もしも乙骨憂太と祈本里香が『逆』だったら 作:羂索(792)
バチバチのギャルやってた五条が見たかったので初投稿です。
『約束だよ。里香と憂太は、大人になったら結婚するの』
その言葉を、一度として忘れたことは無い。
左手に光る指輪が約束の証。
そうして交したマジナイは、病める時も健やかなる時も、常に私達を一つに結ぶ。
「そう、約束だよね。憂太」
あの日から成長しない君の写真に、私は何度目かも分からない口付けをした。
「なぁあんたら、里香、って名前の女知らねぇか?」
知らない男から声をかけられたら、一般的な女子高生はみんな逃げる。
だが、今回の場合彼女たちは逃げなかった。何せ、声をかけてきたのは想像を絶する程の美男子だったからだ。
背の高さは190cm近く。
学ランに近い、あまり見ない黒の制服の上からでもわかるほどに鍛えられた肉体。
やや髪質が尖っているが、それでいてどことなく真面目そうな遊びの無い黒髪。
背が高く、言い方こそ乱暴だが所作は丁寧。
彼が優しいことは私だけがわかっている。そんな女のツボをついた容姿は、どことなく女を殴ってそうな雰囲気と、やや似合っていない黒縁のメガネを含めても、見惚れるには十分。
「チッ。知らねぇなら知らねぇって答えろ。もしもお茶してくれたら話しますとか言って無駄な時間取らせたらマジで殴るからな?」
そんな女性達の惚けた顔を見て、禪院
彼は自分の容姿の良さにはそこそこ自覚があり、それを着飾ることを好む程度には自負もある。
だが今彼は、その容姿の良さを見せつけるためではなく、あの
それも新幹線ではなく、バスで。
「えっ、あっ、知らない、です」
「極めて簡潔な回答ありがとう。じゃ」
「あ、知らないですけど、連絡先交換してください!」
「しねぇよ! 殴るぞ!」
「むしろ殴ってください!」
「殴らねぇよ! くそっ、仙台って変な女しかいないのか!?」
殴ってくださいと言われたのは本日五度目。
実家ではゴミのように扱われていて、幼い頃に『遊び』と言われ貞操を奪われた自分が、まさか女に言い寄られ、あまつさえ殴ってくださいと言われるとは。
「しっかし、本当にいるのかね。『メリーさん』だなんて」
メリーさん。
有名な都市伝説で、「私、メリーさん」などという電話がかかってくると同時に、遠くから人形が徐々に被呪者に近づいていき、その都度電話を行う。
そして最後、背後にいることを伝える電話と同時に……。と言った、割とありがちな話。だが、ありがちと感じる程度には有名であり、実在するならばそれなりの等級になるであろうほどの畏れを受けているのは間違いない。
四級術師である真叶には荷が重い。
それはあの
だからこそ不可解、そして実際にやらされていることも不思議。
何せ、真叶が任された任務はメリーさんの調査であったのに、その内容と言うのが『里香』という名前の少女を探せ、というものだったからだ。
『大丈夫大丈夫。私の予感って多分、だいたい、割と当たるから。
思い出したらまた腹が立ってきて、真叶は軽く標識を蹴り飛ばす。
その里香ちゃんとやらが、一体どういう風に呪霊と関係しているのかはともかく。
「なんで俺に女探しなんてさせるんだよ、あのグラサン」
真叶は女が嫌いだった。
真叶にとって女は恐怖の象徴であり、嫌悪の対象であり、目の敵。それをわかっていて女探しをやらせるのだから、あの教師は本当にろくでもない。
結婚相手を探しているなら、もうちょっと人間の気持ちを考えて方がいいだろ。だから結婚できないんだよアイツ。
「はい……ずびばぜん、なんでも話します。だから、もう殴らないで……」
「殴らねぇよ。これ以上は正当防衛じゃなくなるからな」
「ありがとございばず……?」
仙台というのはちょっと裏路地に行けば不良がいると聞いていたが、まさかこんなゴキブリのように湧いてくるとは。
