風邪を引いた。この身体になって初めて、体調を崩した気がする。
朝、起きて最初に少し頭がフワフワとしていた。寝起きでまだ頭が回っていないんだと思って、二人が起きて来る前に朝ご飯を用意する事にした。皆で一緒に食べて、その後は外出する二人を見送ってから洗濯だったりを済ませて自由な時間を作るまでが何時もの流れ。今日は夕方からヘルタの宇宙船へ行く予定だった。
「何か、様子おかしくない?」
「?」
「銀狼もそう思う? あたしも違和感を感じてたんだ」
だけどいつまでも寝ぼけた感じが抜けない私を見た二人がそう言って近づいて来た。距離が近いのなんて何時もの事だから何もせずに受け入れたけど、ホタルが額を合わせたり銀狼が何かの機械で私をスキャンし始めたりして、結果平均以上の熱が出ている事が発覚した。
それからは少し騒ぎになった。主に騒いでいたのはホタルだけど。今日出る用事は絶対に外せない事だったみたいなのに、何とかして家に残ろうとしてくれたから。だけど連絡先だったカフカに休むのは駄目だって言われたみたいで、銀狼もそれは分かっていた様子。別に少し思考がぼんやりしているくらいで他に問題は無いから、一人でも大丈夫だと説得するのにそこそこ時間が掛かった。
「それじゃあ、行って来るね。うぅ、やっぱりあたしも残って」
「はいはい、無駄な抵抗しないで行くよ。貴女は絶対安静だから。昼はどうしようも無いけど、夜は何かこっちで用意する。用事も出来るだけ早く終わらせて帰るから、もし何かあったらその時はちゃんと連絡して」
「ん……行ってらっしゃい」
二人を見送ってから、取り敢えずはいつもの様に行動する。フラフラする事はあるけど、気を付けていれば支障はない。洗濯は……いつの間にか終わってる。どちらかが気付かない内に終わらせてくれたらしい。乾燥から畳までを朝の短い時間で終わらせた? どうやって? 銀狼なら出来る、のかも。
「掃除……は、止めよう。ヘルタに、連絡」
今日行く事は前もってヘルタに伝えていた。だけど中止した方が良いと二人からも言われている。確かに家ならまだしも、貴重な資料や道具のあるヘルタの宇宙船内でフラフラになって動くのは良くない。そう思って、ヘルタへメッセージを送る事にした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『今日、行くの止める』
『どうして?』
『発熱した。フラフラする。危ないから』
『発熱? 貴女が?』
『ん。39.4度』
『体温計の写真を送信』
『そう。仕方ないね』
『ごめん』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ヘルタからそれ以上の返しは来なかった。今から出来る事は何もない。ゲームをする気力も無いし、家の事だってやるべき事は洗濯と同様にやってくれていったみたい。ここは大人しく安静にして寝るべきかもしれない。
ベッドへ横になる。仰向けになって布団を被れば、フワフワした至高の中で目を閉じるだけ。瞬く間に私は落ちる様な感覚の中で意識が離れて行った。
次に目が覚めた時、二時間程の時間が経っていた。感覚からして都合よく熱が下がったりはしていないみたい。そのままもう一度眠ろうとした時、家の中から聞こえて来た物音に気付いた。誰かが、家に居る?
