理想に向かう覚悟と不屈の精神
危機における冷静さと理性
そして幸運が必要なのでしょう。
極めてユニークな人間が未来を知ればどうなるか
逆に、無名の人間が未来を知ればどうなるか
そこで、魔導師になにが出来てしまうのか
そんなシミュレーションを行えればと思います。
前回のあらすじ
統一歴1915年9月
秋津島皇国の西方は海の向こう。北マンチュリア平原北部にて敷島技師率いる油田調査隊によって、未知の大油田が存在する証拠が発見された。
本来、異なる時間軸で30年後に『大慶油田』と名付けられるはずの油田の存在は、なぞのシスター、マリアと名乗る少女によって予言されていたものだった。
この調査隊の護衛任務についていた陸軍魔導師の秋津中尉は、所属不明魔導師と交戦、撃退というより相手が先に離脱したことで辛くも窮地を脱する。
秋津中尉はマリアとの会話の中で、皇国はいずれ、このマンチュリアの大地に『満洲国』という国をつくるはずだという事を聞かされるが、帰還後に別の調査地への攻撃という情報に接し、派遣軍参謀石原中佐の来訪を受けたのだった。
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「本当は督戦に来たつもりだが、状況が変わった。都督府の連中は敵の魔導師について握り潰しおった」
部屋に入ってきた将校はどこか田舎臭さの残る顔立ちをしていた。だが、その空気は紛れもなく軍人だった。
敷島が出発前にあったときは、陸軍将校というより近所の面倒見がいい僧侶といった風だった石原中佐だったが、今の声は険しかった。秋津中尉や自分がどうこうというより「都督府の連中」という部分がとくにそうだ。
自分は部屋から出ていこう。敷島はそう思ったがそう言い出せる空気ではなかった。
そして、部屋に入りながら秋津中尉の方をじろりと睨むと、そのまま進み、中津大尉が座っていたであろう席にどんと座ってしまった。
「魔導師の秋津中尉とは貴様だな、確認だが、その敵魔導師について貴様が感じたことを今ここで言ってくれ」
秋津中尉はちらりと敷島の方を見た。石原中佐は顎で先を促す。どうやら自分がいてもいい。というか、敷島もこの部屋にいなければならないらしかった。
敷島も秋津中尉の方を見ると、そのときの秋津中尉の眼は軍人の眼だった。それに民間人を異物だとして一線を引くあの雰囲気。敷島が今まで軍人と仕事をするときに感じていたあの感覚だった。
秋津中尉は直立不動で淡々と報告を始めた。敵、とは言わずに所属不明魔導師といっているが、接触した人数や敵の装備、自分から見た練度などを簡潔に説明していた。が、時々詳しく説明しようとするとそこはいい、と遮られていたのが気になった。
「ルーシ人は魔導師を粛清しておる。2年前の戦も魔導師は利用していなかったはずだ。
仮に、魔導師による越境攻撃にしてもなぜ、貴様は見逃されたのだ。極秘任務なら生かしておくはずがない。だいたい、敷島技師の調査地へ攻撃を行っていないのはどういうことだ」
「見逃された、というより相手の戦果確認の不徹底かと。そして、シルトべリア地域にはまだ連邦の魔導師がいますが」
「……越境攻撃にしては時期も理由も不明だ。正直、我が方の特務機関が亡命者を使って、陰謀でも起こしたのではないかと疑っておった」
秋津中尉の言葉に答えたのかどうなのか、独り言のようにつぶやくと何かを言おうとした秋津中尉を抑えて、石原中佐はまた首を傾げた。
石原中佐が言った2年前というのはおそらく連邦と軍閥が戦った紛争のことだろうと敷島は思った。
その頃の敷島は帝国での技術留学から帰国し、樺太北端にあるオハ油田にて帝国で学んだ最新の採掘技術について指導を行っていた。
その紛争のせいで、警備部隊の人数が増えてしまい宿舎が新しくできるまで、オハにいる軍人と同居するようなことがあった。そのときの世間話で極東の連邦軍について教わった記憶があったのだ。
あの当時の連邦は西方、つまり帝国相手の紛争では譲歩しており、軍事的には弱体だった。ところが連邦建国から初の外征となった極東の紛争では航空機と機械化部隊、それに騎兵を組み合わせた攻撃によって数倍の軍閥軍を短時間で片付けたのだ。
