呪いの少女と祝福された世界   作:佳山針之介

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第29話 漏れ鍋

 夏休み休暇最後の日の朝、シルヴィアはそのままホグワーツへ行けるように持ち物を一通り準備し、オリビアと共に煙突飛行ネットワークを使って漏れ鍋へと向かった。いい加減、慣れたのか今回は大袈裟に転ぶことなく、静かに尻もちをつくだけで済んだ。

 すぐさま立ち上がり、周囲を見渡す。ここはいつも魔法族で賑わっている。少々酒臭いことを除けば、それなりに居心地の良い場所だ。視線を巡らせ、ハーマイオニーがまだ来ていない事を確認した。

 

 ちょうど近くでは、魔法使いの男女がシリウス・ブラック脱獄事件について議論が交わしていた。

「正気を失うと言われているアズカバンから脱獄するなんて、ブラックはとんでもない闇の魔法使いだ!」

「でも、彼はブラック家唯一のグリフィンドールだったと聞いたわ。それに、ダンブルドア側についていたって……」

「すべてのグリフィンドール生が勇敢で騎士道精神に満ち溢れているとは限らないだろう。不寛容なハッフルパフ生や、トロール並みに愚かなレイブンクロー生、純血主義ではないスリザリン生がいるように。ダンブルドアの側にいたのも、スパイとして動いていただけかもしれない。」

「う〜ん、確かにそうかもしれないわね……」

 

 シルヴィアはそんな会話をよそに、漏れ鍋の裏庭からダイアゴン横丁へと向かった。そしてグリンゴッツ銀行へ行き、あの地獄のようなトロッコに乗って硬貨を引き落とした。オリビアはトロッコには着いて来てくれなかったので、少々心細かった。

 げっそりとした様子で、シルヴィアは漏れ鍋へ戻ってきた。

 途中、ネビル・ロングボトムが『フローリシュ・アンド・ブロッツ書店』で、いかにも厳しそうなご婦人に酷く怒られているのを見かけた。また、『高級クィディッチ用具店』のショーウィンドウ前には、何故だか分からないが人だかりができていた。

 少し覗いてみると、スリザリンの自他ともに認めるクィディッチ狂い、ティモシー・ベレスフォードが饒舌に自分よりも年下な女の子に何かを語っていた。彼の話をかいつまんで聞く限り、どうやら世界一速い箒が発売されたらしい。

 シルヴィアはこれまで何かと機会を逃し、一度も箒に乗ったことがなかったし、そもそもクィディッチには微塵も興味がなかったので、どうでもよかった。

 

 漏れ鍋にはハーマイオニーはまだ来ていなかった。

「う〜ん、ハーマイオニーが来るまでどうしようかな……」

「まずは漏れ鍋でトマル為のテツヅキをしたらどうかしら?」

 シルヴィアはオリビアの提案通りに漏れ鍋で宿泊予約を取り、部屋を確保して荷物を放り込んだ。その後、店主にハム&チーズトーストと紅茶を注文し、少し遅めの朝食を取ることにした。

 オリビアにも梟用の餌としてハツカネズミを買い与えた。オリビアは嬉しそうに食べていたが、少々グロテスクな様子だったので、シルヴィアは直視出来なかった。

 その後朝食を食べ終え、オリビアと共に睡眠欲の揺籠に揺らされていると漏れ鍋のマグル側の入り口が開いた。すると、見覚えのある栗毛色の少女が入ってくるのが目に入った。

 

「あ、シルヴィア!」

 栗毛色の少女、ハーマイオニー・グレンジャーは嬉しそうにシルヴィアの方へ駆けて来た。シルヴィアは眠い目を擦りながら立ち上がる。

「ハーマイオニー!」

 ハーマイオニーはシルヴィアの記憶の中にあるよりも、ずっとこんがりと日焼けをしていた。夏休み休暇を多いに楽しんだ事が一眼で分かる。

「フランスはどうだった?」

「もう、最高っ! まずパリに行ってからディジョンって言う街に行ったんだけど、イギリスとはまた違った街並みで良かったわ。ママとパパはワインが美味しいって言って、ずっと飲んでいたのよ。私もずっとパンを食べ続けちゃった。その所為でちょっと太っちゃったのよね」

 そうハーマイオニーは若干の罪悪感で蝕まれた表情になっていた。シルヴィアから見れば、ハーマイオニーの体型は先学期となんら変わりは無かった。

「それに、手紙にも書いたようにフランスには、いくつか興味深い魔法の地方史があったの。

 例えば、武勲詩(ぶくんし)って言う叙事詩の中で『ルノー・ド・モントーバンの物語群』に登場するモージって言う魔法使いが居たそうなの。彼は妖精に育てられたようで、尚且つ騎士でありながら、魔法にも精通していたようなの。まるで、ゴドリック・グリフィンドールみたいね。