銀狼とホタルが帰って来た訳では無いと思う。出て行って二時間程度で帰って来る筈はないから。ホタルが何とかしようとしていたけど、カフカが許さないと思う。一度メッセージを確認すると、アスターから来ていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『ミス・ヘルタから発熱したって聞いたわ』
『手が空き次第、そっちに行くわね』
『今から行くわ』
『寝ていたから、リビングに居るわね。お昼の用意は任せて!』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
約二時間前、多分私が寝た瞬間くらいに最初のメッセージが。今から三十分くらい前に最後のメッセージが届いている。恐らく聞こえて来る物音はアスターの出している音で、時間を確認すればお昼も近い。ちょっと寒気を感じながら、私は着る物を増やして部屋を出る。
「アスター、先輩」
「っ! 後輩ちゃん! 無理しちゃ駄目よ。部屋で安静にしていて」
「ん。……ありがとう」
「ミス・ヘルタとミス・ルアン・メェイのお蔭よ。ミス・ヘルタから連絡をもらって、後輩ちゃんの事を説明したら凄く協力してくれたの。宇宙ステーション中にある人形も今全可動してるわ。それと、薬も貰って来たのよ。後輩ちゃんの身体の事を誰よりも理解しているのはミス・ルアン・メェイだものね」
宇宙ステーション『ヘルタ』の所長であるアスターが常日頃から多忙なのは周知の事実。そんな中で私のところへ急遽来る事は簡単な事じゃない。そこにヘルタとルアン・メェイの協力があったからこそ、アスターはここに来れたらしい。今度二人の元へ行く時には精一杯の感謝を込めて何かを作ろう。勿論、ここへ来てくれたアスターにも。
「ほら、部屋で休んで。食欲はある?」
「ん、大丈夫」
「なら、お昼に卵粥を用意するわ。それを食べて、薬を飲めばきっと良くなるわね。なんてったって、天才の作った薬なんだから」
ルアン・メェイが作った薬。それは恐ろしくもあり、頼もしくもある。今回は後者の方で、それを飲めば今日一日で良くなるんだろうって思う。見せてくれたのが粉薬だったから、味はちょっと怖い。良薬口に苦しって事で我慢するしかないけど。
アスターに連れられて、もう一度部屋へ戻る。お昼も近い時間だったから、寝ないで安静に。思考がぼんやりしているとはいえ、何もしないで待っているのは凄く退屈。ふとスマホを開いてみれば、また別の人からメッセージが来ていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『この後、行っていい?』
『来ない方が良い。熱出してる』
『? 誰が?』
『私』
『えっ……大丈夫なの?』
『アスターが来てくれてる。大丈夫』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
相手は開拓者。ここへ来ようとしていたみたいだけど、こんな状態じゃおもてなしも出来ないので今日は諦めてもらう。今までここへ来ようとする人を断った事は無かったから、凄い罪悪感の様なものを感じてしまう。だけど仕方ない事だって今回は割り切るしかない。
『後輩ちゃん、入るわよ?』
ノックの音と同時に扉越しで聞こえるアスターの声。元から大きな声を余り出す事は無かったけど、今は余計に出ないので返事をする間もなく扉が開いた。お粥や薬の乗ったお盆を手に入って来るアスター。私の傍へ近づいてくると、椅子を動かしてベッドの傍に座る。
「お昼が出来たわ。食べて薬を飲んで、安静にしましょうね」
「ん」
お盆を膝上に乗せるのは少し不安定だけど、それもまた仕方のない事だと割り切って両手を差し出す。なのにアスターは私の姿を見て不思議そうに首を傾げた。そして何かに気付いた様に笑うと、お盆を枕元に移動させたアスターがベッドへ足を外に出して半身を捻る様にして座り直した。
「今日、私は後輩ちゃんの看護で来ているのよ? こういう事は任せて」
そう言ってお粥をレンゲで掬ってから、アスターは自分の息で冷まし始める。私が自分で食べる事は許されないみたい。危ないかもしれないけど、そこまで過保護にしなくても良いと思う。だけどアスター厚意を無碍にしたいとは思わないから、そのまま受け入れる事にした。
「はい、あーん」
「あー、むっ。……」
「味はどうかしら?」
「ん、美味しい」
「ふふっ、良かったわ」
普段お粥を食べる機会なんて無いから、少し新鮮。動いている訳でもないのでお腹は言う程空いていないけど、出来るだけ食べておいた方が良いのは分かってる。
「何か、餌をあげてるみたいね」
「私、雛? ぴよぴよ」
「っ! ……ふぅ、今のは危なかったわ」
