メロペー・ネクロタフィオ
私は貴方もあの子も愛した。私はあの2人に生きて欲しかった。けれども、それは叶わぬ願いだった。あぁ……神よ。どうか私達に祝福を……赦しを……
◆
私は、私が生まれる7年前にイギリス魔法省大臣の座に就いたシリウス・ブラックの長男、アケルナル・ブラックの4番目の子供、メロペー・ブラックとしてこの世に生を受けた。
祖父であったシリウスは、私が生まれる6年前に妻であるローレッタを失っていたが、それでも強かに魔法族の為に行動を続けていた。
そして、何よりも魔法族第一主義者であり、『魔法族よ永遠に』というスローガンを掲げていた。当時、マグル界の影響も相まって混乱を極めていた魔法界に希望の光をもたらした──と後に語られるほどの人物だった。
父のアケルナルもまた、偉大な人物だった。
父はブラック家の長男として、魔法族の誇りを強く持っていた。それに有能な人で祖父の口癖は「次の魔法省大臣は息子に任せたい」というものだった。
母もまた、博識で賢い女性だった。母の兄は呪いの研究者で、その研究で多くの功績を収めている。その研究の助手を務めていたのが、私の母だった。
私には兄が2人と腹違いの姉が1人居たが、皆それぞれに優れた能力を持っていた。
そんな偉大な魔法使いたちが数多くいる一族のもとに生まれた私は、少々居心地が悪かった。
お世辞にも器用な人間とは言えず、私はドジで、ホグワーツでの成績も兄や姉よりは悪かった。
それに、加えて魔法の腕前もそれほど優れてはいなかったものだから、私の陰口を叩く者も少なくなかった。彼らは私のことを『
「貴女はそのまま、貴女らしく生きなさい」
それが母の口癖だったが、私にとっては『私らしく』が分からなかった。
◇
そんなある日、私は決定的な出会いをした。
確かあの日はホグワーツ2年生の夏休みの話だった。
私は、ゴーント家に嫁いだ姉の結婚祝いに家族で
華やかな婚礼だった。自分の見た事ある親戚、見た事の無い親戚。役人だという魔法使い。その他諸々。盛大な式だった。
あまり言ってはいけない。思ってはいけない事は理解しているが、イーサン・ゴーントと言う人物は確かに顔は整っている。しかし、どうしようも無い嫌な雰囲気を醸し出している人だった。
優しく強かで美しい聡明な姉の結婚相手としては、些か不釣り合いに思えた。
私は姉が大好きだったので、姉にはもっといい人に結婚してほしかった。そう強く感じていた。
けれども、私もそこまで愚かでは無い。これは愛のある結婚では無い。家の存続、権力の引き換え。そんな結婚なのだ。
まるで、彼らの嫌うマグルの
ゴーント家は、あのホグワーツを創立した偉大なる創立者の内の1人であるサラザール・スリザリンの末裔だ。彼らはいつでも純血の血を欲している。
そのあまりも醜く淀んだ欲の対象として選ばれたのが、ブラック家長女の姉だったのだ。
きっと自分もそうなんだろう。自分もそんな理由の結婚をするのだろう。
別に不満など無かった。私はそれが魔女にとって
私は姉とイーサン・ゴーントの結婚式が終わると散歩を始めた。
ここら辺はロンドン市内では見られない景色がいくつも見られる。青々とした山に何やら怪しい湿地。それに少し離れた場所からは、海も見られるそうだった。
海を見る事は自分の足の遅さを考えると、辿り着いた頃には夜になってしまっているだろう。っと始めから諦めていたが、こうやって歩き回って自然を楽しむ。というのは悪く無い心地だった。
「おやや、其処の綺麗なお嬢さん。迷子でしょうか?」
マグルの男が目の前に現れた。その男はどこか下卑な笑みで私を見ていた。
「いえ、散歩です。ロンドンから此処に来たもので、どう言った場所か散策してみたくて」
「ほほぉ、そうかいそうかい。お嬢さんはお貴族様ですかい?」
私の服は確かに目の前の男が来ている服よりもずっと上等な布で出来ていた。私が貴族の身分にあると言う事は想像に難くないだろう。
まぁ、貴族では無くて魔法界の貴族(自称)というのが真実であるが。
「まぁ、そんな所ですね。」
そう答えた頃に男は1歩、また1歩と私に近付いて来た。
「な、なんでしょうか?」
「貴女様、僅かに潤んだ薄紅色の唇。そして、ドレスの合間から垣間見える、未だ幼さを残した無垢で透き通るような白い肌。其の肌はまるで月の光を受けた妖艶な花のよう。宵の闇を思わせるほど深く、底知れぬ魅力を湛えた髪が、しなやかに靡いている。
