呪いの少女と祝福された世界   作:佳山針之介

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第36話 梟と猫と犬。そして鼠

 クリスマス休暇中、鼠の多さにキレたフィルチが殺鼠剤をまた病的に城内のありとあらゆる場所に置いた。そのお陰か、クリスマス休暇が明ける頃には、シルヴィアの実験動物用の鼠以外見る事が無くなった。

 しかし休暇が明けてもダフネは妹のアステリア共々、聖マンゴから退院が出来なかった。シルヴィアもパンジーもミリセントも大変悲しんだ。

 ただ、幸運な事に魔法薬は完成したそうで、これから量産体制に入る。と言うのを日刊予言者新聞で読んだので、後少しすれば彼女達も回復してホグワーツに帰って来られるだろう。

 しかし、日刊予言者新聞には〝昨今、魔法界で流行っている()()()マグルの病〟と書かれていて、体制側も、大衆もさほど深刻に捉えていないようだった。シルヴィアの脳裏にはあの癒者(ヒーラー)の苦難の表情が浮かんできた。

 

 また、クリスマス休暇が明けてからシルヴィアは忙しい事この上無かった。普通の授業をこなして、宿題をこなして、〝完全脱狼薬〟を作っては失敗しを繰り返した。

 クリフォードやスネイプは「出来ているのだからそれでいいではないか」と言っていたが、シルヴィアは飲む頻度をどうにか少なくする為の研究に勤しんでいたのだ。

 〝完全脱狼薬 - 決定版の改良版〟は毒薬に変わってしまったし、次に作ったのは作成まではしたが、シルヴィアが休憩時間に食べていた蛙チョコレートが大鍋目掛けてダイブしてしまい、薬の効果が失われてしまった。シルヴィアとしてそれなりに来るものがあった。

 その次に作った〝完全脱狼薬 - 決定版の改良版_3〟は部屋がとんでもない程、臭くなってしまったので即刻廃棄処分(エバネスコ)した。

 

 そんな事をしているものだから、シルヴィアは元より興味の無いクィディッチの試合など一切見ていなかった。寮内でティモシー・ベレスフォードが、大声で今日のクィディッチの感想を言うまでは、どこのチームが優勢なのさえも知らなかった。

 因みに、ベレスフォードの今年する優勝する確率の高い寮は、〝炎の雷(ファイアボルト)〟を手に入れたハリーが所属するグリフィンドール・チームだそうだ。

 ドラコはスリザリン・チームが優勝するに決まっている。と憤慨していたが、ベレスフォードはクィディッチでは絶対に忖度しないタイプなので、多分そうなんだろう。

 

 そんな中、ダフネとアステリア、そして聖マンゴに入院していた生徒達がついにホグワーツへと戻ってきた。久しぶりに顔を合わせたダフネとアステリアは、以前よりもずっと痩せこけていたが、それでも弱々しく微笑んでいた。

「というわけで。コホン、ダフネのホグワーツ復帰を祝して、かんぱ〜い!」

 パンジーの掛け声とともに、シルヴィア、ダフネ、ミリセント、そしてパンジーの四人は手にしたバタービールを掲げ、軽くぶつけ合わせた。今はちょうど大広間で夕食の時間。だが、シルヴィア達はダフネのホグワーツ復帰を祝う為、部屋でひっそりと集まり、小さなパーティーを開いていた。

 ミリセントは、どこで手に入れたのか分からないが、豪華な料理を用意していた。大広間の食事にも引けを取らないご馳走が並べられ、その中央には、シルヴィアとパンジーがホグズミードで買ってきたばかりのハニーデュークスの新作が置かれている。

「これね、新作の蜂蜜パイなんだって。前より蜂蜜感が1.5倍になってるらしいよ」

 そう言って、シルヴィアがパイを指差す。蜂蜜パイを開けると、スズメバチが飛び出て来て、一瞬だけパニックに陥った。

 それから、ダフネが戻ってきたら一緒に食べようと決めていたお菓子や、ご馳走を囲み、4人は夜更けまでパーティーを楽しんだ。

 気が付けば午前2時を過ぎていて、シルヴィア達は監督生に見つかり大いに怒られた。それでも4人は笑い合いながら、久々の再会を存分に楽しんだ。

 

 翌日、睡眠不足のシルヴィアが魔法薬学の調合を盛大に失敗し、クラス全員を驚かせる事になるのだった。

 

