幼女の戦塵~コミュ障だらけの極東戦記   作:宗田りょう

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進みが遅くてすみません


北マンチュリア平原魔導戦─前哨

二人と別れ、秋津中尉は自分に割り当てられた宿泊テントへ戻っていた。

本来、魔導師とはいえ中尉に個のテントがあるのは考えられないことだったが、整備その他運用の都合で魔導師が一般の将校下士官とは別のテントになることは当然であったから、秋津中尉が一人で使うことになった。だが、秋津中尉には一人でそれなりの大きさのテントを独占することがなんとなく落ち着かない。

 

とりあえず腰の補助宝珠を外し、そのあと夜間の警備について他の警護担当の将校に会わなければならない。簡単な打ち合わせはやっているが、現場についてはじめて分かったこともある。

例えばこの周囲は平地に見えるが南には地図には載っていない涸れ谷があり、少数の兵士なら隠れられる。といったことだ。懐の地図を出して、空中からみた地形と合わせてみる必要もある。

 

地図に書き込まれていた大慶油田の名前については考えないようにした。不気味さは感じたが、元々書いてあったのが当然に思えたからだ。

 

秋津中尉自身も良くわからないが、それが異常であることは認識していても、それについての感情がわかないのだ。

常識的に考えて、自分で書き込んだには違いないのだが、そんな記憶はなかった。それでもいいと思った。夜に向けて考えることは山ほどある。

 

あるいは、あの未来を予言しているような物言いについてあの手のことは嫌いそうな敷島が受け入れているのはこのようなことがあったからだろうか。

 

秋津中尉は一瞬そんなことを考えたが、軍人としての習性から手早く着替えてさらに大外套を羽織ってから外に出た。空中では術式のおかげでそれほど厚着をする必要はなかったが、地上ではそうはいかない。北の気候に慣れていない中尉では宝珠がなければ寒くて凍えてしまう。

 

外にでるとだいぶ暗くなっていた。曇りであることや季節を考えても、この土地の日が落ちる早さは秋津中尉の想像以上だった。

 

完全に暗くなる前に急いで警備隊長と話さなければならない。このような僻地調査隊の警護の場合、指揮官はこのテントから少し離れた街道沿いに野営しているはずだったし、上空から見ていたので、探すのは難しくない。

 

しばらく歩くとすぐに見つかった。下士官兵からのたたき上げの警備隊長、柴田中尉(警備隊と言っても、部下は兵士10数名とトラック1台にバイクという陣容である)はこの手のたたき上げの人物には珍しく、士官学校出たての新米である秋津中尉には丁寧だった。通常の場合同じ中尉であり、しかも向こうの方がずっと長年軍隊にいるから両者の上下は微妙になる。

 

※軍隊においては同一階級にある将校が複数人いる場合は、先にその階級になった者(先任)の方が偉い、という規則がある。

 

それだけではなく、本来なら護衛として柴田中尉の監督を受けるはずの秋津中尉は、飛行できることや歩兵を超えた攻撃力という魔導師の特性上、もう一つの護衛部隊ということになるから、柴田中尉もやりにくいはずだった。実際、昼の間も柴田中尉から警備について何かを言われたことはなかった。

 

「昼間はご苦労様です。下で兵と見ていましたが、やはり傘があると二本足には心強い」

 

柴田中尉はそう明るく言った。昼間に顔を見ているはずだが、そのときはあまり印象に残っていない。だが、声からして自分の父と同世代であるこらしかった。秋津中尉はどうも。と簡単にこたえた。

 

話し始めると、柴田中尉からはたたき上げ特有の圧ややりにくさといったことは全く感じさせない人間だという事が分かった。その話し方も秋津中尉からすると長かったであろう下士官時代の言葉が抜けていないように感じた。もっとも、それは相手が正規の士官で魔導師であることと、周りに部下がいないせいがあるかもしれない。

 

秋津中尉が夜間についての自身の考え、自分がカフェイン錠剤を使って夜通し当直──不寝番することを伝えると、柴田中尉は(この暗闇でもわかるほど)目を見開いて、そこまでしなくてもいいと言った。何のために自分たちが歩哨にたつのかわからなくなる、と。

 

秋津中尉としては魔導師が自分一人しかいない以上、変則的な警備になるのは仕方がないし、匪賊や山賊の危険があるというつもりだったが、柴田中尉からするとそれは考え過ぎとのことらしかった。

 

「今日は月もありませんから、この暗さじゃ匪賊も襲ってきません。だいたい、このへんの連中にそんな度胸はありませんよ……」

 

そう言って言葉を切った。困っているというよりこの若い魔導師中尉にどう伝えるのか、悩んでいるらしい。ややあって、言った。

 

