ピノコニー、夢境内にて。
開拓者は予めロビンに連絡を取ってから待ち合わせをしていた。銀河に名を轟かせる歌姫に自由な時間は少ない。だがその内容が眠ったままになってしまった妹の様な存在を目覚めさせる事となれば、本人にとって話は別だった。相手に迷惑が掛かってしまう事もあるだろう。しかしロビンにとって幸運な事は、優秀なマネージャーが居る事。そのマネージャーもまた、少女と面識があるのだから。
「開拓者さん。お待たせ」
「大丈夫。でも、そっちの都合は?」
「マネージャーさんが時間を稼いでくれているわ。そんなに長い時間は居られないかもしれないけれど、妹ちゃんの為にも協力させて」
ロビンと合流して夢境の中にあるかもしれない少女の感情を探す事にした開拓者。だが本当にあるのか、あったとしてどこにあるのかの宛が無い彼女には動き出すのも難しい。
「?」
――――――――――
『ロビンちゃん、見てる~?』
『今花火は~、名無しちゃんと一緒に居まーす!』
『羨ましい? 羨ましいでしょ~?』
――――――――――
「開拓者さん。これを見てちょうだい」
「? 花火からのメッセージ? うわぁ、滅茶苦茶煽ってるね」
「あの愚者は私を怒らせるのが好きみたい。けれど、今回は助かったわ」
ロビンに見せられたスマホには、彼女を煽る文と共に青い光の傍で楽し気にピースする花火の写真が写っていた。それは正しく探していた少女の感情。決して好意的な相手とは言えないが、少女の事に繋がるとなれば敵に回る事も無いだろう。そう判断して、二人は互いを見合って頷いた後に返信を始める。
――――――――――
『愚者。それは彼女を起こすのに必要な感情よ』
『開拓者さんが探しているの。今夢境に居るわ』
『名無しちゃんを起こすのに必要?』
『本当かな~? ロビンちゃんが欲しいだけじゃないの?』
『妹ちゃんの声や感情が聞けるなら確かに欲しいわ』
『でも妹ちゃん自身が目を覚まさなきゃ、意味が無いの』
『う~ん。どうしよっかな~♪』
『花火も名無しちゃんとはまた遊びたいしな~』
『あ! イイコト思いついちゃった!』
『 芦毛ちゃんも今、居るんだよね? じゃあ、交換しよう!』
『名無しちゃんが芦毛ちゃんにあげた物があるって聞いた事あるし』
――――――――――
「こう言っているわ。開拓者さん、何か妹ちゃんに貰っているの?」
「多分あれの事だね。……くっ、仕方ないか」
花火の望むものが何か、開拓者本人だけが理解出来た。一瞬胸に手を当てて何かの存在を確認した開拓者が悔し気に頷けば、ロビンはそれが何か気になりながらも承諾したと判断して花火との取引に応じる事を伝える。すると送られて来る待ち合わせの指定位置。二人は急いでそこへ向かって移動を始めた。
ロビンは目の前で行われた取引を前にその顔を引き攣らせる。余りにも悍ましく受け入れがたい光景に、受け入れる事が出来ないでいた。
「おぉ~! これが名無しちゃんの!」
「私のお宝が……」
「…………」
手に入れた開拓者のお宝、少女の使用済み下着を大きく掲げて眺める花火に対して両膝を付いてショックを受ける開拓者。これも全て少女の感情を回収するためだと受け入れようとしては、ロビンの中にある常識や正しい心が拒否を繰り返す。
「ロビンちゃん、羨ましい~?」
「……」
「感情、死んでるね。完全な無表情になってる」
少女の感情は欲しいものの、目の前の現状を受け入れたくはないロビンは無感情に徹する事とした。目の前で取引が行われ、やがて花火から出された青い光にロビンと開拓者は触れる。
『ここが夢の世界。キラキラしてる。みんな楽しそう』
『でも、現実じゃない? このキラキラも、景色も、全部が夢』
『楽しいけど、何だろう。少し……哀しい』
「これは、哀しみ? 哀の感情だね」
「感じ方は人それぞれ。妹ちゃんはこの夢境をそう感じていたのね」
