シルヴィアは結局、朝が訪れる頃には特に体に異常は無く退院できた。
ただ、温かい何かを失ったようなそんな気がした。
あの禁じられた森での騒動が終わってから大体、2週間後。茹だるような暑さの中、学期末試験は執り行われた。
筆記試験の大教室はやたらと暑くシルヴィアの頭は、ボーッとしていた。
カンニング防止用の特別な魔法がかけられた羽ペンが配られて、筆記試験に臨んだ。
実技の試験もあり、呪文学のフリットウィックは生徒を1人ずつ教室に呼び入れ、パイナップルを机の端から端まで〝タップダンス〟させられるかどうかを試験した。
シルヴィアはタップダンスが一体どんなものか理解をしていなかったので、フリットウィックのタップダンスを見てから試験を執り行った。
ただ、〝フリットウィックのタップダンス〟がやけにシルヴィアのツボにハマってしまい、腹を抱えながら試験に挑んだ。
変身術のマクゴナガルの試験では鼠を〝嗅ぎタバコ入れ〟に変える事だった。
ただ、シルヴィアは完全に変身術が苦手で、どうしても鼠の耳と尻尾が残ってしまい減点を食らった。
魔法薬学のスネイプは〝忘れ薬〟の調合が試験内容だった。
シルヴィアは難なくパスした。また、授業中は置き物にされっぱなしだったダフネもシルヴィアの熱烈指導のお陰でどうにか、普通よりはある程度、上手に調合出来ていた。
魔法史では、〝鍋が勝手に中身を掻き混ぜる大鍋〟を発明した風変わりな老魔法使いたちについてが最終問題だった。
シルヴィアはハーマイオニーのお陰で、効率的に魔法史の復習が出来ていた為、大体パスする事が出来た。
「やっと終わった! これでもう復習しなくていいのね!」
パンジーが頗る嬉しそうに言った。
「なぁ……マクゴナガルの試験、どのくらいまで出来た? 私、鼠の毛皮が残っちゃったんだけど……」
ミリセントはそう頭を掻きながら言う。
シルヴィアはここで安心する。やっぱりあれは難しい課題だったんだと。
「私なんか〝鼠の顔付き嗅ぎタバコ入れ〟だったわ……」
ダフネがやらかしてしまった声音で言った。
シルヴィアも、自分が変身させた〝嗅ぎタバコ入れ〟の話をするとみんなが笑った。
寮に戻ってからシルヴィアはすぐに図書館に向かった。ハーマイオニーと試験の自己採点をしようと約束をしていたからだ。
「し、しつ、失礼!」
そう言ってシルヴィアの目の前にやって来たのはあのクィレルだった。クィレルはいつもの通り、酷い吃りを披露していた。
「えぇっと、何でしょうか?」
「あ、あ。えぇっと……ミ、ミス・ネ、ネクロタ、フィオに……よ、用事がっ……あって。……そ、その〝や、闇の、魔術に、た、たた対するぼ、防衛術〟の……と、答案につ、ついて……き、聞きたいこ、事が……あああってね? い、いいかね?」
「えっ? あ〜……はい」
シルヴィアは特に自分が闇の魔術に対する防衛術の回答で、変な回答をした心当たりは無かった。
しかし、自分の記憶力の弱さは自分が一番知っていたので、何か誤りがあったのだろう。それにしてもクィレルの吃りはいつも以上に酷い。
──そう言えば、とシルヴィアは今までの事を思い出す。
このクィレルは
まぁ、自分はポッターでも無いしクィレルが個人的に生徒を呼び出して何か話している所は、何度か見た事ある。別に大きな問題では無いだろう。シルヴィアは思った。
クィレルの歩くスピードは前よりは早く感じられた。
また、道中一言も話さずに防衛術の教室に辿り着いた。教室は、いつも通り酷く強いニンニクの匂いが漂っていた。
後ろで教室の扉が完全に閉じられる音を聞いた。
「えぇっと、クィレル先生。テストの答案について聞きたい事って何ですか?」
シルヴィアがそう問うと、クィレルは教壇までやけにゆっくり歩いて行った。
そこでゆっくり歩くならここまで来るまでゆっくり歩いて欲しかった。とシルヴィアは心の中で悪態を吐いた。
クィレルが教壇に辿り着くと顔を上げシルヴィアを見た。
薄ら笑みを浮かべており、シルヴィアでさえ何処か不気味に思えた。
「お前はマグルを恨んでは無いか? あの時の深い憎しみの心を忘れては無いだろう? あの時の理不尽を、不条理を忘れてはいないだろう? 母君の恨みを晴らしたいと思わぬかね?
