呪いの少女と祝福された世界   作:佳山針之介

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第30話 ホグワーツ特急での恐怖

「あぁ! もう馬鹿馬鹿! なんで、メザマシとかかけないで寝ちゃうの!?」

 シルヴィアは自分の頭を突っつく痛みで起きる。なんだかデジャブを感じた……と言うより、去年の新学期と全く同じ状況だ。

「痛い痛い! わかった、起きる。起きるから!」

 シルヴィアは布団から飛び出した。そして、未だ何時かは分からないが着替えを済ませて部屋を飛び出して、階段を下がった。

 

「あら、ちょうどシルヴィアを起こしに行こうとしていたところよ」ハーマイオニーがクルックシャンクスを抱き抱えながら言った。

 その後は、朝食を取りながらハーマイオニーとジニーとウィーズリー夫人が娘の頃に作った『愛の妙薬』の話を聞いた。ジニー、ハーマイオニーは完全に恋バナとして聞いていたが、シルヴィアは学術的な話として聞いていた為、何処かズレていた。

 少し、遠くにはウィーズリー氏が眉根を寄せながら日刊予言者新聞の一面記事を読んでいた。

 

 そうして、全員が起きて朝食を取ったら荷物の運搬作業に従事した。

 漏れ鍋の階段は狭く、人1人がすれ違うのも困難だった。その為、1人1人が自分のトランクを部屋から運び出すのに、思った以上に時間がかかってしまった。ウィーズリー夫人は息子達を急かしていた。

 シルヴィアもゼーゼー言いながらトランクを運び出す事に成功した。また、ハリーのヘドウィグ、パーシーのコノハズクのヘルメス(オリビアが直接名前を聞き出していた)、ハーマイオニーのクルックシャンクスが籠に収まっているのを見て、オリビアをどうしようかと悩み始めた。

「私は、カゴに収まる程ヤワな梟じゃないわ」

 シルヴィアの悩みを察したのか、オリビアはそう言って臍を曲げてしまった。シルヴィアはそんなオリビアを抱き上げて、魔法省から車が来るのを待った。

 

「車が来たよ」

 外で魔法省からの車を待っていたウィーズリー氏が食堂に首を突き出して言った。皆で外に向かうと深緑色の車が2台停車していた。シルヴィアは感極まった。

「シルヴィアは車に乗ったことは無いの?」

「去年、ロンドンを迷って親切な魔法使いに漏れ鍋へ送ってもらう時に〝ばす〟には乗ったけど……普通の〝くるま〟には乗ったことは無いよ。」

 そう言って車を色んな角度から見始めた。それから、エメラルド色のビロードのスーツを着込んでいる胡散臭い魔法使いにうざがられながらも、車の運転方法などを嬉々として聞いていた。腕の中に居るオリビアは非常に呆れた表情でシルヴィアを見ていた。

 そして、ハリーがウィーズリー氏に連れられて車に乗り込んだ。間も無く、車に張り付いて色々な所を見ていたシルヴィアはハーマイオニーによって車の中に連れ込まれた。

 キングス・クロス駅までの移動はシルヴィアにとって、新鮮なものだった。去年のバス移動も確かに新鮮だったが、あの時は疲れと空腹で車窓を楽しむほどの余裕はなかった。

 今回はその余裕があって、シルヴィアはハーマイオニーに〝しんごうき〟について執拗に聞いた。(ロンからは「うちのパパみたいじゃないか」と言われた)

 キングス・クロス駅に着いた時には、まだ20分の余裕があった。魔法省の運転手が、カートを探して来て、トランクを車から降ろし、帽子にちょっと手をやってウィーズリー氏に向かって挨拶をした。

 

「よし、それじゃあ」ウィーズリー氏は周囲を見渡しながら言った。

「我々は大所帯だから2人ずつ行こう。私が最初にハリーと一緒に通り抜けるよ」

 そう言ってウィーズリー氏はハリーに引っ付いたまま、9番線と10番線の間にある柱の柵に寄りかかる。1回瞬きをした頃には2人の姿は見えなくなっていた。

 

