普段、料理してお菓子を作る事が多いけど、だからといって市販のお菓子を食べない訳じゃない。新しい発見にも繋がるから、寧ろ食べるのは好き。
「こちら、旅先で購入したお煎餅です」
「美味しそう。いただきます」
私は勿論、開拓者や他の誰もが知らないどこかを旅している停雲。頻繁に家へ来はしないけど、時折こうしてやって来ては色々なお菓子やお土産を持って来てくれる。旅先には当然、その場所特有の味付けや食材がある。だから知らない食べ物を貰って食べるのは凄く楽しみ。停雲のモノを見る目は間違いないから、安心して食べられる。
貰ったお煎餅を齧る。良い音が響いて、舌に広がるのは醤油に似た何かの味。醤油じゃない事は分かるけど、それが何かは分からない独特の味。不味い訳じゃないけど、不思議な味って感じで好みが分かれるかも。私は、ちょっと苦手な部類だった。
「ふふっ。初めて食べた時、私も同じ顔をしていたのかもしれませんね」
「停雲も?」
どうやら、この味に対する感想は停雲と同じみたい。開拓者とかなら、好きかもしれない。何枚か入っているセットだったから、私達だけで食べるのは勿体無い。銀狼とホタルは勿論、開拓者やヘルタにも持って行こう。お土産の、お裾分け。
停雲が来てくれた時、お土産を楽しみにしているのは間違いない。だけどそれだけじゃない。一緒に過ごすのも楽しい上に、停雲は開拓者も行った事の無い場所に関する話もしてくれる。広大な砂漠を一人で彷徨った話とか、果ての見えない海上を船に乗って渡ったりだとか。宇宙と常冬の星、後は夢境しか知らない私には新鮮な事ばかり。外へ出れなかった私が開拓者から聞いて焦がれたあの思いが、停雲と話をする事でまた湧き上がって来る気がした。
お土産のお菓子を二人で食べながらしばらく。停雲が来たらする決まり事の様な行為がある。それは、停雲の尻尾をブラッシングする事。私は前の停雲を知らないけど、元々は色が違ったらしい。死から逃れて目覚めるまでに、消えない傷と共に尻尾も変化してしまったと聞いた。
大きな尻尾。人には付いていない、狐族特有の尻尾。耳もあって、その触り心地はどっちもフワフワのもふもふ。近しい人には触らせない様にするのが普通みたいだけど、触ってみたいとお願いしたら許してくれたのが始まり。元から残っていた常識の中にもある、もふもふは最強だって。
「んっ……ふふっ、随分と手慣れて来ましたね?」
「ん。練習した。本物は無いから、イメージで」
感覚の違いはあるけど、同じ毛である事に変わりは無いから。ホタルの髪や銀狼の髪、以前ロビンにもやった癒しを提供する為の行為でもブラッシングの技術は役に立つ。される事が多かったけど、停雲の尻尾を触ってからは私もする様になって、少しでも心地良い感覚になって欲しいから練習はしてる。その成果はちゃんと出せているみたい。
人より長いとはいえ、耳をブラッシングするのは難しい。そもそも手で触る事はあっても、ブラシを通す程に毛が長い訳じゃないからする必要もないらしい。なので、やるのは尻尾だけ。隣同士に座って、私の膝上に乗せた尻尾をとにかく丁寧に優しくブラシで梳いて行く。無い者には分からない、敏感な部分。少し引っ掛けたりして毛を引っ張るだけでも、大きく反応してしまうくらいには痛いらしいから気を付けないといけない。
「ふぅ……恩人様。実は無理を承知で一つ、お願いが御座います」
「?」
「本日、此方に泊めていただく事は出来ませんでしょうか?」
「ん。良い」
「即答、ですね?」
「駄目な訳、無い。歓迎する」
ここは銀狼が用意してくれた家ではあるけど、私とホタルが住んでいる場所でもある。本来なら、二人の意志を確認するべきなのかもしれない。だけど停雲の事を二人に話した事はあるし、信頼出来る人だから問題ないと思う。偶に来てはお土産をくれたりもしてるんだから、お返しも考えれば断ったりしない筈。寝る部屋は私ので良いかな。リビングに寝かせるのはお客さんを迎える立場として、許せない。最悪、決めた私がリビングで寝る。
「感謝致します。本当に、助かりました。ここへお邪魔したのも、一縷の望みに期待する下心はあったのです」
「旅先?」
「えぇ。今現在、広いという言葉では表現し切れない程に広大な草原に居まして……街も無く、人も居らず、数日が経ちました。食料も厳しくなる中、恩人様方に用意したお土産に手を付けようか迷った時にチケットの存在に気付きまして……駄目元でテントの入り口に使ってみました」
