敷島を中心にした調査隊はそのあと、襲撃を受けずに出発地についた。
あの後三人の中で満洲国について話題に出ることなく、後の行程は敷島と秋津中尉自身の身の上話で終わってしまった。
秋津中尉の祖父がその昔、大樹様(江戸将軍)のそばに仕えていたという話をしたときに敷島もマリアも驚いていたが、当の秋津中尉にしてみたら、その後に話した敷島の過去、上海生まれでつい最近まで《帝国》へ技術留学をしていたという方がよほど珍しいだろうと思っていたが、二人からするとそうでもないらしい。
一番気になるのはマリアの過去についてだったが、秋津中尉も敷島も別にそう話したわけではないが、あの話の後では二人ともなんとなく触れにくい感じがしていた。別にマリア自身は隠している風でもないのにどちらも触れなかったから、彼女からハッキリと話をすることはなかった。
ただ、過去のことは分からないが現在のこと、ぽつぽつとマリアが話した内容や敷島が話したことを合わせると、彼女はマンチュリアにいる秋津島人、とくに中堅以上の軍人、技術者そして新聞記者といった人間にはよく知られた存在のようだった。
内地(秋津島皇国本土)の政治家や軍人の周りには、大昔の南天坊天海よろしく、怪しげな思想家に人相見や占い師、拝み屋が近くにいるというのは秋津中尉でも新聞や雑誌などで知っている。それについてけしからんと憤る士官学校の同期もいたからだ。彼自身も研究者や官僚をブレーンにするのはともかく、占い師に何が分かるのか。と思っていた。
「魔導師が占いを信じないのか。技術屋の私には、エンジンもなく空を飛ぶのは魔法にしか思えんが、あれかい、魔導師だから似非魔法使いはキライか」
「魔導理論は、現代科学で完全に証明されていないだけで科学には違いありません。そういう占いじみた真似ができないことは真っ先に叩き込まれますし」
敷島とそんなやり取りをしたりもした。だが、マリアは特定の人物のブレーンというよりも、ふらりと現れては謎めいた助言をしていくような人間らしかった。
誰の前にも現れて助言をしていくというのは大物と繋がりがあるというより不気味かもしれない。
それが、彼女について誰も話さない理由なのか。だいたい、こうして話をしている秋津中尉もマリアについて悪感情は抱いていなかったし、敷島も同様だろう。もちろん、怪しげな連中は人の心に入り込むのが得意だろうが。彼女は違うのではないか。そんなことを秋津中尉は考えていた。
トラックが基地に到着し、柴田中尉以下下士官の無事到着の報告を受けていた一瞬の時間にマリアはどこかに消えてしまった。敷島はいつものことだから気にするな。というようなことを言って、彼ら作業員たちも移動してしまった。
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秋津中尉たちが到着した基地は、駐屯兵力の割には規模が大きかった。
数年前まで一帯を支配していた軍閥が使っていた兵舎を改装したもので、さらにその前は大金帝国時代の砦だったという。そのせいか周囲は土塀に囲まれている。
見た目だけなら春秋戦国や三国志の世界にでも出てきそうな立派なものだった
到着して門の下士官に要件を伝えると、良くわからないので直に将校と話してほしい。というようなことを言われた。
秋津中尉は違和感を覚えた。別に秋津中尉が将校だからとか案内をしないのがどうのではなく、この規模の基地なら詰所に何人かいて、普通は誰かに案内されるのが手順だったから今の対応はおかしい。さすがに末端の兵に事情が分かるとは思わないが、昨夜からのことを思えば直ぐに隊長に案内されるはずだった。
中に入ると─ さすがに中身は煉瓦と木造の普通の建物だ むしろ困惑してきた。
人がいない。明らかに下士官兵の数が少ないのだ。がらんとしているとは言わないが、平時にしても少ない。
近くにいた兵を捕まえて聞いてみると、昨日の遅くに大半の部隊は移動させられ、自分たちは居残りだといった。
それはここから出た調査隊の─ 敷島技師の調査地への出撃ではないのか。と聞いてみてもわからないという。その兵士は秋津中尉が魔導師であることにも気が付いていないようだったから、来たばかりで居残り組なのだろう。秋津中尉はそう考えたが、事情の分かりそうな下士官は周囲にいないようだった。
魔導師と交戦し、石油調査地には機材を置いたままにしてきたのだ。
機材を置いてきたのは秋津中尉の失敗だとしても、所属不明魔導師との交戦は大事だ。魔導師を一個分隊と歩兵の一個中隊は派遣して現場を押さえなければならないし、そのことは昨夜に無線で伝えてあったはずだった。
「いったいどうなっているんだ! 出撃準備中の部隊なんぞどこにもいないぞ!」
すぐに後ろからやってきたらしい敷島が大声で怒鳴っていた。通り過ぎる兵が困惑した顔をしている。当然だ。基地内で民間人が怒鳴るようなことはない。