 まぁ、ちょっと要素詰め込みすぎな気もするけど……。それで、従兄弟のルノー・ド・モントーバンと共に活躍を残したそうよ。

 彼もまた、ボーバトン魔法アカデミーに通っていたみたいなの。」

 シルヴィアはすっかり目を白黒させていた。これは自分の頭が弱いのか、ハーマイオニーが早口なのか何の所為か分からない。

「それは多分、どっちもゲンインになるんジャナイカシラ?」

 オリビアがそう言ったので、シルヴィアは色んな意味で落ち込んだ。

 

「──他には、死を恐るあまり吸血鬼になって永遠を手に入れたミシェルって言う魔女の物語とか……ローマ帝国時代の魔法使いが呪いをかけた宝石の原石を、運悪く掘り当ててしまったマグルの物語とか……。

 その中で特に興味深かったのは、ゲラート・グリンデルバルトとあのダンブルドア校長の戦いよ!」

「え、ダンブルドア校長先生って、フランス生まれなの?」

「いえ、ダンブルドア校長はイギリス出身だわ。グリンデルバルトの方がダンブルドア校長から逃げていたみたいなの。グリンデルバルトは、あの『例のあの人』を凌駕するような闇の魔法使いで、欧州やアメリカを恐怖に陥れたそうよ」

 シルヴィアは魔法界とはいつの時代にも悪役が居るものなのか。と若干、呆れた。

「人間って……こう、愚かなんだね……」

「歴史はクリカエスってイウやつよ」

 シルヴィアの呟きをオリビアは拾ってそう言った。

 

「さ、そろそろ教科書を買いにダイアゴン横丁へ向かいましょう。」

 そう促されてハーマイオニーの両親に一言挨拶をしてからダイアゴン横丁へ向かった。

 シルヴィアは今年の教科書リストを眺める。

 

3年生(魔法生物飼育学・マグル学受講者)は次の本を用意するように

 基本呪文集(3年生) ミランダ・ゴズホーク著

 中級変身術 エメリック・スィッチ著

 完全妖怪撃退マニュアル:実践防衛術 サミュエル・ロビンソン著

 闇の生物から身を守る100の方法 タミー・ウェブスター著

 怪物的な怪物の本 リチャード・ヒル著

 魔法なき世界 ジョナサン・ジャーヴィス著

 

「良かったわね、コトシの闇の魔術に対する防衛術のキョージュはまともそうよ」

 オリビアはそう言った。ただ、魔法生物飼育学の教科書と見られる『怪物的な怪物の本』と言う本は、タイトルからあまりいい予感のしない。本当に、今年のホグワーツは大丈夫なのだろうか?

「そう言えば、シルヴィアはハリーを見かけていないかしら?」

「ハリー? えっと、見かけてないけど……?」

 シルヴィアはここ来てからネビルとティモシー以外の顔見知りのホグワーツ生徒を見かけていなかった。よく考えれば、もう少しぐらいホグワーツ生が居てもいいのに。と思っていたところだ。

「そうなのね……どうやら、夏休み休暇中にロンがハリーの電話をかけたそうなの。そしたら、叔父さんに酷く怒鳴られてしまったそうで……。その後も、どうやら叔母さんを膨らませてしまったようなの! ……これ以上何事も無ければいいけど……」

「な、なんだか……災難に見舞われているみたいだね……」

 シルヴィアは静かにハリーに同情した。

 

「着いたわね」

 ハーマイオニーの声と共にシルヴィアが顔を上げるといつの間にか、フローリシュ・アンド・ブロッツ書店に辿り着いていた。

 本屋のショーウィンドウを見てシルヴィアは驚いた。例年だと飾ってある枕程のサイズがある大きい金箔押しの呪文集が消え、ショーウィンドウには、大きな鉄の檻があった。その中には約100冊ほどの本が入っている。

『怪物的な怪物の本』だった。凄まじい攻防を本同士で繰り広げていた。その所為で本のページが千切れて、そこら中に飛び交っていた。

 シルヴィアの嫌な予感は大体、当たった事になってしまった。

 2人で書店に入ると店長が急いで寄って来た。

「ホグワーツかね? 新しい教科書を?」

 店長は性急に言って、シルヴィアとハーマイオニーの返事も待たないまま「どいて」と言い、2人を押しのけた。分厚い手袋をはめて、太いゴツゴツとした杖を取り上げ、店長は怪物本の入り口へと進み出た。