山のように積み重なって倒れている不良共を一瞥し、またその山に一つ、瀕死の男を放り投げ、積み重ねる。
女の話は女に聞くべき、かと思ったが。
やはり真叶にはこういうやり方が性に合う。特に、自分から突っかかってきた不良をとっちめるのは、罪悪感が一切なくて気持ちがいい。
「よしてめぇら。てめぇらの中に里香って女を知ってるやつがいたら───」
その名前を出した瞬間、男たちの顔色が明確に変わった。
男達は全員、真叶に完膚無きまで倒された。
20人近くで囲んで、誰一人真叶に一撃も浴びせられず、逆に全員顔の形が変わらないギリギリのラインまで殴られ続けた。
男たちか真叶の質問になんでも話すと言ったのは、真叶のことが心底怖いから。
だと言うのに。
「い、言いたくない……」
「あ?」
「『乙骨里香』に関わったら、俺達は、俺達はアイツに、アイツに今度こそ……ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!!!!」
「あ、おい!」
全員逃げる体力も無くなるくらい打ちのめしたはずなのに。
里香の名前を出した瞬間、男たちは全員最後の力を振り絞ったのか、真叶が驚く程のスピードで逃げていってしまった。
追いつくこと自体はできるが、そのあまりの豹変っぷりに驚き、真叶は追いかける気も失せてしまう。
里香、乙骨里香。
一体そいつはどんなやつなのか───。
「ねぇ、私に用事?」
背後を取られたのは久しぶりだった。
更に言えば、真叶が気配にすら気づけなかったのは、人生でも一度だけあったことのある叔母をと言うべきほどに年の離れた従姉妹くらいだったのに。
真叶はその女性が自分の背後にいることに、声をかけられるまで全く気が付かなかった。
長く伸ばされた黒髪に、同じように真っ黒のセーラー服。
それはまるで夜の帳のようであり、星の煌めきすら感じさせる。よく見れば制服は改造されており、それはまるで、ウェンティングドレスのようにも、喪服のようにも真叶には見えた。
「アンタは、噂の里香さんか?」
「正解。私は乙骨。乙骨里香。乙骨って、呼んで欲しいな。名前は好きじゃないの」
背丈は170cm程で、女性としては長身だが真叶ほど大きくはない。
なのに真叶は気圧される。その光の一切ない瞳で見つめられると、思わず足が一歩後ろに下がる。
「俺は禪院真叶。東京から来た余所者に、不良もビビる様なアンタが何の用だ?」
「アイツら酷いよね。私は別に、アイツらになーんにも酷いことしてないのに」
そうだよね、と虚空に話しかける里香。
真叶は直感で悟った。
こいつはやばい。なにか、真叶には感知できないなにかがある。
呪力は感じられないが、一度気絶させ、退くべきか。
そう思考した瞬間──────。
「ダメだよ
「なっ──────」
空間が割れるようにして、
まるで別の臓腑を幾つも無理やり繋ぎ合わせたかのような、グロテスクで、鮮やかで、不揃いな肌を持つ異形。
大腕の爪先が、真叶の首筋にそっと押し当てられ、その薄皮をなんの抵抗もなく引き裂いている。
驚くベきはその呪力量。
最初はそこに『海』でもあるのかと、真叶は勘違いをしてしまった。
底無しなんてものでは無い。無尽、あるいは無限。そう表現するべき呪いの塊が、なんの前触れもなく真叶の前に現れ、その命を狙っている。
「デ、モ! この男、里香チャンを、里香チャンをキズつケようと!」
「ありがとう憂太。でも、この人はきっとこの前のジュジュツシさんの仲間だから。きっと、私達のことを助けてくれる」
「あんた、呪術師のこと……」
「シャ、ベルナァァァァァ!!!」
異形の爪が更に真叶の首に食込み、血が迸る。
