銀狼とホタルが外出して、一人でゲームをしていた時。開拓者がここへ来たみたいに玄関の方から音がした。メッセージには何も来てない。分からない人からの変な顔文字が送られて来ているだけ。迷惑メッセージ? 今は放っておこう。多分、誰かがここへ来たんだと思うから。
「ここは……」
「お客さん……?」
「っ! 貴女が……。ごきげんよう。
綺麗な女の人。透き通る様な綺麗な声をして、美しい立ち振る舞いで自己紹介をするロビンに私は少しの間動けなかった。その姿と声にも衝撃はあるけど、私はこの人を知っている。銀狼がくれたスマホを使い始めた頃、銀河の情報に歌姫の存在があった。その人と同じ名前で、同じ姿。銀河のスターと言って間違いない存在だと思う。そんな人が、ここへ来た。
「話は聞いているの。私としたメッセージの記憶は、無いのでしょう?」
「……ん。ごめん」
「ううん、良いの。こうして会えたんですもの。改めてこれから、仲良くして欲しいわ」
「よろしく」
差し出される手。私はこんな凄い人とも世界を超える前からやり取りをしていたらしい。開拓者が言っていた人は多分、ロビンの事だと思う。私は少し緊張している気がする。何を出来る訳でもないけど、凄い人が目の前に居る事実だけでドキドキしてるから。
「ふふっ」
「?」
「あ、ごめんなさい。……想像していた通りの雰囲気だったから、つい」
「どんな想像?」
「そうね。会う事は出来なかったけれど、メッセージの雰囲気から年下の女の子だとは思っていたの」
メッセージの先に居る相手がどんな人なのか、基本的には分からない。男性なのか女性なのかも。だからもし誰か新しい人とメッセージのやり取りをする様になっても、余り信じちゃいけないのは私の中に残っていた常識の一つ。それはこの世界でもそうだと思うけれど、予想自体はしてしまうのも分かる。そうだったら良いと、思う事はきっとあるから。
「中に、入る」
「えぇ、お邪魔します」
リビングへロビンを入れて、取り敢えずおもてなしの準備をする。開拓者の時に誰かが来る事を経験出来たから、今後の事も考えて下準備は少しだけ済ませてあった。お菓子は作った物を、紅茶や珈琲も入れられる様に。ホタルに頼んで買ってきてもらった簡単に出来る奴だけど。普段から良いのを飲んでるかもしれないロビンだと、美味しくないかも。
「どうぞ」
「ありがとう。……ふぅ。ふふっ、美味しいわ」
「……良かった」
別の意味で少しドキドキしたけど、ロビンは微笑んでそういったので安心した。
それからロビンとしたのはお話。ゲームも出来るけれど、今回は顔を見て挨拶をしたくてやって来たらしいから。開拓者がここへ来るためのチケット? とお菓子をくれたみたい。そのチケットは使ったら消えてしまうみたいで、もう一度ここへ来るにはどうすれば良いのかはロビンも分からない様子。
「なら、聞いてみる」
ここは銀狼が用意した家。銀狼自身の家ではないらしいけど、ここで寝泊まりする事が殆ど。だから銀狼に聞くのが一番だと思う。メッセージから銀狼へ問い掛けると、即座に返事が返って来た。何をしているのかは分からないけど、返事を出来る状況みたい。
「? チケットって、どんな見た目か分かる?」
「開拓者さんが普段集めているのに似ていた気がするわ。でも色が違っていたの。青と黒で、何かの技術で光っていたの」
「ん……探す」
銀狼からの返事は、『渡したければ私の部屋にあるから』だった。普段勝手に銀狼とホタルの部屋へ入る事は無いけど、今回は特別。返事の内容からも、入って大丈夫だと思う。
少しだけロビンに待ってもらって、私は銀狼の部屋へ入った。大きなモニターにゲーム機を始めとした機械の数々。私には分からないものばかりで、下手に触れて壊したら大変。触らない様に気を付けながら、周囲を見回していると三種類のチケットが並べて置かれているのを発見した。
一枚目は銀と千切れる部分が黒に近い緑のチケット。これは違うと思う。
二枚目は金と千切れる部分が赤のチケット。これも違うと思うけど、不思議な魅力を感じる。開拓者が集めているチケットは多分これだと思う。一体これで何が出来るんだろう?
