呪いの少女と祝福された世界   作:佳山針之介

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この話では色々と倫理観が現代と違う点が多々見受けられますが(主に女性の扱い、結婚の価値観など)、話の舞台が完全に中世です。その事を踏まえて閲覧してください。

2025/02/21 タイトル変更
2025/02/25 本文一部編集


或る伯爵の喜劇
アルバート・ネクロタフィオ


 わたしはきっと生まれた時から狂っていた。わたしの生まれた家は狂っていたんだ。

 

 

 わたしは、館が墓場に囲まれたネクロタフィオ家で生まれた。

 父は誇らしげにいつも語っていた。あの墓に眠る者達はネクロタフィオ家(自分たち)を軽んじて、愚弄した愚か者たちであると。

 ネクロタフィオ家を少しでも見下す者は誰であっても許されない。その代償は死のみである。非魔法族であっても、最近栄え始めている純血を名乗る魔法族だって。誰であろうとも切り捨てる。

 それがネクロタフィオ家が『墓場の君主』と呼ばれる所以だった。

 

 わたしはそんな家で生まれ育った。

 わたしは6歳の時、近所に住んでいた魔法族の少年を斬り殺した。わたしがあまり箒に乗るのが上手では無かった事を嗤ってきたからだ。

 『ネクロタフィオ家を少しでも見下す者は、誰であっても許されない』

 わたしはその言葉に則り、少年を殺した。

 少年は最後に言った。『教えてあげようと思ったのに……』

 

 

 ホグワーツに入学した後、わたしに近付いてくる者など誰1人として居なかった。同級生先輩後輩構わず。同じスリザリン寮生も事務的な話しかしなかった。

 教授だってそうだった。彼らはわたしを恐れていたのだろう。わたしが触れる者全てを殺す魔法道具かなんかだと思ったのだろう。

 わたしは特に何も感じていなかった。感じる心が無かった。それどころか、ネクロタフィオ家の威厳を勝手に感じていた。

 

 しかし、弟は違った。弟は所謂、人当たりが良かったのだ。

 最初はみんな、わたしと同じように弟の事を恐れていたが、次第に関わり合いを持つようになっていった。弟の周囲には必ず人が居た。

 

「兄上はもう少し、人と関わってみては如何でしょうか? 自分には無かった価値観を培う事が出来ますよ」

 

 弟はそうお節介にも助言してきた。

 わたしは弟を殴った。弟が気絶するまで殴った。メイドや従者、しもべ妖精が止めようとも私は弟を殴った。

 いくら『ネクロタフィオ家を少しでも見下す者は、誰であっても許されない』と言う家訓があったとしても弟は弟だった。

 血を分けたもう1人の自分である弟を殺す事は、きっと赦されないだろう。だから、思いっきり殴った。痛めつけてやった。

 弟は、殴っている間に何度かわたしに対して謝罪の言葉を口にしていたんだと思う。けれども、その言葉はわたしには聞こえなかった。

 だから、わたしは弟を殴るのをやめなかった。

 

 その日以降、弟とは口を利かなくなった。メイドや従者、しもべ妖精をもが私を恐れるようになった。

 両親は特に何も言わなかった。

 

 

 わたしがホグワーツを卒業してから、わたしは実質的なネクロタフィオ家の当主になった。

 わたしが生まれた時から、両親はわたしを当主にしようと考えていたそうだから、順当な話だった。

 ただ、家の中で誰もわたしと話したがる者は居なかった。誰もがわたしを恐れていたのだ。

 社交会だってそうだった。どんな金と権力目当ての(尻軽)女でさえ、わたしに寄りたがらなかった。結局、弟が先に婚姻をした。

 

 わたしは、ホグワーツを卒業してから16年後。

 33になる年に母の紹介により、今年ホグワーツを卒業したブラック家の女を娶った。母の兄の次女。従姉妹だった。

 近しい親戚の中にも、いとこ婚の者は居たので、なんら不思議には思わなかった。

 

 気弱な女だった。不器用な女だった。

 最初はすぐに他の女のようにわたしを恐れると思っていた。しかし、腐ってもブラック家の娘なだけあってなのか意思は強く、わたしを恐れなかった。

 それどころか、『殺戮卿』と恐れられているわたしを、わたしの顔を暖かな光に満ちた灰色の目で捉え、その後、暖かな笑顔を見せた。

 あまり気に入らなかったが、不思議と嫌悪感は抱かなかった。

 