開拓者は無事に新しい感情を手に入れる事が出来た。夢境で感情を見つけられたとなれば、あと残る感情はどこにあるのか。ロビンと花火も考えては見るものの、その場所に検討は余り付いていない様子だった。
「今見つかっているのは喜・怒・哀の三つでしょ? 後は楽なんだから、名無しちゃんが楽しいと思っていた場所だよね!」
「妹ちゃんが楽しいと思っていた場所。沢山ありそうね」
「その中で特にってなると……あ」
花火の言葉に開拓者は一つの場所を思い浮かべる。ロビンと花火もその場所を聞けば納得するも、残念ながら今すぐそこへは行けない。そこで開拓者は一度、宇宙ステーション『ヘルタ』へ戻る事に決めた。
「開拓者さん、妹ちゃんをお願いね」
「絶対、ぜぇーったいに名無しちゃんが起きたら遊びに行くからね!」
開拓者は夢境を離れる。そして一度銀狼へメッセージを送ってから『ヘルタ』へ向かうのだった。
宇宙ステーション『ヘルタ』
開拓者は集めた二つの感情をルアン・メェイへ渡す。既に確保されていた喜の感情と重なり合えば、その色は三色が混ざった色へと変化した。
「残るは一つです」
「一体、どこにあるのかしら?」
「それなんだけど、検討はもうついてるんだ」
アスターの疑問に開拓者が答えた時、突然全員の目の前に銀狼のホログラムが出現する。ヘルタ本人もそこには居たが、一瞬目を向けるだけで大した反応は示さない。それは銀狼も同じ事だった。
『それで、何で私を呼んだの?』
「銀狼。あの家へ行きたい」
その言葉を聞いてここに居る全ての者が一瞬で察する事が出来た。あの家とは勿論、銀狼が用意して少女の住んでいた家の事。そこで彼女は目覚め、沢山の人達が訪れている。ルアン・メェイのお蔭で外へ出る事が出来る様になってからも、それは変わらなかった。
「最後の感情は、あの家にあると思う」
『なるほど。チケットはまだ持ってる?』
銀狼の問いに開拓者は持っていたチケットを見せる。それを見てアスターもチケットを徐に取り出せば、ルアン・メェイとヘルタも持っているのを示す様に取り出した。既に使えなくなってしまったチケットだが、誰一人捨ててはいない様子。
『リンクを繋げる。前みたいに適当な扉へかざして。それで入れるから。私達も行くよ』
ホログラムは消え、ルアン・メェイとヘルタは残る事に。そうして開拓者はアスターと共に家へ向かう為に、出入り口の扉へチケットをかざした。扉が光り輝き、中へ入れる様になる。入るまで向こうの景色は見えないが、何度も経験している二人に戸惑いも恐怖も無い。
「久しぶりね」
嘗てやっていた行為を再びやれた事にどこか嬉しそうな様子でアスターが呟く中、開拓者は彼女と共に光の中へと足を踏み入れた。
見覚えのある景色が二人の前に広がる。だがどこか寂しさを感じるのは、玄関だけでも装飾が少なくなっているからだろう。廊下にあった飾りも、靴箱の中も空。既に破棄されたこの家にはもう、最低限の家具や不必要なものしか残っていなかった。
「広いね」
「家具が無いから、余計にそう感じるのよ」
リビングに入るも、前まであったソファやテーブルは勿論、テレビもゲーム機も何もない。ただ広いだけの部屋は生活感も無く、空っぽだった。
「ここで、みんなで遊んだんだよね」
「っ! ホタル」
キッチンへと続く別の扉側から、ホタルが姿を現す。その背後には銀狼の姿もあり、四人はリビングの中央で合流した。
ホタルはその姿故に違うが、銀狼は指名手配犯だ。しかし既に何度か面識がある上に少女を経由した結果、アスターはもう警戒しない。寧ろ少女の為に行動する上では信頼すら出来る相手とも言えた。それは少女と銀狼の関係を知る者全員に共通している認識でもある。
「彼女の部屋へ行こう。多分、そこにある」
開拓者を先頭に、リビングを後にした四人は少女の部屋へ。同じ様にベッドやゲーム機、ディスプレイも残っていない空っぽな部屋の中央にその明るい光は浮かんでいた。
「あったっ!」