雑誌でも、連邦の戦車の写真をみた記憶があったし、その後の皇国の軍備計画にも影響したはずだ。
石原中佐が言っているのは、それと合わせて魔導師が粛清されていることや、現在の連邦が魔導師に頼らない方針を取っていることもあるのだろうか。敷島はそう考えたが、敷島も聞いた話以上のことは知らなかった。
石原中佐が黙っているので二人も黙っていると突然、秋津中尉はお目汚し失礼します。といって上着の前を開けた。そのままシャツまで開いて胸元を見せる。隣にいる敷島は昨夜のトラックで見ていたが、明るい部屋でみると変色して少し肉が盛り上がっているのが分かる。
さすがの石原中佐も驚いていた。
「敵は手練れでした。先ほど申し上げた通り、射撃ではなく銃剣で確実に仕留めようと自分に吶喊し、防護膜も防壁も破られました。なんとか食い止めましたが、一歩間違えればこの首は落ちていました」
じろりと秋津中尉の方を見てから、秋津中尉の顔と胸を交互に見た。
「……貴様の飛行時間は」
「卒業後に600時間です」
「おい、一人前は800時間からだぞ、たしかに俺自身は空を飛べないが、魔導師の使い方も能力も参謀の俺の方が知っている、よくもまあその程度の時間で自分はベテランでございと言えたな」
しまえ、と言って手を払った。やや不機嫌な顔だが、まあ、ひよっこではないか。と最後に呟いていた。秋津中尉は失礼しましたといって着衣を整えた。
敷島には何のやり取りなのかわからなかったが、おそらくは石原中佐がどこかの特務機関がどうのという言葉に秋津中尉は反応したのではないか。
言外に、あれは友軍との事故ではないかという石原中佐の確認に、そうではないことを伝えた。という事だろうかと敷島は思った。
「繰り返しになりますが、接触した一名は間違いなく手練れです。ただ、他の3名は明らかに未熟でした。我が軍の陰謀だとしても編隊で練度に差があるのは変です」
「まあ、一人だけ突っ込んできたのは、その魔導師に練度の差があったからだそうな」
そう言って石原中佐は目をつぶった。眠ったように見える。
ややあって、話を続けた。
「で、俺がここに来た理由だが、今の秋津中尉の報告を握り潰したバカ共がおる。それどころかそのバカは油田調査地への攻撃を理由に一気に鉄道沿線を飛び越して、マンチュリア全土を占領するつもりだぞ。ここの兵隊が空っぽなのもそのせいだ」
「全土占領ですか…… それは……過剰反応かと」
信じられないという口調で、なんとか絞り出すように秋津中尉が言った。敷島も同感だった。そもそも、今の魔導師のくだりとつながっていないではないか。
軍人ではないが、敷島もマンチュリアで仕事をしている。軍閥との武力衝突は減少しているとはいえ、それは軍にとっては日常と言っていい。500の騎馬隊とは無視できる数ではないが、それだけの理由で全土占領とはどういうことなのか。
「そもそも都督府派遣軍が活動できるのは鉄道沿線だけです。北の鉄道は連邦の管理下にあるのにどうやって…… そんなことをすれば間違いなく連邦と戦争になります」
「その程度のことがわからんわけがなかろう。政治的・軍事的どちらかは知らんが北の鉄道はいずれこちらのものになる。先ずは油田を見つけ、とりあえず油を出すのが先なのだ。あべこべだ。向こうが手出ししない限り逆効果だからな」
「お話がさっきから見えませんが」
「貴様も鈍いな。そこのシスター・マリアに聞かなかったか、満洲国の話を」
また「満洲国」ときた。敷島たちが意図して避けた話を石原中佐はいとも簡単に言ってのけた。彼もその話を聞いたのは間違いない。油田調査の中心に石原中佐がいたことを考えるなら敷島たちより詳しいはずだった。
「まずこの調査に秋津中尉をつけたのは万が一を考えてのことだ。もし油田が見つかるならアレを送り込むしかない。本命には目立つ護衛はつけられないが、やはり護衛として魔導師より適したものはおらんからな。だが、魔導師は簡単には動かせない。そこに運よく所属中隊が宙に浮いていた中尉が来た。まあ、ちょうどいいから使わせてもらった」
そのように石原中佐が続けると、少し秋津中尉は不機嫌になったようだった。
