幼女の戦塵~コミュ障だらけの極東戦記   作:宗田りょう

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大慶油田考察─敷島の油田講座とマリアの幻の国

平原の中をトラックの車列が続いていた。

空は明るくなってきていた。分厚い雲はどこかに流されたようで空が見えるようになっている。

もっとも、幌付き荷台にいる敷島には漏れてくる光から夜が明けたことが察せられただけだった。

荷台には敷島の他に二人いる。敷島の隣では秋津中尉が横になっていて、少しはなれた場所ではその秋津中尉を看病していたマリアがうずくまっていた。流石にあの服装では具合が悪かったので彼女には自身のコートをかけさせている。

 

昨夜、秋津中尉が信号弾を打ち込んで警報を発したあと、敷島は直ぐに作業員と最低限の機材だけトラックに乗せて撤収を始めた。流石に魔導師の襲撃があるとは思わなかったからだ。

 

警備隊の柴田中尉は馬賊その他の襲撃はないと請け合っていたが、誰も魔導師の襲撃については考えていなかったから、とにかく、秋津中尉が時間稼ぎをしている間に逃げ出すことしかできなかった。

 

敷島は横になっている秋津中尉に目を向けた。完全に毛布にくるまり、足元の方にはぼろきれまで巻いている。躰を冷やさないようにミノムシのようになった状態で白い顔だけが浮かび上がるようになっていた。昨夜はよくわからなかったが、この若い魔導師に全て救われたのかと敷島は思った。

 

 

戦闘を終えた秋津中尉が調査地に帰りついたのは最初のトラックが出る時だった。胸のフラッシュライトを点滅させながら降りてきた彼は直ぐに柴田中尉と何事かを話し、やってきた敷島にとりあえず避難の準備を。とだけいってその場にへたりこんだ。治癒術式を発動して回復し、戦闘力を回復するまで時間が必要らしいとのことだった。

 

秋津中尉の上空警護がなければとてもではないが、車列の出発などできない。ならば、というわけでできた時間で逃げ支度をしてほしいとのことだった。

 

準備もなにも、今逃げようとしていたし、恐らく魔導師との戦闘で負傷したらしい秋津中尉を見るに緊急事態が起きているではないかと敷島は思ったが、ともかく出発は少しだけ延期になった。

とはいっても、例えるならとなりの火事から逃げるのが、三軒隣の火事から逃げる程度の猶予の違いであったものの、その時間で捨て置くはずのデータと一部機材の積み込みが行われた。

 

敷島は秋津中尉が帰還する直前に、あまりにも貴重な機材を全て置いておくという柴田中尉の判断に喰ってかかっていたから、状況の変化にやや肩透かしだったが、猶予が出来たのならそれを活用するまでだった。

 

結局、車列は秋津中尉がもう大丈夫だろうという所まで上空援護を受けつつ進んだ。無線で近くの駐屯地にも連絡をしたが、そのあとの返答はない。このトラックの後ろには柴田中尉と兵士を乗せたトラックやバイクが警戒しているはずだったが、魔導師の襲撃に対しては無防備に等しい。

 

不安がっても仕方がない。敷島はそう思うことにした。彼は自分ではどうにもならないことは心配しないという性分だった。

 

明るくなってきたのかトラックの中にも光が差し込んできた。秋津中尉の顔色が見えるが、さっきまでの白い顔ではなく血色の良い少年のように見える。

 

ずいぶん若く見える秋津中尉はやはり、徴兵からの選抜組ではなく、もっと若い志願組だろうか。そう敷島が考えていたとき、どん。と下から突き上げるような衝撃が来た。何かに乗り上げたらしい。

 

いまトラックが進んでいる舗装などされておらず、固くなった泥の上を走っているのと変わりはない。

寒さのせいで地面はかたまり、完全な泥濘になっていないのは救いだったが、車列の速度はゆっくりとしたものだった。このトラックが泥に嵌ったのは一度だけだが、そうした路面の状況からスピードが出せないのだ。

 

「うわ……」

 

