迷い家の少女   作:ウルハーツ

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本編
銀狼 - ホタル


 唐突に目覚めた、知らない場所で。ここがどこなのか、私が誰なのかも分からなかった。何もない部屋に知らない景色。訳が分からないまま、立ち上がった。身に覚えのない身体、どうしてここに居るのかという疑問。それを解決出来るかもしれない存在は、見た景色の中にあった。

 

「あ、起きた?」

 

「……貴女は……?」

 

「はぁ。まぁ、そうなるよね。仕方ないか……それじゃあ、改めて」

 

 何か四角い板の様な物に触れ、口から丸い何かを大きくさせては小さくさせてを繰り返している人。銀色の髪。後ろで纏めていて、服装は……駄目。言葉が分からない。お腹は出てる。

 

「銀狼。貴女の……うん、親友」

 

「……親……友……?」

 

 それはどんな意味を持つ言葉だった? 頭の中が掻き回されるみたいで、真面に考えて居られない。身体のバランスが取れない。足に力が入らなくて、視界が回転する。……違う。私が転んだんだ。

 

「まだ途中だったみたい。もうちょっと寝た方がいいね。次に起きたら、少しはマシになってると思うよ」

 

 声が聞こえる。目の前に居た人の声。そのまま視界が暗くなって、私は……。

 

 

 

 

 

 目が覚めた。見覚えのある光景。ついさっき、私はこの光景を目にしている。頭の中に嫌な感覚は無い。未だにここがどこなのかも分からないけど、さっき居た銀狼って人を見つければ何とかなる気がする。

 

 ベッドで寝ていたらしい。私は立ち上がって、周りを見る。近くの棚上にはさっき銀狼が持っていた四角い板の様な物が置かれていた。これは多分、スマホだと思う。あの時はその言葉も出て来なかった。だけど今はちゃんと分かる。

 

「ロック、掛かってない」

 

 私がそれに触れた瞬間、スマホは起動した。ロック画面は無く、出て来たのはホームの画面。入っているアプリは元々入っている物から、メッセージや電話の出来る物まで、一画面に収まる数。一つ、通知の印が付いているのがあった。メッセージを送受信出来るアプリだったと思う。

 

―――――――――

 

『今度こそ起きた?』

 

『銀狼……?』

 

『そうだよ。ちょっと待ってて。そっちに行くから』

 

――――――――――

 

「っと。やっほー」

 

「!」

 

 メッセージを確認して送った瞬間、返信と共に後ろから声を掛けられる。そこにはさっき見た銀狼の姿。だけど何処か青白くて、ここに居ない様にも見える。

 

「さて、と。何を覚えてて、何を覚えて無いか確認しないと」

 

「貴女は……銀狼」

 

「そう。それはさっき言ったからね。じゃあ、自分の事は?」

 

「自分……」

 

 言われて考える。でも何も思い出せなかった。自分が誰なのか、どんな過去があるのか。

 

「まぁ、予想通りだね。ここへ呼び込んだ責任もあるし、少ししたらまた直接そっちに行くから。それまで適当に過ごしてて」

 

 それだけ言って、銀狼の姿は消えてしまった。

 

 適当に過ごすと言われても、何をして良いのか分からなかった。確認出来る事としては、今居る家がどんな家なのか。私はどんな姿をしているのか。家の中を回りながら、鏡があれば確認してみよう。とにかく、動いてみるしかない。

 

 私が居た部屋は二階に位置する場所だった。部屋を出た瞬間、別の部屋が二つと下の階へ続く階段があったから。別の部屋は両方とも鍵が掛かっているみたいで開けられそうにない。取り敢えず、下へ降りよう。

 

「……」

 

 まず視界に入った扉を開ければ、そこはトイレだった。入った瞬間、ゆっくりと便座が上がる。今はここに用は無い。

 

 次に視界を動かせば、玄関が視界に映る。靴箱が横にあるけれど、脱いだ靴なんかはどこにもない。私はここから入って来たのか……分からない。

 