 彼女を娶ってから1年後。遂に彼女は子供を身籠った。

 わたしはこの人生を生きてきて始めて、嬉しいとそう思った。

 男でも女でもこの際どうでもいい。生まれてきた子供をこの手で抱き上げてやりたい。そう思った。これが親心か。

 

 しかし、人生とは上手くいかないものだ。

 生まれて来た子供は息をしていなかった。所謂、死産というやつなのだろう。わたしは妻を今すぐにでも斬り殺してやりたいと思った。彼女がわたしの子供を死なせたのだ。許さない。

 

「ま、待ってください! アルバート卿! この子は……この子は死んでおりません! わ、私に伝手があります。け、賢女です。その賢女は死に傾いた子ですら取り上げる方です! か、彼女に……彼女に頼れば必ずやこの子は元気に泣くでしょう!」

 

 彼女は声を震わせながらそう言った。子を産んだばかりの弱々しい体を必死に動かしながらそう言った。

 

「ふん、勝手にしろ!」

 

 そう言ってわたしは部屋から出て行った。

 その後、彼女が自分の家から連れて来た従者を引き連れて何処に行ったのかは知らない。興味も無かった。

 けれども、夜を越え朝になった時に彼女は帰って来た。泣き疲れて健やかに眠っている子を抱きしめていた。

 

 これで一件落着か。

 しかし、そう言う話では無かった。癒者(ヒーラー)が言うには、赤子は心臓か肺が弱いそうだ。長くは生きられない。生きても10年。

 今度こそわたしの怒りは爆発した。

 丈夫に子を産んでやれずに何が母親だ。何が女だ。彼女は赤子を離さまいとしていた。

 わたしは、彼女と出会ってから慈悲の心を手に入れていた。だから言った。

 

「1年の猶予をやる。1年以内にその子をお前の手で殺さなければ、わたしがお前諸共殺す」

「あぁ……アルバート卿。ご慈悲を感謝致します……!」

 

 それから、逃げ出せばいいものを彼女は館から逃げ出さずに子供と過ごした。赤子と共に楽しそうに過ごしていた。本当にこの女は不思議な女だ。

 

 そして、1年後。わたしは剣を持って彼女の部屋に向かった。

 彼女は外套を羽織り、赤子を抱き抱えていた。やっと逃げる気になったか。少しばかり遅いが……

 

「ア、アルバート卿。わ、わたくしが……この子を……殺します。貴方様のお目汚しにならないよう……も、森で殺して参ります。きっと、朝までには帰ります。そ、それまで……どうか、どうか私を殺すのは……少々、お待ちくださいませんでしょうか?」

 震える声で絞り出す声で涙を流しながら彼女は言った。

 けれども、彼女の灰色の瞳は確かに強い意志を感じられた。わたしは人生で初めてこんなに、意志の強い瞳で見つめられたと思った。

「……勝手にしろ」

 そう言うと彼女は弾き出すように私の脇を通って行った。

「待て!」

 彼女を引き止める。彼女はすぐに振り返り、わたしの方へやや早足で向かって来た。

「な、なんでしょうか?」

「その子の……その子の……名前は?」

 彼女は一気に驚いた表情になった。まさか、わたしが自分で名付けもしなかった子供の名を聞くのか。と現実を疑っているのだろう。

 

「ア、アルテ……アルテミシアで御座います……。か、勝手に……勝手に名付けをした無礼をお許しください……。」

「そうか。さっさと殺してこい。」

 そう言うと彼女はまた駆け出した。

 どうやら彼女は、自分の従者にも黙って出て行ったようだった。

 わたしは置いてきぼりを食らった彼女の従者を殺した。

 彼女は馬を使ったようだったが、彼女は馬術の心得があったのだろうか? まぁ、今はどうでもいい話だろう。

 アルテミシア……一度も呼ぶ事が叶わなかった子供の名前。その名前は嫌にわたしの耳に残った。

 

 わたしは、ただ自室で彼女の帰りを待った。

 彼女は宵闇の刻に家を出て行ったが暁闇の刻に帰って来た。わざわざ帰って来なくともそれで逃げ出してしまえばいいのに。そうは思った。

 