お前は我々と共に歩む気には無いかね? 我々の元に来ればきっとマグル達に復讐を果たす事が出来るだろう。」
「……え、な……何を……言って……?」
シルヴィアは奇跡的に思い出せた。
この言葉はこの声は、あの大きな鏡がある部屋で聞いた声だ。ここで、シルヴィアはあまりにも自分が迂闊だったと反省した。
目の前に居る人間は、自分でなくとも人を殺そうとしていた人だ。そして、ユニコーンの血の呪いに恐れず血を飲んだ咎人だ。
シルヴィアは生存本能から扉の方へ駆けて行った。
しかし、自分の力が弱いのか扉の力が強いのか、扉を開けようとしてもびくともしなかった。
「無駄だ。その扉はお前では開けれない。この教室でいくら騒ごうとも──誰も気付く事は無い」
クィレルはそう教壇から一歩も動かずに冷酷に宣言した。自分の血の気が一気に引いて行くのをシルヴィアは感じた。
スネイプの忠告の意味をやっと理解した。……自分は、このクィレルに殺されてしまうのだろうか?
「い、いやだ……嫌だ……し、死にたく……死にたくない……」
何か記憶が蘇ってくる感覚を覚える。
しかし、そうは言っても具体的な記憶では無かった。ただ『死にたく無い』という感情のみが蘇ってくる。
それと同時に自分の中から得体の知れない何かが、ふつふつと湧き上がって来た。怒り、憎しみ、憾み、復讐心……──殺意という名の衝動。
誰の感情なのかすら理解出来ない。
「マグル達の犯した罪。それには罰が必要だ。そうとは思わないかね?
人の、魔法使いの命を奪っておきながら裁かれず、のうのうと生き延び繁栄していくマグルを許せないとは思わないかね?」
「うっ……!?」
また、頭痛が訪れた。今、ここで倒れたら本当に殺されてしまう事ぐらい、シルヴィアでもわかった。それでも、意識は薄まっていくばかり。足掻こうと腕を伸ばしても闇は既に深い……。
「お前が否が応でもこちら側に加わる状況を作り出してやろう! ……〈ステューピファイ 麻痺せよ〉!」
最後にそうクィレルの声が聞こえ、赤い光線も見えた気がする。そうして、シルヴィアの意識は完全に闇の彼方に堕ちた。
◇
「えぇ!? ダンブルドア校長がいらっしゃらない!? この肝心な時に?」
ハリーはあまりにも驚愕した。
急がないとスネイプに賢者の石が奪われてしまうタイミングでダンブルドアは魔法省へ向かってしまったようだ。
きっとその魔法省への呼び出しの手紙もスネイプが出した偽物なんだろう。
「ポッター、ダンブルドア先生は偉大な魔法使いですから、大変ご多忙でいらっしゃる……──「でも重要な事なんです!」
そう言うとマクゴナガルの表情は、明らかにピリついたものになった。
「ポッター。魔法省の件より貴方の用事の方が重要だと言うのですか?」
「実は……」
ハリーは慎重さなどかなぐり捨てて、賢者の石について語った。するとマクゴナガルはしどろもどろとした。
「ど、どうして……それを?」
「先生、僕の考えでは、いいえ、僕は知ってるんです。スネ……いや、誰かが石を盗もうとしています。ダンブルドア先生にお話ししなくてはならないのです。」
マクゴナガルはハリーに驚きと疑いの目を向けた。
「ダンブルドア先生は明日、お帰りになります。
貴方がどうしてもあの石の事を知ったのか分かりませんが、安心なさい。磐石の守りですから、誰も盗む事は出来ません。」
「でも、先生……」
「ポッター。二度も同じことは言い……──「ハリー! 大変だわ!」
教室に駆け込んで来たのはハーマイオニー、それと少し遅れて随分と疲れ切ったロンだった。ハーマイオニーはマクゴナガル先生に「騒がしくしてごめんなさい」と謝ってハリーを廊下に連れ出した。
「ど、どうしたの?」
ハーマイオニーは随分と息を上げた様子だった。ロンはそれ以上に上がっていたが。
「シルヴィアが……シルヴィアが居ないのよ! 何処にも! ……あの子達、グリーングラスやパーキンソン、それにブルストロードにもシルヴィアの所在を聞いたわ。彼女達は皆口を揃えて、図書館に行ったって言ってたの……。