 少し移動すると、脱衣所があった。洗面台に洗濯機。そこから繋がる曇りガラスの向こう側には、大きな浴槽のある浴室。そして、鏡。

 

「……私……?」

 

 鏡を覗き込めば、無表情にこちらを見る女の子が居た。伸ばし過ぎなくらいに腰元まで長く伸びた、癖っ気の無い銀色の髪。無表情な顔とは対照的に、驚いている事が窺い知れる碧い瞳。愛らしい、のかもしれない。可愛い、のかもしれない。私の知る私が無い今、この鏡に映った存在を私だと受け入れる事が簡単には出来なかった。

 

「……」

 

 傍には体重計もあった。一応と思って乗ってみれば、それだけで測定を開始する。……41.5㎏。身長は143㎝。図っただけで身長まで測定されるとは思わなかった。小さい気がするけど、私の年齢は今いくつなんだろう?

 

「……」

 

 浴室に入って、私に掛からない様にシャワーを出してみる。最初は冷たい水が出て来たけれど、徐々にちょうど良い温度へと変わっていった。そういえば、私の今の服装は何だろうと確認してみる。何も着てなかった。

 

「くしゅんっ!」

 

 気付いた途端、少し寒気を感じてしまった。洗面所には大きなバスローブもある。どうせだから、このまま暖まろう。

 

 

 

 

 

 

 身体がポカポカしている。きっと私の周りに言葉のエフェクトでも付いている事だろう。私の身体には少し大き過ぎるバスローブを羽織って、今度は別の部屋を調べようと洗面所を後にした。玄関の方とは逆の方向にはまだ、扉がある。その先は……大きなリビングだった。

 

「やっと来た」

 

「! ……銀狼」

 

「こっちは急いで来たのに、当の本人が呑気にシャワー浴びてるとか、実は余裕?」

 

「ごめん」

 

 リビングの対面に並んである二つのソファ、その一つに銀狼は座っていた。スマホとは違う四角い板の様な物を両手にして。あれはゲームの端末か何かだと思う。

 

 銀狼は私を呼ぶ様に手招きをする。言われた通りに近づけば、そのまま同じソファの隣を叩くので並んで座る。少し間を空けたつもりだったけど、座った瞬間に銀狼が近づいて来て肩が触れ合うまでになった。

 

「それじゃあ、説明してあげる」

 

「……近くない?」

 

「そう? まぁ、良いじゃん。どこから話そうかな。端的に言えば、貴女はこの世界の人間じゃない」

 

「……?」

 

 いきなり、訳が分からなかった。端的過ぎたんだと思う。銀狼もそれを分かってたみたいで、話し始めてくれる。

 

―――――――――

 

『この世界には表裏がある。なんて、知ってる人は知ってる話。だけど今話しているのは組織とか立場とか、そんな事じゃない。本当に世界と言う概念があって、そこには表と裏が存在している』

 

『世界に生きる人が自分の世界を表か裏かなんて区別は出来ていない。次元が違うし、それを確認する術を人類も他の類種も持ってないから。だけど私はそれに気付いた』

 

『自分の世界の裏に生きる存在。興味が湧かない訳がない。だから私は世界の裏側を見て見ようと色々な手段を講じた』

 

『突然だけど、表裏一体って言葉がある。鏡に向かって指を近づければ、映った反対側の自分がこちらへ指を近づける様に、私が裏側を見たいと思った時、反対側で同じ事をしようとする人物がきっと居る』

 

『私はその相手にコンタクトした。どんな策を講じたのかは重要じゃない。大事なのは、同じ事に気付いて共に考える相手が互いの裏に居るって事。会話が出来るなら、裏の世界を知る事は容易い。真面に話を出来ればだけど』

 

『幸いにも、真面に話をする事は出来た。私は好奇心で世界の裏を知ろうとしたけど、裏側で繋がった相手は別にそんなつもりも無かったらしい。説明なんて付けようのない、ただの偶然。ガチャの★5が出る確率よりもずっと低い確率でその人が当たっただけ』

 