「ねぇ、ハーマイオニー! あの黄色い頭の鉄の塊は?」

 シルヴィアは丁度9番線に入線して来た車両に興味が向かい、ハーマイオニーに尋ねた。

「あれは……イースト・コースト本線の、車両までは知らないけど……スコットランドまで行く路線よ」

「へぇ……なんだか、速そうな顔をしてるね」

「まぁ、確かにグラスゴー*1まで5時間20分でつなぐようだし……あ、次私達の番よ」

 そう言われるなり、シルヴィアはハーマイオニーに二の腕を引っ張られながら柱に向かい、9と3/4番線のプラットホームへ入って行った。

 目を開くと、去年の新学期にはお目にかかれなかった紅色の機関車。ホグワーツ特急が煙を吐いていた。プラットホームには多くの魔法族の家族が入り混じり、お別れの挨拶をしていた。

 シルヴィアとハーマイオニーは最後だったので、すぐにハリー達の元に向かい後尾車両の方へ歩いて行った。満員のコンパートメントを通り過ぎ、殆ど誰も居ない車両を見つけてトランクを積み込んだ。

 それから、ウィーズリー夫妻に別れを告げる為に皆一応に列車の外へ出た。

 ウィーズリー夫人は子供達全員にキスをして、それからハーマイオニー、シルヴィア、最後にハリーへキスをした。シルヴィアはウィーズリー夫人に抱きしめられながら、母親の温もりを思い出して泣いた。

 

「みんなにサンドウィッチを作ってきたわ。はい、ロン……いいえ、違いますよ。コンビーフじゃありません……。フレッド? フレッドは何処? はい、貴方のですよ」

 シルヴィアもハーマイオニーも、ウィーズリー夫人からサンドウィッチを受け取った。

「グスッ……モリーさんは……良い人だ……」

 シルヴィアは泣きながら隣に居たハーマイオニーへ言った。ハーマイオニーもハーマイオニーで感傷に浸っていた。ロンは呆れ顔で2人を見ていた。

 そうして一行は汽車の入り口に向かった。ただ、ハリーがウィーズリー氏と話し込んでいたので、シルヴィア、ロン、ハーマイオニーは待つ事にした。

「パパ、何をハリーと話し込んでいるんだ? 汽車が出ちゃうよ」

 ロンが急かすように言った。結局、ハリーは汽車が動き出してから飛び乗るように乗り込んだ。みんな、窓から身を乗り出し、ウィーズリー夫妻に向かって手を振り、汽車がカーブして2人の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。

 

「君達だけに話したい事があるんだ。」

 ハリーは囁いた。

「ジニー、どっかに行って」ロンが言った。

「あら、ご挨拶ね」

 ジニーは機嫌を損ね、プリプリしながら離れて行った。

「って事は……私も離れた方がいいかな?」

「いや、シルヴィアは別にいいよ。」

 

 そうして、4人は誰も居ないコンパートメントを探して通路を歩いた。何処もかしこもいっぱいいっぱいだったが、最後尾にただ1つ空いたところがあった。

 そこには客が1人居るだけだった。男が1人、窓側の席でぐっすり眠っていた。男はあちこちが継ぎ接ぎの、かなりみずぼらしいローブを着ていた。疲れ果てて、病んでいるようにも見えた。まだ、かなり若いのに、ライトブラウンの髪は白髪混じりだった。

 シルヴィアは男の顔を見るなり、「えぇ!?」と叫んだ。しかし、男が寝ている。と言う状況を思い出して、すぐに口を手で覆った。また、オリビアは「え……」と一言呟いた。

「なんだい? 君の知り合い?」ロンが驚いた様子で聞いた。

「そ、その……去年、私がロンドンで迷った時に道案内してくれた魔法使いなの。本当にお世話になったんだけど、お礼が出来なかったし、名前すら聞き忘れていて……」

 4人は取り敢えず、その男が居るコンパートメントに入り、窓から1番離れた席に座った。

「じゃあ、シルヴィアも名前を知らないわけか。この人、一体誰なんだろう?」

 ロンが声を潜めて聞いた。

 