 

「にしても、最近梟小屋に行ってもオリビアが居ないんだけど……クリフォードは何か知らない?」

 シルヴィアは脱狼薬を調合しながら、5メートルぐらいの高さを延々と漂い続けているクリフォードに聞いた。

「オリビア? ……あぁ、あの梟の事かい? 僕は見ていないが……──あー、いや……見たな。」

「それは……ど、どこで?」

「えぇっと……ここの窓から校庭が見えるだろう? (窓に滑るように移動して窓の外を指さした。確かに校庭が見えた)あの、暴れ柳の根本へオレンジの毛玉みたいな動物と黒い大きな動物……あれは、狼か犬だろうな……。まぁ、兎に角その3匹が入って行くのを見た」

 シルヴィアは驚いてしまった。

 同時に最近、マグル学で習った〝ドイツ〟と言う国の童話、グリム童話と言うのに収録されている話。〝ブレーメンの音楽隊〟が連想された。

 それに、オレンジの毛玉みたいな動物は恐らくハーマイオニーが飼っている猫のクルックシャンクスだろう。

 しかし、大きな狼か犬が何なのかは思い付かなかった。狼化したルーピンだろうか? けれども、ルーピンは最近狼化していない筈だ。

 

「まぁ、動物同士の友情とかがあるんじゃ無いかい? ところで鍋から噴き出てるけど……」

「え、えぇ!? ちょっ、え、わー!」

 シルヴィアはそう言いながら火を弱める。しかし、時すでに遅しで脱狼薬のなり損ない達は床にまで溢れ出していた。

「あぁ、もう……上手くいきそうだったのに……〈エバネスコ 消えよ〉!」

 この脱狼薬を作り初めから、シルヴィアはやたらとこの〈エバネスコ 消えよ〉と言う呪文が上手くなっていた。因みに、教科書によれば消えた物は〝非存在に。つまりすべてに〟行くらしい。シルヴィアにはさっぱりだった。

 

「もう、脱狼薬はいいじゃないか……なんだっけ? えーっと、あ、これだ。〝完全脱狼薬 - 最新版の決定版_2〟の時には完全な効果を示したんだろう?」

 シルヴィアの研究ノートを覗き込みながらそう言った。

「けど、あんな臭いからして不味いものを3食後飲まなくちゃいけないだなんて、不憫でしょ?」

「ルーピンの今までの生活からしたら、全然不憫のうちに入らないと思うけど……」

 そんな事を言っているクリフォードを無視してシルヴィアは研究ノートに結果を書いた。

 

「薬の味が不味かったら、飲みたいとは思えないでしょ? 少なくとも、普通の魔法薬を飲む程度の不快感にしたいんだよ……」

 そう言ってシルヴィアはまた大鍋に立ち向かって、薬を調合し始めた。

 

「君のその尊い博愛主義は、死喰い人(デスイーター)連中でも感激のあまり泣いてしまうんじゃないかい?」

 クリフォードのその皮肉はシルヴィアの耳には入っていなかった。クリフォードはため息を吐きながらシルヴィアの視界に入らない場所をウヨウヨと飛び始めた。

 

 

 満月の2週間前にシルヴィアは〝完全脱狼薬 - 決定版の改良版_最新版_4〟を完成させた。今回はいつもより落ち着いた見た目をしている。

 クリフォードからはいい加減、名前が分かり辛いからどうにかしてくれ。と言われてしまったが、シルヴィアはこれが1番分かりやすいと疑って居なかったので、改善される事は無かった。

 スネイプからの検査も合格して、ルーピンに飲ませた。ルーピンは、いつもよりもずっと飲みやすいと言って喜んで3分ぐらいで飲み切った。

 

「一応、朝夕食の後だけ飲んでも効くような改良をしてみたんです。」

「えぇ! 本当かい?」

 ルーピンはいつも以上に嬉しそうな笑顔を浮かべて居た。後ろに立っているスネイプは酷く鋭い視線を向けて居たが、それでもルーピンはニコニコ笑顔だった。

「にしても……シルヴィア、君はこの脱狼薬で論文でも出してみてはどうだい? わたしはさほど詳しく無いが、魔法薬の学会などに出してみれば、きっと時代が変わるよ」

「ルーピン。よく考えてみたまえ。人狼を救う為の脱狼薬の研究を生徒がしている時点で名誉が──「わぉ! いいですね。落ち着き次第、論文とか書いてみたいです! スネイプ先生、論文の書き方。後で教えてください!」