 その後の様相はとても書店で見られるものではなかった。まるで猛獣を扱うような仕草に2人はその本を受け取る事が恐ろしく感じた。

 結局、店主は2回ほど噛みつかれながら2冊本を取り出した。幸いな事に店主の杖で20回は叩かれていた為、本はすっかり静かになっていた。

「もう、2度と仕入れるものか! 2度と! お手上げだ! 『透明術の透明本』を200冊仕入れた時が最悪だと思っていたのに──あんなに高い金を出して、結局どこにあるのか見つからずじまいだった……えーっと、何か他に御用は?」

 店主は散々悪態をついてから元のテンションに戻り、2人を見た。

 

「えぇっと……3年生用の『基本呪文集』と『中級変身術』、『完全妖怪撃退マニュアル:実践防衛術』、『闇の生物から身を守る100の方法』を、それぞれ2冊ずつください」

 まず、ハーマイオニーがそう注文した。店主は「はいはい、分かりました」と落ち着いた様子で答え、店内をぐるりと1周した。戻ってきたときには、指定された本をそれぞれ2冊ずつ抱えていた。

「シルヴィアが先に注文していいわよ」

 ハーマイオニーがそう囁いてきたので、シルヴィアはマグル学の指定教科書『魔法なき世界』を注文した。その後、ハーマイオニーは「私は少し時間がかかるから」と言い、シルヴィアに店の外で待つよう伝えた。

「それじゃあ、フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリーム・パーラーのテラスで待ってるね」

 そう言って、2人は別れた。

 

 シルヴィアは小脇に本を抱えながらダイアゴン横丁を歩き、フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリーム・パーラーに向かった。

「ねぇ、オリビア。何味がいいと思う?」

「ソンナノ、貴女の自由にしなさいよ。人に聞くハナシじゃないと思うわよ。」

 オリビアにそう正論を言われ、シルヴィアは若干悩んだ後にチョコレート味を選んだ。

 そして、1番通り側の席に座ってアイスを食べ始めた。シルヴィアが頼んだアイスはスモールサイズだったのですぐ食べ終わった。それでも、ハーマイオニーはやって来ないので早速、教科書を開いた。(『怪物的な怪物の本』は開く勇気が無かったので開かなかった)

 闇の魔法に対する防衛術の指定教科書、『完全妖怪撃退マニュアル:実践防衛術』と『闇の生物から身を守る100の方法』にはシルヴィアが知らない妖怪、闇の生物が沢山載っていた。

 中でもシルヴィアが恐ろしいと思ったのは吸魂鬼(ディメンター)だった。

 吸魂鬼は腐敗した灰色の肌で、黒いローブを常に被っている。そして、浮遊しながら辺りに冷気を放っているようで、人間の感情、幸福感を餌として貪るそうだ。

 また、『吸魂鬼の接吻(キス)』は人の魂を吸い取り、吸い取られた者は廃人同様になると書かれていた。

「吸魂鬼は、かのシリウス・ブラックがダツゴクしたアズカバンの看守をしているのよ。それが故にマホウゾクはアズカバンを恐れているわけね。」

 シルヴィアは夏真っ只中だと言うのに、ブルっと震えて早々に教科書を閉ざしてしまった。と言うか、闇の生物を監獄の看守にするとか正気の沙汰なのだろうか? シルヴィアは魔法界の倫理観を疑った。

 

 次に開いたのはマグル学の指定教科書『魔法なき世界』だ。本を開いて目次を見てみれば、いくつかの章に分かれていた。全8章でシルヴィアはこの教科書の分厚さを納得した。

 『第2章:マグルの移動方法』にはあの漏れ鍋を出た所を走っている〝車〟や、ロンドンの地下に張り巡らされているらしい〝地下鉄〟について詳しく書かれていた。ただ、教科書を読んでもあまり分からなかった。

 車が動く原理として、“エンジンで発生したエネルギー(回転力)によってタイヤが回転し、動き出す”と言ってもシルヴィアはエンジンを知らなかった。

 その次の行には、確かエンジンについての解説が書かれていたが、あまり読む気にはならなかった。

 また、章の最後の方には“マグルは現在、空の上(宇宙)へ向かっている”と言う記述を見つけて、空とは眺めるだけでは無くて行くものなのか……とシルヴィアは、若干マグルに対して畏敬の念を抱く事になった。

 『第4章:マグルの芸術文化』はマグルの芸術作品が並べられているだけのページがいくつかあったので、普通に面白いと思いながら見ていた。

 その間、オリビアはパラソルの下、居眠りを始めていた。

 

