クリフォード・プリンス
私は決して彼女に恋をしていた訳では無い。彼女の才能を羨ましがっていただけだ。
◆
私が彼女と初めて出会ったのは確か、互いに5歳の頃の話だったと記憶している。彼女は私の母の従姉妹の子供。つまり私から見れば、はとこだった。
初めて彼女と彼女の母親が家を訪れた際、両親と彼女の母親は深刻な表情で話し込み始めた。
何やら複雑で大人の事情が多分に含まれており、子供の聞く話ではないそうだった。母は同い年なのだから、彼女の相手をしてあげなさい。と言った。
彼女が通された部屋に向かうとメイドが居る部屋で難しい顔をして本を読んでいた。
私はその本が何かは知っていた。最近の魔法薬研究についてまとめられた本だ。私も母がその本を持っているので表紙だけは見た事があった。私も少しだけ読ませて欲しい。とせがんで見せてもらったが、とても5歳児の読むような本で無かった。それは50になった今でも強く思う。
「ねぇ、魔法薬……好きなの?」
私は恐る恐る彼女に近付いて、そう聞いてみた。彼女はやっと本から顔を上げて私を見つめた。
「うん。大好き。……私ね、どんな病でも治せる魔法薬を作れるようになりたいの。……それが出来なかったとしても、私は……人を救える人になりたい」
彼女のその灰色の瞳には確かに炎が揺れて見えた。今でも忘れられない美しく、そして強かな信念を持った瞳だった。
「す、すごいね……」
その当時の私はそれしか言えなかった。私は、難しい本を読んでいる彼女をただ黙ってみているしかなかった。部屋は十分に気不味い空気が醸造されていっていた。
その日の会話はそれだけだった。
しかし、またその少し後に彼女は母親と共に家を訪れた。また前回と同じく、彼女の相手をして上げなさい。と言われた。
「あ、あの……私、この家の庭を見てみたい!」
「え……多分、いいと思うけど……」
メイドが見守る中、彼女と私は庭に向かった。庭は母の趣味で、非常に多くの薬草が植わっている。彼女はまるで飼い猫を見るような目で見ていた。
それに、あまりにも私が頓珍漢な顔をしていた所為だろう。彼女は私に薬草の名前と何に使えるか、どんな効用があるのか。を懇切丁寧に教えてくれた。
彼女が薬草について語る時の表情はとても眩しかった。
私は、彼女達が立ち去り夕餉を取った後、寝る前に母に聞いた。
「彼女はあまりにも魔法薬や薬草に詳しいですが……一体、どうしてなのでしょうか?」
「彼女の母親であるフィリスは魔法薬に実に詳しいの。本当に幼い頃からよ。……私が魔法薬を真面目に学ぼうとしたのは、彼女が丁寧に教えてくれたからなの。彼女達はあちらの森を挟んだ先にあるマグルの村の端に住んでいるけれど、マグル達からは賢女って呼ばれて慕われているそうよ。ふふ……実に誇らしいわね。」
母は何処か安心したような表情で窓の向こうの森を見つめていた。
「別に……その、不満という訳では無いのですが……どうして彼女達は突然、家に来るようになったのですか?」
「……大人の事情というものよ。さ、クリフォード。もう眠る時間よ。おやすみなさい」
そう話を打ち切るように言って、母は私の部屋から立ち去った。
私は、部屋に置いてあった随分と初歩的な魔法薬の本を読み始めた。それまでの私はあまり、勉学に励む。と言う訳でも無くただ、つまらない平穏な毎日を享受していた。
私は彼女と出会って、あの少女があれだけ熱中出来る魔法薬の世界について興味を示し始めたのだった。
その後、彼女と彼女の母親は2週間に1回ぐらいのペースで私達の家に訪れていた。彼女の母親と私の両親は決まって何かを話し込んでいて、その時は私達は一緒の時間を過ごしていた。
彼女に何か魔法薬について問うと嬉しそうに知識を披露してきた。私も魔法薬について勉強を重ね、彼女ほどでは無いが知識が着いて来た。その甲斐あって、私達2人の会話は大いに弾んだ。
いつも私達を見守っているメイドはすっかり、難しい顔をして居眠りを始めるほどだった。
私はある時、彼女の魔法薬を調合しているところを見てみたいと思い、母に頼み込んで調合部屋を貸してもらった。彼女が魔法薬を作る手際はあり得ない程に素早く、私が少し放心しているとすっかり彼女の薬は調合させきっていた。
それも調合された薬は十分、正しい効果を発揮しており改めて彼女の才能に驚いた。
「私ね、ホグワーツに入るのがとっても楽しみなの。学校では最高峰の魔法教育を受けれるって聞いたからさ、魔法薬や薬草についてもっともっと詳しく勉強してみたいの! それで私は人を救える魔法薬学者になるのっ!」
彼女はそう、期待と希望に溢れた眩しい瞳で言った。「君はもう優秀すぎて学ぶ事が無いのでは無いかい?」と一瞬、口から出かけた。けれども、彼女の期待を打ち砕くのは良くない。私は言うのをやめた。
