呪いの少女と祝福された世界   作:佳山針之介

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第45話 狂気のマッド-アイ・ムーディ

「ふわぁ〜よく寝た〜」

 シルヴィアはそう言いながら目を覚ました。例年通り、ミリセントとパンジーは居ない。ダフネは黙々と何かを読んでいた。

「え、あ……起きたのね。」

「おはよう、ダフネ。何を読んでいるの?」

 シルヴィアがそう言うなり、すぐに本を閉じてトランクの中へ素早く隠すように入れた。

「別に、シルヴィアには……関係の無い本よ。えぇっと、今日の授業は……初っ端から呪文学じゃ無いの。それにその次は変身術で、次が闇の魔術に対する防衛術……なんだか、災難な1日になる予感がするわ」

 誤魔化すように時間割を読み上げた。ただ、シルヴィアとしても新学期1日目の授業に闇の魔術に対する防衛術があるのは怖いと思った。あのいかにもな教授が担当する授業だ。いかにもな授業が展開されそうだ。

 2人は、若干気を重くさせながら呪文学の授業が行われる教室へと向かった。

 今年の呪文学では、まず防水魔法をやった。これがあれば嵐の日にも服を濡らさずに済むらしい。願わくば、去年度にやってくれたら昨日の雨でびしょ濡れになる事も無かったのに。とシルヴィは心の中で文句を言った。

 2限目の変身術では、机を豚に変える為の練習をした。どうやら、来年度に実施されるO.W.L試験に出るらしい。

 O.W.L試験とはホグワーツ5年生が受ける普通魔法レベル試験で将来の進路にも関係してくるものらしい。その話を聞いただけでシルヴィアは胃が重くなった。

 

「遂に……次があのマッド-アイ・ムーディの授業だね……」

 ミリセントはどこか緊張した面持ちで言って来た。シルヴィアはここまでの時間。マッド-アイ・ムーディがどれほど〝イカれている〟かの話を聞いて来た。

 彼は引退した伝説的な闇祓いだそうで、アズカバン監獄を1人で半分以上埋めてしまった人だそうだ。しかし、その闇の魔法使いとの戦闘で、片眼、鼻の一部。そして片足を失ったそうだ。

 長らく続いた闇の魔法使いとの戦闘を経て、被害妄想が強くなってしまったそうで、最初にダフネが言った通り友好的な握手と非友好的な握手の違いが認識できないそうだ。

 そして、スリザリンには親が闇の魔法使い寄りの生徒が多く在籍している。彼らは皆、マッド-アイ・ムーディなんぞ怖くない。と虚勢を張っていたが、去年のルーピンの比にならない程には嫌がっていた。

「変な事しなければいいけど……」

 ダフネがそう言った。シルヴィアとしても怖かった。なんて言ったって、彼のぐるぐると動く義眼(?)に見つめられると、背筋が凍るような錯覚に陥る。それはそれは恐怖そのものだった。

 

 スリザリン生は重い気持ちを引き摺りながら、闇の魔術に対する防衛術の教室へやって来た。教室にはまだムーディは訪れていなかった。親が闇の魔法使い寄りの生徒達は皆、後ろの方へ座った。今までの人生に於いて闇の魔法使いとそこまで関係の無い生徒は前の方へ追いやられた。

 シルヴィアは勿論の事。ダフネ、ミリセントも後者寄りの人物だったので、前の方へ座る羽目になった。

 教室は今までに無いほどの緊張感に見舞われていた。

 間も無く、コツッ、コツッと言う音が廊下を近づいて来るのが聞こえた。紛れもなくムーディの足音だ。スリザリン生の多くは身を震わせ、恐怖をどうにか虚勢に変えていた。

 そして、不気味な恐ろしげな姿がヌッと教室に入って来た。鉤爪付きの木製の義足が、ローブの下から突き出しているのがチラリと見えた。

「そんな物、しまってしまえ」

 コツッ、コツッと机に向かい、腰を下すや否や、ムーディが唸るように言った。教室内に居る誰もが〝そんな物〟が何かのか皆目検討も付かなかった。しかし、誰も聞けるような勇気を持っている生徒は居らず、ただシーンとしていた。

「教科書だ。そんな物は必要無い」

 そう言われて、皆怪訝な表情をしながら教科書をカバンに戻した。

 ムーディは出席簿を取り出して、傷だらけの歪んだ顔にかかる、鬣のような長い灰色まばらの髪をブルブルッと振り払い、じっくりと出席簿を眺め始めた。彼も普通の教授と同じように出席を取るタイプなのだろうか? 彼が教授らしい事をするとはあまり思っていなかったので、意外だった。