「待たせてごめんなさいね」

 ハーマイオニーはやたらと重量がありそうな紙袋を右手に、バニラアイス左手にやって来て、シルヴィアの隣に座った。

「シルヴィアは魔法生物飼育学とマグル学を選択したのね。」

「うん。魔法生物と関わるってやっぱり、将来的には必要だと思って。それと、私はマグルについて全然知らないし……」

 ハーマイオニーはバニラアイスを一口食べた。

「そう言えば、シルヴィアは将来何に成りたいって言っていたかしら?」

「私は……魔法薬学者になりたいの。両親がそうだったみたいだし。……両親って言っても養父母だけど……」

 シルヴィアはそう言ってマグル学の教科書をまた捲った。『第7章:マグルの社会構造』と言う章でやたらと難しそうな単語が並んでいた。

「シルヴィアの養父母さんは……どんな人だったの?」

「それが、全然覚えていないんだよね……。名前だけしか知らない……」

「そう……なのね……。因みに、名前は? 魔法薬学者だったら、もしかしたら、だけど……論文とかが残っているかもしれないわよ」

 シルヴィアはそう言われて、ハッとした。養父母の名前が分かっているならば、何故養父母の成果を探そうとしなかったのだろうか?

「えぇっと……ヘンリー・ローズブレイドとオフィーリア・ローズブレイド……。養母の方の旧姓はブラックだったみたい……」

 ハーマイオニーは少し悩んでから思い出した! の表情になった。

 

「確か、ヘンリー・ローズブレイドは『生命の露』って言う飲んだら体力が回復するって言う薬を作っていた。と聞いたことがあるわ。

 オフィーリア・ブラックの方は変人で実力はあるのに、その実力を全ておかしな方向に使う事で有名だったそうよ」

「それと、2人は共同研究でいくつか薬を作っていて、『美食の妙薬』って言う何食べても美味しいって感じる魔法薬。それに、『忘憂の雫(オブリヴィオス・ティアーズ)』って言う悲しい記憶が薄れ、気持ちが楽になる薬の開発に成功したそうよ。

 あ、けど……『オブリヴィオス・ティアーズ』の方は確か、改良されたものが実用化されているようだけど……確か、改良したのは……スネイプ先生じゃ無かったかしら……?」

 シルヴィアはただただ、驚いていた。そんな事、何処に書いてあったのだろうか? 魔法薬の名前だけは聞いた事はあるが、作成者まで知らなかった。魔法薬や薬草は好きだが、あまり読書をしないから知らなかったのだろうか?

「なるほど……ホグワーツに行ったら早速、それについて調べてみるよ。ありがとう、教えてくれて」

「いえいえ、そう言えば聞き忘れていたけど夏休みの宿題は全部終わらせた?」

「うん。勿論! 魔法薬学のレポートなんか、ちょっと多めに書いちゃった。」

 そう言ってシルヴィアはテヘヘと笑った。

「シルヴィアは魔法薬のレポート何について書いたの? 私は元気爆発薬の原理についての考察で書いたのだけど」

「え〜っとね、完全な脱狼薬について、で書いたの。養母か実母かは分からないけど、完全な脱狼薬について研究していた跡が家にあったから……」

 ハーマイオニーは感心した様子でシルヴィアを見ていた。

 

「あ! ハーマイオニー! それに、えぇっと、シルヴィアも!」

 そう言ってやって来たのは燃えるように真っ赤な赤毛を持つ少年、ロナルド・ウィーズリーことロンだった。

「やっと会えたよ!」

「あら、ロン。エジプトはどうだったかしら?」

 その言葉でシルヴィアはウィーズリー一家がエジプトに行っていた事を思い出した。シルヴィアにとっては、欧州ですらまともに知らないのにエジプトだなんて異世界もいい所だった。

「最高だったさ! 僕の1番上の兄貴のビルが墓地と言う墓地を全部案内してくれたんだけど、古代エジプトの魔法使いがかけた呪いって信じられないほど凄いんだ! ママなんか、最後の墓地にはジニーを入らせなかったくらい。

 墓荒らしをしたマグルがミュータントになって、頭がたくさん生えて来ているのやらなんやら、そんな骸骨がたくさんあったよ」

 ロンは得意げに語ったが、最後のそれは観光地にしていいのかシルヴィアにとって甚だ疑問だった。

「それに、見てご覧よ! ピカピカの新品の杖さ。33cm、柳の木、ユニコーンの尻尾の毛が1本入っている。」

 心底嬉しそうに新しい杖を2人に見せつけた。

「そう言えば、ロン。ハリーを見ていない?」

「それが見ていないんだ……一応、漏れ鍋にも行ってみたんだけど、もう出ちゃったって言われたんだ。それで、フローリシュ・アンド・ブロッツにも行ってみたし、マダム・マルキンのとこにも──」