なんとお美しいことか。貴女様のその肌に触れてみたい。其の清らかな肢体にわたしの愛を注ぎ込み、秘められた緋色の花を咲かせたい……」
男の口は妙に回っていた。まるで酔っ払った破落戸のようだ。それに言っている事が普通に気持ち悪い。
私は、男の前からクルッと回って逃げ出した。
しかし、12歳の少女の足は悲しいほどに遅く、男のゴツゴツとした大きな手は私の腕を強引に掴み取っていた。そして、男は私を地面に押し倒したのだ。
「な、何をするのですか!」
そう言って私は抗おうとした。しかし、男は私の両手を絡み取り、地面に押し付けていた。その為、杖を取る事さえままなら無かった。
男の熱を孕み、上がった息が顔に当たり気持ち悪かった。涙が瞳から溢れ、目尻を伝った。
「あぁ、なんと麗しき涙なのか……! 其の涙をひと雫でも舐める事が叶うなら、わたしの此の渇きさえも甘く潤されてしまいそうだ……」
私は恐怖から目を硬く閉じていた。
男の汚らわしき赤黒い舌先が私の肌を掬いかけた刹那、男の叫び声が聞こえた。
硬く閉じていた瞳を開けると男は目の前に居なかった。少し視線を移すと男は剣で貫かれ絶命していた。酷い死相だった。
「……大丈夫か?」
そこに立っていたのは、黒髪で金色の瞳を持った30歳手前ほどの男だった。
あまり人相のいい顔とは言えない人だったが、不思議とその瞳には惹かれるものがあった。彼もまた改まった格好をしていた。姉の結婚式に参加した魔法使いだろうか?
「手を貸そう。ずっと地面に寝っ転がっていては貴女のそのドレスも汚れてしまう」
そう言って彼は手を差し出した。私は涙を一旦拭ってから、彼の手を掴み取って立ち上がった。
「貴方は……その、助けて頂きありがとうございます。」
「た、ただ……通りがかりに婦女が襲われかけていれば助けるのが、正しき男の務めだろう。」
彼は少し恥ずかし気に言った。
「貴女の其の汚れを取ってしまおう」
そう言って男は杖を取り出してクルッと回転させた。そうすれば忽ち、ドレスに着いた土汚れが飛び散り、乱れた髪はすっかり元通りになっていた。
「あ、貴方のお名前は一体?」
「わたしは……名乗るほどの者では無い。ただ、わたしはもう行く。貴女も気を付けて帰りなさい。」
送ってくださらないものか。とそう思ったが、知り合いでも無かった男女が共に森から出て来るのは、私の面子を潰すには十分な行為だ。
彼はその間違いを引き起こさない為に配慮してくれたのだろう。
帰り道、マグルが剣で突き抜かれた死体を3体ほど見た。
彼の親切心かも知れないが、まだ罪を犯していない者を殺すのは少々気の狂いを感じた。けれども、私の危機を救ってくれたお人だ。名は知れなかったが、感謝するべきだろう。
それから、結局私は彼の名前を知る事は無かった。
◇
私が7年生になり、卒業する数ヶ月前。私の元に縁談が回って来た。相手は父の妹の長男。アルバート・ネクロタフィオ。
あの残酷なマグルであれ魔法族であれ、自分に無礼を働いた者は無情に切り捨てる『墓場の君主』として名を馳せているネクロタフィオ家の中でも屈指の狂い人。『殺戮卿』として名高い人物だった。
当初、母は大反対した。そんな気狂いで歳が16も離れた男の元へ嫁がすだなて正気の沙汰では無い。と主張した。父も実際そう思っていたらしく、私が拒否すればこの縁談を破談にすることぐらいは許される。と主張した。
しかし、私には回って来た縁談を破談にすると言う思考回路を持っていなかった。誰か高貴な魔法族の家に嫁ぐ。それが刷り込まれていたからだ。ネクロタフィオ家は確かに他の者達からの物言いは酷かったが、高貴な魔法族の家である事に違いは無かった。
母の不安な眼差しに送られながら、私はネクロタフィオ家に嫁いだ。
アルバート・ネクロタフィオこそ、あの時助けてくれた彼だった。この世界、運命というものがあるのだと初めて実感した。
しかし、あの時の少しばかりとて存在していた優しい眼差しは失われており、昏い色を帯びていた。それに、うっすらと香って来る鉄の匂い。そして死の匂い。
彼は間違いなく『殺戮卿 アルバート・ネクロタフィオ』である。という証明のように感じた。
結婚式を終えた夜の館。私は初めて彼と2人っきりになった。
「ブラック家のメロペーでございます。今日からよろしくお願い致します」
そう言うと彼は明らかに動揺していた。私が自分の事を恐ると思ったのだろうか?
