もしも乙骨憂太と祈本里香が『逆』だったら   作:羂索(792)

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真叶はめちゃくちゃパパ黒(本家)似です。
こっちの世界ではママ黒はパパ黒でパパ黒はママ黒。






呪いの女王と四級術師 2

 

 

 

 

 

 

 深夜2時。

 真叶はとある路地裏で携帯の時間をこまめに確認しながら、その時を待つ。

 

「……来たか」

 

 携帯の画面に表示されたのは、非通知での着信。

 それに対して、真叶は一切躊躇することなく応答し、携帯を耳に当てた。

 

 

 

 

『私、メリーさん。今───』

「待ち合わせに遅れる女は趣味じゃねぇ。30分前に来ていじらしく前髪弄ってろ」

 

 

 応答、合意。

 

 真叶の予想通り、この条件によって周囲に『領域』が展開されていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「里香。お前、『術式』ってのは知ってるか?」

「ジュツシキ?」

 

 全然わかっていなさそうな返答に、真叶は思わず舌打ちしてしまう。

 呪術について半端に知識はあるのに、そこら辺は知らないのかよ。

 

「術師や一定以上のレベルの呪霊は、術式っていう特殊能力を持ってんだ」

「へぇ、じゃあ真叶にもあるの?」

 

 堂々と、一切ためらいなく踏み抜かれた地雷に真叶は一周回って冷静になる。

 

「……なんでそう思う?」

「だって真叶、強いでしょ? 私が見てきた男の子の中では、憂太の次に強いよ」

「そりゃまた、ずいぶんと差のある一位と二位だな」

 

 実際、憂太ほどの呪力の塊ならば、ただそれを込めて殴打するだけで大抵呪霊は倒せるだろう。

 

 だが、真叶は違う。

 

 天与呪縛。

 生まれつきの体質として、真叶は人外の身体能力の代わりに、呪力というものが一般人程度の量しかない。

 おかげで呪力のこもった武器である呪具を扱わなければ、呪いを祓うどころか見ることすらできないときた。

 

「とにかく、俺に術式はないが、これから会うメリーさんには多分ある。そして、その術式を受けたら俺がどうなるかってのは悪いが想像できない」

「呪術師なのに?」

「なのに、だよ」

 

 かと言って、負ける理由も負けていい理由もない。

 呪術師は呪いを祓うもの。呪いを祓うわなければ呪術師ではいられない。

 

「じゃあ私達が呪霊は祓ってあげるから、誘き寄せ終わったら真叶を下がってていいよ!」

「断る」

「なんで!?」

 

 話は合わせたが、一応一般人である里香に手伝ってもらうというのは、最後の最後の奥の手。

 

 なにせ、憂太という呪いはあまりにも底が知れない。今は里香が制御できているが、その力を解き放った時に制御できるかは甚だ疑問が残る。

 

「やーだー! 真叶の言うことなんて聞いてあげる義理も道理もないんだからね!」

「こっちだって同じだよ。だから、あくまでこれは『縛り』だ」

 

 縛り。

 呪術の知識のない相手に、我ながら狡い言い回しだと苦笑する。

 

「10分。それで俺が『メリーさん』を倒せなかったら、好きにしろ。だが10分は手を出すな。それが呑めないなら今すぐお前から逃げてやる」

「出来るの?」

「やってみるか?」

「ふーん……憂太はどう思う?」

 

 里香の背後に座す呪いは、何も答えない。

 それを見て、里香は刃のような鋭い笑みを浮かべる。

 

「いいよ、10分だけ待ってあげる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 多少は無茶をしてでも『メリーさん』は真叶一人で祓う。そのためにも速攻で倒す。

 

 そう、意気込んでいたが。

 

「簡易とはいえ、領域かよ!」

 

 領域。

 呪術の基礎スキルである結界術の発展形。

 自分に有利な陣地を形成し戦うという極めて単純ながら、これを極めれば呪術の最奥『領域展開』にまでたどり着く非常に重要なスキルともいえるだろう。

 

 周囲の風景から急速に色が失われていき、自分だけが世界から隔離されていく感覚。

 おそらく、電話にこたえ、さらにそれに返答をして呼び寄せたことにより、『メリーさん』は真叶を自身の領域に引きずりこんだ。

 

 つまり、あと一秒後には攻撃が始まってもおかしくは──―

 

 

 

「今、貴方の後ろにい──―」

 

 

 瞬間、真叶は振り向きざまに薙刀を一閃する。

 しかし薙刀は空を切り、真叶は背中に焼けるような痛みを感じ取った。

 

(ナイフや包丁の類か? 声が聞こえたし、刺された感じはしたのに、姿は見えなかった。そういう術式か?)