「あ、あれって……ハリーじゃない?」

 シルヴィアが道の向こうを指さした。そこには確かに翡翠の瞳を持ってクシャクシャの髪の毛。そして、丸い眼鏡をかけた少年。ハリー・ポッターが歩いていた。

「ああ、本当だ! ハリー、ハリー!」

 ロンがハリーを呼び止める。ハリーはこちらを向くと嬉しそうな笑みを浮かべ、こちらへ駆け寄って来た。

「やっと会えたよ! 君、漏れ鍋に居ないから何処に行ってしまったかって……」

「ご、ごめん……。僕、学校に必要な物は先週買ってしまったんだ」

 ハリーが申し訳なさそうに説明した。

「ところで、僕が漏れ鍋に泊まっているって、どうして知っていたの?」

「パパさ」

「ハリー、ほんとに、ほんとの本当に叔母さんを膨らませちゃったの?」

 ハーマイオニーがあまりにも大真面目に聞いていたもので、ロンは大爆笑しシルヴィアも少し笑いが込み上げて来た。

「そんなつもりはなかったんだ。ただ、僕、ちょっと……キレちゃって……」

「ロン、笑うような事じゃないわ(ハーマイオニーは言い付けるように言った)ほんとよ。むしろ、ハリーが退学にならなかったのが驚きだわ」

「僕もそう思っている。……退学処分どころじゃない。僕、逮捕されるかと思った」

 ハリーの声音は心底疲弊している。と言う様子だった。ハリーは夏休みの間、災難に見舞われていたようだ。

「ファッジがどうして僕の事を見逃したのか、君のパパ、ご存知でないかい?」

「多分、君が君だからだ。違う?」

 ロンが大抵、そう言うものだろう。と言いたげに肩を窄めた。

 

「そうよ、イキノコッタ男の子ハリー・ポッターだからこそユルサレタのよ。シルヴィアはキヲツケナサイ。」

 オリビアはいつの間にか起きていて、そう言った。

「う、うん……」

 シルヴィアは去年度、ロックハートの部屋で魔力を暴走させた一件を思い出し、気を病み始めた。自分が抑えられなかったら、人が死んでしまうのかもしれない。そう言った恐れがシルヴィアをゆっくりじっくりと蝕んできた。

 

「なんでマグル学なんか取るんだい? シルヴィアが取るのは、まぁ理解出来るけど、ハーマイオニー。君はマグル生まれだろう? パパとママはマグルだろう? 君にとってはマグルの事なんかとっくに知っているだろう?」

「だって、マグルの事を魔法的視点から勉強するのってとっても面白いと思うわ」

 シルヴィアは、選択科目を決めるあの時期にヴァージル・マグワイアがそんな事を言っていた事を薄ら思い出した。

 

「私、まだ10ガリオン持っているわ。私のお誕生日、9月なんだけど、自分で一足早くプレゼントを買いなさいって、パパとママがお小遣いを下さったの」

「え!? そうなの……ご、ごめん……な、何も……用意して……ないや……」

 ロンが冷やかしの言葉を言う前にシルヴィアが大声で謝った。

「いや、シルヴィアはいいのよ。こう、なんやかんやで誕生日がいつだって教えていなかったし」

 そう言ってハーマイオニーはハリーとロンを睨んだ。

「じゃ、じゃあ……私が何か買ってあげるよ。今まで分って事でさ……」

「え、いいの? ……じゃあ……私、とっても梟が欲しいの。ハリーにはヘドウィグが居るし、シルヴィアにはオリビアが居る。ロンにはエロールが──「僕のじゃないさ。エロールは家族全員の梟なんだ。僕にはスキャバーズきりいない」

 ロンはそう言ってポケットからペットのネズミを引っ張り出した。

「こいつをよく診てもらわなきゃ。どうも、エジプトの水が合わなかったらしくて」

 ロンがスキャバーズをテーブルの上に乗せた。その途端、オリビアの瞳が狩猟モードに変わった気がしたので、シルヴィアはオリビアを抑えた。スキャバーズは随分と痩せて見えたし、髭は見るからにだらりとしていた。

「すぐそこに『魔法動物ペットショップ』があるよ。ロンはスキャバーズ用に何かあるか探せるし、シルヴィアはハーマイオニーに梟が買える」

 そこでシルヴィアはオリビアを抱き上げた。そうして、4人はフローリアン・フォーテスキュー・アイスクリーム・パーラーのテラスから離れ、道を渡って目的の店へ向かった。

「まさか……ナルホド……」

 オリビアは何かを呟いていたが、シルヴィアはハーマイオニーに対してどんな梟が欲しいかのヒアリングをしていた為、聞いていなかった。

 