どうやら敷島も様子から見て同じようなことを言われたらしかった。
今の兵からすれば基地内で民間人が声を荒げているように見えるが、敷島からすれば軍の護衛失敗で機材を置いてきてしまったから、というよりその原因の一つが秋津中尉にあるのだから(全員怪我人無く撤収できたのは結果論である)自分がなだめるのも違う。秋津中尉としてはどう対応すればいいのかわからなかった。
「一緒だった警備隊長もどこかに行って見つからんし、兵隊がここにいないとはどうなっている。直ぐに部隊を出して機材の回収をしてもらわないと…… あれは内地からすぐに取り寄せられる代物ではないんだ。だいたい、これは軍の調査だったから……」
そこまで言って、これ以上は前にいる秋津中尉を批判しかねないことに気が付いたのか、すまない。とだけ言って黙った。秋津中尉について着ているのは部外者である彼が基地司令なりに会うためだろう。
だが、秋津中尉も都督府の軍司令部から一人で飛んできたわけで、ここの司令の名前しか知らないし。調査隊出発直前では司令は折り悪く不在だったため、本来行われる挨拶を行っていなかったのだ。
本来ならばすぐに誰か呼びにきそうだが、それもないとはどうなっているのか。
やはり何かがある。考えながら歩いていると目的の部屋はすぐに見つかった。
指揮官は部屋にいた。直前まで電話をしていたらしく。まだ電話機を握っている。ドアからのぞいた顔を見るなり、室内の下士官を退室させて、二人を招き入れた。
「貴官が秋津中尉か。この独立守備隊司令の中津大尉だ」
柴田中尉とは違いこちらは正規の士官らしかった。丸坊主で口ひげをはやし、市井の人々が想像する陸軍将校という格好をしている。秋津中尉も無帽の礼(つまりお辞儀)をして到着を述べた。
独立守備隊とはマンチュリア各地に駐屯している部隊の通称だった。始まりは皇国が手に入れた鉄道を守る部隊だったが、なし崩し的に守備範囲は拡大しそのように呼ばれる部隊は連隊以下の部隊で十名単位の分隊から数百人の大隊までいる。
元々は新聞報道などで部隊規模などを隠して発表するとき「(地名)独立守備隊」「(人名)守備隊」と使われたのが始まりだった。軍人も日常の業務で参謀本部が出している用語例通りに言葉を使うわけでないから、現在は「皇国本土外、とくに大陸においてそれなりの人数のいる部隊のこと」という事になっている。
「敷島技師もご一緒でしたか。ああ、何を言いに来たのかは分かりますよ」
秋津中尉に向けた前半は軍人口調だったが敷島に向けた後半はやや柔らかい。民間人にはかなりぞんざいな口をきく将校を秋津中尉は知っていたから、このやり取りだけで中津大尉が普通の将校ではなさそうだと思った。もちろん、敷島の公的な立場などもあるのだろうが。
「なら、話が早い。すぐにでも調査地に隊を送って頂きたい。これは軍と東鉄の調査だから、責任はそちらにあります。あそこに貴重な機材を置いたままなのです。内地から取り寄せるにも時間がかかるし、もっと調査したいこともある」
次に何か言おうとした中津大尉に敷島はかぶせるようにいった。そのあたりは本来軍人である秋津中尉が言うべきことなのだが、その間もなかった。中津大尉は次に何を言おうか迷ったようだが、観念したように言った。
「それは出来ません。どうも、敷島技師より北東の調査地域で大規模な襲撃があったらしく、反撃のために兵がみな出払っております」
「馬賊の襲撃ですか」
秋津中尉が受けた。それなら自分たちも受けたが。と敷島も言いたげだったが、中津大尉は机の上に広げられていた地図の一点を指差しながら言った。
「本来なら軍機ですので、内密に。まあご存知でしょうから。敷島技師の調査地からさらに北東、連邦の鉄道沿線近く…… ここです。この湿地に小隊付きの調査団が送られていました」
中津大尉の話はつづいた。より大規模な調査をするグループが一個小隊の護衛とともに北マンチュリア平原のさらに奥までいっていたらしい。
一応の調査が終わったとあと、護衛小隊が300から500の騎兵集団の接近を確認。撃退できたものの、調査団と部隊は機材をおいて逃げてきた…… という話だった。
話からしてどうも秋津中尉が所属不明魔導師と交戦したときと同時刻らしかった。
「人員に被害はなかったそうです。が、向こうもかなり入れ込んだ調査だったらしく、しかも、かなり有望な油田がありそうとの事で最優先で部隊を送ることに─」
「待て、試掘さえ行わずに、有望な油田があると誰が言ったのです。地震調査とサンプル採取を同時にやってもそんな短期間で見つかるわけがない。サンプルの結果を出すのに数週間、試掘ならだいたい半年から1年はかかる。それも相当幸運ならです。だいたい…… 我々より北に調査隊が行くとは聞いていませんが」