 

「ダン・エイブリー」唸るような声が教室に響いた。

「は、はい……」

 エイブリーの声は震えていた。彼の叔父はダフネの話によれば、死喰い人で捕まってはいないそうだ。そう考えるとムーディは恐怖の対象だろう。

「お前はオリヴァー・エイブリーの甥だな?」

「は……はい……」エイブリーの声は震えていたが、ムーディはそれ以上追求しなかった。

「ロイド・バーネット」

「はい……」

「バーバラ・ボーモント」

「は、い」

 バーネットもバーバラも特に何も言われる事は無かった。ミリセント。それに、イザベル・ブラッドフォード。アントワーヌ・ド・ブランジェまで何も言われる事は無かった。

「ビンセント・クラッブ」

「はい」クラッブもムーディに負けないぐらいの唸り声だった。これは生来のものだ。

「お前の父親はスティーヴ・クラッブだな?」

「あ、あぁ…はい」

 ムーディは確認するように脅すように聞いた。シルヴィアは知る余地も無いのだが、クラッブの父親もまた死喰い人である。

「メアリー・クロッカー」

「……はい」

 クロッカーは完全に声を振るわせていた。ただ、ムーディは彼女に対して特に感想を言わなかった。彼女の父親が闇の魔法道具を作っている事を知らないのだろうか?

 その後、ゴイルまで何も言われる事なく、ゴイルはエイブリーやクラッブと同じように父親の名前の確認を脅すようにした。次のダフネも特に何も言われず、レイラ・ランフランクもそうだった。

 ドラコの番が回って来た時、ムーディは「お前の父親とは特に長い付き合いだ」と一言発した。その声は人を殺す事が出来る程度には恐ろしい物だった。

 その後、シリル・マルシベールの番が回って来た際、例の通り両親の確認をされた。彼の父親は闇祓いに殺されたそうだが、母親はアズカバンの中らしい。

 

「シルヴィア・ネクロタフィオ」

「は、はい……」

 シルヴィアの声は震えている。ムーディの瞳は正常な方も義眼の方もシルヴィアを真っ直ぐと見据えていた。

「お前は、闇の魔法使いからの〝許されざぬ呪文〟に耐えたとアルバスから聞いた。フム、興味深い」そう一言言って、次のノットを呼んだ。その後の生徒には何も言う事は無かった。

 

「ちょっと、シルヴィア。いつ〝許されざぬ呪文〟をかけられた訳?」隣のダフネがシルヴィアを小突いて小声で聞いて来た。

「い、1年生の時だよ。クィレル先生にかけられて……ハリーを殺せ。って言われたの。なんとか……抗った。〝磔の呪文〟は辛かった。もうあんな呪文はかけられたく無いよ……」

 シルヴィアはそう答えるが、ダフネも隣で聞いていたミリセントも驚愕の表情をしていた。

 

「よし、それでは」

 ザビニが返事をし終えるとムーディがそう言った。

「この授業については、ルーピン先生から手紙をもらっている。お前達は闇の怪物と対決するための基本をかなり満遍なく学んだそうだ──真似妖怪(ボガート)赤帽鬼(レッドキャップ)おいでおいで妖怪(ヒンキーパンク)水魔(グリンデロー)、河童。それに人狼。そうだな?」

 実際、このクラスの半分は真似妖怪(ボガート)のみしか学んでいないが、大丈夫なのだろうか?

「しかし、お前達は遅れている──非常に遅れている。呪いの扱い方についてだ。そこで、わしの役目は魔法使い同士がお互いにどこまで呪い合えるものなのか、お前達を最低線まで引き上げる事にある。わしの持ち時間は1年だ。1年経てば、わしは静かな隠遁生活に戻る。」

 その言葉で誰もが安心した。少なくともこの気の狂った闇祓いは1年で居なくなるのだ。1年間耐えればいいのだ。

「では、すぐに取り掛かる。呪いだ。呪う形も様々だ。さて、魔法省によれば、わしが教えるべきは反対呪文であり、そこまでで終わりだ。違法とされる闇の呪文がどんなものか、6年生になるまで生徒には見せてはいかん事になっている。