さっき胸を見せたことや、今のそんな態度を隠さないあたり、秋津中尉というのはどうも軍では煙たがられているか、中隊が宙に浮いた。というのは良くわからないが、話からしてあまり良い立場ではないのではないか。敷島はそう思った。
そして「アレ」と呼ばれたマリア─ 先程まで部屋の隅にいたようだった。
「本当ならマンチュリア占領は俺の仕事だ。油田地帯を抑えるために軍事行動を起こす。それ自体はいい。だがな、シスターの話によるとだいたいの歴史では俺がことを起こすって話だ。それが一番大事なことだ」
続けていった言葉に敷島は耳を疑った。
「ところが、同じ話を聞いた奴が先取りしておっぱじめた。秋津中尉が魔導師と交戦したという報告が上にあがってみろ、軍閥と戦うのとはわけが違う。
現場判断で兵を動かす前に内地を巻き込んで大事になる。本来ならば存在しない魔導師がいたからな。だから秋津中尉の報告を握り潰して行動しとる。全く後先も考えなければ、大東亜への理想もない。例えるとこいつは泥棒だよ、未来泥棒だ」
「み、未来泥棒?」
敷島は理解できなかった。あのとんでもない話を本気で信じて実行しようという「バカ」もわからないが、石原中佐も似たようなことを言っている。このひとは戦争を止めに来たのではないのか。
「そうだ。何処のどいつか知らんが、未来を知って本来俺がやる仕事を横取りしたんだ。これが泥棒ではなくなんだ。大東亜の民のために、俺が行動を起こすのが本来の歴史だろうが」
「アナスタシア殿下をお迎えした石原中佐がマンチュリアの首相となる。あるいは秋津島皇国と連合した大東亜共和国総統に就任されることもあります」
シスター・マリアが口をはさんだが、敷島には理解できなかった。理解したくない。なんだって、処刑されたルーシの皇女がいま出てきたのだ。
「おい、この前の話だと鉄道爆破した話だろうが、別世界の俺は壮大だな。あとな政治家は嫌いだ。面倒くさい。まあ亡命ルーシ人を迎えるのはセンスがあるが、残念だがアナスタシア殿下は死んでおる」
「おそらく、《帝国》にはまだ存命のはずですわ。本物かは、神のみぞ知りますが」
間に二人を挟んでマリアと石原中佐が会話をしているが、いよいよわけがわからない。
「お待ちください。石原中佐は今回の軍事行動を止めるためにここにいらした。陸軍将校である自分にはなにか任務がある。それでよろしいでしょうか」
「なんだ、士官学校出たくせにその口は。まあ、そうだ。マンチュリアの全土占領は結構。だが今は時期が悪い。でかかったションベンは止められんが、ここに魔導師と交戦した秋津中尉がおるなら、打てる手はある。俺に協力してこの戦争を止めてもらう」
敷島にも、事態の恐ろしさが分かってきた。
はじめに石原中佐の話を聞いたときは、無謀な作戦をとめるために来たと思ったが、どうやら『自分が行うのが筋』ということで止めたいだけらしい。
どう考えてもそれは越権行為だ。マンチュリアで謀略を行うなどという次元を超えている。
要するに石原中佐は、自分が関わられない戦争が気に入らないから止めたいだけなのだ。もちろん、その次は自分が上手くやる。というわけだ。
一瞬の沈黙のあとで秋津中尉が声を出した。
「それは、総司令部からの命令でしょうか」
「なんだと、秋津中尉。それはどういう意味だ」
「たしかに自分は所属中隊も連隊も今は持ちません。都督府司令部付。というのが所属になります」
秋津中尉は平坦な声で続ける。不快感を隠すのをやめたようだった。
「もう何を命じられても驚きません。しかし司令部付ということは、指揮官は都督府の派遣軍司令官になります。もちろん、自分が司令官閣下から直に命令をもらえるとは思っておりません。実際には護衛小隊や直轄の魔導連隊から命令を受けるはずです」
「だから、なにが言いたいのだ貴様は」
「参謀である石原中佐には自分に直接命令できる根拠がありません。これは統帥云々の話ではありません。そもそも責任の所在が不明確だということです。石原中佐の行動は、派遣軍総司令部の承認を受けているのですか」
言い切った途端に石原中佐は怒気を含んだ声で言った。