一気にまくしたてる敷島と押されている中津大尉だったが、秋津中尉からすると、マリアが言っていたのではないかと思ったがとても口を挟めるような空気ではなかった。どうやら敷島は今回の調査計画の全貌についてかなり知っているらしいが、その敷島も知らない調査隊とは、とも思ってはいる。
「さすがにそこまでの事情については本職も知りません…… とにかくここの部隊は全員出払っております」
中津大尉がそこまで言ったあと、敷島は何を思ったのか、懐から出した調査地図と照らし合わせて、何事かをつぶやきながら机の上の地図を指でなぞっていた。敷島の脳内では何かが組みあがっているらしい。
「私の調査地点が油田の北限ではなく南だった…… いや、そうすると背斜構造が想定の倍以上北に伸びていることになるが……そもそも別なのか……」
中津大尉もさっきから敷島の気迫に飲まれたのか黙って見ていた。が、敷島の帳面や油田が云々も本来ならば相当の機密のはずだから、秋津中尉どころか中津大尉でも見ることはできない。しかし、そんなことはお構いなしに敷島は自分のデータと地図を照らし合わせている。
さすがにそのまま見ているわけには行かないし、秋津中尉も中津大尉に聞きたいことがあった。
「我々は所属不明の魔導師の接触を受けたのですが、その件についてなにか都督府から命令はありましたか」
「ない。秋津中尉のことについて、自分は聞くなと言われている」
は、といいかけてなんとか秋津中尉は口を閉じた。だが、目を見開いたのが自分でも分かる。脳のどこかで明らかに陸軍規則を逸した顔をしているだろうという思いはあったが、そんなことがどうでも良いほどの衝撃があった。
魔導師との交戦について、おそらく真っ先に知るべき現場指揮官に「聞くな」とはどういうことか。トラックからの無線で伝えているし、そもそも「聞くな」といったら何かあったのか教えているようなものだ。
中津大尉の言葉のあと、さすがに状況の変化を察した敷島は机から離れた。だが、秋津中尉にとって不可解な言葉はつづいた。
「都督府総司令部の石原中佐から連絡があって、直ぐに秋津中尉をこちらによこせ、ただし飛んで来るなと…… それと敷島技師も一緒に来てほしいそうだ」
「それでは時間がかかりすぎます。失礼ながら、飛んでいくなというのもこの場合では承服致しかねます」
「そういわれても困る。とにかく、石原中佐が貴官から直に話を聞きたいらしい。部隊は引抜かれてしまって柴田中尉の隊と留守だけだから、どのみちここでは何もできん」
ますます変だった。異常事態であるから石原中佐が直に話を聞きたいというのは当然だが、移動中にトラックの無線で概要を伝えてから数時間はたっている。ことの緊急性からして、それなら総司令部から然るべき要員が来るべきだ。さすがにここに高級参謀が来るとは思わないが、都督府は遠すぎるからもっと手近の街で会えばよい。
司令部が持つ情報と合わせて不明魔導師との交戦が現地部隊では手に負えない重大事項だと上が判断したとして、飛んで来るなというのがわからない。秋津中尉が飛んでいけばずっと早いのだ。近隣の守備隊が移動しているならことは大事になっている。
「……オハ油田で事故起きたからといって、現場で作業してる技手を樺太からいちいち大阪本社に呼びつけたりしますかね。いや、あるかな、そもそも、あの石原中佐が悠長に列車でなんて言いますかね。あの人なら、私まで空を飛んで来いといいそうだが」
敷島がまっぜ返した。口ぶりからして彼は石原中佐がどんな人物か知っているようだった。中津大尉はその発言を無視し、敷島の方に向き直った。
「敷島さん。兵に送らせますから、宿舎で着替えだけ済ませて直ぐに列車に乗って頂きたい。秋津中尉、貴官もだ」
最後まで言い終わらないうちに、廊下が騒がしくなった。部屋の外で騒ぎが起きたらしく、誰かかが部屋に入ってくる。
中津大尉の顔が一瞬で険しいものになった。秋津中尉と敷島は何が起きたのかわからない。
ドアが勢い良く開いた。入ってきたのは将校、それも肩に金モールを付けていた。参謀だ。
「都督府派遣軍の石原中佐だ。ここに秋津中尉はきておるな」
秋津中尉と敷島から緊張が抜けた。というか呆気に取られたといっていい。たった今話しをしていた石原中佐が目の前に現れたからだ。
「い、石原中佐、なぜここに。総司令部にいらっしゃるはずでは」
「なんだと、私が来るのに貴様の許可が必要なのか。というか、貴様もたばかったと思っておったが、その様子じゃなにも知らんな。ウン、しばらくこの部屋から出ておけ」
中津大尉は驚愕していた。いつの間にか机の上に出していた拳銃からゆっくりと手を離す。その様子を見て秋津中尉はますますわけがわからなくなっていたが、次に見たものにはさらに驚かされた。
石原中佐の後ろから、先ほど消えたはずのマリアが入ってきたからだ。
石原中佐がやっと登場
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