確かに、私と一緒にテストの自己採点をしようって話してたの。そ、それで、図書館に行っても何処にも居なかった! お、おかしいわ!」
賢者の石が奪われるこのタイミングでネクロタフィオが姿を消した。
「べ、別に……お腹が痛くてトイレに篭っているとかじゃ無いの?」
ロンがそう聞いた。ハーマイオニーは首を横にブンブンと振る。
「シルヴィアがトイレに行ったところなんて一回も見たことないわ」
「あの子、アイドルかよ!」
ロンが驚いた口調で言った。
あまり言っていることが分からなかったが、殆どあり得ない話である事ぐらいはハリーでも分かる。
「な、なぁ……ハーマイオニー? き、君にこう言うのは酷だけど……」
そうロンが前置きをした。
「やっぱり、ネクロタフィオは……そ、その、スネイプと協力して賢者の石を奪おうとしてるんじゃ無いか? 目的は分からないけど……。」
「そんな筈ないわ! シルヴィアは……そんな事をするような子じゃないっ!」
ハーマイオニーがそう断言した。
流石にロンの言っている事は信じられなかったが、なんでネクロタフィオが姿を消したのかはよく分からなかった。
「……そ、そうだわ!」
そこで、ハーマイオニーはどうやらこの状況を説明するに足りる理論を導き出したようだ。
「げ、現代にネクロタフィオっていう名字を名乗っているのってとっても変な事でもあって……同時に、多分凄い事なんでしょ? ほ、ほら? 大昔は純血の中で貴族みたいな立場にあったのよね?
だ、だから……『例のあの人』が……純血主義の再興の為に、ゆ、誘拐だなんて事あり得るんじゃないかしら?」
ハーマイオニーが建てた理論はあまりにも突拍子が無かった。まだ、ロンのスネイプと協力説の方があり得る気がした。
それに、梟小屋とかにいるのでは無いか? ともハリーは考えたが、今のハーマイオニーに言っても聞く耳を持ってもらえなさそうだ。
「その話だと、スネイプは自分の寮の生徒を誘拐したって事になるぜ!?」
ロンが無駄に大きな声を上げた。
「わ、私達は一体どうすれば……」
それと同時にハーマイオニーは息を呑んだ。
ハリーとロンが振り返るとそこにはスネイプが立っていた。
「やあ、こんにちは」
スネイプはやけに愛想良くハリー達に挨拶をした。
「諸君、こんな素晴らしく天気のいい日に室内にいるもんじゃない」
スネイプは取ってつけたような歪んだ微笑みを浮かべ、3人を見渡した。
「ぼ、僕達は……」
ここから先何を言えばいいのか特に思いつかず、ハリーは口をパクパクさせた。
「もっと慎重に願いたいものですな。こんな風にウロウロしているところを人が見たら、何か企んでいるように見えますぞ。
グリフィンドールとしてはこれ以上減点される余裕はない筈だろ?」
ハリーは自分の顔が赤くなるのを感じた。
仕方がないのでハリーはロン、ハーマイオニーの手を引いて外を出ようとすると、スネイプが呼び止めた。
「ポッター、警告しておく。これ以上夜中に彷徨いているところを見かけたら、我輩が自ら君を退行処分にするぞ。さあ、もう行きたまえ。」
スネイプは大股で職員室の方へ歩いて行った。
「あれ、きっと自分が今日の夜に賢者の石を盗みに行く宣言なんだ。退行処分をダシに僕達を脅してるんだ!」
「……僕は今夜、寮から抜け出して賢者の石を何とかスネイプより先に手に入れる。」
そう言うとロンとハーマイオニーは怯えたような表情でこちらを見てきた
「き、君! 気は確かか!?」
「ダメよ、本当に退校になっちゃうわ!」
ハリーは無性に腹が立った。
この2人は何にも理解していない。目の前の現実を知らないんだ。そう心の奥底から思い、怒りがこみげてくる。
「だからなんだって言うんだ! 分からないのかい? もし、スネイプが賢者の石を手に入れたら、ヴォルデモートが帰ってくる! そしたら退校にされるホグワーツだってなくなっちゃう!