部屋へと入り、開拓者はその光を見つけて触れる。すると彼女を経由してその場に居る全員が少女の感情を認識した。
『この家には、みんなが来てくれる』
『今日は何をしよう。ゲーム。お話。昼寝も良い』
『みんなと一緒に居られる。楽しくて、大好きな時間』
『これからも、ずっとこんな風に過ごせたら良い』
誰かと共に居る時間を心から楽しんでいる少女の感情が全員に伝わる。開拓者はその感情を丁寧に回収して、三人へ振り返った。
「これで喜怒哀楽、全ての感情が揃った訳?」
「ならミス・ルアン・メェイとミス・ヘルタのところへ行きましょう」
「うん。遂に、彼女を起こす時が来たんだね」
「行こう。彼女を目覚めさせに」
全ての感情を見つけ出して、開拓者は三度宇宙ステーション『ヘルタ』へと戻るのだった。
「喜怒哀楽。集めた四つの感情を、彼女に」
「分かった」
真っ暗だった。何もない場所で、ただ漂っていた。何を考えていたのかも覚えていない。何も考えていなかったのかもしれない。今こうして考えていなかったかもしれないと考えている事そのものが矛盾している気がする。
最後の記憶は何だったか覚えていない。けれど私の目の前に何か光るものが飛んできて、それが私に入ったのは分かった。そう、それからこうして考えられる様になった気がする。まるで抜け落ちていた何かが戻って来たみたいな、あって当たり前の様な感覚。
「ここは?」
改めて周囲を見回してみる。真っ暗で何も無い場所。浮かんでいた感覚だったのが、意識を取り戻してから立っている感覚に変わった気がする。だから地上、足場があるのは間違いない。けれど暗闇に立っているだけで、何処が足場かも分からない。
――――――結局、同じなんだ
「!?」
聞こえて来たのは、聞き覚えのある声。けれど何処にも姿は無い。
――――――どこにも、居場所なんてない
響き渡っているみたいに聞こえて来るせいで、方向も分からない。ここに居ても仕方ないから、少し移動してみよう。急に足場が無くなったりしない事を祈って。
――――――ずるいよ
――――――にくいよ
――――――なんで、お前だけ
『それももう、意味のない話だけど』
「……」
響いて来る怨嗟の声を聞きながら、歩き続けていた。けれどそれが突如として真後ろから分かり易く無感情な声が聞こえて、振り返った先に居たのは……私。
覚えている。この世界の体は世界が作り、銀狼が
『貴女もあの世界から消えた。私と同じ様に』
「消えた……」
思い出せなかった出来事が少しだけ思い出せた気がした。ある日凄い眠気に襲われて、それからこことは違う真っ暗な場所で漂って。開拓者やロビンを見つけたけれど、最終的に私は……。
『世界にとって、貴女はもう無価値だから』
世界が作った体。それには目的があって、それが果たされた。だから私は要らない存在になった。この世界に来たいと思った前の私と銀狼が繋がれたのは、世界にとって都合が良かったから。
『このまま私と一緒に、消えてなくなるの』
そういって私は私へ手を差し伸べて来る。
「……」
差し伸べられた手。それを掴んだ方が良いって、感覚が告げている。でもそれが良くない事だとも思う。どうするか悩んで、私は結局その手に自分の手を重ねようとした。
――――――どうして起きないの?
「!」
でもその手が触れ合う前に、また声が聞こえて来る。それは私達ではない、違う人の声。とても聞き馴染みのある、女の人の声。
――――――何かが、邪魔をしている?
――――――後輩ちゃん、起きて!
「ルアン・メェイ、アスター?」
――――――はぁ、世話が掛かるね
声は四人分。誰なのか、ちゃんと分かる。姿は見えないけれど、私に声を掛けている事も。
このまま私の手を取ったら、本当に消えてしまうのかもしれない。けれどまだ私を諦めていない人達が、居る。だったら、私が諦める訳にはいかない。
『ここから出るつもり?』
「みんなが、待ってる」
――――――小娘、居るんでしょ?