「きっと、彼女はホグワーツに入れば魔法薬学と薬草学では首席間違い無しね。それどころか、魔法学校魔法薬大会なんかに出場して大きな功績を打ち立てるかも知れないわ。」
母は偉く褒めた。私は彼女の魔法薬を調合している姿が目に脳に焼き付いて、離れなかった。
その日の深夜、私はこっそり部屋を抜け出して母の調合室で彼女が作り出した魔法薬を作ってみた。しかし、序盤で手順を誤ったのか、爆発してしまった。結局、両親にバレてしまいキツく叱られてしまった。
ただ、その次の日から母は私に魔法薬の基礎から教え込んでくれた。その時の母はいつもの母と比べて活き活きとした瞳をしていた。
私と彼女がそれぞれ6歳を迎えた年、その年も変わらずに彼女達は家に訪れていた。最初に会った時よりは随分と魔法薬や薬草に着いて知識を身に付け、技能を身につけた僕を彼女も彼女で気に入ってくれたようだった。
私に魔法薬についての意見を聞いてくる事だってあった。
その時の彼女は睡眠薬をなるべく簡単な材料で、安全に作る事を目標にしていた。彼女が語ってきた理論は、初学者の私には随分と難しい話だった。
今でも6歳児の彼女が持っている知識量としてはあまりにも凌駕している。と思う。
クリスマス前のある日。その日も彼女達は家に訪れていた。彼女の母親は少々、困ってしまった。と言う表情をしていたのをよく覚えている。
「最近、村ではよく眠れない人が多いみたいなの。みんな不安に駆られてるみたいで……。村の農作物があまりにもよく育たないから……天候や水は至って例年と変わらないのに……何がダメなのかな? 眠り薬を作ってからは、農作物が上手く育つような薬を作れないかな?」
彼女はそう語っていた。その後に「今度、一緒に考えてみよっ!」彼女はそう言ってその日は別れた。
──それが彼女と出会った最後の日だった。
◆
「──え……死んだ?」
あの森に住まう賢女は魔女として火刑台に送られ、その3日後に魔女の娘も捕らえられ母と同じく火刑台に送られ、死んだようだ。家に仕える従者が確かにそう言った。
彼女達が住んでいた村はこの1年、農作物の不作に悩まされていたそうだ。そして、どこが発端か分からぬ馬鹿げた噂話。
『治らないと考えられた病を負った者が息を吹き返すような薬を作る女が、死にかけだった赤子を取り上げた女が賢女な訳が無い。そんな賢い女は忌まわしき悪魔と契約した〝魔女〟では無いか』
そうして、村の人々はこう続けた『魔女が我々を餓死させ、食おうとしているのだ』
完全にヒステリーに陥った村の人々は、彼女と彼女の母親を捕らえ火で炙ったのだ。……なんと残酷な人間なのだろうか? なんて不条理な結末なんだろうか?
彼女は確かに他人の幸福を望み、他人の幸福の為に自分の知識や能力を磨こうとした努力家だ。彼女はいつの日か、偉業を確かに成し遂げる人だ。そう思っていた。
しかし、その救いたかった人、助けたかった人の手によって殺されてしまった。なんて悲劇なのだろうか?
父と2歳年上の兄は清々した。と語っていた。
後に知った話だが、彼女はどうやらあの『殺戮卿』アルバート・ネクロタフィオとその妻であるメロペーの殺されている筈の娘らしい。彼女の母であり、養母であるフィリスはメロペーの腹違いの姉だ。
娘は生まれた頃から、体が弱かったそうだ。何が原因かは分からなかった。
体の弱い子は要らぬ、娘を殺せ。そう夫に命令された哀れなメロペーは、娘を生かす為に丁度、夫から子供を3度水に流した咎で婚姻を無効にされた姉。フィリスを頼ったのだ。
フィリスは、自身の妹の子を我が子として育てる事を承認した。その後、メロペーは夫に殺された。メロペーを殺した夫のアルバートも結局、弟のセバスチャンに殺された。
親族殺しをやり遂げたネクロタフィオ家から養子である娘を守る為に、彼女の母親のフィリスは1番親交の深かった親族である私の母が嫁いだプリンス家を頼ってきた。と言う訳だそうだ。
父と兄はそんな哀れで、みずぼらしい母娘の事をうっすら、軽蔑していた。そしてこの度、めでたく死んだ。と言う訳だそうだ。私はその話を聞いた途端、怒りが込み上げてきた。
彼女は、アルテミシアの才能は誰だって目を見張るもので間違いないだろう。彼女は必ずや偉業を遂げる人であると私の目はそう信じて疑わなかった。
◆
ホグワーツの卒業した後、私は家を出た。元々、次男であった私を引き止める者は、母以外居なかった。その後は、1人日夜研究に明け暮れた。
私は彼女ような能力や知識は結局、身に付ける事が出来なかった。きっと、彼女がホグワーツに入学する事が叶っていれば、私以上に能力を伸ばしていただろう。彼女の生まれ持っていた才能は羨ましかった。