 魔法動物ペットショップの中は狭苦しく、壁は隙間なくびっしりとケージで覆われていた。臭いがプンプンする上に、ケージの中でガーガー、キャッキャッ、シューシュー騒ぐので喧しかった。

 先客が居たので、4人はケージを眺めながら待った。暫くすると先客は立ち去り、ロンがカウンターに向かった。

「僕の鼠のことなんですが、エジプトから帰って来てから、ちょっと元気がないんです」

「カウンターにバンと出してごらん」

 カウンターの向こうの女性がポケットからがっしりとした黒縁眼鏡を取り出した。

 ロンは内ポケットからスキャバーズを取り出し、似たようなネズミのケージの隣に置いた。飛び跳ねていた鼠達は遊びをやめ、よく見えるように押し合って金網の前に集まって来た。

 

「ふむ」

 スキャバーズを摘み上げて女性はじっくりと観察し始めた。

「このネズミは何歳なの?」

「知らない。かなりの歳。前の兄のものだったんです」

「どんな力を持っているの?」

 スキャバーズを念入りに調べながら女性は聞いた。

「えー……」

 ロンがつっかえた。女性の目がスキャバーズのボロボロの左耳から、指が一本欠けた前足に移った。ここで、シルヴィアは自分の腕の中のオリビアの様子が変な事に気が付いた。

「オリビア、あの鼠はロンのだから食べちゃダメだよ?」

 シルヴィアは言い付けるように言った。しかし、オリビアは返事をしなかった。

「酷い目に遭って来たようだね。このネズミは」

「パーシーに貰った時からこんな風だったよ」ロンは弁解するように言った。

「こう言う普通の家ネズミは、精々3年の寿命なんですよ。お客さん、もしもっと長持ちするのが良ければ、例えばこんなのが……」

 そう言って女性は黒鼠を指し示した。途端に黒鼠は縄跳びを始めた。

「目立ちたがり屋」ロンが呟いた。

「別にお望みじゃないなら、この『鼠栄養ドリンク』を使ってみてください。それと、これはもう生産中止されて1箱しか無いのですが、『鼠用お菓子』もお付けしますよ。」

 そう言って女性はカウンターの下から小さな赤い瓶と小さな長方形の箱を取り出した。

「オーケー、いくらですか? ──あ、いたっ!」

 ロンは身を屈めた。何やら大きいオレンジ色のものが1番上にあったケージの上から飛び降り、ロンの頭に着地したのだ。

 シャーッシャーッと狂ったように喚いて、スキャバーズめがけて突進した。

「コラッ! クルックシャンクス、ダメ!」

 女性が叫んだが、スキャバーズは石鹸のようにツルリと女性の手をすり抜けて、無様にベタっと床に落ち、出口めがけて逃走した。

「スキャバーズ!」

 ロンが叫びながら後を追って、ハリーもそれに続いた。シルヴィアも続こうとしたが、ハーマイオニーに止められた。

 

「シルヴィア、私あの猫を飼いたいわ」

「えぇ!? ロンの鼠を殺しかけたあの猫を!?」

 シルヴィアは普通に驚いてしまった。それに、クルックシャンクスと呼ばれたその猫はお世辞にも可愛らしいとは言えなかった。毛はふわふわとしていて可愛いが、ちょっとガニ股で、気難しそうな顔はおかしな具合に潰れていた。

「〝ぶさかわ〟ってヤツよ。おトモダチの願いよ? 買ってアゲナサイヨ」

「え? う、うん……」

 オリビアにも言われてしまい、シルヴィアはあまり納得していない様子で財布を広げ店主の女性に言われた額を支払った。

 

 

 ハーマイオニーが1通りの説明を聞き終わってから、ロンが置いて行ってしまった『鼠栄養ドリンク』と『鼠用お菓子』を持って出て行った。

「まだ『鼠栄養ドリンク』は分かるけど……『鼠用お菓子』って作った人、どれだけ鼠好きなんだろう?」

 シルヴィアは一応、ハーマイオニーに話しかけるように言ったが、ハーマイオニーは自分の腕の中に居る猫を可愛がっていて、聞いていなかった。

 