 お前達は幼すぎ、呪文を見る事さえ耐えられぬ、と言う訳だ。しかし、ダンブルドア校長はお前達の根性をもっと高く評価しておられる。校長はお前達が耐えられるとお考えだし、わしに言わせて見れば、戦うべき相手は早く知れば知るほど良い。見た事ないものから、どうやって身を守るのと言うのだ? 今しも違法な呪いをかけようと言う魔法使いが、これからこう言う呪文をかけます。などと教えてはくれまい。面と向かって、優しく礼儀正しく闇の呪文をかけてくれたりはせん。

 お前達の方に備えがなければならん。緊張し、警戒していなければならないのだ。──まぁ、お前達のうち数名は実際に見た事があるだろうがな」

 そう言って蔑むように笑った。その笑いは親の確認を取られていた生徒達をブルっと震わせた。

「さて……魔法法律により、もっとも厳しく罰せられる呪文が何か、知っている者はいるか?」

 誰も手を挙げる勇気が無かった。ただ、少ししてバーネットが手を挙げた。ムーディはバーネットを指した。

「えーっと……父さんが1つ話してくれたんですけど……確か〝服従の呪文〟とかなんとか……?」

「あぁ、その通りだ」ムーディは褒めるように言った。

「お前の父親ならば、確かにそいつを知っている筈だ。一時期、魔法省を梃子摺らせた事がある〝服従の呪文〟はな」

 バーネットの両親は魔法省の高官らしい。

 ムーディは左右不揃いの足で、グイと立ち上がり机の引き出しを開け、ガラス瓶を取り出した。黒い大蜘蛛が3匹。中でガサゴソと這い回っていた。ムーディは瓶に手を入れ、蜘蛛を1匹掴み出して掌に乗せてみんなに見えるようにした。女子の何名かは呻き声を上げていた。

「〈インペリオ 服従せよ〉!」

 蜘蛛は細い絹糸のよな糸を垂らしながら、ムーディの手から飛び降り、空中ブランコのように前に後ろに揺れ始めた。脚をピンと伸ばし、後ろに宙返りをし、糸を切って机の上に着地したと思うと、蜘蛛は円を描きながらクルリクルリと横蜻蛉返りを始めた。

 ムーディが杖をグイッと上げると、蜘蛛は2本の後ろ脚で立ち上がり、どう見てもタップダンスとしか思えない動きを始めた。

 多くの生徒が笑い出した。ただ、シルヴィアとダフネはどうも笑えなかった。

「面白いと思うのか?」

 先ほどまで、ケタケタと笑っていたムーディが低く唸った。

「わしがお前達に同じ事をしたら、喜ぶか?」笑い声が一瞬にして消え去った。

「完全な支配だ」

 ムーディが低い声で言った。蜘蛛は丸くなってコロコロリと転がり始めた。シルヴィアは一気に恐ろしくなった。自分が4年前、ハリーを殺さなかったのが奇跡のように思えて来た。

「わしはこいつを思いのままに出来る。窓から身投げさせる事も、水に溺れさせる事も。誰かの喉に飛び込ませる事も……」

 数名の生徒が身震いをした。

「何年も前になるが、多くの魔法使い達がこの〝服従の呪文〟に支配された。誰が無理に動かされているのか、誰が自らの意思で動いているのか、それを見分けるのが魔法省にとって一仕事だった。

 〝服従の呪文〟と戦う事は出来る。これからそのやり方を教えていこう。しかし、これは個人の持つ真の力が必要で、誰にでも出来るわけでは無い。できれば呪文をかけられぬようにする方が良い。油断大敵!」