確かに彼に対していい噂は聞かないが、彼は5年前に私を助けてくれたお人だった。それに、僅かながら彼の金色の瞳に秘められた灯火が愛おしいと思えた。
「あ、あぁ……ネクロタフィオ家当主のアルバートだ。」
彼はオドオドしながら自己紹介をした。そんな彼の様子を見て館の周りに埋められているネクロタフィオ家の犠牲者はどう思うのだろうか?
「何故、笑っている?」
「いえ、なんでもございませんわ。アルバート卿」
「そ、そうか……」
◇
彼は世間が言うほど、冷たい人で無かった。私はいつも不器用だから、彼によく助けられていた。……確かに、血の匂いを纏って館へ帰って来る事もある。私はそれを見て見ぬふりをし続けた。
その後、何度か彼とともに夜を越えた。しかし、私は中々子を宿す事が出来なかった。私は夜に嘆き、朝を妬んだ。
ちょうど1年前。子を3度身籠ったが、3度とも水に流してしまい婚姻は無効だと宣言されてしまった姉の事を思い出した。私もこのまま子を宿せないままだと婚姻の無効を宣言されてしまうのだろうか?
子を産めない女など捨てられてしまうのだろうか? 少なくとも姉はそうだった。私は強い恐怖に襲われる事となった。
それでも、彼は私を優しく抱きしめてくれた。『殺戮卿 アルバート・ネクロタフィオ』が女を優しく抱きしめるだなんて、他人が聞いたら笑い飛ばすような話だろう。
そして、その不安は5度目の夜を越えて解消された。私は遂に子供を宿せたのだ。
あの昏い瞳の彼だってぎこちない笑みを浮かべていた。その笑みを愛おしいと心の底から思えた。これから先、3人でいや、もう少し増えるかも知れない。とにかくこの館での幸せな日々が広がっている。そう心の奥底から思っていた。
そうして待ち望んだ娘が生まれた時、娘は息をしていなかった。私達を見下ろしている彼の瞳には怒りの炎を見えた。
「ま、待ってください! アルバート卿! この子は……この子は死んでおりません! わ、私に伝手があります。け、賢女です。その賢女は死に傾いた子ですら取り上げる人です! か、彼女に……彼女に頼れば必ずやこの子は元気に泣くでしょう!」
彼女とは姉だった。
風の噂で、姉がこのネクロタフィオ家の館の近くにあるトワイグフェレストと言うマグルの村にある森に住んでいる事を聞いた。
姉はそのマグルの村で自分の知識を用いて、
姉を頼れば、姉に頭を下げればきっとこの子は、娘は死なずに済む。この愛おしい子を。彼との愛の結晶を。私はこの命に代えても守ってやりたかった。
「ふん、勝手にしろ!」
そう言うと彼は部屋から立ち去った。
「メロペー様! け、賢女とは……一体?」
「コーデリア! いいから馬をお出しなさい。行き先はこの近くのマグルの村。トワイグフェレストよ!」
私は子を産んだばかりで未だ弱っている体を奮い立たせて、娘を抱いて立ち上がった。幼い頃から私に仕えている侍女であるコーデリアは驚きながら、私を支えた。