 スネイプは静止して居た。そして、小さく「1年生の時の君は一体何処へ行ったんだ……」と呟いていたが、シルヴィアはギリギリ聞き取れて居なかった。

「え? なんて言いましたか?」

「気にしなくても良い。……いいか、人狼と言うものは半人間は元より、世の中から差別されているのだ。

 その人狼の為の薬を作ったとなれば、世間から好奇な目で見られるのは確定しているのだ。数年前に脱狼薬が作られた際も、作成者に対して在らぬ噂が立った。半人間に対する差別や偏見は根強いんだ」

「そうだぞ。人間は愚かで変われないからな。少なくとも500年以上前からこうだった。」

 横からクリフォードが割って入ってきた。

 

「けど、この薬が世間に知れ渡れば多くの人狼の方々が救われると思います。それに、私は最終的には完全に人狼ではなくす。と言う薬を作りたいんです。そうすれば、多くの人が救われると思うんです。」

 スネイプは酷く重々しいため息を吐いた。

「……分かった。勝手にしたまえ。論文の書き方は後々教えるよう。しかし、これだけは言っておこう。君の今年の成績は少々右肩下がりだ。そろそろ、学期末試験の時期だ。他の教科の勉学を怠るな」

 シルヴィアは完全に心当たりがあった。魔法薬学、薬草学は去年よりも伸びている自信があった。しかし、魔法史、変身術、マグル学の成績はあまり目を当てたいと思えるものでは無かった。

「あー……あぁ、はい。分かりました……」

 

 

 その後、寮に戻ってから遅れを取っている3教科の勉強に勤しんだ。

「あー、もう覚えられないよ……」

「今度は何に手間取っているのよ?」

 ダフネはシルヴィアの隣に座りながら、聞いてきた。

「中々、年表が覚えられないんだよ……ホグズミードの旅籠が小鬼の反乱の本部になったのっていつだっけ?」

「1612年ね」

 信じられない。と言う目でシルヴィアは隣のダフネを見た。

「小鬼の反乱の原因はウィゼンガモットでの小鬼罵倒ね。魔法使いが27人。小鬼が149人死んだそうだわ」

「な、なんで覚えてるの? ビンズ先生の授業がそんなに楽しかった?」

「そんなわけないじゃ無い。病院に居る間ずっと暇だったからね。ちょっと覚えたの。」

 その言葉を聞いてシルヴィアは口をあんぐりと開けた。

 

「じゃ、じゃあ……国際魔法使い機密保持法が制定されたのは?」

「1689年に初めて成立して1692年に正式に施行されたわ。制定理由はヨーロッパ全土で魔女狩りが伝染病のように流行ったからよ。」

「ヨーロッパで箒を移動や輸送の為に使い始めたのは?」

「962年ね。ホグワーツが出来る少し前だわ。」

「女性のみのクィディッチチームが結成されたのは?」

「1203年。チーム名はホリヘッド・ハーピーズ」

「ポミグラニッヴァーイで起こった悲劇とは?」

「1490年、スコットランドにある町で起こった魔女狩りね。イーサン・ゴーントとその妻コルネリアが、同じ町に住む魔法使いが憎らしいからって言う理由で教会を焚き付けて、結局100人近くが死んだ事件よ。」

 シルヴィアはそこまで来ると大きくのけ反った。

 

「す、凄いよ。私なんか、年表を見れば即眠気が襲ってくるのに!」

「……まぁ、兎に角。私が魔法史関連で質問してあげるから、答えてみなさいね」

「は、はい……」

 シルヴィアは嫌な予感しかしなかった。

「魔法省の無言者、エロイーズ・ミンタンブルが引き起こした事は?」

「あーえぇっと……なんか、覚えてる……その、なんだっけ? 時間とかが関係した気がする……」

「まぁ、薄ら覚えて居たのね。数時間以上の時間遡行の実験の結果死亡したのよ。1402年まで時間遡行をしたそうだけど、時間遡行をしすぎて色々な事がこんがらがっちゃって、25人が生まれていないことになってしまったそうよ。悲惨ね」