 ムーディの大声に、誰もが飛び上がった。

 ムーディは蜻蛉返りをしている蜘蛛を摘み挙げ、ガラス瓶に戻した。

「他の呪文を知っている者はいるか? 何か禁じられた呪文を?」

 すると、マシュー・エンフィールドが手を挙げた。どこか嬉しそうで、狂気を感じた。

「何かね?」

「〝磔の呪文〟です」

 エンフィールドは高揚した声でそう言った。

 どこの世界に〝磔の呪文〟を嬉しそうな声音で言う人間が居るのだろうか。飛んだ拷問狂ぐらいしかいないだろう。

 ムーディはエンフィールドを数秒ジッと見つめてから、ガラス瓶から2匹目の蜘蛛を取り出し、机の上に置いた。蜘蛛は恐ろしさに身がすくんだらしく、動かなかった。

「〝磔の呪文〟……それがどんなものか分かるように、少し大きくする必要がある。〈エンゴージオ 肥大せよ〉」

 ムーディは蜘蛛を膨れ上げた。今やタランチュラより大きい。前列に座っていた生徒の大抵は、大きく椅子を引いてムーディの机から出来るだけ遠かった。

「〈クルーシオ 苦しめ〉!」

 忽ち、蜘蛛は脚と胴体を引き寄せるように内側に折り曲げてひっくり返り、七転八倒し、ワナワナと痙攣し始めた。何の音もっ聞こえなかったが、蜘蛛に声帯があれば、きっと悲鳴を上げているに違いない。そうシルヴィアは思った。また、あの時クィレルによって〝磔の呪文〟をかけられた苦しみが蘇って来た気がする。

 ただ、エンフィールドは暗い笑みを浮かべていた。間も無く、ムーディは杖を蜘蛛から離した。蜘蛛の脚がはらりと緩んだが、まだヒクヒクしていた。

「苦痛──〝磔の呪文〟を使えば、拷問に〝親指締め〟もナイフも必要無い……これも、かつて盛んに使われた」

 ムーディは静かな声で言ってから。エンフィールドの方を向いた。

「これを、マグルに放とうだとか馬鹿な考えはやめた方が良い。エンフィールド。〝許されざる呪文〟を人に放った時点で、アズカバン監獄に一生入れられる事は確定している。分かったならば、座れ」

 エンフィールドはギクリとした表情になったが、すぐに座った。

「よろしい……他の呪文を何か知っている者はいるか?」

 一部生徒は最後の蜘蛛の末路を知っているような表情だったが、決して誰も手を挙げる事は無かった。シルヴィアも最後の蜘蛛がどうなってしまうのは心配になっていた。

「誰も知らんのか?」

 ムーディはつまらなそうにそう言うとガラス瓶に手を突っ込んだ。すると、何が起こるのかを知っているように3匹目の蜘蛛は、ムーディの指から逃れようと、瓶の底を狂ったように走り出した。

 しかし、ムーディはそれを捉え、机の上に置いた。蜘蛛はそこでも木の机の端の方へと必死で走った。

「最後にして最悪の呪文……」

 そう言うとムーディは杖を振り上げた。

「〈アバダ・ケダブラ 息絶えよ〉!」

 目が眩むような緑の閃光が走り、まるで目に見えない大きなものが宙に舞い上がるような、グォーっと言う音がした。

 その瞬間、蜘蛛は仰向けにひっくり返った。何の傷もない。しかし、紛れも無く死んでいた。何名かの女子生徒があちこちで声にならない悲鳴を上げていた。

 シルヴィアはただただ、驚いていた。

 ムーディは死んだ蜘蛛を机から床に払い落とした。

「よくない」ムーディの声は静かだ。

「気持ちの良いものではない。しかも反対呪文は存在しない。防ぎようがない。これを受けて生き残った者はただ1人〝生き残った男の子〟ハリー・ポッターのみだ」

 シルヴィアは困惑していた。〈アバダ・ケダブラ 息絶えよ〉それは、あのピーター・ペティグリューとか言う男が放った呪文と同じだ。

 彼が自分の杖から放った閃光。それも確かに緑色の閃光だった。そして、自分はその閃光に確かに撃ち抜かれた。──それでも……今、生きている。

「〝アバダ・ケダブラ〟の呪いの裏には、強力な魔力が必要だ──お前達がこぞって杖を取り出し、わしに向けてこの呪文を唱えたところで、わしに鼻血さえ出させる事が出来るものか。しかし、そんな事はどうでも良い。わしは、お前達にそのやり方を教えに来ているわけではない。

 さて、反対呪文がないなら、何故お前達に見せたりするのか? それは、お前達が知っておかなければならないからだ。最悪の事態がどう言うものか、お前達は味わっておかなければならない。精々そんなものと向き合うような目に遭わぬようにするんだな。油断大敵!」

 声が轟き、またみんな飛び上がった。

「さて、この3つ呪文だが〝アバダ・ケダブラ〟、〝服従の呪文〟、〝磔の呪文〟──これらは、先ほどエンフィールドに言った通り、これらは〝許されざぬ呪文〟と呼ばれる。同類であるヒトに対して、このうちどれか1つの呪いをかけるだけで、アズカバンで終身刑を受けるに値する。お前達が立ち向かうのは、そう言うものなのだ。