「う、馬ですか!?」
「えぇ、トワイグフェレストはマグルの村なの。魔法関係の乗り物で行ってはいけないわ」
そうして、コーデリアに馬を走らせ私達はトワイグフェレストの森へ向かった。
「お姉様! どうか、どうか戸を開けてください!」
私は戸を勢いよく叩きながら叫んだ。暫くすると大層急いだ様子の姉が出て来た。
「メロペー!? 一体、こんな夜更けにどうして……」
「フィリス様!?」コーデリアは驚いて声を上げた。
「娘を……娘を助けて下さい!」
「落ち着きなさい、メロペー……この子は……?」姉は少し怪訝な表情をしながら聞いた。
「生まれてからまだ一度も産声を上げていないのです!」
そう言って生まれたばかりの娘を姉に見せた。
「メ、メロペー……ざ、残念だけれども……この子は……──」
「この子は死んではおりませんわ。お姉様。この子は私と彼との娘ですもの。きっと美しい娘へと育ちますわよ。なんて言ったって、ブラック家とネクロタフィオ家の血を継ぐ子ですもの。
……──この子は生きているだけでいい。生きているだけで尊い……。愛おしい。どうか、お姉様。お姉様! この子を……この子の命を……助けてやって下さい!」
「……分かりました。貴女とアルバート・ネクロタフィオ伯爵の子の助命を致しましょう」
姉はそう言うと私から娘を受け取り、大事に抱えながら家の中へと入って行った。
──その後の事は、私はまともに覚えていない。姉が娘に何かしらの魔法を施したのか、薬を飲ませたのか。それすら知らない。
コーデリア曰く、不思議な事が起こったそうだ。
「メロペー。貴女の娘は息を吹き返しましたよ」
朝焼けが目に刺さる頃。姉はそう言って私に娘を返した。娘は元気よく泣いていた。
「あぁ……良かった。良かった! ありがとうございますお姉様! こ、このお礼をどう申せば……」
「いいのですよ。メロペー。私は当たり前の事をしたまでです。寧ろ、私は贖罪として人の命を救わなければならないのですから……」
姉は何処か悲し気に言った。
そんな姉に私は感謝を伝え続けて、完全に太陽が地平線を越えた時にコーデリアの馬で、ネクロタフィオ家の館に戻った。
「そうか……息を吹き返したんだな……」
彼は穏やかな声でそう言った。私はその言葉に涙を流した。
──されど悲しみは繰り返すらしい。
癒者に娘を見せた際、癒者は残酷な一言を放った。
「お子様は……肺、若しくは心臓がお悪いようです……。このままでは長く生きても10年ほどかと……」
目の前が真っ暗になった。この愛おしい娘は私達の娘は、ホグワーツを見る事すら叶わないのか? 10歳と言う1番可愛い年頃で命を落とすのが運命なのか?
なんて残酷な運命だろう。なんて不条理な世界だろう。この世界を臨んでいる運命の女神は一体何をお考えなのだろうか?