「R・J・ルーピン教授よ」

「本当になんでも知ってるな/ね!」

 ロンとシルヴィアの声が重なった。

「カバンに名前が書いてあるわ」

 そう言ってハーマイオニーは男の頭の上にある荷物棚を指さした。くたびれた小振りの鞄は、きちんと繋ぎ合わせた紐でグルグル巻きにされていた。鞄の片隅に〝R・J・ルーピン教授〟と剥がれかけた文字が押してあった。

「一体、何を教えるんだろ?」

 ルーピンの青白い横顔を見て顔を顰めながらロンが言った。

「決まっているじゃない。空いているのは1つしか無いでしょ? 『闇の魔術に対する防衛術』よ」

 ハーマイオニーがそう断言した。

「良かったあ〜……この人、去年はマグル社会でその日暮らしをしているって言っていたの……。ホグワーツの教授なんかきっと高給でしょ? ルーピン先生、新しいローブが買えたらいいな」

 シルヴィアは大層安心した。と言う表情で言った。対して、オリビアは未だ困惑を隠しきれない。と言う表情だった。

「ふ〜ん、けど、マグル界でその日暮らしをしていた魔法使いがちゃんと教えられるのかな?」

 ロンはダメだろうと言う口調だった。シルヴィア自身も、それはなんとも言えなかった。

「強力な呪いでもかけられたら一発で参っちゃうように見えないか? ──ところで……ハリー、なんの話だい?」

「実は……」

 ハリーはウィーズリー夫妻がシリウス・ブラックの事について言うか言うまいかを言い争っていた事。そして、ウィーズリー氏曰くシリウス・ブラックが脱獄した理由はハリーを狙う為だと言う話をした。

 シルヴィアは空いた口が塞がらなかった。ロンも愕然としていて、ハーマイオニーは両手で口を押さえていた。

「シリウス・ブラックが脱獄したのは、君を狙う為?」

「あぁ、ハリー、ほんとに、ほんとに気をつけなきゃ……」

 ロンとハーマイオニーが続けて言った。

 

「け、けど、ホグワーツに居れば安全じゃ無いの? ダンブルドア校長先生が居るし。……まぁ、ちょっと変な人が紛れ込んでいた事はあったけど……このルーピン先生が、ポリジュース薬で変身したシリウス・ブラックで無い限り安全じゃないかな?」

 シルヴィアはそう若干、皆を不安にさせるような事を言った。

「そうだよ、あの味はとてもじゃ無いけど常人が24時間飲むものじゃ無いさ。……まぁ、あの吸魂鬼(ディメンター)が看守をしているシリウス・ブラックが常人か。って言われたら……ちょっと怪しい気がするけど……」

 ロンがそう怪しげに言った。

「けど、1時間ごとにポリジュース薬を飲むような人は行動からして怪しいから、すぐにダンブルドア校長が見抜くに違いないわ」

 そう言いつつ、ハーマイオニーはルーピンから皆を若干引き離した。

「オリビア。あの人は前、ロンドンで会った人と同じかな?」

 シルヴィアは腕の中のオリビアに聞いた。その様子を見て、ロンだけが驚いていたが、ハーマイオニーが説明してくれていたので、シルヴィアは一旦無視をした。

「……タシカニ、獣の匂いがするわ……。ソウヨ。この人はあの時出会った、リーマス・ルーピンでマチガイ無いわ。人狼をキョージュにするなんて、ダンブルドアは遂にニンチショーにでもなったのかしら?」

 オリビアは物凄く嫌そうにそう言った。

「うん、大丈夫。あの時、ロンドンであった人に間違いないみたい。だから、この人は無罪だよ。……まぁ、この人がシリウス・ブラックを手引きしていた。とかだったら、話が変わってくる気がするけど……」

 結局、シルヴィアは皆を不安にさせるような事を言い残した。ただ最後に「こんなに騒いでも寝てるんだし……まぁ、大丈夫じゃ無いのかな?」と言った。

 