それに、ハーマイオニー。君はいいのかい? もし仮に本当に彼女が誘拐されていたとして、君は初めての友達の死を指を加えたまま見るのかい? 彼女、もしかたら何処かで拷問を受けているかも知れないんだよ?
そして、その被害を他の魔法使いが受けるかも知れない。ロン、君の家族だってこっぴどい目に遭うかも知れないんだ。」
2人は涙目になってハリーを見ていた。
「君達が何と言おうと僕は行く! いいかい、僕の両親はヴォルデモートに殺されたんだ。」
ハリーは2人を睨みつけた。
「その通りだわ、ハリー」ハーマイオニーは消え入りそうな声で同意した。
「でも透明マントって3人全員入るかな?」
「ぜ、全員って……君達も行くつもりかい?」
「あんなこと言われて黙って君を見送る訳ないだろ」「そうよ! ハリー、貴方の事だってそうだし……シルヴィアも心配だし……」
そうして、ハリー達は夜を待ちスネイプより先に賢者の石を奪還すべく行動を始めた。
◆
数々の試練を乗り越えて最後にやって来た部屋。黒い炎を乗り越えてやって来た部屋。最後の部屋。
そこには既に誰かが居た。しかし、それはスネイプでは無かった。加えてヴォルデモートでも無かった。
「貴方が!?」
ハリーは驚きで息を呑んだ。目の前に居たのはあのクィレルだったのだ。
よく見るとクィレルの手は少し焼け焦げたような跡が見えた。また、隣にはみぞの鏡がる。
そして、クィレルの足元には意識を失っており、かつ縛られているネクロタフィオが居た。
「わたしだ。ポッター、君にここで会えるかも知れないと思っていたよ」
「でも、僕は……スネイプだとばかり……」
ハリーはクィレルの吃っていない落ち着きの払った声に驚いていた。
「セブルスか?」
クィレルは笑った。いつもの甲高い震え声ではなく冷たく鋭い笑いだった。
「……確かに、そうだな。セブルスはまさにそんなタイプに見える。彼が育ちすぎた蝙蝠みたいに飛び回ってくれたのがとても役に立った。
スネイプの側に居れば誰だって、か、可哀想な、ど、どもりの、ク、クィレル先生を疑いやしないだろう?」
「けど!!スネイプは僕を殺そうとした!」
「いや、いや、いや。殺そうとしたのは、わたしだ。あのクィディッチの試合で、君のご友人のミス・グレンジャーがスネイプのローブに火を付けて教職員席が騒ぎになった。
わたしは、その所為で君から目を離してしまったんだよ。もう少しで君を箒から落としてやれたんだが……君を救おうとしていて、スネイプがわたしのかけた呪文を解く反対呪文を唱えてさえいなければ、もっと早く叩き落とせたんだ。」
このクィレルはあり得ない事を口走った。
「ス、スネイプが僕を……僕を救おうとしただって!?」
スネイプはハリーの事を恨んでしかない。なのに、何故、あのスネイプが自分の事を救おうとする? ハリーには理解が出来なかった。
「あぁ……ポッター。君は色んな所に首を突っ込みすぎだ。生かしてはおけない……
けど、1つやらなければならないことがある。この鏡の前に立つのだ! あのお方によれば、賢者の石を得る為にはお前を使えばいいそうだ!」
みぞの鏡……! 僕が今一番欲しいのは賢者の石だ。
今、みぞの鏡の前に立てば賢者の石を手に入れた自分が映る筈。そうすれば、きっと賢者の石の在処を知れる筈だ!