『直接話せた訳じゃ無い。声だって聞けない。だけどちょっとしたゲームを通じて出来た世界の概念を超えた繋がりから、私は裏側に居るその相手と頻繁にメッセージやゲームでやり取りをする様になった』

 

『私は別に、世界の裏に行ってみたいとかは思ってない。ただ存在を知って好奇心から調べてみただけ。でも反対側に居た相手はちょっと違ったらしい。世界の裏なんか知らなかったのに、私とコンタクトした事で知ってしまった』

 

『どんな家庭環境だとか、そんな事は知らない。年齢だって知らないから。多分、私より幼かったっと思うけど。その相手はまるで願う様に、今の場所から離れられるならと頻りに世界を超えたがった』

 

『いや、無理でしょ。って最初は私も突っぱねてた。……けど気付いたらその相手とも長い付き合いになってて、世界の裏側とコンタクト出来たのに出来ないって決めつけるのも違うって思い始めたんだ』

 

―――――――――

 

「で、世界の裏側から私の居る表へ連れて来る方法を見つけて、遂に実行したって訳」

 

「それが、私……?」

 

「そう。貴女はこの世界の裏側に居た存在。だけど世界の概念を超える事はただの人間には大分無理があった。身体の所々違う部分がこの世界に適応出来る様に作り変えられて、記憶も殆ど初期化された。でも共通の常識はそのままだから、殆どの事が思い出せなくても分かる事はあったって訳。例えば、シャワーの使い方とか」

 

 私はこの世界から見た裏の世界に居て、銀狼とゲームか何かで出会って、この世界へ彼女に連れてきてもらった存在。その時に過去の記憶も自分の身体も捨てて、今の私がここに生まれた……? それはもう、前の私は死んだのと同じって事かもしれない。

 

「死んではいないと思う」

 

「……」

 

「何考えてたか、何となく分かったから。確かに元の貴女はいないけど、貴女である事に変わりはない。身体(入れ物)中身(記憶)も違くなったけど、それはこの世界での貴女になっただけ。その証拠に……これ、やってみて」

 

「?」

 

 銀狼が持っていたゲームを私に差し出してくる。それは所謂パズルゲームで、遊んだ事も見た事も無いのにルールを軽く読んだだけでスッと頭の中へ入って来た。積むまで終わらないエンドレスモードで遊べば、一度目は少しやって失敗。二度目はそれなりに成功。三度目は……全然終わらなかった。気付けば30分近く生き残り続けて、やっと積んだ事で私は我に返る。

 

「本質は変わってない。ゲームの上手さも。それに前の貴女自身も言ってたから。『例え姿形が変わって何もかもを忘れても、私は私のままだ』って。まぁ、私は正直貴女のゲームの腕前がそのままならそれで良かったしっ、と」

 

「っ! ……銀狼?」

 

 私からゲームを取り上げた銀狼はそう言って何処か満足気な笑みを浮かべると、そのままソファで横になる。私の膝に頭を置く様な形で。そしてそのままゲームを始めてしまって、私はどうしたら良いのか困ってしまった。下手に動いたら邪魔になりそうで、このまま何もしない方が良い気がする。

 

「見た目は大分変ってるのかもね。って言っても元を知らないけど。でも身長とかは多分そのままだと思う。私と同じくらい? 雰囲気も想像してた通りだし、まぁ何にせよ。貴女はもうこの世界に来ちゃったから、これからよろしく」

 

「私……何をすればいい?」

 

「ん? 別に、何もしなくて良いよ。この家に居て良いからさ。私も用事が無かったらここに帰って来るし。好きにゲームして好きに寝て、好きに過ごせば良いんじゃない? あぁ、私以外にも誰か来る事があるかもね」

 

「……誰か?」

 

「私が最初に裏側とコンタクトして、ゲームしたりメッセージのやり取りをする様になったのは言った筈。その後、色々な人に私経由で前の貴女は知り合ったりしたから。私の仲間の一人とは仲が良かったよ。他にも何人か……途中からは私の関わらない繋がりもあっただろうから、知らないけど」

 