「……こ、殺して参りました。あの子を……この手で。絞めて……」

 彼女の顔は涙に濡れていたが、それでもわたしに笑顔を向けた。

 なんて、馬鹿な女のだろう。

 目の前に居るのは、お前を殺そうとする殺戮卿なのに。愛が深い夫では無いのに。

「そうか」

 私は剣を抜き、彼女に一気に振り下ろした。今まで数え切れない程の人間をこの手で斬り殺したが、誰よりも彼女を斬る時は剣が重かった。

 彼女の血が部屋の床に壁に撒き散らされる。勿論、わたしの服に顔にも飛んで来た。

 

「……!?」

 

 すぐに彼女は倒れ込んだ。わたしの腕の中に飛び込んできた。

 わたしは彼女の顔を見た。彼女は健やかな笑顔を浮かべていた。まるで聖書に出てくる聖女のように。

 ……何故だ! 何故、自分の夫に斬り殺されると言うのにそんな笑顔を浮かべられる? 今まで私が斬り殺して来た者達はみんな、わたしを恐怖と憎悪の表情で見つめてたのに!

 

「な、何故……そんな、笑みをう、浮かべられる?」

「ア、アル……バート卿……わ、わたくしは……あ、貴方と少しの、間でも……す、過ごせて……し、幸せ……だった、の、です。」

 途切れ途切れに彼女はそう語った。

 何故、わたしと過ごせて幸せなのだ? わたしは世間が恐れる『殺戮卿』であるのに。何故、何故……何故?

「わ、たしは……貴方を……あい、し、て……いま、す」

 そう言って彼女の灰色の瞳は光を失った。

 彼女は、死んだのだ。わたしの腕の中で、自分を殺した男の腕の中で満足そうな笑みを浮かべながら死んだのだ。

 

「ど、どうして……どうしてだ……」

 理解が出来なかった。彼女の体はどんどんと冷たくなって行く。

「ダメだ。死んではいけない。わたしは、わたしは……お前の、言葉を……まだ、理解していない。」

 『わ、たしは……貴方を……あい、し、て……いま、す』? 

 愛とは……わたしは誰からも愛された事など無かった。

 父親は確かにわたしに1番接してくれていた。しかし、いつも父親の口から出る言葉はネクロタフィオ家の教えだけだった。少し試験の結果が良かった。だなんて話しても興味を引くことすら出来なかった。

 母親はそもそもわたしと弟を産むと部屋に引きこもってしまった。何がそうしたのか分からなかったが、母親にとって父親と結婚し子を産むのだけが義務であり、それ以上の役割は担わないつもりだったそうだ。

 その後、わたしの結婚相手探しに一役買ってくれたが、それは自分の兄の娘を紹介しただけだ。

 弟は、確かにわたしの事を気にかけてくれたかもしれない。しかし、わたしはその気持ちを真っ向から否定した。

 

 『わ、たしは……貴方を……あい、し、て……いま、す』? 

 何故、この血に塗れた『殺戮卿』を愛する?

 

「メ、メロペー……愛とは……なんだ?」

 私は初めて妻の名前を呼んだ。

 しかし、妻はメロペーは反応しない。彼女はもう息絶えているのだから。

 

 

「可哀想な義姉上。そして兄上。」

 わたしの背後に立ちそう言葉を発したのは、もう数十年と同じ家で暮らしていながらも会話を交わして来なかった弟だった。

「兄上。義姉上は貴方の事を愛していたのですよ? わたしだって、義姉上のような身も心もお美しい方が、貴方のような血に塗れた男を愛する意味は理解出来ない。

 それでも、義姉上は貴方の事を愛した。──貴方はその愛を受け入れなかった。」

 弟の言葉は私の身を裂くような痛みを与えた。

 

「兄上。それに加えて貴方は、怒り狂って癒者の話すらまともに聞かなかった。癒者は言いました。あの赤子は正しい治療を適切に行えば10年を越しても生き永らえる。」

 わたしの瞳に涙が湧いて来た。1粒、2粒と腕に抱き抱えたメロペーの顔に落ちた。

 それでは、メロペーを殺したのもメロペーに赤子を殺させたのも最初から意味の無い事だったのだ。

 ──なんて……悲劇だ。

 

「……貴方は本当に愚かな男だ。けれども、貴方の愚かさが私を正常な人間にしてくれたのかも知れませんね」

 弟の声は一気に冷め切る。背中越しで弟からの殺意を確かに感じ取った。

「わたしは貴方に殴られた15歳の頃からずっと、ずっと……貴方を殺したいと思っていた。貴方が1番理解していらっしゃいますよね? 『ネクロタフィオ家を少しでも見下す者は、誰であっても許されない』