私はその分、努力を続けた。しかし、努力の観点でも彼女よりは劣るものだろう。と確信していた。彼女は才能があってその才能に酔う事無く、直向きに努力を続ける事が出来るような人間だった。
彼女の全てが羨ましく、そしてそんな彼女の命が6歳で奪われてしまった事がとんでもない不条理に思えた。
結局、私は50になるまで研究を続けなくてはまともに薬を作り出す事は出来なかった。幼かった彼女が語っていた理論を用いた睡眠薬。誰だって、屍のようにぐっすり眠りこける事が出来る眠り薬。
彼女が語っていたように『なるべく簡単な材料で、安全に作る事』は叶える事は出来なかったが、それでも上手く出来た方だと思った。
私は作り方などを魔法薬学会に送りつけた。あまり、彼らと自分との関係が良い訳ではないが、それでもこの『生ける屍の水薬』の成果は誰だって無視する事は不可能であろう。
服用者を深い眠りに誘う。これがあれば、どんな不安な事があったとしても一気に眠りの階段を駆け降りる事が出来る。
「……但し用法用量を誤れば、待っているのは本物の死」
私は薬瓶に詰めた『生ける屍の水薬』を2本目まで飲み切っていた。本来であれば、3口ほどで効く。そんな薬を一気に2本飲んでいる。もう後戻りは出来ない。私は死ぬのだ。
死んで、彼女からこの薬についての評価を聞きたい。彼女から薬についての改善点を聞きたい。その頃にはもう改良する事なんて出来ないが、それでもいい。ただ、彼女と話してみたかった。
50の爺さんの話を6歳の少女が聞いてくれるだろうか? ……そこはどうでも良い。
「アルテミシア……君の才能が、本当に……本当に羨ましかった。けれども、ありがとう。僕に一生取り返せないような傷跡を……魔法薬の魅力を教えてくれて……また、僕と魔法薬について語らおう……。」
なんと無くで言葉が呟かれる。これが私の最期の言葉、というやつだろう。そして、意識は暗闇にへと落ちて行った。
◇
僕は確かに死んだ筈だ。あの冬風が吹き抜ける荒屋の中、生ける屍の水薬を大量に作った大鍋の前で、生ける屍の水薬を大量摂取した後に死んだ筈だ。
しかし、僕は意識を取り戻し現世を生きている。ゴーストとなってであるが。
僕に後悔など無かった筈だ。それどころか、彼女が死んでしまってからずっと死後の世界に惹かれていた。僕はやっと、死後の世界に向い彼女と話せると思った。
されど、それは夢物語だったのか……。
「それにしても、不思議だ……」
僕の姿はゴーストになっている。と言う事以外に変化がある。学生時代の姿でゴーストになっているのだ。ご丁寧に当時所属していた、レイブンクローの制服だ。
ゴーストとは現世に未練があって成るものだ。私には未練などとっくの昔に無かった筈だ。
「──それでも生きるしかないのか。いや、死んでいるか……」
全く意味不明だった。
◇
されど、数百年の時を経て私は私がゴーストになったその真意を識る事に成る。
◆コラム◇
クリフォード・プリンス:
或る薬師さん。
秘密の部屋にて大活躍をしたシルヴィアお助けキャラの一角をオリビアと共に担っている。
アルテミシアと5歳の頃から知り合い。ただ、6歳で死別した。彼女の才能を羨ましがっていた。
アルテミシアが殺されてしまった事を非常に悲しんでいる。
ホグワーツではレイブンクロー。
『生ける屍の水薬』を完成させ、『生ける屍の水薬』ODをして死んだ。しかし、ゴースト化する。
アルテミシア:
クリフォードの母の従姉妹の娘。はとこである。
魔法薬、薬草狂い。
どんな病でも治せる魔法薬を作れるようになりたいと思っている。
魔女の娘として火炙りにされた。
フィリス:
アルテミシアの母であり養母。自身の腹違いの妹、メロペーからアルテミシアを引き受けた。
マグルの村の端に住んでおり、賢女と呼ばれている。アルテミシアに魔法薬や薬草について叩き込んでいる。
夫から子供を3度水に流した(流産)咎で婚姻を無効にされている。
クリフォードの母親とは1番親交の深く、頼っていた。
魔女として火刑台に送られ死亡。
クリフォードの母:
フィリスの従姉妹。プリンス家に嫁いできた。
従姉妹のフィリスに教えてもらって以来、それなりに魔法薬が得意。
クリフォードの父&兄:
親戚の家を頼ってくる、フィリスとアルテミシアの母娘を若干軽蔑していた。
余談語りパートです:
みてもみなくてもどうでもいい作品の余談、裏話みたいな事を書いています。
https://privatter.me/page/67ae5bdb8ceae
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