身の名前だったのか、別の名前だったのかは分からない。でもそれは人によって、夢となるくらい凄い事なんだって事は分かる。
「いつの日か、私は新しい星を見つけるわ。今見つかっている星にただ名前を付けるだけじゃ意味無いの。私自身の力で見つけないとね」
その目が本気なんだって、伝わって来る。それがアスターの夢。きっと簡単な事じゃない。星は数え切れない程に存在しているけれど、見つかっていない星がその中にいくつあるかなんて分からないから。まだ沢山あるかもしれないし、もう全てが見つかっているのかもしれない。星がどの様にして生まれているかなんて、私には分からない。応援する事くらいしか私には出来ないと思う。
「もし興味があったら、星について教えてあげるわ」
「ん。教えて」
夢を楽しそうに話してから、教えたそうに目を輝かせてそう言ってくれるアスターを見て、私も少し知りたいと思った。アスターがどんな形で星に興味を持ったのか、星がそれ程に魅力があるのか、分からないからこそ知ってみたい。
お茶を終えてから、今度会う時は衣装を入れる家具を持って来る事。その後は星の勉強をする事を約束をして、アスターは『ヘルタ』へ帰って行った。
まだ銀狼とホタルは帰って来ない。ゲームをしようかとも思ったけど、少し眠い気がして私は眠ろうと自分の部屋にあるベッドへ向かう。
「遅いよ」
「ヘルタ?」
「時間が勿体無いから、簡潔に。三日後、また模擬宇宙に入って」
アスターが居た時と同じ、部屋に入った瞬間だけヘルタの人形には本人の意思が宿っていた。だけど言いたい事だけ言って、こっちの返事も聞かないですぐに居なくなってしまう。三日後に誰かと約束はしてないから大丈夫だけど、少しはこっちの確認もして欲しい。ヘルタの事だから、私に何の予定がない事を分かって言ってきたのかもしれないけど。
最近、ホタルの距離が凄く近い気がする。その始まりは多分、この前一緒に居た時にくっ付いていたあの時間。それこそ出会った頃なんかは別のソファに座っていたのが、いつの間にか同じソファで座るのが当たり前になった。そして膝の上に座らされるのが当たり前になって、今は家に居る時の殆どがピッタリくっ付く様になった。それでも日によって寝る時は一緒の時もあれば別の時もあった。それが、前まで。
「動けない。離して」
「もう少し、このままで居ない?」
「なら、ゲームさせて」
「駄目だよ。他の事はしないで」
私は今、ベッドの上でホタルに抱き締められたまま全く身動きが取れないでいる。真正面から抱き締められているので、目の前にはホタルの胸。顔を上げれば嬉しそうに微笑みながら私を見ている姿が映るけど、両腕も両足も同じくホタルの両腕両足に絡みつかれていて動かせない。前はくっ付かれてもゲームはさせてもらえたのに、今回はそれも許してくれない。
「どれくらい、このまま?」
「お昼ご飯くらいまでかな」
「今、何時?」
「7時40分だよ」
後四時間近くはこのまま? 流石にそれは辛すぎる。こうも動けないと眠るのも難しそう。目が覚めたのも、ちょっとした苦しさを感じたから。そして目を覚ましたらこの状態だった。
「っ!」
「こら、暴れないの」
このまま長時間動けないままなのは我慢出来ない。ホタルが叱るみたいに言って来るけど、流石に今回私は悪くないと思う。
ホタルの力はとても強い。私が暴れても簡単には解けそうにないけど、加減はしてくれてるとは思う。暴れた事で少しだけ抱き締めて来る強さが増したけど、一気に身体を広げる様にすれば一回は何とかなりそうな気がする。賭けになりそうだけど仕方ない、やろう。
「えいっ」
「あっ!」
「今」
「ま、待って!」
成功した。ホタルの腕から逃げ出すと同時に絡みついているホタルの足からも抜け出して、そのままベッドから転がり落ちる。落下した時は少し痛かったけど、これで動ける様になった。驚いているホタルが我に返って動き出す前に部屋から逃げ出さないと、次にまた捕まったら今度は逃げられない気がする。