彼は私に対する罵詈雑言を吐き捨てて部屋から出て行こうとした。
「お、お待ち下さい! アルバート卿!」
そう声かけると彼は怒りの形相で私をもう一度見つめた。
「……1年の猶予をやる。1年以内にその子をお前の手で殺さなければ私がお前諸共殺す」
「あぁ……アルバート卿。ご慈悲を感謝致します……!」
そう言うと彼は部屋から完全に立ち去った。
「し、しかし……きちんとした治療をする事が出来れば……もう少し長生きが出来るかと……」癒者が恐れながら一言言った。
「ほ、本当ですか? 本当なのですか!?」
癒者は静かに頷いた。
私はやっと目の前を見る事が出来た。希望を見出す事が出来た。私の悲しみの夜空に希望の星が昇った。けれども、同時にその星は雲に隠れてしまった。彼は必ず、この娘を殺せと命じるだろう。
それまでの間、この子と幸せに……暮らそう。
それからの日々、私はひたすらに幸せだった。確かに、彼は居ない。彼は私を見ようともしない。けれども、私には娘が居る。
私は娘に名前を付けた。
美しく気高いギリシャ神話の月女神。魔女達の女神。アルテミシア。姉のように聡明な人になって欲しかった。だから、この名前を名付けた。
夫の了解も得ずに勝手に名をつけるだなんて、ご法度もいいところだろうが、もう彼は私を私達を見ていない……。
「可愛いミーシャ……。あと1年の命しか無い……可哀想なミーシャ……。」
夏を越え、秋を越え、冬を越え季節は一巡する。アルテミシアが生まれた春になった。
彼は、1年前、アルテミシアが生まれたその日に剣を持って私達の部屋にやって来た。
彼はこの子の生まれた日を覚えているのだろうか? それだけで私は嬉しかった。
「猶予は与えた。お前とその娘。どちらも殺してやる」
彼はそう言って私に剣を向けて来た。
私には、この子に生きて欲しかった。私は私の命に代えてもこの子に生きて欲しかった。なんの気の狂いだろうか、自然と言葉が出て来た。
「ア、アルバート卿。わ、わたくしが……この子を……殺します。貴方様のお目汚しにならないよう……も、森で殺して参ります。きっと、朝までには帰ります。そ、それまで……どうか、どうか私を殺すのは……少々、お待ちくださいませんでしょうか?」
彼を騙す為の偽りの妄言。
私は彼を愛している。けれども、私はこの子も同じくらい愛している。この子には生きて欲しい。生き延びて欲しい。
「……勝手にしろ」
私はその言葉で部屋から飛び出して行った。ここから先の行動は例えコーデリアにも見られてはいけない。もし、コーデリアを置いていけば、彼に殺されてしまうかも知れない。
心の奥底でコーデリアに謝った。
「待て!」
彼が声を上げた。私は急いで廊下を引き返して、彼の元へ向かった。
「その子の……その子の……名前は?」
私はその言葉に驚いてしまった。彼がこの子を少しでも気にかけてくれた。
その事が嬉しい反面、同時に恐ろしくなった。勝手に名付けをした事を彼は怒るだろうか?
「ア、アルテ……アルテミシアで御座います……。か、勝手に……勝手に名付けをした無礼をお許しください……。」
「そうか。さっさと殺してこい。」
私は急いで館から飛び出して、馬に乗り駆け出した。馬に乗る才能があった訳では無かったが、少しばかりは乗りこなせた。
日が完全に沈み、美しい月が昇って来たタイミングで森に辿り着いた。
そして、アルテミシアを抱き抱えて姉の家へ向かった。
──オ前ハ、其ノ娘ノ所為デ愛スル夫ニヨッテ殺サレルノダ
森が囁いた。いつもならば、その囁きなど無視出来ただろう。しかし、ここまで慣れない馬に乗って駆けて来た私にはその言葉は嫌に染みて来たのだ。
「この子の、所為で……彼は……私を……見なく、なった?」
──ソウダ。殺セ! 殺セ! 復讐ォ果タセヨ!
私は娘を、愛する筈の娘を地面に置いていた。そして、手を首へ……
「ち、違う! こ、この子は。この子は……アルテミシアは私の愛する娘!」
森の囁きを振り切って、姉の家へ雪崩れ込むように向かった。
「お姉様!」
戸を強く叩いた。しばらくすると前回と同じように酷く焦ったような姉が出て来た。
「ど、どうされたのですか……?」
「取り敢えず……中へ。中へ。今からの話は、誰にも、森の動物達にも聞かれてはなりませんから……」
息も絶え絶えな私を姉は介抱しながら家の中に入れてくれた。