「そう言えば……シルヴィアの養母のオフィーリア・ブラックとシリウス・ブラックって何か関係があるのかしら?」

「確かに……嫌だな、またこれでシリウス・ブラックの姉とか妹とかだったら……」

 シルヴィアは心底嫌そうに言った。これ以上自分の身の回りの人(今回は血縁者では無いが)が狂人なのは、もう沢山なのだ。

「けど、僕はシリウス・ブラックには下に弟が居て、その弟が死喰い人(デスイーター)だって聞いたから……多分、違うんじゃないかな。それに、僕達の親の世代にはブラック家は3つあったって聞いたよ。と言うか、君は養父母に育てて貰ったの?」

 ロンがそう言ってくれたのでシルヴィアは一旦安心した。

「うん。お母様がいたようなんだけど……全っ然、覚えてないの。それに、養父母の事だって覚えていない。唯一覚えているのは、大体6、7年前に誰かに殺された。ってことだけ……」

 シルヴィアはそう深刻に言った。言ってから、自分が空気を暗くしてしまっていた事に気がついた。

「ご、ごめん……その、悪い雰囲気にしたかったんじゃなくて……」

 そう言ったと同タイミングで、車内販売のおばあさんがやって来たおかげで空気が和んだ。ハリーは魔女鍋スポンジケーキを一山注文して、シルヴィアは百味ビーンズを注文した。

 

「この人を起こすべきかな? 何か食べた方がいいみたいに見えるけど……」

 ロンが戸惑いながらルーピンを顎で指した。ハーマイオニーがそっとルーピンの傍に行った。

「あの──先生? もしもし──先生?」

 よっぽど熟睡しているのか、身じろぎもしなかった。

「大丈夫よ、お嬢ちゃん。目が覚めた時にお腹が空いているようなら、私は1番前の運転手のところにいますからね」

 車内販売のおばあさんはそう優しい声で言った。

 

「この人……本当に寝てるだけなんだよね?」

 車内販売のおばあさんがコンパートメントの引き戸を閉めた途端、ロンがこっそり言った。

「つまり、死んで無いよね。ね?」

 ロンがあまりにも心配そうにしていたので、シルヴィアがそっとルーピンの手首に触れ、脈を取った。

「うん、大丈夫。確かに、生きているよ。」

 シルヴィアはそう言うと、自分が座っていた場所に戻って百味ビーンズを食べ始めた。今回出たのはチョコレート味だった。

「なら良かったけど……」

 

 その後も、ルーピンが目覚める事は無かった。

 ホグワーツ特急は田園風景を突き抜け、荒涼とした風景が広がっていた。空に広がる雲は随分と分厚かった。北へ北へとホグワーツ特急が進んで行くに連れて雨が降り始め、強くなり窓に打ち付ける。それに加えて風が唸り声をあげるのだから、不気味な天気だった。

 

「もうすぐ着く頃だ!」

 ロンが身を乗り出し、ルーピンの体越しに、もう真っ暗になっている窓の外を見た。ロンの言葉が終わるか終わらないうちに、汽車が速度を落とし始めた。

「調子いいぞ! あぁ、腹ペコだ。宴会が待ち遠しい」

「まだ着かないはずよ」

 ハーマイオニーは時計を見ながら言った。

「え、じゃあなんで止まるの?」

 シルヴィアがそう問いかけた時には汽車は益々速度を落とした。ピストンの音が弱くなり、窓を打つ雨風の音が一層激しく聞こえた。

 1番ドアに近いところで座って居たハリーが立ち上がって、通路の様子を窺った。

「どう?」

 ハーマイオニーがそう聞いた時に汽車がガクンと止まり、ハリーはバランスを崩すようにまた椅子に戻った。

 何処か遠くの方から、ドサリ、ドシンと荷物棚からトランクの落ちる音が聞こえて来た。何の前触れも無く、明かりが一斉に消えて、辺りが急に真っ暗になった。

 シルヴィアはすぐにオリビアを抱き寄せた。オリビアは何故か、逃げようと身をたじろいた。ただ、シルヴィアがあまりも強く抱きしめていたので、すぐに諦めた。

「い、一体、何が起こったんだ?」

 ロンの声が聞こえて来た。

「イタッッ! ロン、今の、私の足だったのよ!」

 ハーマイオニーが呻いた。

「わっ! ごめん、ハリー。足踏んじゃった!」

 シルヴィアがハリーに謝った。

 