 その言葉をわたしはこう解釈致しましょう。『ネクロタフィオ家を少しでも見下す者は、例え自身の血族であったとしても、決して許されない』」

 きっと、わたしは弟に殺されるのだろう。この静かなる狂気を抱いている弟に……。

 

「狂気を抱いた男。殺戮卿・アルバート。貴方は自分の子供を殺した妻と共に地獄で過ごせばい良い!」

 弟の剣でわたしは斬り裂かれた。

「は、はは……お前だって……お前だって狂気を抱いた男だ! セバスチャン、お前の事も地獄で待っているぞ!」

「五月蝿い!」

 そう言って弟はわたしの背中を何回も突き刺す。

 痛いと熱いが繰り返される。ただ、メロペーお前を抱きしめていれば何も恐れる事は無い。

 

「メロペー……地獄で……わ、私と……共に……やり直そう。」

 

 私の意識は鮮血に染まり、絶えた。

 

 

この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ

 

 地獄は一体何処なのだろうか?

 人生とは不条理なものだ。それは死しても尚。そうだ、ここが地獄だろう。……結局、メロペーは地獄に居なかったのだろう。

 

 メロペーは、自分の子供。アルテミシアを殺してなど居なかった。

 彼女は自分の姉に託したのだ。メロペーは結局1回も手を汚す事なく死んだ。裁かれる罪など無かった。

 ならば、地獄に堕ちる必要も無い。メロペーは天国で光と共にあればいい。

 一方、わたしのこの身はこの上ないほどに穢れている。

 この煮えたぎる血の川、フレジェトンタ。そこに漬けられ、いつ終わるか分からない苦痛に悶える。

 罪には罰がいるものであり、わたしは裁かれる者なのだ。

 

 わたしはこの永遠の罰を受けよう。

 この罪が赦されるまで罰を受け続けよう。そして、いつかの時にメロペーと再会出来るよう祈りを捧げよう……。




◆コラム◇
アルバート・ネクロタフィオ:
 或る伯爵さん
 5話ぐらいから存在が仄めかされていた人。多分シルヴィアの祖先。
 『殺戮卿』と呼ばれていて恐れられていた。弟を殴り、それ以来口を効いていなかった。
 33の時に母の紹介により従姉妹のメロペーと結婚する。子供が出来るが体の弱い子だったので殺そうとするが、紆余曲折あってメロペーに1年の猶予を与える。
 結局、メロペーを殺した。愛を理解していない組。その後、弟のセバスチャンに殺される。
 死んだ後、地獄に堕ちた。煮えたぎる血の川、フレジェトンタにずっと漬けられる。という罰を受け続けている。

メロペー・ネクロタフィオ:
 旧姓ブラック。次女である。
 アルバートに嫁いできた。従姉妹婚である。子供を出産するが最初は息をしていなかった。どうにか伝手である賢女に頼み込んで生き返させてもらう。但し、体が弱く夫に殺されそうになるが懇願して1年の猶予を与えられる。
 子供にはアルテミシアと名付ける。森に向かい自分の手で殺す……のだが、姉に託した。その為、地獄行きは回避している。
 その後、夫に殺される。どうしてかは分からないが、メロペーはアルバートを愛していた。

セバスチャン・ネクロタフィオ:
 アルバートの弟。アルバートよりも生きるのが上手だった。
 自分は正気だと思っているが、十分狂っている方。アルバートですらやらなかった兄弟殺しをしている。
 何故、義姉であるメロペーが兄を愛したのか理解に苦しんでいる。

アルテミシア・ネクロタフィオ:
 生まれた時には死にかけており、10年の命と宣告を受けたり散々な赤子。ただ、しっかり治療すれば長生き出来ると癒者は語っている。
 母であるメロペーに殺された。と言う事になっているが、メロペーの姉に預けられた。その後は不明。

この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ:
 ダンテの『神曲』の地獄篇にて登場する地獄の門に記されている文字。東京と静岡にレプリカがある。

煮えたぎる血の川、フレジェトンタ:
 上記と同じくダンテの『神曲』の地獄篇にて登場する地獄の中の1つ。第七圏暴力者の地獄、第一の環隣人に対する暴力に存在する川。隣人の身体、財産を損なった者が漬けられている。

余談語りパートです:
 みてもみなくてもどうでもいい作品の余談、裏話みたいな事を書いています。
 https://privatter.me/page/67a0ddb3901a1


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