「あー、確かに……そんな人も居た気がする……」

 ダフネは小さくため息を吐いて「続けるわよ」っと言った。

「魔法省に神秘部を設立した最初の無言者は?」

「え? 誰だっけ……それ……」

「アルテミシア・カーライル。1519年に設立したそうよ。」

「あぁ……そんな人、居たかもしれない……」

 シルヴィアがそう呟いている間にも、ダフネはうーんと悩んでから次の問題を出した。

「グリンゴッツ銀行創業された年数と創業者は?」

「えぇっと……確か、創業者はグリンゴッツで……年数は……」

「1474年ね。創業者の名前、覚えて居たじゃ無い。」

 シルヴィアは「うーん」っと少し納得して居ない様子で言った。

「今のダフネだったら、今年の期末試験で魔法史1位取れるんじゃ無い?」

「グレンジャーが勝つに決まっているでしょ。それよりも、シルヴィア。少なくとも小鬼関係は高確率で出題されるんだから、覚えなさい」

「はい……分かりました……」

 シルヴィアは年表から小鬼と書かれている部分を抜き出して羊皮紙に書き込んだ。

 

「他の科目は大丈夫なの?」

「後、心配なのは変身術の実技とマグル学かなぁ……あそこら辺は本当にさっぱり分からない……」

「そっちは私もお手上げね。特にマグル学なんか……今、何やってるの?」

 シルヴィアはそう聞かれて、随分と下にひかれていたマグル学の教科書を引っ張り出してきた。

「えぇっと……今は……マグルの移動方法で、車の仕組みとか……マグルの社会構造? なんとか主義とかそう言うの。あとは、歩いている人から見た、箒で移動している人の速度を計算で割り出す計算方法とか」

「うっわ……何やってるの?」

 ダフネは物凄く引いた顔で見ていた。

 シルヴィアがダフネにマグル学の教科書を見せると目次を見るだけで、何がなんだか。と言いたげな表情になった。

 

「なんか、マグルもマグルで忙しいのね……」

「けど、物を持ち上げるだけで色々考えてるだなんて、マグルって物凄い頭がいいんだろうね……」

「それは知らないけど……」

 結局、シルヴィアは教科書を読んでの復習は、〝分かるような分からないような。いや、分かる……ダメだ分からない〟を行き来した。

 

 

 シルヴィアは暗くてとても陰湿なスネイプの研究室に居た。

 何故だか分からないが、今日は日曜だと言うのにスネイプに呼び出されたのだ。

 来たはいいもの。スネイプは居らず、ただただ不気味は雰囲気のみがそこに駐在していた。シルヴィアは研究室に置いてある薬品やその材料を適当に見て回った。

 薬品、材料の類は色々見てきたつもりだったが、それでも初見の物があって興味深かった。

 特に興味深かったのはトロールの脳味噌で、あの巨体からは考えられないほどには小さいのだ。シルヴィアの小指の爪よりも小さかったかもしれない。この脳味噌で一体、何を認識し何を考えながら生きているのだろうか?

 

 ガチャンと冷たい音がして研究室の扉が開いた。疲れ気味のスネイプが立って居た。昨日しっかりと眠れなかったのか、いつも以上に髪がべっとりしているように見えた。

「今回は徹底的な失敗だった。」

「え?」

 主語無しでいきなりそう言ってきたものなので、シルヴィアは馬鹿っぽい声を出してしまった。

「脱狼薬の話だ。」

「え……も、もしかして……ルーピン先生は、変身してしまったのですか……? け、怪我人は?」

「居ない。ダンブルドア校長がいち早く封じ込めてくださった。」

 シルヴィアは一旦落ち着いた。次にローブの中に入れといた研究ノートを見ながら、原因を考えてみる。

「……トリカブトの割合を減らした……事と、それにニガヨモギをあまり細かく刻まなかった事が……原因か……な?」

 そう呟くと研究ノートにハーマイオニーからクリスマス・プレゼントとして貰ったボールペンに書き込む。

 ボールペンは、こう言う急にメモを取らなければならない。と言うタイミングには非常に有用なのだ。

 

「てっきり怖気づくかと思っていた」スネイプは非常に驚いたと言う表情で言った。

「確かに……その1件で誰かがルーピン先生に噛まれて人狼にでもなっていたら、私は全責任を取って自らの首に杖を押し当てて撥ね飛ばすところでした。けれども、一応大事に至らなかったのならば、それを改善する方法を考えた方が建設的だと思います」