家はとても清潔で、それでいて薬草の匂いが至る所からした。幼い時分から嗅いできた安心する姉の匂いだ。
「次はどうされたのですか? メロペー……」
「この子を……どうか、この子を私の代わりに育てて欲しいのです。まるで実子のように愛してやってほしいのです。」
そう言って私はアルテミシアを姉に預けた。姉は当惑した様子で受け取ってくれなかった。
「ま、待って下さい。話が読めません。一体、どうしてこの子を……私が育てるのですか? この子の母親は貴女で父親はアルバート・ネクロタフィオ伯爵でしょう?」
「……この子は、生まれながらに身体の弱い子だったそうです。癒者によれば何もしなければ10年の命だそうです。その事にアルバート卿は激昂されました。そうでしょう。折角、生まれた子がそんな始末では誰だって怒りの感情を抱くでしょう。」
姉はまだ困惑している様子だった。
「私は、この子を自らの手で殺める。と嘘を吐いて館を飛び出して来ました。お姉様、貴女に頼る為に。私の代わりにこの子を育ててやって欲しいのです。まるで実子のように大切に育てて欲しいのです。きっと、きっと貴女ならば上手くいくものでしょう。貴女はいつだってそうでしたから……」
「……私には、子を育てる資格など──「あります! 貴女は聡明です。貴女は美しいです。きっと貴女ならば、この子を立派に育てられる筈です!」
そこまで言うと姉は渋々、子を受け取った。
「この子の名前は?」
「アルテミシア……です。ギリシャの月女神であり、魔女達の女神。美しい名前でしょう?」
「えぇ、そうですね……」
姉が子を抱いている姿は聖母のように清らかで穏やかな姿だった。
「それでは、私は帰ります……」
「ど、何処へ? まさかとは思いませんが、アルバート・ネクロタフィオ伯爵の元へ?」
「えぇ、その通りです。」
そう言うと姉の手が私の頬を叩いた。姉の顔は今まで見た事の無い形相だった。
「貴女は……貴女は! 娘を捨てにここまで来たのですか!? 何度も子を産み損ねた都合のいい女が居るから、その女の元に捨てに来ようと私の元を訪れたのですか!?」
「……私は……あの人を愛したのです。もし、死ぬのであれば──あの人の腕の中がいいのです。けれども、この子の事もまた愛しているのです。この子にはどうか……生き延びて欲しい。」
「──見下げ果てました。貴女がそこまで……愚かな女だとは思ってもいませんでした。」
姉の声は冷たい厳しいものだった。ただ、それくらい言われる筋合いはあるものだと確信していた。子を捨てる母なんて大抵碌なものでは無い。
「貴女が自らの娘を捨てる罪人だとしても、この子には罪はない。えぇ、いいでしょう。私はこの子を育てましょう」
そう姉が言い切り、キリッと私の事を睨んだ。それはこの家から出て行け。と言う意味であると私はすぐに悟った。
「ありがとうございます。お姉様。……どうか、どうか……幸せになってください。」
私は馬を繋げた場所へ戻り、館へ戻った。戻った頃には朝日が昇っていた。美しい朝日だった。涙が出て来た。例え、愛した人に殺されるとは言え、やっぱり死ぬのは怖い。
館に入ると玄関ホールでコーデリアが殺されていた。哀れなコーデリア。愚かな娘に着いて来てしまったが故に……。
私はコーデリアの死体を傍目に静かな館を歩いていく。
「義姉上……」
そこに立っていたのはアルバート卿の弟セバスチャン卿。それに、妻のマーガレット夫人だった。2人とも、気の毒そうな表情で私を見ていた。
「貴女がこのまま兄のところへ行けば貴女は殺されるでしょう。兄はすでに癇癪を起こして自分の従者を全員殺してしまっているのです。今の兄に近付くのは危険であります。……どうか、遠くへお逃げくださいませ」
「私は……あのお方を愛したのです。あのお方に殺されるのあれば……本望であります。それに母が死した今。逃げる当ても御座いません。」
「どうして……貴女のようにお美しい方が、あのような醜い男を愛するのですか?」
セバスチャン卿はそう言った。
「私は、あのお方に助けてもらった。それに、私には見えるのです。あのお方の優しい眼差しが……」
完全に物が言えなくなってしまっている2人を置いて、私は彼の部屋へ向かった。廊下には無残な死体が幾つも転がっていた。
「……こ、殺して参りました。あの子を……この手で。絞めて……」
涙が溢れて来た。やはり、やはり死ぬのは怖いようだ。