思った以上に凄い状況だった。確かに旅となれば、人の居ない大地を歩く事もある。補給も出来なくなってしまえば、餓死したり野垂れ死んだりする事もあるのかもしれない。チケットがあって本当に良かった。出入り口に使えばここへ来れる様になっている筈だから、テントであっても意味はあったらしい。となれば、ここで疲れを癒してもらった上で食料を渡す事も考えよう。チケットも当然渡して、いつでもまた来れる様に。
「本当は、恩人様に頼ってはいけないのですが……」
「なんで?」
「恩人様は勿論、他の方々にも言える話です。一人故郷へ帰らずに旅へ出たにも関わらず、他人を当てにするのは間違っていますから」
私は旅をした事がない。だから停雲の気持ちを全て分かる事は出来ない。確かに旅や冒険において、この家へ来れるという事はチートみたいなモノかもしれない。食料に困ったら、寝床に困ったら、チケットを使えばやって来れる場所だから。それを使う事が、世界を流離う醍醐味を薄れさせてしまう。
「でも、私は嬉しい」
「恩人様?」
「停雲が来てくれる。お話出来る。だから困ったら、迷わず頼って欲しい。そのチケットは、停雲が手に入れた私との繋がり。出来た繋がりは、自分の力だから」
開拓者とヘルタが教えてくれた、繋がりの力。頼る事は悪い事じゃない。私はあの頃、頼る事を申し訳ないと思っていた。何も出来ない自分が、如何に仲間を頼らない様にして自分で解決出来る方法が無いかを考えていた。だけど、頼られる事は嬉しいって分かったから。旅の醍醐味を楽しむのなら、確かにチケットは控えた方が良いかもしれない。だとしても、本当に危なくなったら。お腹が空いたり寝る場所が無かったら、いつだって頼って欲しい。
「……そうですね。なら今後も時々、お世話になるかもしれません」
「ん。歓迎する」
まだ分からないけど、今まで以上に停雲がここへ来てくれる可能性は高まったと思う。
今日は泊まっていくとなったら、何が食べたいだろう? 旅先では勿論の事、停雲は商団を率いていたって聞いた。色々なモノを普通の人より見て来た停雲が満足いく様な料理を考えると、かなり難しい。狐だからって、油揚げが好きって考えは流石に単純過ぎると思う。
夜。私の部屋で停雲は寝る事になった。私のベッドを使うとなって離れようとしたけど、ホタルみたいに引き込まれて自然と一緒のベッドで寝る事に。
「家主の御方にご挨拶出来なかったのは、本当に残念でした」
「仕方ない。毎日帰って来る訳じゃ無いから」
銀狼とホタルは今日、帰って来なかった。だから夕食は私と停雲の分だけ作って、一緒に食べた。
ベッドへ横になって、お互いに向かい合いながら話をする。布団は被ってるけど、今日はとても暖かい。誰かと一緒に寝るってだけでも暖かさは増すけど、今回は特に。だって、停雲の尻尾が私との間に挟まっているから。抱き枕みたいに力を入れて締めてしまうと良くないけど、そのもふもふを感じながら居られるのは凄く幸せ。
「今日だけでも、旅の疲れがとても癒された気分です」
「良かった。……明日の朝、出る?」
「そのつもりです。寝る前の手入れもして頂きましたので、明日は好調に旅立ち出来そうです」
優しい微笑みを浮かべて言う停雲に少し寂しく思ってしまう。これから頻度が上がるかもしれないとはいえ、次に停雲が来ようと思うまで私から会う事は基本的に出来ないから。それは他の誰かでも同じ事だけど、信頼出来る大事な友達と居られる時間はとても楽しい反面、別れの時間が近づいて来るのが嫌にも感じてしまう。
「停雲」
「?」
「また、来て欲しい。困っても困らなくても、また」
「ふふっ。えぇ、必ず」
「ん……」
まだ起きていたい。まだ話していたい。そう思っているのに、意識が遠退いていく気がした。
明日の朝、旅立つ前に……朝ご飯を一緒に、食べよう。その後は……そう、旅の食料を、渡す。それから……チケットも、ちゃんと渡して……それから……。
ヘルタ本人のところへ偶に行っては、帰って来れない三日間を彼女のメイドになった様な感じで過ごす。別に嫌って事は無いけど、自然とそうなってしまった当たり前。料理を作ったり、お風呂で動こうとしないヘルタの身体を人形と一緒に洗ったり、抱き枕になったり。洗濯物は魔法の力でササッと洗えるのがとても楽。私達の家にも欲しいけど、ヘルタ本人が居ないと駄目なので諦めるしかない。