抵抗、なんてする気にもならない。真叶は軽自動車くらいならば蹴飛ばせる自信があるが、この大腕を押し返すには、流星を宇宙に打ち返す程の力が必要になるだろう。
「ねぇ真叶くん、私達今、すごく困ってるの」
だから、と。
乙骨里香は笑みを浮かべる。
この笑みで何人の男を地獄に引きづりこんだのか。想像もつかないほどに愛らしく、それでいて妖しい魅力のある笑み。
「メリーさんって、知ってる? 私、アイツを殺したいんだ。協力してよ。呪術師さん」
とりあえず一つ言えることは。
あのバカグラサン、帰ったら一発殴ろっと。
「とりあえずポテトと、あとチョコケーキ。あとはドリンクバーと……あ、クリームソーダあるね。私クリームソーダ!」
場所を変えようと連れてこられたファミレスに入るなり、里香は好き勝手に注文を始める。
彼女の持ち物にカバンなどはなく、その身一つ。加えて軽く見ただけでもポケットに財布の類が入ってそうな感じは……。
「リ、かちゃんの体ヲ、邪ナ目、デェェェェ!!!」
「うおっ!?」
「憂太だーめ。やるなら仕事させてから、あと奢ってもらってからだよ」
「やっぱ奢らせる気かよ、この性悪」
「ありがと、憂太以外から好意なんて向けられても毛ほども嬉しくないもん」
ね、憂太と、今日一番の笑顔で、傍らに浮かぶ呪いに声をかける里香。
「じゃあ本題だけど、私達はメリーさんっていう呪いに今困ってるの」
「お前、呪いについて知ってるのかよ」
「オ前だなんて! 里香チャンニィ、失礼ダロォォォ!!!」
「もー憂太ってば過保護なんだからぁ! そういうところも好きだけど」
「里香チャン……」
「憂太……」
「帰っていいか?」
「ダメだけど?」
異形と性悪の夫婦漫才を見せられて、真叶は脳の奥底からの頭痛に耐えるように眉をしかめる。
呪い。
人間の負の感情から発生する『呪力』が形を成したもの。
呪霊と呼ばれるそれは人に害をなすこともあり、日本における行方不明事件の何割だかは、この呪霊の影響、と授業で習った。
真叶の実家や、彼の通う都立呪術高等専門学校では、そんな呪霊と戦う存在である『呪術師』を育てあげている。
呪霊はある程度の素質のある者にしか見えず、『呪力』と呼ばれるエネルギーを扱えるものでないと倒すことすら出来ない。だからこそ、呪術師は人知れず呪霊を倒し、世の秩序を守っている。
「前にこの街に来てた呪術師さんに色々聞いたの!」
「そいつは?」
「憂太、あの人どうしたの?」
憂太、と呼ばれている異形は何も答えず、視線すらこちらに向けない。
「わかんないって!」
「……殺したか?」
「さぁ?」
少し話しただけだが、真叶はあることを理解した。
確かに、里香が横に連れている『憂太』とやらは化物だ。
低く見積っても1級呪霊に相当する力がある。今の真叶では手も足も出ない。その上、里香の命令で動くのだから、逃げようはない。
どんな経緯でこの怪物を使役するようになったのか、そもそもなんで普通に受け入れているのかなど、気になることは沢山あったが。
「あ、そうそう。メリーさんの話なんだけどね」
今、話の主導権を持つのは里香であり、真叶は彼女に合わせるしかない。
何せ彼女の機嫌を損ね、憂太が攻撃をしてきたら真叶は死ぬ。勝つビジョンが一切湧いてこないほどに、レベルが違う。
「私って、趣味で男を引っ掛けてそいつを憂太に嫉妬させてぶん殴ってもらうってのをやって貰ってるんだけど」
「待て、なんの何が何って言った?」
「私の趣味が男を引っ掛けてそいつを憂太に嫉妬させてぶん殴ってもらうってのをやって貰ってるんだけど」
ついでに、この里香という女もレベルが違った。
趣味が悪いというか、性癖ねじ曲がりすぎだろ。
この憂太とか言う呪いも、今のを聞いてなにか反応をしないのかと目を向けると。
「里香チャン……サスガ……」
こいつら脳みそ砂糖漬けして腐らせてんのか?