我ながらなんて身勝手な思いだろう。娘を殺しかけ、その娘を捨てるように都合の良い存在である姉に押し付けた。あぁ、罪深い。なんて私は罪深い女なのだろう。
断罪して下さい。アルバート卿。
「そうか」
彼は剣を抜き、私に一気に振り下ろした。
焼けるような痛みが全身に走った。彼の剣によって私は斬られたのだ。
私の血が部屋の床に壁に撒き散らされ、彼の服に顔にも飛んだのを傍目で見た。
私の体は、芯を失ったかのようだった。そして倒れ込んだ。私は彼の腕の中に飛び込んでいた。
彼は私の顔を見た。彼は困惑した表情を浮かべていた。まるでこの状況を信じきれていないような様子だった。
「な、何故……そんな、笑みをう、浮かべられる?」
「ア、アル……バート卿……わ、わたしは……あ、貴方と少しの、間でも……す、過ごせて……し、幸せ……だった。」
途切れ途切れに私は彼に伝えた。私の薄れいく意識の中で彼の表情は困惑を深めて行ったのを見た。
「わ、たしは……貴方を……あい、し、て……いま、す」
私の意識は完全に暗闇に落ちた。
……どうか、私の愛する者達が。アルバート卿が、アルテミシアがお姉様が……──どうか幸せになって。そう暗闇の中にそう伝えた。
メロペー・ネクロタフィオ:
シリウス・ブラックの孫、アケルナル・ブラックの4人目の子供であり次女。
そして、アルバート・ネクロタフィオの妻でアルテミシアの母。
不器用な人。
シリウス・ブラック:
メロペーの祖父。メロペーが生まれる7年前にの座に就いた。メロペーが生まれる6年前に妻であるローレッタを失っていた。
魔法族第一主義者であり、『魔法族よ永遠に』というスローガンの元政治を行なっていた。
マグル界の影響:
1455年から1485年の間に薔薇戦争が発生している。
メロペーの母:
とても聡明な人。母の兄は呪いの研究者で、その研究で多くの功績を収めており、その助手を母は務めて来た。
メロペーの兄と姉:
それぞれに能力を持っている優秀な人
イーサン・ゴーント:
当時のゴーント家の人。メロペーの姉のフィリスが嫁いだ人。フィリスが何度も流産するので、結婚の破談を押し付けた人。実は過去に名前だけ何度か登場している。
面子を潰すには十分な行為:
中世ヨーロッパの貴族社会では、娘は父親以外の異性と行動を共にしているだけで面子が潰れる。
魔法族なので、少々その気概は薄いとは思うけれども、マグルの貴族文化の影響を受けている。という設定でこの作品はやっているので、少なからずそのような価値観があるという設定で進めている。
アルバート・ネクロタフィオ:
メロペーが嫁いだ人。父の妹の長男。つまり従兄弟。
若干メロペーの態度にオドオドしている。メロペーは面白がっている。
コーデリア:
メロペーの幼い頃からの侍女。多分それなりに年齢が近いと思う。アルバートに殺される。
フィリス:
メロペーの腹違いの姉であり、イーサン・ゴーントから婚姻の破談を押し付けられた人。メロペーより10歳年上。トワイグフェレストで
最終的にはメロペーからメロペーの娘、アルテミシアを預かり養育する。
アルテミシア:
メロペーとアルバートの間に生まれた娘。生まれたその時は息をしていなかったが、フィリスの尽力により息を吹き返した。しかし、肺、若しくは心臓が悪く長くて10年の命と言われてしまう。
名前の由来はギリシャ神話の月女神であり魔女達の女神であるアルテミスから。因みにニガヨモギの学名がアルテミシア・アプシンジウムだったりする。
セバスチャン・ネクロタフィオ:
アルバートの弟。多くの場合人格者。
マーガレット・ネクロタフィオ:
セバスチャンの元嫁いできた女性。メロペーより3歳年上。
余談語りパートです:
みてもみなくてもどうでもいい作品の余談、裏話みたいな事を書いています。
https://privatter.me/page/67c9f2c5edb6f
少々リアルが忙しくなって来たので、ここらで一旦(ほぼ)毎日更新を止めたいと思います。次回投稿日は不明です。ただ、4月から新生活なので4月中の投稿はどうしても少なくなると思います。どうかよろしくお願いします。
一応、Twitterの方で進捗報告やらその他戯言やらを言ってたりします。そちらもよろしくお願いします。
誤字脱字等ありましたら報告お願いします。
また面白かったら評価、感想などを寄せていただけると励みになります。