 

 改めて構えなおし、周囲の警戒に意識を傾ける真叶。

 通常、術式や呪力を伴った攻撃に最も有効な防御とは、呪力を体に纏うこと。

 しかし真叶には呪力がほとんどない。多少なりとも頑丈な体をしているため、普通の人間よりはましだが、呪術に対して特別高い耐性があるわけではない。

 

(噂を聞いた限り、複数回攻撃を受けたら即死とか、そういう類ではなさそうだ。ならこの攻撃は恐らく──―)

「い──―」

 

 声が聞こえたのと薙刀が背後に振るわれたのは同時。

 だが、相変わらず真叶の攻撃は当たらず、また背中に鋭い痛み。

 

「くそっ、やっぱこれ限定的だが必中か!?」

 

 相手の姿が見えないが、攻撃だけは真叶に命中する。

 これは『領域展開』の効果、『術式の必中』に非常によく似ている。

 領域の中では、術式の効果は何があっても必ず相手に当たる。当たりさえすれば必殺まで極めた術式を必中必殺にするのだから、使えばほぼ勝ちが確定するまさに奥義。

 

 だが、そんなものを使う相手はそうそう現れない。

 決して楽観的に考えているのではなく、領域展開を使う呪霊にしては攻撃の格が低い。

 

 この呪霊、『メリーさん』の術式が『背中に攻撃する』ことならば。

 領域内で逃げ隠れしながら延々と攻撃をすれば、領域から出れず、攻撃も防げない真叶はいつか必ず死ぬ。

 

 しかしこの領域に必中の効果なんて付与されておらず、もっと簡単なからくりがあるとしたら? 

 

「試してみる、か」

 

 真叶は大きく息を吐いた後、壁に背中を預ける。

 必ず背後に現れるメリーさんへの対抗策。そもそも背後に現れないようにする。

 

 こんなので対処できるのだとしたら、都市伝説なんかにはならないだろうがそれでも気休め。

 

 息を吐き、息を吐き、息を吐き、吸い込み、待つ。

 

 

 

「あたし、メリーさん」

 

 

 

 声が聞こえる。

 振り返らず、背を壁に預けたまま。

 

 

 

今、あなたの後ろにいるの

 

 

 

 背中に鋭い痛み。

 それも先ほどまでよりもずっと深い傷。

 

「が、はっ」

 

 口から吐血こそしなかったものの、傷口からあふれる傷が肌を温かく濡らし、壁を赤く染めていく。

 真叶は壁から決して背中を離していない。だが攻撃は通った。

 

 だが、この攻撃で確信する。

 

 

「お前、必殺って格じゃねぇな」

「……あぁ?」

「そうだよな。メリーさんの怖いところは、どこからでも近づいてくることだ」

 

 筋肉を収縮させ、突き刺された刃を食い止める。

 やはり攻撃手段は体の一部とも言える何かしら、包丁などを模したもの。

 

 瞬間、真叶は薙刀を自身の胸に深々と突き刺す。

 圧倒的膂力で突き立てられたそれはやすやすと体を貫き、その体を背後の壁に縫い付ける。

 

「お前の、術式は、条件を満たした相手の『背後に現れる』こと。じゃねぇのか?」

「あ、あ、あ」

 

 天与呪縛のフィジカルギフテッド。

 その効果は、ただ肉体が頑強なだけではない。

 

 より深く己の体を理解し、より精密に動かす。

 どこを刺せば致命傷にならないで済むかを考え、余計な出血を避けるため臓器や血管の位置を瞬間的にずらす。

 フィジカルギフテッドだからこそできて、真叶のくそ度胸がなければできない荒業。

 

「もっと言えば、条件を満たした相手の背後以外には『現れない』で済む。つまり、俺がお前に会えるのは、お前が俺の背後にいる間ってわけだ」

 

 今まで攻撃が通らず、逆に攻撃だけは命中していたのは、真叶の背後という条件が解除された瞬間、『メリーさん』はいないことになっていたから。

 

「あ、あ、あああああああああ!!!」

 

 絶叫とともに領域が崩れ、周囲の風景に色が戻っていく。

 

 座標がずらされたのか、場所はどこかのビルの屋上。

 近くには小さな人形のような姿をした呪霊が、体から紫の体液を流しながら真叶から距離を取ろうとしている。

 

「逃がすかよ」

 

 慎重に薙刀を引き抜き、真叶は『メリーさん』に王手をかける。

 軽傷ではないが、動けないほどではない。そもそもそうなるように上手く調整して刺したのだから。

 

 あと一歩、逃げに移った呪霊を確実に殺すために詰める。

 

 

「っぅ、くっ」

 

 

 その瞬間、僅かに体がぶれた。

 問題ない範囲。決して倒れるとかそんなものではなく、シンプルな貧血だ。既に虫の息の呪霊を倒すのにはなんの問題もなかったが。

 

 

 僅かに、時間がかかってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「はい憂太、ドーン!!!」

「……は?」

 

 

 そんな間抜けな声と共に降ってきた里香と憂太が、真叶の前で『メリーさん』をすり潰す。

 