「これ、片付けておいて」
「ん」
積みに積まれた本の山。一度に運ぶのはとても大変だから、何回かに分けて運ぶ必要がある。一緒に手伝ってくれるヘルタ人形と、サボっているヘルタ人形に囲まれながら、私もヘルタの指示に従って動いている。けど、偶に思ってしまう事がある。ヘルタには感謝しているけど、メイドの様な格好になって当たり前の様に手伝っているけど、私は本当のメイドじゃない。お客さんの筈。
『花火なら、我慢出来ないと思うな~?』
前に花火とこの話をした時に返された言葉を思い出す。不満は無いけど満足もしていない、自分でも思う面倒な感情。相手が天才で、そんな彼女に助けられた立場だから奉仕するのは良いけど、当たり前を当たり前と思ってしまっている事に違和感を感じる時がある。何だろう、この感覚。そう、私はヘルタの為に何かする事は良いと思ってる。だけど今の立場は何か、違う。
「ヘルタ」
「ん? なに?」
「私は、ヘルタの……何?」
「なに、その質問。そんなの、私のメイドでしょ?」
「メイド……」
「不満? 私のメイドになれる人材なんて、この宇宙で探しても居るか分からないよ」
それがヘルタなりに褒めてくれている、認めてくれているのは分かる。答えのままに受け取るなら、私とヘルタは主人とメイドの主従関係。主従……違う。確かにヘルタの為に行動するのは嫌じゃないけど、仕え従っているつもりじゃない。
「不満そうね」
「ん。私はヘルタの従者じゃない。対等な、友達」
「対等? 随分大きく出たね。天才で若く、美しい私と貴女が対等?」
急に威圧感を感じ始める。周りのふざけていたヘルタ人形が慌て始め、一緒に本を運んでいた人形が急ぎ足で部屋を出て行く。私も怖い。今すぐにでも謝って、逃げ出したい。だけどここで逃げたら、私はこれからヘルタを主人の様に心のどこかで感じながら接する事になる。二度と友達としての関係になれない、そんな気がする。
「ふぅん。取り消すなら、今だよ」
「っ! 取り、消さない。友、達……っ!」
威圧感が増した。怖い、凄く怖い。カフカに会った時の重さとは違う、締め付ける様な恐怖。読んでいた本を閉じて立ち上がったヘルタがゆっくりと近づいてくるのを前に、私は必死になって抗う。思えば、ヘルタの傍には誰かが居ても友達として傍に居る人は少ない。強いて上げればルアン・メェイくらいだけど、会っている時は天才同士の会合であって、プライベートは知らない。
「なってあげる」、なんて上からな事を思うつもりは毛頭ない。だけど銀狼とホタルは家族として除いた上で、出会った全ての人を友達だと思ってるから。ヘルタだってそれは例外じゃない。上下のある関係に私達を収めるのは、嫌だ。
「いつからそんなに生意気になったの?」
見下ろされる。冷たい目が私をジッと見つめる。慌てていたヘルタ人形達が不安そうに私達の姿を見ている中、周囲の気温が一気に下がり始めた様な気がした。恐怖なのか寒さなのか、身体が震え始める。ヘルタはどこかで私が折れるのを待っているのかもしれない。そうして力の差を見せて、私が彼女の従者であると自分から認めさせる。
「貴女は私のモノでしょ?」
「違、う。私は、私のモノ。ヘルタのモノじゃ、無い」
「……」
いつの間にか、ここへ来る度に私はヘルタのメイドとして過ごす様になっていた。それが気付かない内に外で出会った時にもそう思う様になっていた。今にして思えば、主従関係を無意識の内に刷り込まれて居たのかもしれない。理由は分からない。自分の人形以外の、身の回りを世話をする人が欲しかった? だとしても、このまま思い通りになる訳にはいかない。
「ヘルタは、綺麗」
「?」
「美人で若くて可愛い。そして、天才」
「当然ね」
「でも、友達は居ない」
「…………」
冷たい目に明らかな怒りが混じった。一部のヘルタ人形が恐怖で逃げ出すのが見える。
「私はヘルタの友達になりたい。主従じゃない、対等な関係」
「続けて」
「っ……お話したり、傍で一緒に過ごすだけでも、楽しいと思える関係。私はヘルタと、そうなりたい、から」
今も冷たい目と周りの寒さは元に戻らない。だけど怒りの籠った目は緩和して、一度重い威圧感を感じたせいか少し楽になった気がした。それでも少し油断したら、心が折れてしまいそうな事に変わりは無いけど。
「それなら、今のままで良いでしょ」
「違う」