アスターは凄い速度で顔を背けてしまった。おかしな事を言うから私も少し乗ってみたけれど、上手くいかなかったかも。ぼんやりした思考で思ったままに行動するものじゃなかった。
用意してくれたお粥は殆ど食べ切る事が出来た。用意してくれた白湯でルアン・メェイ特製の薬も飲む。不味くはないけど、決して美味しくも無い不思議な味。でも薬だから、何度も飲みたいとは思わない。
夕飯は帰って来る二人が用意してくれると言っていた。ヘルタ達が協力してくれているとはいえ、アスターも休みだった訳では無いのでずっとここに居る訳にはいかない。薬を飲んで少ししてから眠った後、目を覚ました時にはもう家に居なかった。気付けばまた二時間程経っていて、薬の効果なのか、さっきよりも思考がはっきりしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『妹ちゃん、熱を出したって聞いたわ。大丈夫なの?』
『今すぐにでも行きたいけれど、今日は行けそうに無いの』
『何とか明日開けられる様にするわ。そうしたら明日は一日、看病に行くわね』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『熱を出したってお姉さんから聞いたの(°д°)』
『クラーラが看病に行きたいけど、今日は行けなくて……(><)』
『 安静にしてお薬を飲んでお大事にしてね!(^^)』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『熱を出したって本当!?』
『力になりたいけど、それ以上に危ないのが行こうとしてるんだ』
『何とかウチが押さえておくから安心して。大丈夫、美少女パワーですぐ治るよ!』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『恩人様が体調を崩したとお聞きました』
『
『近々また其方へ伺います。その時に元気な姿を見られる事を。旅の話もまたその時に』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『名無しちゃん、熱出しちゃったんだって?』
『あ、どうして知ってるか気になったぁ? ふふ~ん、ナイショ★!』
『またすぐに遊びに行くから、ちゃんと花火が行く前に治してね!』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『体調を崩したって?』
『まぁ、生きていればそんな時もあるさ』
『なぁに、アンタなら大丈夫。熱い
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
色々な人からメッセージが届いてる。多分、原因は開拓者だと思う。その開拓者もここへ来ようとしているみたいだけど、なのかが止めてくれているみたい。確かに開拓者の気持ちは有り難いものの、看病はちょっと心配になるかもしれない。本人に悪気は全くないから断れないけど、元気な時に一緒に料理しようとしてゴミを出された時の衝撃は忘れない。流石にふざけただけだと信じたい。
沢山の人が私の心配をしてくれている。それは申し訳なくもあり、嬉しくもある。早く治してまたいつもの様に。そう思いながら、私はもう一度目を閉じた。次に目を覚ました時には、誰かがきっと家に居てくれている様な、そんな気がしながら……。
「……ん。復活」
翌日、思考はスッキリしたまま私は起きた。熱も測ってみれば平常。何時もの様に朝の用意をしながら、少し過保護に心配してくるホタル達を見送ってやる事を済ませる。一応病み上がりだけど、全然大丈夫そう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『熱は下がった?』
『ん。大丈夫。昨日はありがとう』
『お礼の仕方は分かってるでしょ?』
『気合い入れて作る』
『よろしい。それじゃあ、待ってるから』
『? 今日?』
『当たり前でしょ。元々は昨日来る予定だったんだから』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その通りだけど、実際にもし昨日行っていたら今日はヘルタの宇宙船に居たんだとは思うけど、まさか来る様に言われるとは思わなかった。調子は大丈夫だから、お菓子を作って持って行く事は出来る。でもまだ心配気味な二人になんて伝えよう。絶対反対される気がする。それにもしかしたらロビンが忙しいのに無理して休んでしまっている可能性もある。もしそうなら、ここを離れる訳には行かない。でもヘルタを無視するのは後が怖い。
何事も急に休んでしまうと、後でこうして困り事に直面してしまうと改めて痛感した。