「貴様バカか。私は派遣軍の作戦参謀だぞ。総司令部にいるバカが勝手に戦争をしようとしているから俺が止めようとしているのだろうが。だいたい、秋津中尉。貴様が馬鹿正直に司令部に連絡しても無視されるし、下手をするとどこかに軟禁されるぞ」
コツコツと石原中佐は机を叩く、秋津中尉は直立不動のままだ。一触即発というのか。秋津中尉がここまで極端な性格だとは敷島も知らなかった。
「今から貴様が連絡してもなにも変わらん。俺について来れば大丈夫だ。なあ、秋津中尉。貴様は疲れておるんだ。な、後で話そう。先に敷島技師と話す。どのみち昼飯時まで俺も動けないからな。……シスター、外で彼を介抱してやってくれ」
石原中佐が秋津中尉を無視して背後にいたシスター・マリアに部屋を出るように伝えると、秋津中尉はでは休みます。とだけいって石原中佐が来たときと同じように敬礼すると、マリアを連れて退室した。
扉が閉じ切ったあと、石原中佐は緊張が解けたのか襟元を緩めて、ふんと鼻を鳴らした
「何のつもりだ、戦闘の緊張が残っておるのか…… 大事の前の小事という言葉を知らんのか。嵐山でどんな士官教育を受けてきたんだあいつは」
険悪な雰囲気は薄れていた。どうやら石原中佐は秋津中尉のあの言葉を戦闘の緊張からきていると解釈していたらしい。
だが、敷島には秋津中尉の言った「総司令部の承認を受けているのか」という部分が気になった。作戦参謀が勝手に行動するのは、石原中佐がいう「バカ」と変わらないのではないか。
秋津中尉の言葉ではないが、軍人が命令も責任も曖昧なまま勝手な行動を起こすのは、悪しき独断専行というものではないのか。
秋津中尉はそのような厄介なことに巻き込まれるのが嫌なのか。否、石原中佐の行動は秋津中尉の思う軍人としての在り方から外れているのではないのか。
だが、敷島の目から見ても今の秋津中尉の言い方は乱暴だった。石原中佐が戦争を止めようとしているのは事実だし、都督府派遣軍の作戦参謀にあのような態度を取っては立場が悪くなるだろう。今の話でも秋津中尉は不安定な立ち位置なのは想像がつく。
「さて、敷島技師。調査の件だが、機材の回収はしばらく無理だ。それより…… 油田があったのは間違いないな」
あまりにも敷島が動かなかったせいか、石原中佐は先に声をかけてきた。秋津中尉のことは一旦忘れたらしい。
敷島は頷き、机の上に広げっぱなしだった地図と自分の帳面を見せて、結果について報告した。観測手法については興味なさげだったが、サンプルの例として出した瀝青─あの場でマリアが見つけた天然アスファルト を見せると、石原中佐は笑った。柔らかく、莞爾といった顔だった。
「やったぞ。彼女が見つけたなら可能性はある。俺の大慶油田だ。いや、まだ掘り出してみないとわからんな。で、その試掘はいつだ」
「まだ油田の可能性があるだけです。この瀝青の存在だけでは何とも言えません」
有望な油田がありそうだということと、油田があること、そしてそこから採算が取れるのは別だという話をまた石原中佐に繰り返した。考えてみれば秋津中尉にも同じことを言っていたから、一日で二度話したことになる。
「……まあいい、1年は待てる。時間はある。この情報を持っているのは俺だけだ」
瀝青を指でつつきながら、石原中佐は言った。
「──そういうわけで、自分も本社に戻りサンプルの調査と機材の手当てだけでも行いたいのですが」
「おい、そりゃあダメだ」
事もなげに石原中佐は言った
「今の話だ。秋津中尉と一緒に来いといわれたんだろう。ノコノコ司令部に行ってみろ、憲兵隊にとっ捕まるぞ。なんせ魔導師の襲撃を受けた上に油田の情報を持っているのは、敷島技師だけだからな」
それを言われて、もうずいぶん前に思えるが(実際には二時間もたってない)中津大尉に言われた事を思い出した。たしかに、自分も秋津中尉と同じ列車で来いといわれた。それに北方の油田について言った記憶がある。
秋津中尉だけではない。とっくに自分も、陰謀に巻き込まれていたのだ。敷島は今更のように気が付いた。
あるいは、あのシスターと出会った時なのか。
書いていて石原中佐は書きやすいですね……
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