三枚目は黒と千切れる部分が青のチケット。青の部分は銀狼が姿を見せるホログラムの様に少しだけ浮かんでいて、角度を変えると模様も変わる様になってる。開拓者が持っていて、ロビンが貰ったのはこれだと思う。
私は三枚目のチケットを手にリビングへ戻った。ロビンはそこで紅茶を飲みながら待っていてくれたけど……なぜだろう? 少し位置が違う気がする。さっきまで座っていた場所とは逆の、私が座っていた場所に移動している気がする。でもお皿とかはそのまま。私のもそのまま。
「なんで、移動したの?」
「特に理由はないわ。チケットは見つかったのね?」
「ん。これ」
「ありがとう。これでまた、ここへ来れるわ。ふふっ、今度来た時はゲームもしましょうね」
大事な約束。私はロビンとそれを交わして、ソファに座る。ロビンが移動したから、私がロビンの座っていた場所に行った方が良いかと思ったけど、食べかけのお菓子や紅茶はそのまま。だからロビンの隣へ一緒に並ぶ様に座る。さっきよりも物理的に近くなった距離。見惚れてしまう程に綺麗な姿で微笑まれると、何か色々な事がどうでも良くなって来る。それくらい、ロビンの微笑みは人を魅了する力があると思う。
「こうして一緒に居ると、妹が出来たみたい。とても楽しいわ」
「ホタルみたい」
「ホタルさん?」
「知ってるの?」
ロビンはホタルを事を知っているみたい。開拓者と出会った頃、同じ時期に出会ったらしい。ここはホタルの家でもある。その事を伝えると、ロビンは驚いてからまた少し嬉しそうな微笑みを見せる。
「そう。ホタルさんは貴女のお姉さん代わりなのね」
「そんな感じ」
「なら私も貴女のお姉さんになろうかしら?」
「えっ? あぅ」
「暖かいわ、ふふっ」
急に優しく抱きしめられた。ロビンの身体はとても暖かくて、ホタルの時みたいにやっぱり安心する。だけどなんでだろう? ホタルよりも凄く心が安らぐような、そんな気がしてしまう。ホタルの時も心地良いのは間違いない。でもロビンの場合は傍に居る時から、一緒に話をしている時から安心出来る。これが、銀河中が知る歌姫の力……?
「ホタルさんは家族としてのお姉さんだから、そうね……私は近所のお姉さんってところかしら」
「歌姫が、近所……? 」
「このチケットがあれば、いつどこからでもここへ来れるわ。それに今の私はプライベートだから、ただのお姉さんよ。もし望むなら、歌ってあげても良いけれどね」
相手が歌姫だからとか、そんな理由じゃない。ロビンがホタルとはまた違うお姉さんになるのは、とても嬉しい気がした。
それからしばらく、私はロビンとくっ付きながらお話をした。やがてロビンにも帰らないといけない時間がやって来る。銀狼の用意したチケットは渡したから、また来たくなったら今度はメッセージで確認をしてから来てくれるみたい。
「ばいばい」
「また来るわね、妹ちゃん。ふふっ」
ロビンが玄関の扉から向こうへと消えていく。光の向こうは何も見えなくて、その姿が飲まれると同時に扉は自動的に閉まってしまう。新しい人がやって来て嬉しい。歌姫が来るとは思わなかったけど、ロビンはとても優しい人だった。それに穏やかで、一緒に居て心地良い人。
「ロビン、お姉さん……」
ホタルはお姉ちゃんで、ロビンはお姉さん。同じ様で違う、新しい繋がり。
「っ! なんだろう。お姉ちゃんとしての立場が危うい気がする……っ!」
「急に何言ってるの?」
今日も新しい人がやって来た。だけど今までと違うのは、事前にメッセージが届いていた事。知らない人からのメッセージは確認はしても、返事を返す事は殆どない。絵文字ばっかりの人とは少し面白くて、絵文字だけで返したけど。今は絵文字だけでやり取りしている。
メッセージの相手は開拓者。私の全体写真が欲しいと突然言われたので、ホタルにお願いして撮影してもらったのを送信したのが数日前。それはここへ来ようとしている、前の私がやり取りした事のある相手が欲しがったらしい。直接ここへ来て確認した開拓者やロビンと違って、何かを持って来ようとしているみたい。それが何か不安だったけど、今はもう大丈夫。
「これも良いわね。次はこっちを着てみて!」
「もう、8回も着替えてる」
「まだまだあるわ! 沢山用意したんだから!」