誰かが来る予定も無かったその日、少女はホタルと銀狼を見送ってするべき事を済ませた後に昼寝をする事にした。しかし例え約束をして居なくても、急に現れる来訪者は存在する。
「そーっと、そーっと! くふふっ、やっぱり寝てる!」
静かに開いた扉から少女の部屋へ侵入したのは、偶にやって来る花火だった。どうやって合わせているのか不明だが、必ず誰も居ない時にやって来る彼女は予め連絡する事も無く家へ来訪。最初は声を出して少女を呼ぶも、返事がない事で昼寝をしていると察したのだ。
ベッドへ近づいて花火は心底楽しそうに少女を見下ろす。掛け布団も被らず、身体の横にスマホを転がして穏やかな様子で寝息を立てるその姿に花火は少し悩んでから近づき始める。彼女は愉しい事が好きな性格故に、何もしない選択肢は存在しなかった。
「あはっ! 髪サラサラ~、くんくん。やっぱり名無しちゃん、良い匂いするね」
普段起きている時から花火は少女にくっ付いてるが、寝ている無防備な姿にする行為は例え同じ事であっても違う気分を花火に齎す。そのまま少女に抱き着いて一緒に眠り、先に起きて驚かせようかと考え始めた時。花火は少女のスマホが震えた事に気付いた。
「あ、ロビンちゃんからだ。……むふ~、イ・イ・コ・ト、思いついちゃった♪」
スマホをひっくり返す事で画面に現れたのはメッセージの一文。どうやら家へ来る事が出来ない彼女は、少女とメッセージでのやり取りを望んでいる様子。そこで花火は悪戯を思いついた様に笑みを浮かべると、まず最初に少女の手を取って起こさない様にスマホのロックを解除する。番号までは分からずとも、指紋や顔の認証で意図も容易くロックは解けてしまう。
「はい、ピース♪ うんうん、イイねイイねっ!」
続いて花火は内側のカメラを起動。自分と眠る少女を映した上で、ピースを作って自撮りを行う。そしてメッセージを起動した花火は慣れた手つきで文章を打ち始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『妹ちゃん、今大丈夫かしら? 少しお姉さんとお話しない?』
『ロビンちゃーん、見てるぅ? 名無しちゃんは今ぐっすり眠ってるよ~!』
『眠る少女と花火の映る写真』
『愚者、どうして貴女がそこに居るの』
『何が目的で』
『いいえ、そんなの決まってるわね』
『妹ちゃんに手を出したら許さないわ』
『ロビンちゃんこわ~い! でも安心して? 花火は名無しちゃんの事が大好きだもん』
『ちょーっと悪戯しちゃうかもしれないけどね?』
『今すぐそっちに行くわ』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「あはっ! 焦ってる焦ってる♪ でもざーんねん! 今は誰も来れないよ~!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『愚者、何をしたの?』
『チケットが反応しないのは貴女が何かしたからね』
『せいかーい! 今、名無しちゃんの家は花火だけの場所だからね~』
『それじゃあ、お・仕・事、頑張ってね~! 私は名無しちゃんとい~っぱい楽しんでるから!』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
何度も通知の音が鳴り響く。少女のアカウントから届いていた花火のメッセージに対してロビンが何かしらの反応を見せているのだろう。だがもうロビンを煽る事に満足した花火は少女のスマホを音が鳴らない様に設定して放ってしまう。画面が付いては消えてを繰り返す中、花火は改めて少女の横に転がった。
「名無しちゃんは今、花火だけのなんだからね~♪」
同時刻
ピノコニーで行動していたロビンはかなり焦っていた。妹として接している大事な少女が今、危険な存在と共に家に居る事。助けに行きたいと思っても歌姫としての務めがある故に余り自由な時間も無く、一度はそれを放ってでも助けに行こうとしたが、家へと続く道を開くチケットが何故か反応しなかった。
「妹ちゃん。何とかして助け出さないと。……! 開拓者さんならっ!」
それは確証も無い希望。だが開拓者なら何か方法を見出してくれるかもしれないという確信がロビンにはあった。急いでメッセージの画面を切り替えて開拓者へ連絡を送り始める。その手は少し震え、誤字が生じてしまう程にロビンは焦り続けていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『お願、いもうよちゃんを助けれ!』
『? どうしたの?』
『愚者が彼女のとろこにっ!』
『OK把握』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ロビンさん、お願いします!」
「! 開拓者さん、お願い……っ!」