「故障しちゃったのかな?」

「さぁ……」

 引っ掻くような音が聞こえて来た。ロンは窓ガラスの曇りを丸く拭いて、外を覗いていた。

「なんだかあっちかで動いている……誰か乗り込んでくるみたいだ……」

 ロンがそう言った頃には、車内に9月らしかぬ冷気がやって来て、3人は白い息を吐いた。

「だ、誰が……乗り込んでくるの?」

 シルヴィアがそう言った頃に、コンパートメントの外に何かが居るのが見えた。黒いマントを着た、何かだった。よく目を凝らしてみてみれば、それは顔をすっぽりと覆うように頭巾を被っている。

 それに、悍ましい事にマントから突き出している手は灰白色に冷たく光り、穢らわしい瘡蓋に覆われていた。まるで水中で腐敗した死骸のような手。

「吸魂鬼ヨ! なんでこんなトコロに居るのよ!?」

 オリビアが驚いていた。

 その吸魂鬼はガラガラと音を立てながらゆっくりと長く息を吸い込んだ。その様相はまるで、周囲から空気以外の何かを吸い取るようだった。

 先ほどよりもまた、一段階冷たい空気が全員を襲った。シルヴィアは自分の皮膚の下を通る血管が、肺が心臓が凍り付けられるかと思った。

 

 

 シルヴィアは何かを見た。炎だ。

 寒いはずなのに熱い。炎に焼かれるような熱さを感じた。それと同時に、息苦しさも感じる。

 炎に巻かれた際の直接的な死因の多くは、火炎に焼かれる事では無い。煙による一酸化炭素中毒や窒息が原因だ。その苦しみがシルヴィアを襲った。

 息を吸っても吸っても吸えない。冷たい空気が肺を支配している所為だろうか? それなのに、確かに炎の熱さを感じる。

 シルヴィアには、熱いのか寒いのかさえ、よく分からなくなっていた。

 

 徐々に薄れゆく意識の水底、最後の最後でシルヴィアは暖かい光を見た。

 

 

 次にシルヴィアが目覚めた場所は医務室だった。

 シルヴィアは自分がやたらと医務室の利用頻度が高い事を、一旦心の中で自嘲した。

 薄暗い医務室の中、むくりと起き上がってみる。マダム・ポンフリーの事務室から光が漏れ出していた。ふと横を見れば、オリビアが眠りこけていた。

 窓の外は、インクで塗り潰したような漆黒に包まれていた。今が夜更けである事は瞬時に察する事が出来た。

 

 よくよく考えてみれば、梟は夜行性のはずなのに何故、オリビアは昼間でも元気に動き回っているのだろう。そうどうでもいい問いが頭の中を横切った。

 

「ん? オキタノネ……」

 オリビアは大層眠そうにそう言った。

「わ、私は……汽車で……」

 シルヴィアはどうにか今まであった事を思い出そうとした。

「そうだ、汽車で吸魂鬼に会って……それで……」

 思い出そうとすると不意に横切る、謎の記憶。熱くて息苦しくて、寒かった……。

「貴女は汽車で吸魂鬼と出会ってコーフクを吸い取られた……。吸魂鬼にコーフクを吸い取られると、自然と嫌なキオクがフラッシュバックしてくる。貴女はその嫌なキオクに耐えられず、キゼツしてしまった。

 あのリーマス・ルーピンって言う人狼がシュゴレーを出せてホントに良かったわ。」

 オリビアはそう言うと「マダム・ポンフリーを呼んでくるわね」と言い、飛び立ってしまった。暫く、薄暗い医務室の宙をボーッと見ていると燭台を持ったマダム・ポンフリーが、オリビアに連れられてやって来た。