私は着せ替え人形になっていた。やって来たのはアスターという名前の女の人。ここへ来る時にとても大きなキャリーバックを二つ持ってきていて、その一つの中身は数え切れない程の服だった。
前の私は着るものに対してとても無頓着だったらしい。それは今も正直変わらないと思う。銀狼かホタルの用意してくれた服を適当に着ているだけだから。ホタルはそれなりに気を使っているみたいだけど、私とそんな話には殆どならない。銀狼はそもそもファッションをそんなに気にしていなくて、メッセージ繋がりなら開拓者やロビンも。開拓者は余り興味なさそうで、ロビンは身なりに気を使うとは思うけどどうしているんだろう? 衣装とかを持っているのかも。
「貴女が想像通りの女の子で良かったわ。思う存分、着せ替えられるもの」
「……面倒」
凄く楽しそう。私は疲れてきているけど。沢山の服を着た。私にはよく分からないけど、誰かモデルになる様な人が居るのかもしれない。アスターが着ているのと似た服もあった。後は、メイド服や着物まで。コスプレに近いセットが多いけれど、思えばみんな変わった服装。誰もが似合っているけれど、他の誰かが着た瞬間にコスプレ染みた印象に変わりそう。
「高そう」
「お金の心配ならしなくて良いわよ。それより次はこれとこれね。どこかの旅人が着てそうなコーディネートよ!」
全身の写真を欲しがったのは、サイズを確認したかったんだと今なら分かる。着るモノ全てが私にピッタリの大きさだから。
渡された服を着続けないと解放されそうにない。もう隠れて着替えるのは面倒なので、目の前で着替えてしまおう。女同士だから別に問題ないと思う。
「ちょ、ちょっと!?」
「ん、しょ……どう?」
「あ、えっと……うん。似合ってるわ!」
少しだけアスターの目の前で裸になって、私は渡された服を着る。肩は出てるし太腿だって外側には生地が掛かっているけど、内側は殆どない。首に回した黒い紐が少し痛い。
「えっと、貴女。下着は付けてないの?」
「? 付けてる」
「っ! そ、そっちじゃないわよ!」
ちゃんと下着は付けてる。証明する為にスカートを捲って見せると、アスターが顔を真っ赤にしながら私の手を掴んで下へ押し戻した。聞いていたのは胸の方だったみたい。確かに胸は何も付けて無い。必要無いから。この身体はペッタンコで、成長する可能性もかなり低いと銀狼が言っていた。つまり今後必要になる事も無いと思う。
「気にして……は、無さそうね」
「?」
「女の子はファッションに気を使うし、胸の大きさだって小さい人はコンプレックスになり易いのよ。だけど貴女は心配してなさそうで少し安心したわ」
前の私は全く気にしていなかったのか、そんな常識すらも残っていない。銀狼は気にしてる? ホタルはあるから気にしてないと思う。大きいと何が良いのか、考えて見る。ホタルに抱きしめられる時、自然と服越しに顔や頭で当たる場所。包容力? 確かにあれは良いけれど、私にあってもしょうがない気がする。
「……」
「どうしたの?」
「アスターは、ある?」
「あるって、何が……へっ?」
アスターとホタルは同じくらいなのかもしれない。身体に抱き着いてみると、ちょうど顔の位置に胸が来る。服の感触越しに感じる温かさは似ている気がする。
「? アスター?」
少しの間、アスターの包容力を確認したから離れる。だけどアスターは私が抱き着いた時に固まった姿勢のまま、離れても全く動かなかった。少し突っついてみるけど、反応しない。ちゃんと生きてはいるから大丈夫だとは思う。仕方ない、服を片付けよう。
「ねぇ」
「?」
後ろを向いた瞬間、アスターが戻って来たみたいで声を掛けられる。そしてそのまま私の傍に近づいてくると、服の山に手を突っ込んで……迷わず一枚の服をアスターは取り出した。それは制服の様に見える。どこのかは分からないけど、真新しい服の中でそれだけ少し古そう。
「これ、着てみて」
「また?」
「良いわ。じゃあ、これで最後にしてあげる」
また着せ替え人形になるのは嫌だった。だけどこれを最後と言われたら、断ろうとは思わない。黒のスカートに白のYシャツ。とてもシンプルな上下で、他には特に珍しい感じもしない。強いて上げるなら、今までのと違って少しサイズが大きい気がする。
「これもセットよ」