どうしたわけか、眠っていたはずの秋津中尉が情けない声を上げた。今の衝撃で起きたのかと思いそちらを見ると、顔にべっとりと黒いものがついていた。昨夜マリアから敷島に渡された瀝青─天然アスファルト が彼の顔にかかったらしかった。

 

鼻にでも入ったのか、もぞもぞと秋津中尉は動きながら黒い塊を顔から取ろうとするが、それは敷島にとって希少なサンプルだった。

 

敷島は拭おうとする秋津中尉を押さえてなんとかサンプルを回収した。

×××× ×××× ××××

 

「そのグリスみたいなのが、石油がある証拠になると」

 

秋津中尉の言い方に棘があった。横になっている気がなくなったのか、今はミノムシを止めて躰を起こしている。まあ、機械油と道路工事の匂いを何倍にもしたような代物を鼻にかけられて安眠できる人間などそう多くもない。さっきの騒ぎでマリアも起きたのかそばによって来ていた。なんとか秋津中尉に謝罪してこのグリスの固まりのような瀝青について話していたところだ。

 

「さっきも言ったように、地下にある原油から比重の軽い成分が地表に出てきたものが瀝青だ。まあ、本当はもっと複雑なプロセスがあるが…… こいつが地表にあるという事はあそこに石油があることは間違いないと思う」

「調査地近くの大きな岩の上にあったものですわ」

 

と、マリア。解説のときには黙っていたが、自分が見つけた。という部分は大事らしい。

 

「じゃ、じゃあ、北樺太、いや合衆国のテキサスのような大油田があるのですか」

「それはわからん。仮にあったとして油田があるのと、それが使えるのは別だ。だいたい、油田自体はさほど珍しくもない。どこでもある」

「でも、あのときの話だと皇国には北樺太にしか油田はないのですよね」

「ああ掘って使えるのは北樺太、あとは小さいのが越州・房州にあるだけなんだが……」

 

そこまで言って敷島は言葉を切った。自分自身、マリアのお告げを信じたというか、ゲン担ぎのつもりで「大慶油田」の存在を信じたものの、かなりの確率でありそうだ。となると考えることも変わってくる。

 

だがそこにある問題について、油田の発見を素直に喜んでいる秋津中尉にどう説明したものか。事実として彼は血を流して敷島たちを守ったのだから、油田について思い入れが出てくるもの無理はない。

 

普段の敷島なら、このあたりの説明をしなければならないのも面倒に思うだろうが、流石に秋津中尉にはしっかりと説明しようという気になっていた。

 

「どう説明すればいいのか…… そうだな、秋津中尉殿、石油そのものは無料です。といったらどう思う」

「無料ですか…… それは変ですよ」秋津中尉は背筋を伸ばした

「合衆国のオイル会社はあの国を支配する大財閥ですし、皇国でも同じです。北樺太の石油会社はずいぶん儲けている…… 新聞に書いてありましたが、南樺太には財閥と石油成金の別荘があるのでしょう。軽井沢を追い出されたとかで」

「それはその通り。たしかに石油で儲けている奴はいる。いるが、それは石油を売ってもらう必要があるからで、自分で掘ることが出来ればタダで使える」

 

敷島は続けた。

 

「石油成金や財閥は……主義者の言い方じゃないが、油井とパイプライン、そして加工工程を独占しているから儲けているだけなんだ」

 

敷島は資源そのものへの支払いではなく、掘り出して活用するプロセスそのものが価格を決めて金を取ると説明したが、秋津中尉は要領を得ない顔だった。

 

「……この惑星の地質学的な神秘と神の御業によって石油は生まれた…… しかし、それ自体は太陽や風のように与えられたものであり…… 石油を与えたことについて主から請求書が届いた、なんてありえませんね。あるとすれば聖遺物です…… 神の請求書」

「その言い方もシスターさんとしてどうなんだ……」

 

随分俗っぽい言い方に毒気を抜かれたが、気を取り直して続ける。

 