ハリーは鏡の前へノロノロと向かい立つ。
「鏡を見て何が見えるか言え」
クィレルはハリーの後ろに立った。とても変な匂いがした。ハリーはここで教室が永遠とニンニク臭かった理由に合点いった気がした。
ハリーは鏡の中の自分を見る。鏡の中の自分は笑いかけた。
ズボンのポケットに手を突っ込み、血のように赤い石を取り出した。そしてウィンクするとズボンの中に入れた。それと同時にズボンに重い何かが入ったような感覚を覚えた。
ハリーは信じられない事に賢者の石を手に入れてしまったのだ。
「どうだ? 何が見える?」
クィレルは待ちきれない様子でハリーに問い詰める。ハリーは勇気を奮い起こした。
「僕がダンブルドアと握手しているのが見える」
作り話だ。
「僕……僕のおかげでグリフィンドールが寮杯を獲得したんだ」
「そこを退け」クィレルが罵った。
ハリーはどうにか意識を失っているネクロタフィオの容体を見ようとした。しかし、その途端クィレルが唇を動かしていないというのに高い声が響いた。
「こいつは嘘をついている……嘘をついているぞ! わしが、わしが直に話す……」
「ご主人様、貴方様はまだ十分な力がついていません!」
「この為なら……使う力がある……」
クィレルはターバンを解いた。ハリーはその様子をただ呆然と見るしか無かった。
ターバンを解いたクィレルの頭は異様なほど小さかった。クィレルはその場でゆっくりと体を後ろ向きに直した。ハリーは叫び声を上げるにも上げれなかった。
クィレルの頭の後頭部にもう一つ頭があったのだ。まるで張り付いているようにそこに顔があった。同時に額にある稲妻の傷跡が疼いた。
「ハリー・ポッター……この有様を見よ……。貴様に死の呪文を跳ね返されて以来、わしはただの影と霞に過ぎない……。誰かの体を借りて初めて形になる事が出来る……。
しかし常に誰かが喜んでわしをその心に入り込ませてくれる……。この数週間は、ユニコーンの血が俺様を強くしてくれた……。
わしはその賢者の石が作り上げる命の水があれば……自身の体を創造する事が出来るのだ。さて、ポケットにあるその賢者の石を渡してもらおうか?」
ハリーはよろめきながら後退りした。
「馬鹿な真似はよせ! ……まぁ、お前がその気ならば……こちらにも手がある」
顔が低く唸るとクィレルは指を弾く。するとハリーの元に縄が飛んできて巻きついてくる。次に杖をネクロタフィオの方へ向けた。
「〈インペリオ 服従せよ〉」
「う……」
ネクロタフィオは呻き声をあげながら目を開く。そして彼女の拘束は解かれた。
「さぁ、シルヴィア・ネクロタフィオ! 『墓場の君主』のネクロタフィオよ! この世で最も尊い血を持つ姫君よ! 死にたくなければ、ポッターを殺せ!」
ネクロタフィオはハリーに対して杖を向けようとしていた。ただ、抗おうとしてるのを見て感じた。
「や、やだ……こ、殺しなんて! 殺しなんてしたくない!」
ネクロタフィオはそう絞り出すように言い、目を見開いてクィレルの方へ杖を向けた。
「愚かな娘よ。わしの元についてくればマグルへ復讐を果たせるのだぞ? あの怨みを果たせるのだぞ? そのまま衝動に身を任せればいい。そうすれば全てが成る。」
ハリーには何を言っているのか分からなかった。ネクロタフィオは何かマグルに対して怨みを持つ機会があったのだろうか? そんな中、クィレルはゆっくりと震えているネクロタフィオに近付いて行った。
「あの理不尽、不条理を忘れていないだろう? あの怒りを忘れてはいないだろう?」
遂にクィレルはネクロタフィオの杖を持っている腕を上げさせた。杖先は完全にハリーの元へ向かう。
「さぁ、殺せ! 殺せぇ!」
「いやだ……いやだ。人、人殺しなんて。そんなの神はお赦しになられない!」
ネクロタフィオは涙を流しながら、懇願するようにそう言った。クィレルは一旦離れた。
「神はお赦しになられない? 神だなんて馬鹿馬鹿しい。そんな存在し得ないものを信じるのではなくて、ただ唯一の闇の帝王。ご主人様を信じろ!」
「拷問してでもその娘を使ってハリー・ポッターを殺せ!」
「〈クルーシオ 苦しめ〉!」
シルヴィア・ネクロタフィオの体に閃光が飛ぶ。