 シルヴィアは研究ノートを見つめながらそう言った。

「……本当に、君は変わった。1年生の時は一言話すだけで人の3倍ぐらい時間をかけていたのに」

「確かに、そうですね。その、もしかして……研究を辞めろとダンブルドア校長先生辺りが仰ったのでしょうか?」

「いや、ルーピンが今朝、人間へ戻った際にこれ以上の負担はかけたく無いとか言っていただけだが……」

 少しシルヴィアは悩んでから言葉を発する。

「負担では無いです。私は続けますから。ルーピン先生に言っといてください」

 そう言うとシルヴィアは素早くスネイプの横を通り過ぎて、クリフォードの居る空き教室に向かった。

 

「あぁ、シルヴィア。薬が失敗してルーピンが狼に変──まだ続ける気なのかい?」

「これはもう私の意地だよ。私は何がなんでも完全脱狼薬を完成させるまで研究を続けたい。私は〝私は、他者を救えるような魔法薬学者になりたい〟のだから!」

「君って本当に本当にスリザリン? 実はレイブンクローの生徒だったりしない? それか、グリフィンドールか……」

「確かに、組分けの時はスリザリンかレイブンクローで長らく悩まされたよ。」

 シルヴィアはそう言って苦笑する。その頃には火を付けていた。

「色々と失敗ポイントがあったんだと思うの。それら全部を改善させて……そしたら、結局不味くなりそう……いっそのこと固形化してみるのも手なのかな?」

 シルヴィアはうーんと唸ってから取り敢えず、作り始めるか。と言って月長石を大鍋の底に入れようとした。

 

「あ! あれ、君の梟じゃ無いかい? 隣に居るのは……ん?」

 校庭を見て居たクリフォードがそう言った。クリフォードの白銀の指差す先には、オリビアとクルックシャンクス、そして──

「シリウス・ブラック!?」

 シルヴィアとクリフォードの声が重なった。

 少し前の話らしい。シリウス・ブラックがグリフィンドール寮に押し入って、ロンを殺そうと仕掛けたそうだ。

 その影響により、フィルチがまたまた病的に鼠が通れそうな穴まで板で埋めたそうだ。

 フリットウィックは城内のドアと言うドアにシリウス・ブラックの手配書を貼った。ハリーはシリウス・ブラックへの復讐心を爆発寸前まで募らせていったらしい。

 

「シルヴィア。君は先生へ言いに行くんだ。僕は彼に話を聞いてみる!」

 クリフォードはそう言うなり、窓の外へ飛び出した。

 一瞬驚いたが、彼は幽霊だ。少々高いところから落ちる事も特段、恐る事は無いのだろう。そして、シルヴィアは月長石を持ったまま廊下を駆け出した。

 何度も言っている通り、シルヴィアは走るのが遅い。しかし、それでも全力疾走した。

 

「あ、痛っ!」

 曲がり角よりやって来た誰かとシルヴィアはぶつかり、見事に尻餅を着いた。

「ご、ごめんなさい……」

 シルヴィアが謝りながら顔を上げると、そこには見慣れない小柄な男が転んでいた。まばら色褪せた髪はクシャクシャで、てっぺんには大きな禿げがあった。

 皮膚は薄汚れていて、尖った鼻や、小さい潤んだ目にはなんとなく鼠臭さを感じた。男はハァハァと浅く、早い息遣いをしていた。あまり、気分の良い見た目では無かった。

「誰……ですか? あ、貴方は……」

「つ、杖を寄越せ!」

「は、はあ!?」

 小柄な男は鬼気迫る様子で言った。

 その目はギラギラとしており、とても正気とは思えなかった。シルヴィアは今すぐにでも立ち上がられなければ、この訳の分からない男に殺される。と咄嗟に思った。

 そうして、シルヴィアは立ち上がって、男の脇を通って逃げ出した。しかし、すぐに男の方も立ち上がり追いかけて来た。散々言っている通り、シルヴィアは足が足が遅い。追いつかれてしまうのは早い話だ。

 謎の小汚い男が自分に追い付いて来るのを察したシルヴィアはぐるっと方向転換して男の方を向いた。そして、持って居た月長石で殴る。

 ただ、シルヴィアは所謂力なき少女だ。いくら少し硬い石を持った手で殴ったとしても、大の大人が。男が怯むような攻撃は与えられない。

 