「何が違うの? 話も出来る。一緒に過ごして、なんなら入浴も就寝の時も一緒。あぁ、手伝いをしたくないの? なら、これからはしなくて良いよ」
「そうじゃない」
「なら、なに?」
「私、は……」
どうすれば伝わる? 別に手伝う事は嫌じゃないのに。今の関係が従者である事に嫌と思ったから。確かに話もするし、一緒に過ごしているけど、今の私達は明らかに友達の関係性じゃない。
友達を証明する方法って何がある? 殴り合いは流石にしない。そもそも暴力に頼るつもりもなければ、襲い掛かったところで負ける未来しか見えないから。開拓者なら、どうするんだろう? 色々な星や場所を回って、沢山の友達を作った彼女なら。きっと、突拍子もない方法でどうにかする。そう、彼女なら……何かしらの方法で相手に
「ヘルタ」
「なに? ……は?」
暴れられたり、強引に解かれたりしたらしょうがない。だけど開拓者が時に強引な方法で物事を解決していたのは見て来たから。それを真似てみる事にした。今私がここで出来るのは、ヘルタに思いっきりしがみ付いてとにかく思いを伝える事だけ。
「ヘルタ、大好き」
「……」
「私が外に出る切っ掛けを、作ってくれた。私の心配も、してくれた。私が戦える様に、教えてくれた。能力だけが、自分の力じゃないと、教えてくれた。天才で美しく、若くて可愛いだけじゃない。心優しく頭脳明晰で、気が利いて器が大きくて、センスもあって」
「んんっ! ……続けて」
それからは、とにかく思いつくままに褒め続けた。その場凌ぎじゃない、嘘偽りのない本心で。嫌になったりしたら、振り解かれると分かっていながらも抱き着いたまま。結果的に振り解かれる事は無かったけど。
「それから……えっと……」
「もういいよ、よく分かったから。貴女が私を好き過ぎるって事がね」
「……!?」
「へぇ、少しはそんな顔も出来るんだ」
とにかく無我夢中だった。思いつくままに言い続けていたから、今から何を言ったのか思い出そうとしても全部は無理だと思う。そんな中、止められると同時に言われたヘルタの言葉で急に恥ずかしくなって来た。私には分からないけど、ヘルタの反応からして顔にも出ているらしい。余り表情が変わらないとは言われるけど、流石に今回は隠せないみたい。凄く、顔が熱い。
「メイドが主人を好き過ぎる事には特に問題も無いけれど、その関係性がそこまで嫌と言うなら仕方ないね。…………小娘から奪う方法は別で考えるしかない、か」
「?」
「良いよ。対等かどうかはこの際別にして、友達って事にしても」
「! 本当?」
「今までとする事は変わらないでしょ? 貴女、友達にお菓子を作って普段持って行ってるし」
「ん。必要なら、手伝いもする。嫌じゃないから」
「要は考え方、捉え方の問題ね」
メイドの格好をしていても、メイドじゃなくて友達として接してくれる。それだけで心が少し近づいた様な、そんな感じがした。途中、独り言を呟いていたけれど、明らかに私へ聞かせる気の無い声量だったのでなにを言ったのかは分からない。
「対等な友達として。なら、私も貴女と対等である事を示す必要がある。そうでしょ?」
「ヘルタ? !?」
突然身体が浮き上がる。気付けばヘルタ人形が私を取り囲んでいて、胴上げをする様に持ち上げられていた。このままどこかへ運ばれるみたいで、その行く先を知っている筈のヘルタを見れば薄い笑みを浮かべていた。
「今度は私の番だよ。さっきの分、貴女にも
「っ!?」
その後は凄く大変だった。特に恥ずかしさで。別に変な事をされた訳じゃない。場所を寝室に移して、さっきまで私がしていた様に今度はヘルタから抱き締められながら、なぜかずっと耳元で囁かれる事になったから。可愛いだとか、頑張り屋だとか、普段のヘルタからは中々聞けそうにない肯定の嵐。絶対、本人も楽しくなって色々言っていたと思う。褒め殺しは、思った以上に辛い事がよく分かった。
「ふぅ。満足した。それじゃあ、夕食の準備はよろしくね~」
「……」
全部終わった頃、私は恥ずかしさで悶え続けた挙句に力の抜けた身体でベッドへ横になる事しか出来ない状態にされた。凄く満足した様子のヘルタが軽く手を振りながら部屋から出て行くのを感じる。染み込まされる様に耳元へ何度も言われたヘルタの言葉が、無意識に繰り返されて何度も悶え続ける羽目に。夕食の準備を始められるのは、もう少し時間が経ってからになりそう。