「あああああ!! 熱い!! 熱い、熱い熱い熱い!! い、いやだ、いやだ。死にたくない! 死にたくなぁぁい!!」
ネクロタフィオは空間を裂くような叫び声を上げた。
ハリーは何も出来ず、目を背ける事しか出来なかった。数秒後、ネクロタフィオへの拷問の呪文は終わった。
ネクロタフィオは倒れ込んでいた。その長い髪がバラバラと広がっていた為、彼女の様子を見る事は叶わなかった。
また、クィレルもクィレルで疲れているように見えた。
「さぁ、ハリー・ポッターを殺せぇ!! お前がハリー・ポッターを殺せばお前の憾みを果たす手伝いをしてやろう!」
悍ましい声が聞こえた。ネクロタフィオはなんとか立ち上がり、下を向きながら息を上げている。
「──ハ、ハリー・ポッターを殺せば……私の憾みを果たす手伝いをしてくれるん……だね?」
そのネクロタフィオの声は冷たかった。
ハリーは自分の命の危機を感じた。けれども、縄でキツく縛られている為に動く事が出来なかった。
「あぁ、勿論だとも。必ずやお前の復讐を果たさせよう。死の呪文は知っているかね? 『アバダ・ケダブラ』だ。」
そう唸るような声が聞こえた途端、ネクロタフィオは昏い笑みを浮かべ、ハリーをその透き通るように美しい灰色の瞳で見つめた。
ハリーは動けない。
「あっはは……分かった。」
ネクロタフィオは乾いた笑い声を上げる。
顔には不敵な笑みを浮かべていた。そして、杖をハリーに向けた。
「〈ステューピファイ 麻痺せよ〉」
赤い光線が杖から飛び出した。
その呪文は死の呪文ではなかったし、飛んだ方向はハリーの方では無かった。クィレルの方へ向かって行ったのだ。
クィレルは失神呪文をまともに至近距離から受け、ネクロタフィオに寄り掛かるように倒れ込む。
ネクロタフィオは申し訳ない面持ちでクィレルを見遣った。
そして、すぐにクィレルの体を退けてハリーの元へ駆けて来た。
クィレルが気絶したおかげかハリーを縛っていた縄は床に落ちて、ハリーは自由の身になる。
「ハリー・ポッター! 逃げよう!」
そう言ってネクロタフィオはハリーの手を引いた。
ハリーはやけにネクロタフィオの手が冷たいと驚いた。その頃にはすぐに後ろのクィレルが目を覚まし起きる。
クィレルはフラフラしている様子で、あまりしっかりと意識を保っているようには見えなかった。
「痛みを与えられても尚、抗おうとする……その、心意気。本当に愚かなんだな……シルヴィア・ネクロタフィオ!」
クィレルはそう捨て台詞のように吐いた。そして、箒も無いのに2人の元へ飛んでくる。
「来るな!」
ハリーはネクロタフィオを庇うように立ち塞がる。
そして、飛んできたクィレルに顔面パンチを喰らわせた。顔面パンチを受けたクィレルは驚き、ハリーの後ろにいたネクロタフィオも驚いた。
「ぐっ、魔法使いなら魔法を使……──な、なんだ! ご、ご主人様……わ、わたしのわたしの体が……わたしの体が!!」
何と、ハリーが顔面パンチを喰らわせたところからクィレルの顔は崩れていったのだ。
「た、助けてください!!」
しかし、彼のご主人様は反応せずそれどこからクィレルの体からは靄のような何かが出てくる。
「ハァァァァァリィィィィィ・ポッタァァァァァ!! 今度会うときにはぁぁぁぁぁぁ!!!殺してやる!!」
靄はそんな断末魔を響かせながら消えて行った。
「なに、今の……小説とかでよくある必ず負けるくせに執念深い敵キャラ的な捨て台詞は……」
「君のその例え……何?」
「ん? 分からないなら気にしなくていいよ。庇ってくれてありがとう。私は、助かった。……あと私の事、シルヴィアでいいよ。」
クィレルはすっかり〝クィレルだったもの〟……消し炭のような何かに変貌していた。
「ぼ、僕もハリーでいいよ……」
「さ、地上に戻ろう。きっとここはホグワーツの地下深く何でしょ?」
「あ……うん。そうだね」
ハリーとして驚いていた。
シルヴィアというスリザリン寮生は吃りがキツかったはずだ。ハロウィーンの時や禁じられた森に着いて来た時は、随分と吃りは無くなっていて、今では一切吃りの影を見せない。
「ぼ、僕……君に殺されるかと……思った」