「昼間に空から見て、なにもなかったでしょう」

 

柴田中尉によると、この地域の盗賊や山賊は夜に得物を見つけても、少数の偵察をつけるなりして目星を付けておいて明るくなってから襲撃する、ということだった。ここの周辺は大小の勢力が入り乱れている。考えなしに夜襲をしかけてはいけない獲物── 例えば友好な軍閥が後ろにいるとか、有力な護衛がいるとか であるかもしれない。 

あるいは暗くて道を間違える、そもそも同士討ちしやすい。よって夜に襲撃が行われることは少ない。

 

逆に言えば、近代的な軍と馬賊や匪賊を分けているのは、闇の中で情報と地図だけを頼りに行動して目標を達成できるか、その危険を甘受するか否か、ともいえる。

 

「たしかに…… 定点監視とカエル跳び監視では、この周囲には誰もいませんでした」

 

秋津中尉にしても、昼間、敷島に少し不甲斐ないところを見せたとはいえ、監視を怠ったつもりはない。

 

「カエル跳び?」

「ええ、ジグザグに飛んで、ときどき止まって魔導探知を行います。敵にこちらの哨戒パターンを読まれないようにするのが目的ですが、一人でやるものではありませんから……とにかく、怪しいものはありませんでした」

 

「ああ、だから上を飛んでいるときはジグザグに。失礼、話を戻しますと、もし今夜襲撃をかけるなら、匪賊は必ず日中に偵察を出しているはずです。空から見てそれらしいのがいないなら、休業日ですよ」

 

柴田中尉が言う以上、これ以上この話しをするのはどうかと秋津中尉も思った。この警備隊長が言うような危険がないことは自分自身で確認しているからだ。だが、魔導師として伝えておくべきことは言っておかねばならない。

 

「しかし、魔導探知は必ず敵を見つけられるわけではありません。とくに……少数の騎馬隊では見落としがあるかも」

 

「中尉殿の魔導師としてのご指摘はその通りでしょう。だから、我々も安心できます。そうですな、空にいる中尉殿を仮に匪賊が目撃して、それに我々気づかなくても……」

 

そのあと警備隊長は言い含めるように言った。

 

「対して変わりません。魔導師の護衛付きの我々に仕掛けるような部隊なら、なおさら事前に分かりますよ。街道上のどこかに集結しなくてはいけないし、規模が大きいから、どこを見ればいいかはうちの歩兵でも分かりますよ」

ここで、言葉を切った。

 

「……本当に最悪の場合は、あなただけが頼りです。データだけでも持って飛んでもらう必要があるかもしれません」

 

秋津中尉は虚をつかれた思いがした。最後に柴田中尉が言ったことについてだ。たった一人とはいえ魔導師の護衛がついているこの調査地に何者かが襲撃をかけるという最悪の場合。

 

相手がよほどの莫迦でもない限り、相当強力な部隊の強襲となる。そうなれば歩兵に食い止めることはできない。彼が言うように秋津中尉だけが頼りだ。しかもその頼りとは、情報だけは持ち帰れ、という事になる。となれば、秋津中尉はしっかりと休めるときに休んでおく必要がある。

 

だから、不寝番をする必要はない。とのことだった。

やっと秋津中尉にはこの心が分かったような気がした。それが柴田中尉にもそれが伝わったのか、彼も少しだけ破顔して、すぐに打ち合わせの続きに入った。

 

おれは、大事なことを見落としていたらしい。打ち合わせのあと秋津中尉は思った。こんなことは魔導師である自分がすぐに気づかなくては行けなかったのだ。

 

秋津中尉と別れた柴田中尉は街道の方を見に行った。

 

あの、マリアというシスターについては互いに一言も話さなかった。

 

×××× ×××× ×××× ××××

 

反応は4つ、低高度から侵攻してくるが速度はない。

味方ならば良いが、不明な場合は敵と考えるべきだった。

 

こちらの様子に気が付いた様子はない。真夜中に魔導探知を切ってこちらに向かうのは、ベテランなのか。それとも本当に味方か。秋津中尉は即座に緊急跳躍すると、まず危険を知らせるために赤色の信号弾を地上に打ち込んだ。下では作業員が飛び出し何事かと叫んでいる。

 

「魔導師!魔導師!距離不明!高度2000!」

 

拡声術式で伝えたあと、下に向けて胸のストロボライトを点滅させた。トラックには無線があるが、今の彼には柴田中尉と直に連絡を取る方法もその時間もない。

 

距離は曖昧にしかわからないが高度は2000だから、低高度戦闘と言ってよい。あるいは、対地襲撃か。

 