 生まれ変わる前の私が作っていた繋がり。それを何も知らない私がそのまま残してしまっていいのか不安になる。だけど私はこの世界に適応する様に生まれ変わっただけで、本質は変わらないと銀狼は言った。それを信じるしかない。

 

「あ、そうそう。もし誰か来た後にまた来てほしいと思ったら、この家にある何かを渡せば良い。それがここへまたやって来る(しるべ)になるから。私はここを用意した張本人だから必要ないけど」

 

 そう言った後、銀狼は本格的にゲームを始めてしまう。ついて行けなくなりそうなくらい、突拍子もない話だった。だけど今の私は銀狼の言葉を信じる他に無い。私は生まれ変わり、銀狼の用意したこの家でこれから生活をする。私がやるべき事は何も分からないけど、とにかく銀狼は一緒にゲームをしてくれればそれで良いと思っているらしい。

 

「……」

 

 考える事が多すぎる。それにさっきまで寝ていた筈なのに、とても眠くなってきてしまった。銀狼がまだ膝に頭を乗せて横になっているけど、どうにもこの眠気に私は抗えそうにない。膝の位置を変えない様に出来る限り気を配りながら、私はその睡魔に身を委ねた。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

『彼女は?』

 

『起きたよ。今、また寝ちゃったけど』

 

『そっか。様子はどう?』

 

『まだ混乱してる。思った通り、自分の事も何も覚えてない』

 

『やっぱり、あたし達の事も……?』

 

『仕方ない。NewGame+で最初からだね』

『銀狼が写真を送信(下からのアングルで撮られた少女の寝姿)』

『これが新しい彼女』

 

『……』

 

『ホタル?』

『おーい』

『何か、嫌な予感がするんだけど……?』

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 私がこの世界へやって来た日。あの目覚めた日から数日が経った……と思う。曖昧なのは、外に出ていないから。そもそもここから外へ出られるのかも分からない。銀狼は消える様に居なくなってしまって、気付いたら家の中へ帰って来ているから。

 

 知らない家での生活はまず慣れる事から始めないといけない。何処に何があるのか、どの部屋が何の部屋なのか。その全てを把握しないと、住むのも難しい。私が目覚めた二階の部屋は、そのまま私の部屋として使って良いと銀狼は言った。だけど開かなかった二つの部屋は別の誰かの部屋。片方が銀狼で、もう片方はまだ会って居ない銀狼の仲間が使うかもしれない部屋らしい。

 

 数日でしっかりと家の中や家具を把握する事は出来た。今の私に出来る事は銀狼が用意したゲームか自堕落に過ごすか。だけどそれじゃ駄目だと思って、銀狼が帰って来た時の為に何か料理でもとキッチンに立つ。少し水場とかの位置が高いけど、何とかなる。前の私が料理をしていたかどうかは分からないけど、驚くほど包丁の扱いから料理の手際までスムーズに作業が出来た。

 

 食材は銀狼が適当に何かを買って来る。でも大体が出来合いのモノで、料理をする時間すら遊んでいたいらしい。外にも出ない私が言える事では無いけど、きっと身体には良くない。嫌そうに、でも仕方なく外へ出ている銀狼。何をしているのかは知らないけど、私は今、彼女の庇護下に居るのだから少しでも返せる事をしないといけない。

 

「ジャガイモ。人参も無い」

 

 今日の夕飯にカレーを。そう思ったけど、やっぱり食材を食材のまま余り買って来ないこの家には色々なモノが足りない。肉と玉ねぎはあったけど、必要なモノが足りない。いつかここを出てちゃんと買い物をしないと。……玄関から外へ出た事も無ければ、窓の外を見ようにも何故か靄が掛かってて見れない私が外へ出られるのかは分からないけど。

 

――――――――――

 

『銀狼、帰りにジャガイモと人参買って来れる?』

 

『突然何?』

 

『カレー、作ろうと思ったから』

 

『もしかして、手作り?』

 

『うん。でも食材、足りないから。いつか買い出しもしたい』

 

『……買い出しは私が』

『~~~~~~』

『~~~~~~』

 