部屋を飛び出した。逃げ場所は何処にある? リビングへ行ったところで、すぐに捕まる。外から繋げないとこの家から出る事は出来ない。鍵のある場所と言えば、トイレかお風呂場くらい。こうなったら、お風呂場に隠れよう。出来ればゲームかスマホを回収したい。
まずは置いてあるリビングへ走る。後ろから聞こえて来る足音が凄く怖い。何とか回収した後、ソファの後ろへ隠れると同時にホタルが入って来た。
「どこに行ったの? ねぇ、出て来てよ」
「……」
「そっか。出て来ないんだ……。それじゃあ、見つけるだけだよ」
聞こえて来る声に、恐怖から心臓がドキドキする。まさか
息を必死で殺しながら、様子を伺う。ホタルの歩く幅はとても小さくて、辺りを見回しながらゆっくりと移動している。こっちを見ようとする瞬間に顔を引っ込めてから、何とか位置を反対にしようと私もソファの裏で移動する。少し屈めば高い背もたれの後ろに隠れられるから、移動はしやすい。
「そこかな?」
「っ!」
急に動いたホタルが私の居た場所を覗き込んでくるけど、何とか反射的に肘掛けの方へ回って隠れられたので見つからずに済んだ。今度はそのまま歩いてくるので、ソファを挟んで反対側を移動しながらホタルとすれ違う。呼吸が激しくなるのを感じる。
「ふふっ、見つけた」
「!?」
すれ違い切る前に、ホタルが背もたれの方から身を乗り出して見下ろしてくる。そして伸ばしてくる手から逃げる為に、私はソファの前にあったテーブルの下へ潜り込んだ。そして一気に捕まえようとしたのか、ホタルが座る部分へ突っ伏すのを見ると同時に飛び出した。向かう先はお風呂場。ガラスの扉を閉めて鍵を掛けてしまえば、流石のホタルも壊してまで入っては来ない筈。
「あっ!」
ホタルの態勢が崩れている今が最初で最後のチャンスだと思って、私はテーブルの下から飛び出した。そのまま洗面所の扉を開けて、お風呂場のスライド式になっているガラス戸も開ける。そのまま中へ入ってから、ガラス戸を閉め切れば……っ!
「っ!?」
「もう、逃がさないよ」
ガラス戸が完全に閉め切る寸前で、ホタルの手が入り込んでくる。急いでいたから結構な勢いで閉めようとしていた。だから挟む可能性もあって危ないのに、全く躊躇した様子は無い。完全に閉める事が出来なかった以上、鍵も閉められない。何とか入って来ない様に両手で開こうとするガラス戸を押し続けるけど、ホタルの力はやっぱり私より明らかに強かった。あの細腕では想像つかないくらい簡単に、私の押さえも突破してガラス戸が完全に開かれる。
「ぁ……」
「はい、捕まえた」
完全に逃げ場を失った私へ微笑むホタルの顔に恐怖を感じずには居られない。そのまま近づいてきたホタルが私の身体を抱き締めると同時に、足が地上から離れる。抱かれてぶら下がる様な状態になったら、もう逃げられる訳がない。ベッドの時みたいに油断はしてくれないと思うから、本当にお終い。ホタルに抱かれたまま、私は運ばれていく。リビングへ向かって、そのままソファの上に座ったホタルの膝上に。
それからは前の日みたいに、ホタルから離れる事が出来ないまま時間を過ごした。あの時と違うのはゲームもさせてくれない事。一度逃げてしまったせいか、完全に動けない状態にされ続けた。逃げなくてもそうなっていたとは思うけど。最初のお昼までって話も無視されて、結局は夕方になるまで。そんな効果は無い筈なのに、この前は私の中の何かが奪われていた様な気がした。ドレインタッチとか、そんな類いみたいに。
このままじゃ不味い気がする。徐々にホタルのくっ付きが増していたけど、流石に度が過ぎていると思う。今度、銀狼に相談しよう。確かにホタルと一緒に居るのは安心出来るし、傍に居て落ち着くのも本当。だけどやり過ぎは何でも良くないから。私にとってもホタルにとっても、このままにしておく訳にはいかない。
「はぁ~。ぎゅー」
「……」
とにかく今は解放される時まで、耐え続けよう。いつになるか分からないけど。