「大丈夫ですか?」

「は、はい……」

「ルーピン先生が前もってふくろう便を送って下さいました。貴女もまた、吸魂鬼から悪い影響を受けてしまった。っと……」

 マダム・ポンフリーは「よくある事です。他にも何人かの生徒が気分を悪くしていました」と言って、シルヴィアにチョコレートを渡した。

「ちょ、チョコレート……ですか?」

「はい。吸魂鬼に襲われた際にはチョコレートを食べると気分が良くなりますから、食べなさい」

 シルヴィアは促されるがままにチョコレートを口の中に放り込んだ。

 チョコレートを舌で溶かす。驚いたことに、忽ち手足の先まで一気に暖かさが広がった。

「全く、吸魂鬼を学校の周りに放つだなんて……本当に由々しき事態ですよ」

 マダム・ポンフリーは独り言のように言った。

「えっ、アレが学校の周りに居るんですか!?」

「はい……ただ、安心して下さい。『闇の魔術に対する防衛術』の教授がやっと見つかったのですから。ルーピン先生は吸魂鬼に襲われた際の対処法を知っていたようです。

 だから、今までの()()()()()()()()よりはずっと()()()な教授でしょう」

 何処か満足気に、どこか安心したような顔になって言った。

「ま、そのキョージュもまた人狼とか言うキケン人物だけどね」

 横のオリビアは何処か皮肉気に言った。

 

「けど、あの……何故、アズカバンの看守をしている筈の吸魂鬼が汽車に乗り込んでいて、ホグワーツの周りに放たれているのですか?」

「魔法省の御用です。ダンブルドア校長は断固拒否したのです。子供達の学びの場に闇の生物は相応しく無い、と。しかし、魔法省はその子供達の安全を守る為。と言って魔法省側は話を聞かないのです」

 ため息混じりにマダム・ポンフリーは言った。

「それって……もしかして、シリウス・ブラックが脱獄したから……ですか?」

「えぇ、そうです。シリウス・ブラックがこの城に入れないように入り口と言う入り口を全て吸魂鬼で固めたのです」

「はぁ……」

 シルヴィアは吸魂鬼が学校の周囲を彷徨いている。と言う事実に若干の絶望感を抱いた。また、自分は吸魂鬼の所為で気絶してしまったりするのだろうか?

「まぁ、兎に角……吸魂鬼に危害を与えられるような口実を与えてはなりませんからね。貴女は、今まで随分と危険な目に遭ったり自分から危険な目に飛び込んだりしていますから。十分注意すること」

 そう言いつけられてシルヴィアは「は、はい……」と小さな声で返事をした。

 

「では、もうお休みになりなさい。今日のうちは医務室に入院。明日の朝になったら退院して元気に授業を受けるのですよ。貴女のご友人方は皆、心配されていましたから」

「は、はい……」

 そうして、マダム・ポンフリーは立ち去った。シルヴィアもまた、ベッドで横になった。暫くの間、目が冴えていたがいつの間にか眠りについていた。

 今度は寒く無い。熱くも無い。ただただ暖かい眠りだった。

*1
スコットランド南西部に位置する都市





ウィーズリー夫人:
 モリー・ウィーズリー。シルヴィアに対する偏見を完全に払拭した。

イースト・コースト本線:
 イギリスの鉄道路線で、主要幹線の1つ。長距離列車。キングス・クロス駅とエディンバラ(スコットランドの首都)のウェイヴァリー駅の間を結ぶ、ブリテン島の東側の大動脈。
 原作の描写的にインターシティー125号が来ているらしい。グラスゴーまでの所要時間は1995年のものなので、もしかしたら原作時の1993年にはグラスゴーまで行っていなかったor言っていたとしても、もう少し時間がかかっていたかも知れない。

R・J・ルーピン教授:
 リーマス・ジョン・ルーピン。新しい闇の魔術に対する防衛術の教授。シルヴィア的には2回目のエンカ。オリビアは人狼を教授にするとかマジかよ……と思っている。

ポリジュース薬:
 変身したい人物と完全に同じ外見になれる薬。犯罪をする為にあるとしか考えられない薬。


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