 そういうものに対しての戦い方を、わしはお前達に教えなければならない。備えが必要だ。武装が必要だ。しかし、何よりもまず、常に、耐えず、警戒する事の訓練が必要だ。羽根ペンを出せ……これを書き取れ……」

 それからの授業は〝許されざぬ呪文〟のそれぞれについてノートを取る事に終始した。

 ベルがなるまで誰も喋らなかった。ムーディが授業の終わりを告げると皆コソコソと話出し、廊下に出た生徒はワッとお喋りを始めた。

 

「ネクロタフィオ。こちらへ」

 ムーディはシルヴィアを引き止めた。ただ、授業中よりはずっと優しい唸り声だった。

「は、はい……」

 ダフネの心配そうな顔に見届けられながら、シルヴィアはムーディに付いて行く。辿り着いたのは、防衛術の教室の前方にある階段を上がった先にある部屋だった。

 去年も来た事があるが、ルーピンが使っていた時よりも得体の知らぬ物品が増えていた。きっとムーディが闇祓い時代に使っていた物品だろうと容易に想像が付いた。

「座りなさい」

 木の椅子を勧められ、シルヴィアは困惑の表情のまま座った。

「わしの〝闇検知器〟が気に入ったか?」ムーディは紅茶を淹れながらそう聞いて来た。ポットから注がれたお湯は随分と周囲に飛び散っていたが、彼は気にしない様子だ。

「え、えぇっと……あれは何ですか?」シルヴィアは金色のクネクネアンテナを指差した。

「〝秘密発見器〟だ。何か隠しているものや、嘘を探知すると振動する……ここでは、勿論干渉波が多すぎて使い物にならん。生徒達が四方八方で嘘をついている。ここに来てからと言うもの、ずっと唸りっぱなしだ。〝かくれん防止器(スニーコスコープ)〟も止めておかないといけなくなった。」

 なんだか、闇の魔術に対する防衛具も一筋縄ではいかないものだと思った。

「えぇっと……その、何の御用……でしょうか?」

「あぁ、そうだ」

 ムーディはシルヴィアに紅茶を勧めて来た。なんだか、怖かったので1口だけ飲んだ。

「お前さんはネクロタフィオと言ったな? 今の時代までそのネクロタフィオが残っていると聞いてわしは大層驚いた。」

 そう言えば、入学したばかりの頃、よくそんな事を言われた記憶がある。

「そして、お前さんの養父母はヘンリー・ローズブレイドにオフィーリア・ブラック。ふむ。何かしらの因果を感じる。」

 ムーディはそう事実を確認するような口ぶりで言った。

「お前さん自身は知っているか? 〝闇の帝王〟がお前さんを……謂わば、狙っている。と」

「そ、そうなんですか……?」

 何と無く、クィレルが自分を誘拐した事やトム・リドルの発言から察せるものはあったが、去年度はすっかり平穏に過ごしていた(〝例のあの人〟関連では事件が殆ど無かったのに等しい)ので、あまり実感が無かった。

「ダンブルドアの話によれば、お前さんは〝闇の帝王〟に操られていたクィリナス・クィレルの〝磔の呪文〟を受け苦しんだが、〝服従の呪文〟には見事耐え抜いたそうだ。それに、去年度にはピーター・ペティグリューに2度〝死の呪文〟を放たれたが、今生きている……」

 ムーディの瞳は2つともシルヴィアをじっくりと見ていた。

「お前さんは一体どうやって生き延びたのか?」

 ムーディは若干シルヴィアに迫りながら聞いて来た。シルヴィアは少し椅子を引いてムーディと距離を取った。その時、部屋の隅に置かれたトランクがガタガタと言う音を立てた。シルヴィアはびっくりした。

「別に気にしなくて結構だ。わしがこの中身を言ったとして、お前さんは信じまい」

 そう言った途端、ムーディは不自然に首を横に振った。

「だ、大丈夫ですか?」

 シルヴィアの声も無視して、ローブの中に入った携帯用酒瓶を取り出し飲み始めた。その酒瓶に入っている液体の匂いをシルヴィアは知っていた。ただ、どこかつっかえて何の匂いかは思い出せなかった。