『銀狼?』

 

『ごめん。邪魔が入った。必要な物は私が揃える。教えてくれれば良い』

『それと、作るなら三人分にして。仲間が行きたがってるから』

 

『分かった。待ってる』

 

――――――――――

 

 

 銀狼が仲間を連れて帰って来る。どんな人なのか、不安が募る。前の私は銀狼経由で知り合って、それなりに仲が良かったらしい。けどそれはあくまでもチャットでの話で、私はこの世界の誰とも顔を合わせて会った事は無い。記憶も無いのだから、初対面と言っても間違いじゃない。

 

 気難しい人かもしれない。怖い人かもしれない。そもそも女性なのかも分からない。勝手に銀狼も私も女だから、そう思っていただけ。多分今日来る人が、もしかしたら一緒に住むかもしれない人なのだから余計に不安になる。思えば銀狼と出会って、ここに住んでいただけの私は彼女以外の誰かと会うのがそもそも初めてだった。この不安は当然なんだと、そう思うしかない。

 

 一緒に煮込む必要がある事から、今やれる事として他の食材を切る等の下準備を済ませておく。それから銀狼が帰って来るまで、私は用意されていたスマホを弄る。

 

 スマホにはこの世界の情報が色々と流れて来た。銀狼が用意したこのスマホには、星を超えて数多の情報が集まる……らしい。分からない単語ばかりでニュースの様な物が流れてきても、全く理解出来ないけど。何となく分かる単語はカンパニー、歌姫、セレモニー。どれも単語だけで何を、誰を現しているのかまでは分からない。

 

 しばらくすると、玄関の開く音がした。私はスマホを置いて迎えに行く。もう中へと入って来ていた銀狼の姿が見えて、その後ろに彼女よりも背の高い女の人が立っていた。

 

「お帰り」

 

「ただいま。それと、こっちが前に話した仲間のホタル」

 

「ぁ……えっと。こんにちは……?」

 

「……ん。こんにちは」

 

 今が昼か夜か正直分からないけど、こんにちはと言われればそう返すしか思いつかなかった。見た目から怖い雰囲気は無い。寧ろ優しそうで、大人しそうな凄く可愛い人。銀狼が手に持っていた袋を渡してくれた。中にはお願いした食材がちゃんと入ってる。

 

「洗面所は、そこ。……私は料理する」

 

「どうせ煮込んだりするでしょ? 三人でゲームしよう」

 

「料理なら、手伝うよ?」

 

「大丈夫。切って、入れて、煮込むだけ。ありがとう」

 

「っ!」

 

「ほら、ホタル。行くよ」

 

 凄い悶え始めたホタルを連れて銀狼が洗面所へ。私は初めてなのに慣れた感じで食材を洗って、皮を剥いて、切ってから放り込む。蓋を閉じたら、後は柔らかくなるまで煮込むだけ。終わらせてリビングに戻れば、一つのソファで座る部分の大半を使って横になる銀狼と、対面のソファで行儀よく座っているホタルが居た。

 

「ゲームしよう」

 

「何、する?」

 

「三人で出来るのは……」

 

 銀狼の言葉に私は取り敢えずゲームの端末を持って、ホタルの隣に座る。座った瞬間、隣で息を呑む様な声が聞こえて見てみれば、少し姿勢が良すぎる様な姿で緊張した雰囲気のホタルが固まっていた。

 

「ホタル、ガッチガチじゃん」

 

「あ、あはは……緊張、しちゃって」

 

「初対面、だから?」

 

「それも、あるんだけど……ちょっと慣れるのに時間が掛かるかも」

 

「……仕方ない。もし住むなら、必要な事。家族? になるなら」

 

「か、ぞく……っ!」

 

 また息を呑む音が聞こえる。銀狼が少し呆れた様子で首を振りながら、また遊べるゲームを探し始める中。私はホタルと目を合わせる。緊張してるのは、ホタルだけじゃない。見た目は凄く優しそうで、今の会話だけでも怖い人じゃないのは何となく分かった。だけどこれから関わる可能性が高いのなら、急がなくてもいい。相手を知っていかないと。