――――――メンテ長すぎ。早くINさせて。
――――――今、行くからね。
銀狼とホタルの声もした。私は手を引っ込めて、もう一度周囲を見渡す。何も変わらない真っ暗な空間だけど、さっきまで感じていた虚無は無い。何処かにみんなの元へ帰れる場所があるって、信じられるから。
『……』
目の前の私はもう、何も言おうとしない。暗闇に向かって足を進めてみると、浮かびながらついて来る。私は私と共に、取り敢えず暗闇を移動する事にした。
どれだけ歩いたんだろう。いつまで経っても、何も変わらない。相変わらず私は後ろに居るけれど、何も話そうとしない。多分私が諦めるのを待っているのかもしれない。私が諦めて一緒に消える選択をすれば、終わる。でもその選択は絶対、選んじゃいけない。
みんなの声はしなくなってしまった。その声が聞けるだけで心強かったのに、無くなると今度は逆に心細くなる。
「みんな」
『……』
ふと、思う。ここはいつまで進んでも変わらない闇の中。今私はここに来て不安を感じているけれど、きっと前の私はずっとここに居た。感情は無いかもしれないけど、それでもここに居るのはとても辛い。私が捨ててからずっと、前の私はここに居た。
私は世界にとって利用価値がなくなったから、ここへ来た。けれどみんなが居るから、ここを出られると信じてる。根拠なんて無いけれど、みんなならって確信だけはあるから。なら、前の私はどうなんだろう。同じ様にここに居るのなら、今度は一緒に世界へ出る事が出来るかもしれない。
『それは出来ない』
「えっ……」
『貴女にはもう、
前の私には心が無いから、存在する事が出来ない。詳しい事が分からないと、そうなのかもしれないって思ってしまう。でも、引っかかる事はある。確かに目の前の私に心は無いかもしれない。でも、だとしたらあの時の言葉は何だったんだろう。『ずるい』『にくい』と私に言っていたあの言葉に感情が無いとは思えない。相手を憎むのも恨むのも、心が無いと出来ない事の筈だから。
「心が無い。……? もしかして」
目の前に体がある。でも心は無くて、過去に感情を向けていた事はある。なら答えは簡単。今ここに心が無い、だけ。
「心は、別にある?」
『その通り!』
「!?」
聞こえて来る答え。同時に突然足元が光り出して、私はその場から離れる。地面からせり出す様にして現れたのは、嘗て模擬宇宙で戦ったあの黒金の鎧。手には変わらずに長巻があって、それを私へ向けて来る。
『やっと、やっとお前を殺せる!』
「貴女も、私?」
『希望を持つために私を捨てたお前を、殺してやる!』
――――――そうだ。あれを殺せ。あれを目覚めさせるな。
模擬宇宙で出会った姿が、そこにはあった。そして聞こえて来る全く知らない第三者の声も。やっぱり、そうなんだ。体だけだと思っていたけれど、少なくとも私を恨む心が前の私には残っている。傍に居た体はもう居ない。あの心と一つになったんだろう。
『お前も私と同じ様に、孤独の中で死に続けろ! ここから出られると思うな!』
一つ、分かった事がある。あれがどんな形であれ、前の私である事に間違いはない。だけど私は私であって、彼女じゃない。その心も、痛みも、彼女のもの。同じ存在だと言われたって、違うんだと確信してる。だったら、やる事は決まった。それに、私は知っている。
「ルールは、破る為にある。だから」
世界のルールなんて、知った事じゃない。
一方その頃。
開拓者はホタル、アスター、ヘルタの三人を連れて少女の意識内へ入り込んでいた。感覚は夢境や少女の夢へ入ったのと殆ど同じ。広がる世界も闇の中であり、だがそれぞれの姿だけが光る様にして視認出来る。そして周囲を確認していた時、四人は響き渡る声を聞いた。
――――――連れ戻しに来たか、愚かな
「! 今のは?」
――――――既にこの心は役目を終えた。呼び戻す事は許されない
「これ、また世界の意志ってやつ?」
――――――世界の道は正された。特異点はもう、必要ない存在だ
「! 勝手に決めないで。彼女は返してもらう」
――――――世界に楯突けばどうなるか、教えてやろう!
「世界の意志だとかどうでも良いよ。天才は世界すら凌駕する。身の程を弁えて」
現れるのは過去に戦った異形達。一斉に襲い来る敵性存在に、それぞれが武器を構えた。