現状の装備に空間ごと爆破する爆裂術式や、直進性が高く遠距離から攻撃できる光学術式はない。ベルクマンの銃弾封入術式か、腰に下げている銃剣で何とかするしかなかった(ちなみにベルクマン短機関銃に銃剣をつける器具はない)

 

本来なら先手を取るべきだが、一人しかいないからあまりこの場所から離れるわけにはいない。しかし、調査地の真上で待ち構えるのも得策ではない。3対1に抑え込まれたまま敵の魔導師1人でも取り逃がせば地上の敷島やシスター・マリアがやられる。

 

ならば、こちらも移動して敵の鼻面を叩いて、調査地から引き離す。ダメなら調査地の上で頑張る。どっちつかずだが最適解を選ぶことはできない。

 

柴田中尉たちも流石に魔導師が来ることを予期はしていないだろうが、今の警告で即座に脱出の用意をして、この場を離脱するはずだ。現に下の方では怒鳴り声が聞こえている。

 

上空にでると、最大速度で迎撃に移る。反応によると敵は固まって、真っ直ぐこちらに向かっているようだ。

 

連邦──革命によって作られた赤いルーシ人の国家 の魔導師だろうか。

 

だが、秋津中尉はその考えを打ち消した。一般の部隊が越境してくる可能性はないし、だいたい、連邦では魔導師は重要な兵科ではなく、粛清の対象になっているはずだった。

 

あるとすれば、特殊部隊。だが、秋津中尉が反応をみるところ、動きが悪いような気がした。飛んでいるのは間違いないが、ただ直進してくるのは練度が高い部隊ではない。

 

(素人を装っているのか、何かの罠か)

 

秋津中尉はそう思ったが、極端に時間の短い対魔導師戦では迷っている時間はない。

 

有効射程ギリギリから射撃をはじめる。当たるとも思わないが、敵にこちらの存在を教えてやるしかない。万が一味方だった場合は別に反応があるはずだ。望遠で見ようとしても見えないから、魔導反応に向けて打ち込むしかない。キッチリ一連射分を闇の中に撃ちこむ。

 

射撃が到達した瞬間に編隊が乱れた。明らかに練度が低い。かたまりになった魔導反応から一つだけ離脱したものがあった。

 

間違いなく敵だ。手練れは一人だけか。相対速度から距離は縮まっている。こちらの銃弾は当たらない。真っ直ぐ突っ込んでくる。

 

交差する瞬間、即座に秋津中尉はベルクマンを手放し銃剣に持ち替えた。相手の力量から間違いなくやられると直感で分かったからだ。術弾がぶつかり激しく光る。その次に、敵魔導師の銃剣が防殻にねじ込まれる。

 

だが、秋津中尉の銃剣によってそらされたそれは、ギリギリのところで体表には届かない。運動エネルギーを乗せた一撃だったが、少しだけ速度が足りなかった。

 

二人の術式がぶつかり合う火花の中で驚愕しているのは明らかに白人だった。着ているのは魔導師の夜戦装備のようだが、識別用にいやというほど覚えた連邦のものではない。

 

『どうして…… 魔導師が……』

 

ルーシ語で秋津中尉はそんな言葉を聞いた気がしたが、すぐに銃剣に魔力を纏わせて一撃を入れた。やはりこちらも、防殻を切り裂く程度の威力しかない。

即座にその白人魔導師は旋回し、離脱していった。

 

腰から拳銃をぬいて背後から撃ちこむが、当然当たらない。

同時に秋津中尉は残り3人に意識を向けたが、どんどん離れていっていた。目視圏外に離脱したらしい。やがて4つの反応は離脱していくコースを取っている。

 

逃げられた。というよりも相手にとっても自分がいることが予想外だったらしい。

大回りして襲ってくる可能性もあるが、どのみち一人では追跡をすることも対応することもできないから、直ぐに調査地に戻らなくてはならない。

 

寒い。秋津中尉がここまで思考をまとめ、自分自身に意識を向けて感じたのはそれだった。胸元を見るとコートと飛行服が切り裂かれている。防御膜を切られなかったというのは錯覚で、本当は切られているらしかった。だが上から見た様子では傷は浅いらしい。

 

もし、無水カフェインを使っていたら出血が増えていたかもしれない。いや、あれは別の薬の話だっただろうか。

 

傷の具合は気になるが、空中で止血や治癒術式を発動する時間はない。調査地からそんなに移動したつもりはなかったが、別動隊がいる場合には全て手遅れの可能性もあるのだ。

 

だが、秋津中尉には今回の戦闘の負傷者は自分だけではないか。そんな予感がしていた。希望的な観測というよりも、自分が恐れていた厄介なものを、全て自分が受け止めた。そんな思いだった。

 




なんとか満州事変(仮)までは行けそうです
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