 

「その、初めて会って早々だけど、一つ君にお願いしても良い、かな?」

 

「? ……ん。出来る事、なら」

 

「あ、えっと……その」

 

「ホタル、頑張れ~」

 

「うぅ……っ! だ、抱き締めても良いっ! ……かな?」

 

「…………」

 

 まさか会って数分の相手にそんな事を言われるなんて、思っても居なかった。別に駄目な訳じゃないけれど、初対面でするには抵抗もある。でもホタルが恥ずかしそうに、でも勇気を振り絞って言ったのは見るだけで分かる。何かを失う訳でも、減るモノがある訳でも無い。大丈夫。

 

「……分かった」

 

「本当!? そ、それじゃあ……」

 

「っ!?」

 

 見た目は華奢なのに、ホタルの力は凄く強かった。簡単に私は脇の下に手を入れられて持ち上げられる。そして自然とホタルの膝へ連れていかれて、そのまま後ろから抱き締められた。力加減はされているから、苦しい訳じゃない。背中に感じる温かさとか、身体を少し締め付けるその腕とか、人の温もりは心地良いんだと分かる。……だけど同時に、途轍もなく恥ずかしい気もした。ふと顔を上げれば、私達を見つめる銀狼がニヤニヤと笑みを浮かべてこっちを見ていた。

 

「へぇ。いつも無表情だけど、ちゃんと恥ずかしい時は顔も赤くなるじゃん」

 

「っ!」

 

「あ、もうちょっとだけ!」

 

「~~~~っ!」

 

 銀狼に見られている事と、人に抱き締められている事に恥ずかしさがどんどん込み上げて来る。思わず逃げ出したくなって暴れようとしたけど、ホタルの力には全然敵わなかった。一度ホタルに捕まったら、満足するまで逃げられないらしい。

 

「ずっと、こうしたかったの」

 

「……なんで?」

 

「ホタル、写真を見た時からずっと来たがってたよね~。相当貴女を気に入ったみたい」

 

「……」

 

「銀狼。あたし、今日からここに住む」

 

「え、急過ぎない?」

 

「全然急過ぎじゃないよ。だって、こんな可愛い子と家族になれるんだよ? だからあたしは今日から、今からこの子のお姉ちゃんになる!」

 

「お姉ちゃん……?」

 

「っ! も、もう一回言ってくれないかな?」

 

「……」

 

「いや、こっちを見られても。えぇ……ここまでホタルが暴走するなんて、流石に予想してなかったって」

 

 困る銀狼。だけど私も困ってる。まさかいきなり姉を名乗られるなんて思わなかったから。全然解放されそうにもなくて、そのまましばらく私はホタルに抱き締められたままだった。ゲームをする時も、出来上がったカレーを食べる時も。まさか食事の時にまで膝に乗せられるなんて思いもしない。食べ辛くて仕方が無い。

 

「ここがあたしの部屋なんだね。それで、君の部屋はあっち……。うん、分かったよ」

 

「待った。なんで枕をそっちに持っていこうとしてる?」

 

「え? だって、家族が夜寝る時は一緒に寝るでしょ?」

 

「……そうなの? 銀狼と一緒に寝た事、無いけど」

 

「いや、そんな常識無いから。ホタル、記憶が無いからって都合の良い感じに覚えさせようとしてない?」

 

 初めて見た時感じた大人しそうな雰囲気はもう無い。でもホタルが一緒に住むのは嫌じゃない。私に兄弟姉妹が居たのかは分からないけど、お姉ちゃんと呼ぶのは恥ずかしくもあり、それでいて嬉しかった。

 

 生まれ変わる前の私は、どんな気持ちで全てを捨てたのだろう。こうして銀狼やホタルの元で過ごしたかっただけなのかもしれない。何を失って手に入れた時間なのかは分からない。それでもこうして居られる時間はきっと、私が望んだモノだったのかもしれない。




常時掲載

【Fantia】にも過去作を含めた作品を公開中。
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