道中ハリーはそう言った。シルヴィアはその言葉を聞いて少し笑った。
「……人殺しなんて、やりたくないよ……結局、クィレル先生は……死んじゃったけど。」
シルヴィアはそう短く答えた。
ハリーはあんな酷い事をしたクィレルをシルヴィアが同情している事実に驚いた。
また、シルヴィアは立っているとはいえ、眠たそうだった。
「き、君は……マグルを……恨んで、いるの?」
ハリーは恐る恐る聞いた。
シルヴィアは少し悩んでいる、若しくは意識を保とうとしている様子だった。しかし、間も無くして口を開いた。
「分からない……。今だったら、もしかしたら自分の過去を思い出せるかも……知れない。けど、今は……今は、思い出さない方が……いい、気がした。」
シルヴィアは何処か悲しげに言った。
「そうじゃの。お主はまだその時では無い」
「ダンブルドア先生!」
ハリーは歓喜の声が出た。
2人の目の前にはダンブルドアが朗らかな笑みを浮かべながらそこに立っていた。その横でシルヴィアの体はよろけていた。
「ハリー、シルヴィア。よく頑張った。危うく死んでしまうかと、遅すぎたかと心配したが、お主達で解決をしたようじゃの」
「ダ、ダンブルドア校長先生……クィレル先生は……私の所為で死んでしまったのでしょうか?」
シルヴィアはそう恐る恐るダンブルドアに聞く。
ダンブルドアはシルヴィアに不安を与えぬよう、小さな微笑みを浮かべながら語り出した。
「……いや、クィレル先生は元々死ぬ運命にあった。クィレルは自身の過去を見返す為に愚かな事に、瀕死になっているヴォルデモートを探しに行ってしまっていたようじゃ。
それから、残酷な運命の悪戯によってクィレルは奇跡的にヴォルデモートを見つけ出してしまった。それからあっという間にクィレルはヴォルデモートに支配されてしまった。
クィレル先生も先生で抵抗はしたようじゃが、ヴォルデモートという強大な闇の力に抗うには、あまりにもちっぽけすぎたのじゃ。
──ヴォルデモートに魂を吸い取られ、一角獣の血を飲み呪いを受け……既にクィレル先生の体はボロボロじゃった。今日を越えられるか否かだったのじゃ。だから行動を起こしたのじゃろう。」
シルヴィアはそう言われても、何処か納得いっていない様子だった。
「お主達……特に、シルヴィアはクィレルが死んでしまった事を自らが犯した殺人じゃと思っているようじゃが、クィレル先生は生きながら死んでいる状態じゃった。
ヴォルデモートが取り憑いているが故に生きておったのじゃ。ヴォルデモートは自分の家来を敵と同じように情け容赦無く扱う。それが故の死じゃった。」
「そう……ですか……」
シルヴィアは疲れ切ってしまったのか完全によろけて倒れた。それをダンブルドアは支え、ハリーの方へ視線を向けた。
「彼女は強い子じゃ。普通、大人の魔法使いであっても強い意志が無いと服従の呪文など打ち破れないものじゃ。それを跳ね除けた。磔の呪文にも耐え抜いた。そして、ハリーお主が殺されぬよう。クィレルを救う為にヴォルデモートを欺いた。
……ハリー? お主は何処かスリザリンに属する者は全て悪だと考えている節があるそうじゃが、彼女の行動は賞賛されるものじゃろう?」
「そ、そうです……ね」
ハリーはダンブルドアに心の内が暴かれしまったような気がして気不味かった。それと同時に、シルヴィアはスリザリン寮生とは異端だったのでは無いか。とも思える。
「サラザール・スリザリンが選ぶ生徒はスリザリンが誇りに持っている能力が備わっておるのじゃ。機知に富む才能。断固たる決意。それらもまた誇りの1つじゃった。それは今回の行動を見る限り、シルヴィアに備わっていたものじゃ。さぁ、地上に戻ろう。」
そうして3人(1人は気絶中)は地上へ戻って行った。
ヴォルデモート:
通称『例のあの人』。11年前にハリー・ポッターによって滅ぼされる。だがしかし、クィレルの後頭部に居住していた。シルヴィアにハリーを殺させようとした。
許されざる呪文:
なんと、1巻分の内容なのに早くも2個が実際に使われ、1個が主人公に教えられる。
誤字脱字等ありましたら報告お願いします。
また面白かったら評価、感想などを寄せていただけると励みになります。