「意味、あるの?」
「えぇ。これはガーターリングって言って、ちゃんとした装身具よ。開拓者も付けてるでしょ?」
「……確かに」
アスターが続けて渡してきたのは、丸い輪。開拓者は水色のを、アスターも黒の柄が付いたのを太腿に付けている。私が渡されたのは黒と赤のチェック柄。なんの意味があって付けるものかは分からないけど、付けている人が居るのは確か。これもきっと、ファッションの一つなんだと思う。
「どう?」
「良いわね。それじゃあ、今から私の事を先輩って呼んでみて」
「? 先輩?」
「っ! 名前も付けて欲しいわね」
「アスター、先輩」
これは、アスターの服? もしかすると、アスターが学生時代の制服なのかもしれない。私に着せて、後輩にしようとしている気がする。名前を付けて呼んだら、目を閉じて凄く悶えるのを堪えている様に見える。確かにアスターより小さな私が彼女の制服を着れば、同じ場所の後輩に見えるのかもしれない。実際は違うけど。
「ふふっ、後輩ちゃん。今なら先輩の私に甘えても良いわよ」
「?」
「さぁ、来なさい!」
両手を広げて待ち構える姿に、言われた通り私は飛び込んだ。さっきとは違って強く受け止められると、そのまま背中に手が回される。胸の包容力は確かにあるけど、やっぱり腕や身体の全身で抱きしめられるのが一番感じられる気がする。どっちが良いとかは無い。ホタルもアスターも、同じ様で少し違う。でも気持ち良いし、安心する。
「年下の子に甘えられる……悪くないわね」
それから約束通り、着せ替え人形になる事は無かった。だけどこれからアスターの事は先輩を付けて呼ぶ様に言われたり、今回着た服はこの家に置いていかれる事になった。最後に着た制服はアスター自身のモノだったみたいで、流石に持って帰るみたい。今度着た時に新しいのを用意すると言われたけど。
「そろそろ帰らないと」
「ん……見送る。それと、これ」
「ここへ来るチケットね。ありがとう」
アスターが帰る間際、私はまた来れる様にチケットを渡す。銀狼が用意したここへ来るためのチケット。ロビンが来た時以降、リビングに何枚かいつでも渡せる様に置く事になった。必ず一枚ずつ渡す様にと、銀狼には言われた。開拓者の様に複数枚渡して配るのは、本当は余り良くないみたい。ロビンや今回のアスターみたいに前の私を知る人達への特別だったらしい。
「あ、そうだ。大事な事を忘れてたわ!」
「?」
何かを思い出した様に、アスターがキャリーバックに手を掛ける。それは服の入っていたバックとは違う、もう一つの中身。入っているのは何かの部品? アスターはそれを取り出すと、一つ一つくっ付け始める。やがて出来上がったのは女の子……の人形。
「アスター先輩。……これは、なに?」
「ミス・ヘルタの人形よ」
「?」
ヘルタ。それはアスターが普段居る場所の名前であり、人の名前でもあるとさっき教えてもらった。つまりこの人形がヘルタ? でもどうしてここにその人の人形を置こうとしているのだろう。
「ミス・ヘルタは普段、人形を介して現れるの。本物は宇宙ステーションに中々来ないのよ」
「これにも、来る?」
「その筈よ。貴女の部屋に置いて欲しいのだけど……」
少し気まずそうな感じ。知らない人の人形を置くのは凄く変な感じだけど、アスターも頼まれた側なのは分かる。ヘルタって人がこの人形を介して話しかけて来るのなら、それをここへ置く様に言ったその人も私と交流があったのかもしれない。だけど直接アスターの居る場所にも表れないなら、ここへ来るのは更に難しいのかも。
「分かった」
勝手にこの家に何かを置くのはきっと良くない事だけど、どんな人で前の私とどんなメッセージのやり取りをしたのかは気になる。ちゃんと銀狼とホタルには私から説明しよう。
帰る前にアスターへお願いして、出来上がった人形を殺風景な私の部屋に運んでもらう。ベッドと畳んだ服が置いてあるだけの簡素な部屋に、新しく置かれた女の子の人形。……凄い存在感。
後日、銀狼に凄く怒られた。人形を見た途端嫌そうな顔をしていたから、もしかして知っている人なのかもしれない。沢山調べてここを特定したりする細工はされていないと確認してから、取り敢えずそのままに。様子からして、銀狼とヘルタの間で何かあったらしい。