「君、あの怪物を買ったのか?」

 ロンとハリーがやって来た。ロンは口をあんぐりと開けながらそう言った。

「この子、素敵でしょ、ね?」

 ハリーとロンはシルヴィアに目配らせした。シルヴィアは少々呆れたような表情を見せた。その表情を見て安心したのか、2人は一旦息を吐き出した。

「ハーマイオニー、そいつ、危うく僕の頭の皮を剥ぐところだったんだぞ!」

「そんなつもりはなかったのよ、ねぇ、クルックシャンクス?」

 3人は呆れた様子でハーマイオニーを見ていた。

「それに、スキャバーズの事はどうしてくれるんだい? こいつは安静にしてなきゃいけないんだ。そんなのに周りをウロウロされたら安心出来ないだろう?」

「あ、それで思い出したわ。ロン、あなた『鼠栄養ドリンク』と『鼠用お菓子』を忘れていたわ」

 その言葉でシルヴィアは思い出したように、ポケットの中に一旦入れておいた小さな赤い瓶と小さな長方形の箱をロンに手渡した。

「それに、取り越し苦労はおやめなさい。クルックシャンクスは──」

 ハーマイオニーとロンの皮肉の言い合いは非常に無益な物で、ハリーとシルヴィアは2人を引っ張るように漏れ鍋に向かった。

 

 漏れ鍋にはウィーズリー氏がバーの古ぼけた椅子に座りながら、日刊予言者新聞を読んでいた。

「ハリー! 元気かね?」

 ウィーズリー氏は一行の存在に気が付くと、ハリーに笑いかけた。

「はい、元気です。」

「それは良かった! それに、ハーマイオニーとミス・ネクロタフィオも、ご機嫌よう!」

 4人は買い物をどっさりと抱え込んでウィーズリー氏の傍に座った。ウィーズリー氏が読んでいる新聞には、あの脱獄囚シリウス・ブラックの顔が載っていた。

「それじゃあ、ブラックはまだ、捕まっていないんですね?」

「うむ……魔法省全員が通常任務を返上して、ブラック捜しに努力して来たんだが……まだ吉報が無い」

 ウィーズリー氏は極めて深刻な表情を見せた。

「僕たちが捕まえたら賞金、貰えるのかな? また少しお金が貰えたらいいだ──「ロン、馬鹿な事言うんじゃ無い」

 ウィーズリー氏は緊張した様子で言った。

「13歳の魔法使いにブラックを捕まえられるわけが無い。奴を連れ戻すのは、アズカバンの看守なんだよ。肝に銘じておきなさい」

 その時、ウィーズリー夫人が漏れ鍋に入って来た。山の方に買い物を抱えていた。

 彼女の後ろに引き連れているのは、あの悪戯好きの双子。フレッド、ジョージ。そして、グリフィンドールの監督生であるパーシー。末の妹のジネブラだった。シルヴィアでも一応、名前は知っていた。一度も話したことが無いが……。

 ジネブラ・ウィーズリーはハリーを見るなり、顔を真っ赤にさせて母親の後ろに隠れて消え入るように「こんにちは」と言った。

「ハリー、お目にかかれて誠に誠に嬉しい」

 パーシー・ウィーズリーはハリーと何度も話した事があるだろうに、まるで初対面であるかのよう、真面目に挨拶をした。

「やあ、パーシー」ハリーは必死に笑いを堪えていた。

「お変わりないでしょうね?」

 ハリーと握手をしながらパーシーは言った。ハリーが何か答える前にフレッド、ジョージが乱入して来た。

 

「なんだか、ウィーズリー一家って憧れるわ。私、一人っ子だから家がいつも静かだもの。こんなに人がいれば賑やかに違いないわ」

 ハーマイオニーがそう感慨深そうに言った。

「そうだね。私もオリビアしか家に居ないし……それに、家族ももう居ないし……。良いよね……」

 シルヴィアはウィーズリー一家を見て、家族というものに憧れを持っていた。

 

「ハーマイオニーにミス・ネクロタフィオ? 君達も明日、一緒にキングス・クロス駅へ行こう。ロンドンの何処にブラックが潜んでいるのか分からないんだ。みんなにで行動するに越した事ない」

「はい」

 ウィーズリー氏の言葉に2人は返事をした。

 

 その夜の夕食は楽しかった。

 宿のトムと言う亭主が食堂のテーブルを3つ繋げてくれて、ウィーズリー一家の7人。ハリー、ハーマイオニー、シルヴィアの全員がフルコースの美味しい食事を次々と平らげた。(尚、シルヴィアは食べる前、トムに食事の量は少なめにしてほしいと頼んだ)

 

 それに、ウィーズリー一家が抱いていたシルヴィアに対する不信感や恐怖心がついに解消された。

 「ネクロタフィオだなんて言うから怖い人だと思っていたの。けど、現実は違ったわ。ただの可愛らしいお嬢さんだった。」そうウィーズリー夫人が謝り、「やはり、人を属性だけで判別するような大人にはなってはいけないな」とウィーズリー氏が酒を飲みながら言った。