「少々、ひきつけを起こしやすいだけだ。これも全て闇の魔法使いと戦った後遺症だ」そうムーディは短く答えると、携帯用酒瓶をローブの中に仕舞い込んだ。

「心当たりが無いようならば別に追求はせん。時間の無駄でしかないからな」

「は、はい……その、やっぱり心当たりは無いんです。」

「そうか」

 ムーディは短く答えた。シルヴィアはこの部屋を今すぐにでも出たかったが、出ていいものか分からなかった。

「では、もう1つだけ聞くが、お前さんはマグルを恨んでいたりするのか?」

 どこかドキッとする問いだった。その言葉は散々、〝例のあの人〟に取り憑かれていたクィレルから聞いていた。

「ただの疑問だ。500年前のネクロタフィオ一族の者は、マグルを恨んでいる傾向が強い。と言う話を聞いたまでだ。」

「わ、私はそんな事ありません。マグル生まれの友達も居ますし……」

「そうか、なら良い」

 ムーディはちょっとだけ笑みを浮かべた。

「で、では……失礼します。」

「あぁ」

 シルヴィアはそうして、逃げるように部屋を飛び出し教室を飛び出した。若干、ムーディはシルヴィアの今まで会って来た自分に危害を加えるヤバい人の傾向通りの人間だった。だから怖かった。なるべく彼とは2人っきりになりたく無いと考えていた。

 

「あいたッ!」

 シルヴィアは廊下の角で誰かとぶつかり、尻餅をついた。目を開くと目の前には白髪の深い紫色のローブを身に纏ったおばあちゃんが倒れていた。

「あっ、す、すみません! だ、大丈夫ですか?」

 そう聞くが返事は無い。ここでシルヴィアは思い出した。このおばあちゃんは新学期の宴で説明が無かった老魔女だ。少しすると、もぞもぞと動き出した。

「いやいや……大丈夫だよ。お嬢さんこそ大丈夫かい?」

 縁無しメガネを直しながら老魔女は聞いて来た。老魔女はシルヴィアの方を見ると驚いた表情になった。

「おやまぁ! これはこれは、ネクロタフィオ家のお嬢さんかい。確か、名はシルヴィア……って言ったかね?」

「え、そ……そうですけど……えぇっと、貴女は?」

「これはこれは失礼した。わしの名前は、エトワール・ド・ノストラダムスって言ってね、予見者なのだよ。だから、お嬢さんの名前だってすぐに分かってしまう。」

 そう言うと朗らかに笑った。シルヴィアは老魔女に手を貸した。老魔女は「ありがとうねぇ」と言って、シルヴィアの手を掴んで立ち上がった。老魔女は腰が曲がっていて、シルヴィアよりも背が低く見えた。

「今年は玄孫がホグワーツに来るそうじゃから、少し下見に来たのだよ。すまないが、占い学の教室はどう行けばいいか知っているかいな?」

「あーっと……その、ごめんなさい。私は占い学の授業を取ってなくて……その、知らないんです」

「そうかい。そうかい。ならばよろしい。……そうだ、お嬢さんに1つ警告をしてやろう。先程の男にはもう近付かん方がよろしいだろう。あの男は二重の影が見える。所謂、不吉な影。と言うやつじゃの。ではな」

 そう言うなり、エトワール・ド・ノストラダムスと名乗った腰の曲がった老魔女は廊下をゆっくりと歩き出した。

「な、何だったんだろう……?」

 

 

「──シルヴィア・ネクロタフィオ。ご主人様が狙っている小娘。特別何かを持っているようには感じられなかったが……〝許されざる呪文〟を全て受けても健常な精神を保っていられるならば……本物か。流石にペティグリューも死の呪文を不発に終わらせるほどの間抜けでは無い。」

 ムーディはシルヴィアが残した紅茶を眺めながら、部屋の中で1人唸るように言葉を発した。

「しかし、ペティグリューは小娘に死の呪文を放った際に、何者かの憎悪を抱いた声を聞いたと言っていた。そして、それを聞いたご主人様は満足げに笑った。あの小娘。何か強大な力でも持っているのか? ……さっぱり分からん」

 そこまで言葉を発するとシルヴィアが残した紅茶を杖を振るって消した。またしてもトランクがガタガタと揺れる。

「あぁ、そうか。飯を与えなくては」

 そう思い出したように言うとムーディは適当に料理を始めた。

「あの爺さんに聞けば、ご主人様があの小娘を狙っている理由が分かるか? ……いや、面倒だからいいか」






エトワール・ド・ノストラダムス:
 予見者。玄孫がホグワーツに来るので、下見に来た。シルヴィアにムーディは危険だと警告した。
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