「杖を寄越すんだ。お嬢さん。いいから、早く! わたしが殺される前に!」

 男はシルヴィアの肩を掴んで緩りながら、言った。

 自分がどうすればいいのかが分からなかった。それに、この男が言っている事が何も分からなかったのだ。

「だ、誰に、殺されるんですか?」

「12年前。シリウスは私を殺そうとした! あいつは、〝闇の帝王〟の召使いだ! あいつは狂ってるんだ!」

「なら、ご、ご自身で……魔法省なりに保護を頼──「いいから寄越せ!」

 目の前で叫ばれ、小汚い男の唾まで飛んできて不快だった。シルヴィアはこっそりと自分の杖を抜く。

 

「ステュ──「あぁ、ありがとう!」

 シルヴィアが男の視界外から失神呪文を打とうとした。しかし、それは男に見抜かれ、呪文を打つ前に小汚い男がシルヴィアの杖を引ったくったのだ。

「ちょ、え「〈インペリオ 服従せよ〉!」

 男の手にあるシルヴィアの杖から光線が光った。それは確かにシルヴィアに当たったが、呪文通りの効果は出なかった。

「──って、許されざる呪文じゃ無いですか! ア、アズカバン送りですよ!?」

「き、効かないのか!? こ、こうなったら……〈ステューピファイ 麻痺せよ〉!」

 男は焦った様子でもう一度呪文を唱えて、次は赤い閃光が煌めいてシルヴィアに当たる。

「ウギャッ!?」

 

 

「……」

 シルヴィアが目覚めたのは、黒死病(ペスト)用魔法薬が出来て、鼠が減って今や患者がめっきり減った医務室だった。

「わ、私は……?」

 起き上がると後頭部に痛みを覚えた。自分の後頭部を押さえると包帯が巻かれていた。きっと、倒れた時に頭から倒れ込んだのだろう。

 

「あぁ、起きましたか! 良かったです。」

 マダム・ポンフリーがシルヴィアのぼやきにも近い声を聞き取って奥からやって来た。

「取り敢えず、これをお飲みなさい。」

 そう言って水の入ったゴブレットを差し出して来た。シルヴィアは何がなんだか。と言う表情のまま水を飲み込んだ。

 

「貴女は、城の空き教室だらけの2階の廊下で倒れていたのですよ。貴女が寮へ帰って来てない。と言う事が判明した時、城内はパニックになっていましたからね。貴女、毎年姿を消す事を目標に過ごしているのですか?」

「あー、そのつもりは……無いんですけど……」

 マダム・ポンフリーは一頻り言いたいことを言い終えた。と言う表情になった。

 

「貴女は、どうしてあの場所で倒れて居たのですか?」

「そ、その……変な男の人が居たんです。小柄で……クシャクシャな髪を持っていて頭のてっぺんには大きな禿げがある男の人です。」

 そう言うとマダム・ポンフリーは驚いた顔をして居た。

「シリウス・ブラックでは無くて?」

「えぇ……シリウス・ブラックでは無かったです。けど、その男の人はシリウス・ブラックに殺される。って喚いていました。……ただ、魔法省に保護して貰えばいいのに。と言ったらそんな事よりも杖を寄越せって……」

「まさか……あ、貴女はその男に……杖を渡したのですか?」焦った様子で聞いて来た。

「その……つもりは無かったんです。不審者だから、失神呪文をかけて先生達に突き出そうと思ったんです。けど、呪文を放っている間に奪われて……」

 マダム・ポンフリーは頭を手にやって、苦悩の表情を見せた。

「なんで、杖を出しちゃうんですか……」

「こ、怖かったんです。そ、それに、あの男の人……許されざる呪文をかけて来ました。服従の呪文です。効かなかったんですけど……」

 そこまで言うとマダム・ポンフリーは本当に困り果てた様子になった。

 

「なるほど、なるほど……貴女はホグワーツに侵入して来た不審者。と言うより、闇の魔法使いに杖を奪われてしまったんですね……」

「い、一応……母の形見の杖があるので……日常生活は送れるとは思います……。ただ、杖……戻って来るんですかね?」

 シルヴィアは不安気に言った。マダム・ポンフリーは少し悩んだ様子を示してから、口を開いた。

「分かりません。が、一応魔法省の方に言っておきましょう。今はアズカバン監獄の者が()()()()居ますから。対応はしてくれるでしょう。」

 その後、マダム・ポンフリーから明日にでも退院出来るでしょう。と言うお墨付きをもらってから、シルヴィアは一睡と言って眠り始めた。






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