 その後、他のウィーズリー一家とも打ち解け合い、最終的にはジニーとは愛称で呼ぶようになった。また、ジニー、ハーマイオニー、シルヴィアの3人で女子(ガールズ)トークをし、とっても楽しい食事会になった。

 

「パパ、明日、どうやってキングス・クロス駅に行くの?」フレッドが豪華なチョコレート・ケーキにかぶりつきながら聞いた。

「魔法省が車を2台用意してくれる」

 その言葉を聞いて、みんな一斉にウィーズリー氏の顔を見た。

「お父さん、どうしてお役所から車が来るんですか?」

 パーシーがそう丁寧に聞いた。

「そりゃ、私達にはもう車が無くなってしまったし、それに、私が勤めているのでご好意で……」

 何気ない言い方だったが、ウィーズリー氏の耳は真っ赤に染まっていた。

「大助かりだわ! みんな、どんな大荷物なのか分かっているの? マグルの地下鉄なんかに乗ったら、さぞかし見ものでしょうよ……。みんな、荷造りは済んだんでしょうね?」

 ウィーズリー夫人の言葉にシルヴィアはハッとした。

「ま、まだしていません! してきます!」

「私もまだ、クルックシャンクス用の餌を入れてないわ……」

 皆が皆、各々何かを言いながら食事を掻き込んで、それぞれの部屋へ駆け上がっていた。

 

「え〜っと……あれ? マグル学の教科書は……あ、ここね。羽根ペンもインク壺も……大丈夫、入ってる」

 シルヴィアは自分の荷物の検品をしていた。

 最後に、魔法薬学のレポート用紙が入っているのを確認したら、シルヴィアは疲れ切ってしまってベッドへ飛び込み横になった。

 

「じゃあ、オリビア……明日の朝、起こしてね〜」

 シルヴィアは微睡の中、椅子の背もたれに留まっているオリビアに対して、そう言った。オリビアは何かを言っていたが、そんなのお構い無しに、シルヴィアの意識は暗闇の奥底へと落ちて行った。






ティモシー・ベレスフォード:
 シルヴィアと同学年のスリザリン生。自他認めるクィディッチ狂い。ただ、自分は箒に乗るのが得意では無い。

モージ:
 「フランスの話材」を扱った武勲詩、ロマンスなどに登場する人物。今作ではボーバトン魔法アカデミーに通っている設定がくっついた。

武勲詩:
 フランス文学黎明期に現れた叙事詩のこと。最も早いもので11世紀後期から12世紀初期に作られている。

ミシェルと言う魔女の物語/運の悪いマグルの物語:
 話の本筋には一切関係しない分かる人には分かるかもしれないネタ。

ゲラート・グリンデルバルト:
 ヴォルデモートに次いで歴史に爪痕を残した闇の魔法使い。魔法族が正体を非魔法族へ表し、彼らを屈服させるという思想を掲げた。

闇の魔術に対する防衛術の指定教科書:
 ルーピン先生って結構、妖怪相手の授業が多いからのラインナップ。著者名含めて全部捏造。

吸魂鬼(ディメンター)
 腐敗した灰色の肌で、黒いローブを常に被っている。そして、浮遊しながら辺りに冷気を放っているようで、人間の感情、幸福感を餌として貪る。闇の生物。アズカバンの看守をしている。

マグル学の指定教科書:
 マグルのありとあらゆる事が詰まっている1冊。全てが捏造。

ローズブレイド夫妻の業績:
 ヘンリーは『生命の露』と言う飲んだら体力が回復するって言う薬を作成した。
 オフィーリアはその類稀なる才能を用いて、変な薬ばっかり作っていた。
 共同研究で、『美食の妙薬』と言う何を食べても美味しいと思う魔法薬。『忘憂の雫(オブリヴィオス・ティアーズ)』と言う悲しい記憶が薄れ、気持ちが楽になる薬などを開発した。後者の方は後にスネイプが改良しているらしい。
 シルヴィアは薬の存在は知っていたが、作成者までは覚えないタイプなので知らなかった。

完全な脱人狼薬:
 シルヴィアの実母か養母が研究していたらしい。

クルックシャンクス:
 ハーマイオニーが気に入ってシルヴィアが誕生日プレゼントして買った猫。あまり可愛くは無い。ニーズルの血が混ざっている。
 二次創作者殺しの名前をしている(タイプミスしそうになる)
 

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次回投稿日は例によって不明です。ただ、次の話は今日時点(2025/02/21)で6,000字程度完成しています。
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