天才級のメンヘラ二人が天災みたいなことをしているなんて、なんの笑い話にもならない。
「別の男が憂太に攻撃されているところ見ると私ね、実感するの。愛されてるんだなぁって」
「お前性格終わってるな」
「そうかもね。でも、憂太が好きでいてくれるならなんでもいいの」
何も良くないが、ひとまずこれくらい言っても真叶のことを今は攻撃してこない、ということがわかった。
それほどまでに、『メリーさん』とやらが厄介なんだろう。
「メリーさんってのは、ここ最近ここら辺でよく出る呪霊なんだけどね、男だけが対象になるの」
「……なるほどな」
メリーさんの噂を恐れて、男達が夜出歩かなくなる。
そうすると、里香の趣味である男を引っ掛けて弄ぶための男がそもそも居なくなってしまう。原因を討伐しようにも、女である里香ではメリーさんと出会うことが出来ない。
確か元ネタのメリーさんは少女が捨てた人形のはずなのに、男しか狙わないという点は置いておいて、筋は通っている。
「だから待っていたのか? 男の呪術師がここに来るのを」
「そゆこと! 最近ちょっと派手に呪霊ってのをぶっ飛ばしてたから、そろそろ来るかなぁって思ってたの!」
面倒なことにこの女、性悪なだけじゃなくて頭が回る。
業腹だが、一刻も早く五条に報告したい真叶であったが、そんなことを許すような女には見えない。
……それに、この女が問題とは言え、メリーさんが出るのは恐らく事実。この街に満ちた異様な呪力がその証拠。
まぁ、目の前にいる憂太とやらの呪力の方がよっぽど異質であるが、こいつはそれを隠しているタイプなので一旦置いておく。
「いいぜ、わかった。メリーさんには俺も用があったんだ。話が早い」
「いいの!? やったぁ! じゃあよろしくね禪院!」
「苗字で呼ぶな!」
「でも私が男を下の名前で呼ぶと、その相手を憂太が殺しちゃうよ」
真叶は憂太の方に目を向ける。
やります、と妙なやる気を感じとり、なんの冗談でもないことを悟る。
その上で。
「これだけは譲らねぇよ。殺してぇならご自由に。お前みたいなクソ女に苗字で呼ばれるくらいなら死んだ方がマシだ」
「……」
「テメェも名前で呼ばれるのが嫌いなんだろ、乙骨。俺は苗字で呼ばれるのが嫌いだ。取引するなら、フェアに……」
「そう。じゃあよろしくね真叶くん。あ、協力してくれるお礼にここ割り勘でいいよ」
「最後まで話聞けや! ていうか財布持ってんのかよ!」
憂太の口から財布を取り出すところを見てその手があったか、と思うと同時に、こっちは何も食べていないのに割り勘もクソもないだろと悪態を吐きそうになる。
ここで殺し合いになる覚悟までして言い切ったのに、なんとも調子をズラされる女だ。
「…………」
「ん、なんだ。急に黙って」
「割り勘でも足りなさそうだから、七割そっちでいい?」
「………………いいよ」
領収書は五条の名前でつけることにした。
乙骨里香は信用ならない。
これは大前提。
真叶の目から見ても1級以上、もしかしたら特級に相当するかもしれない呪い『憂太』を引き連れ、呪術師にすら関与し、その上で今日まで高専の監視から逃れていた女。
五条なら気づいていたのかもしれないが、五条が気づけないような呪詛師が現れたら、いよいよ日本は終わりだろう。
とはいえ、真叶では敵わない上に、一般人や呪術師への関与は今のところ本人の口からだけで、実態は不明。
メリーさんの情報収集は真叶の本来の任務であるし、敵わない敵にバカ正直に喧嘩を売るほど真叶も馬鹿ではない。
……いや、よく考えたら苗字の件は結構喧嘩を売ってたかもしれないが、真叶はあそこで自分を曲げられるような人間では無いのだ。
ともかく、乙骨里香は信用できない。
任務をこなしつつ、彼女を監視し、五条、或いはパンダか荊、高専の誰かに連絡を取る。
何せ、この里香という女は。
「……乙骨じゃねぇのかよ」
たまたま見えてしまった、財布の中身。
見ようとした訳ではなく、真叶は目がよく、里香が無警戒だったためにたまたま見えてしまった。
その中に入っていた学生証に刻まれていた名前は。
『祈本里香』。
乙骨里香が何者なのか、でしばらく飯を食っていきます。