常に最高のパフォーマンスで歌声を披露するロビン。だがこの日、彼女を深く知る者なら気付いた事だろう。彼女のその声は何処か不安で震えていた事に。
花火は少女より先に目を覚ました。少女が先に起きた時、驚いた姿を見る為には当然の事。だが花火はふと、自分の手が自由に動かない事に気が付いた。何故か後ろ腰に回っており、自由に動かない手。そこで彼女は背後に居る存在に気付く。
「あ、芦毛ちゃん」
「おはよう、花火」
例え普段飄々としている花火でも、予期せぬ事があれば狼狽えてしまう事もある。他の誰も入って来られない様にした筈なのに、何故か後ろに居た開拓者の存在に困惑する中、花火はその後ろにホログラムで立っている存在にも気が付いた。
『これが危険な存在? 間抜けの間違いじゃない?』
「何するか分からないのは本当」
開拓者とその存在が話をするのを見て、花火は即座に理解した。少女がこの家に住む様になった経緯は既に知っており、ホログラムの存在がいわば家主である事に。花火が誰も入って来られない様にした妨害など、家主に掛かれば赤子の手を捻るも同然で突破出来るだろう。冷や汗を掻きながら、花火は開拓者を見上げる。
「こ、これからどうするのかな~?」
「取り敢えずこの家から出てもらう」
「えぇ~! 名無しちゃんとまだ話してないし、遊びたーい!」
「悪影響だから駄目」
「むぅー。そんな事無いもん! 花火と名無しちゃんは友達を超えて親友なんだからね!」
『親友は私だから。貴女は違う』
「とにかく、ここから……あ」
開拓者が花火を起こそうとした時、何かに気付いた様子で呆けた声を出す。その視線は花火の奥へ向いており、何が起こったのかを察するのは容易い事だった。少女が目を覚ましたのだ。
「おはよう。開拓者、花火。銀狼も居る。どういう、状況?」
花火と居る時は他に誰も居ない事もあり、寝起きから珍しい顔ぶれには少女も困惑してしまう。そこで開拓者は少女の質問にロビンから助ける様にお願いされたと答える。何も分からないままに首を傾げた少女は、何故か遠くに放られていたスマホを取りに起き上がった。
「…………花火」
「あ、あはは~」
「ロビンにメッセージ、勝手に送ってる」
花火がやって来てロビンへ煽る様なメッセージを送り、心配したロビンが開拓者に依頼。銀狼が居る事でチケットでは来れなかった事も少女は全て察した。花火は拘束されたまま苦笑いを浮かべ、それと同時に開拓者は彼女を拘束した紐に手を掛けて立ち上がらせる。
「追い出すから、安心して」
「? 追い出すの?」
「当然。危ないから」
「そんな事、無い。花火は……」
開拓者は花火を追い出そうとするが、それを少女は止めようとした。だが彼女との関係について触れようとした時、少女は過去に思っていた事を思い出して言葉を続けられなかった。
一緒に過ごした事は何度もあったが、それが紙一重の関係である事も理解していた。花火との関係を言及してしまえば、それは罅を入れてしまう事にもなりかねない。愚者と呼ばれ、愉しい事の為なら手段も選ばない花火との関係。ジッと見守られる中、少女はやがて意を決した様子で答える。
「花火は、友達」
「!? 名無しちゃん」
「……そっか」
『……』
花火は目を見開き、開拓者は呆気なく花火から手を離す。その後ろではどこか安心した様な様子で銀狼がほっと溜息をつく姿もあった。親友の座は他の誰の物でも無かった故に。
開拓者は何も言わずに花火の拘束を解いた。途端に自由となった花火は少女の元へ駆け寄り、抱き着き始める。それは危険な香りを醸し出す普段の花火でもありながら、それと同時に大切な友達へ感極まった感情の思うままに抱き着いた女の子の様でもあった。
花火に対する警戒はこの程度で無くなりはしないだろう。だが開拓者は今、花火を少女から引き離そうとは思わなかった。ロビンに大丈夫だったというメッセージを送る事にして、このまま帰ろうとする。一緒に現れていた銀狼は既に解決したと感じたのか、気付けばその姿を消していた。
「もう帰るの?」
「そのつもり」
「何か予定、ある?」
「別に無いけど、急いで来たから少し疲れた。休みたい」
「なら、お茶入れる。お菓子もある。食べて行って」
「ねぇねぇ、花火の分は?」
「ん。勿論、用意する」
ロビンの焦りを感じて開拓者も焦っていたのだろう。その問題が解決した事でどっと押し寄せた疲れを癒す為に帰ろうとする中、少女に止められてお茶に誘われる。それが如何に心地良い癒しの時間となるかは、今までの経験で開拓者にもよく分かっていた。珍しい花火という存在がいるものの、誘われたからには期待してしまった開拓者。少女の部屋を出て、三人はその後リビングで過ごし続けるのだった。
「ん~っ! 美味しいっ! 名無しちゃん、大好き!」
「わぷっ……口元、汚れてる。服に擦りつけないで」
「はむっ。はむっ。うん、美味しい」