「とにかく、石油にとって大事なのは、というか儲けたいならなるべく浅いところにあって、掘るのが簡単な油田を手に入れることだ。そうすれば設備や人件費に金がかからないからな。安い石油で大儲けできる」

 

もちろん、原油の成分も重要になるが、量を掘れるなら大した問題じゃない。どんなダメな油田でも重油はできるから、それを自国で使えば外貨や金の節約になる。いまの皇国がそうだろう。新聞で言っているように重油は自前だがガソリンやオイルは合衆国から買っているのが、貿易問題の一つさ。安い重油を使われるのは合衆国の利益にならんからな。

 

ここまでいうと、商売や石油について専門外であった秋津中尉もなにか察したようだった。昨晩のように、やり取をしているとこちらが不安になる場面もあったが、頭の回転そのものは士官なので速いらしい。

 

「敷島さんが見つけた大慶油田は掘るのが簡単ではない……技術的なことは分かりませんが、仮に油田があっても技術的な問題より政治的に場所が悪すぎて、余計なコストがかかる。ということですね」

「そう。そこだ。北マンチュリアは気候も治安も悪い。気候については真冬の樺太よりマシだとして、なにより…… 魔導師が襲ってくるのは……」

 

秋津中尉が反応した。敷島は昨夜魔導師と戦い自分たちを守った秋津中尉について、あまりにも不用意な発言だったことに気が付いた。

 

「まあ、油田があると決まったわけではない。とにかく、徹底的に、それもかなり大規模な調査をしないと何とも言えないがね」

 

そして、さっきからニコニコしているマリアに敷島は顔を向けた。

 

「油田があったとしてだ。問題は解決しない。正直ゲン担ぎにシスターマリアのいう事は信じてた…… わけでもないが、とにかく、シスターさんはこの先の未来をどう予測する」

「満洲国をつくりますわ」

 

敷島はいつだったか聞いた話だったので困惑はしなかった。だが、秋津中尉は困惑している。

 

だが油田の存在を前提にすると話は分かりやすい。この北マンチュリアを支配しているのは大漢政府という事になっていたが、事実上は軍閥が支配している。

つまり、油田地帯を含めた一帯の軍閥を皇国の支援のもとで独立させて、皇国の支配地域にするのだ。直接支配や植民地化するにはあまりにも政治的なハードルが高すぎる土地だからだ。もちろん、大油田があり、列強諸国の黙認が前提条件だが……

 

「五族協和、王道楽土。名前こそ異なりますが皇国はこの南北マンチュリアと北は白龍州、南は長城以南まで支配し、シンの皇帝を迎え入れて満洲国としました」

「ちょっと待て、南北マンチュリアと白龍州? いくらなんでも広すぎないか、だいたいなんで長城が出てくるんだ。それに皇帝だって……」

「五族協和…… ゴ族って何人何ですか」

 

明らかに敷島が考えていたことよりもカッとんでいた。あと秋津中尉の疑問はちょっとずれているのではないか、と思った。

 

「軍閥の長を爆殺されたあとで南マンチュリア鉄道を爆破し、その警備を名目になし崩し的に建国されました」

「つまりこのあたりの軍閥の大親分がやられて、そのあと鉄道の爆破か。ずいぶんと治安が悪化するんだな」

「いえ、全て皇国の自作自演です」

「え、自作自演……?」

 

敷島は満洲国という単語自体は知ってるが、ここまでの内容とは知らなかった。いや、陸軍が謀略を企てたりクーデター未遂についての記事を見たことがあるが、未来ではとんでもないことをしでかすらしい。

 

「ちなみに五族協和とは、満洲国で5つの民族が仲良くする。という意味です。こちらの言い方をすると秋津民族・高麗・マンチュリア・タタル・漢の5つの民族です」

「……結構、いいことに聞こえますね」

「なんで人様の土地に国でっち上げてるんだ。だいたい高麗人は高麗に住めばいいだろう」

「あ、高麗半島はとっくに皇国の領土です。併合したので」

「……なぜ?」

 

敷島には、シスター・マリアは未来を予言しているのかだんだんわからなくなっていた。

 




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