異世界輪廻~不殺(ころさず)の英雄譚~   作:OrengeST

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第三話:天族たち

久我山の姿が完全に消え去るのを見送ってから、リッカは息を吐いた。

自分の行動に不備はなかったかと思い返してみる。致命的な失敗はしていないはずだと、確信した。

智慧の検閲も二度ならず行っているし、授けた智慧の中から、久我山が何かを見出せるとは思えない。

 

ただ一つ。久我山の理が勝ちすぎるきらいに、かすかな胸騒ぎがした。

この演劇を破綻させることはないか、という一抹の不安があった。

 

「めんどくさそうな人ねえ」

 

不意に声をかけられて、リッカは振り返った。

丁寧に刈り揃えられた灌木(かんぼく)を背に、ブロンドの長い髪をウェーブにした女が佇んでいた。

蒼緑(そうりょく)の潤んだ瞳が、こちらを見ている。

 

リッカが黙っていると、女は近づいてきた。

天族も、人も、魔族すら、はたと立ち止まって、彼女を目で追うに違いない。ローブを着ていてもシルエットで分かるほどに女性的で艶麗(えんれい)肢体(したい)は、自分のそれとは比べ物にならない。

舌を打ちそうになるのを堪えて、代わりに不満げに言った。

 

「覗き見とは人が悪いな。フラウ姉様」

 

人ではないか、と心の中で呟く。

 

「やあね。わたしが居るなんてこと、最初から分かってたでしょうに」

 

フラウはそのまま、リッカの横を通り過ぎて歩いた。

久我山が消え去った場所でしゃがみ込むと、遠くを覗き込むように、眼の上に手でひさしを作った。そこには、草花の茂る庭園があるのみだった。

 

「邪魔はしない約束だよ。これは私の演目だ」

 

フラウの背に向かって、リッカは言った。しゃがみ込んで輪郭を確かにした、その魅力的な臀部(でんぶ)を蹴飛ばし転がせば、さぞ気分がいいだろうにと思った。

 

「あら。そんな約束、したかしら」

 

振り返ったフラウは、首を小さく傾けて、おどけてみせる。

不満が顔に出ていたためか、こちらを見ていたフラウは、口元を押さえて忍んだ笑いをした。

 

「そんなに怖い顔をしないで。嘘よ。嘘。分かってるわ。あなたの邪魔はしない。『あなたの』邪魔はね」

 

フラウは立ち上がると、前に進み出て、リッカの目の前に立った。

頭一つ分ほど、リッカの方が小さい。二人の体躯はまるで正反対だった。

蒼緑の瞳と深紅の瞳が、正面から交錯した。

 

「わかるでしょう? 見ているだけって、退屈なのよ。みんな、そう思っている」

「だからって、私の計画を滅茶苦茶にするつもりか?」

 

フラウは首を振った。

 

「いいえ。もっと面白くして差し上げるのよ。フィオネも何か、考えているみたいだったし……」

 

頬に手を当てて考え込んだフラウに、リッカは閉口した。末妹であるリッカには、姉であるフラウやフィオネ……それ以外の女神(じょしん)に敵わない。

 

「……姉様たちの前では、私も駒か」

「そんなに卑屈にならないで。わたしは、みんなで楽しみましょう、って言いたいのよ」

「勝手にしたらいい。私は、姉様たちの思い通りにはならない」

 

先んじて顔を背けたのは、リッカだった。フラウの瞳を見つめていると、感情が読み取られているような心地がしたからだ。

 

「そうでなければね。思い通りほど、つまらないものはありませんもの。……ほら、あなたの次の計画も、進めなくてはいけないんでしょう? わたしはここで、見ているわ」

 

フラウは、柔和な笑みを浮かべた。

その背後に、光の粒子が寄り集まって、徐々に人型の輪郭を作り上げていく。

 

リッカは、今度こそ舌打ちをした。腹に据えかねるが、何か介入があるならば、適宜計画を変更していくしかない。

まずは目下の策を進めることが第一だと、リッカは思った。

目の前の人間に、神託を下さねばならない。

 

瞬きをする間に、光粒子の輪郭は、リッカの目の前で明確に形を成した。人間はしゃがみ込んでいる。

フラウの姿は、いつの間にか消えていた。

 

どうせ、いずれまた、手出しをするために現れるのだろう。

次はフラウだけではないかもしれないと思うと、リッカの気分は沈んだ。

 

「ようこそ、エルメンスルへ」

 

歓迎の意を込めたつもりで、リッカはしゃがみ込む人間に向け、呟いた。

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