「お疲れ様真叶くん。でも、時間かけすぎ。10分経ったから来ちゃったよ」

「テメェ、今倒すところだったんだからもうちょっと見てろや!」

「どうかなぁ。結構ボロボロだけど?」

「舐めんな。自傷が一番ダメージデケェわ」

 

 最後の最後、詰めの段階だった。

 誰がどう見ても『メリーさん』は倒されるだけだったはずなのに、わざわざ割り込んできたのは恐らく。

 

「テメェがその手で殺したかっただけだろ……」

「そんなことないよ。ね、憂太」

 

 あまりに白々しい言葉に、怒る気すら湧いてこなかった。

 

 ……ひとまず憂太や里香に暴走する気配は無いし、呪霊も沈黙。これで一段落はついた。

 

「あ、そうそう。ちょっとこっち来て」

「んだよ。俺はもう疲れたからさっさと帰って……」

「憂太」

 

 里香の一声で、憂太が真叶の体を引っ掴み、その腕に突然呪力を篭める。

 

「は!? テメェ何……し……あ!?」

 

 突然の攻撃に驚きつつも、憂太の圧倒的なパワーに抵抗できず悲鳴のような声をあげるしか無かった真叶だったが、その後自分の体の変化に、更に驚く。

 

 傷が治っている。

 呪力は負のエネルギー。破壊などといった現象を起こすのは得意だが、治癒は出来ない。

 

 それをするためには、負のエネルギーと負のエネルギーを掛け合せ、正のエネルギーを生み出す『反転術式』という高度な技術が必要。

 高専でも、他者に付与できるのは限られた人間しかいない技術と言うよりはもはや才覚に近い技。

 

「真叶って結構便利そうだからね。こんなところで死なれたら困るもん」

 

 いい加減、憂太と里香の底の知れなさに、真叶は眩暈すらしてきた。

 傷一つない元気な体に反してどっと疲れた心の疲労が、ため息という形で出力される。

 

「もう突っ込まねぇし礼も言わねぇぞ。そもそも、テメェが囮になれとか言い出さなかったら俺はこいつの相手してねぇんだよ」

「でも傷を治してあげたのは事実だし、お礼くらい言った方がいいんじゃないの~?」

「誰が言うか! そもそも、本当に10分……」

 

 携帯で時間を確認しようとしたところで、真叶は違和感を覚える。

 

 呪霊の気配は消えた。

 確かに消えたのだが、それはまるで空間から呪霊だけを削り取ったかのような、そんな消え方。

 

 早い話、()()()()()

 それは消滅したというより、まるでどこかに移動したかのような。

 

 

 

 

 

 

「呪霊操術。拡張術式・■」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あたしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!! メ、メ、メメメメメメ????」

 

 

 

 

 

 

 真叶が違和感に気づくとほぼ同時。

 ビルの隙間から這い上がってきたのは、化け物だった。

 

 呪霊を日ごろから見ている真叶からしても、それは化け物と言う他ない。

 先ほど追い詰めた『メリーさん』の下半身に、蜘蛛の呪霊の体を無理やり括り付け、異形の腕を何本も縫い付け、眼球をいくつも杭で繋ぎとめた、パッチワークというのもおこがましい、失敗作。

 

 そんな存在だが、先ほどまでの『メリーさん』とは比較にならない呪力を纏っている。

 さすがにこれは間違いない。これはどう考えても、四級術師の手に負える案件ではない。

 

 簡易領域も再展開され、繋ぎ止められた何十もの瞳全てが、里香と真叶に向けられる。

 

「ちょっと真叶。アイツ全然元気そうなんだけど!」

「知るか! というかトドメ刺したのはそっちだろ! 逃げるぞ!」

「逃げるって……あ、憂太!」

「里香チャンニィィィィィィィィィ!!! キモチワルい目をムけるなァァァァァ!!!」

 

 里香の指示よりも早く、その体を数倍に膨れ上がらせた憂太が『メリーさん』の元に駆け、その大爪で引き裂かんとする。

 

 が、攻撃の瞬間、『メリーさん』の姿が虚空に消える。

 

「え、消え……」

 

 真叶の脳裏によぎったのは、『メリーさん』の術式。

 

 条件を満たした相手の背後に移動する。

 また、その相手はメリーさんが背後にいる間しか、メリーさんに干渉することができない。

 

 憂太という化け物を従えていることが強さであるが、里香自身はほとんど呪力を持たない一般人であることは真叶は知っている。

 

 その憂太は、突然消えたメリーさんに困惑し、里香から離れたところで周囲を探し回って暴れている。

 

「里──―」

「え?」

 

 真叶の声は、突如飛んできた何かに口元を抑えられたことで遮られた。

 

 里香の背後に現れたメリーさんが、腹部から糸の塊を放ち、真叶が喋るのを妨害したのだ。

 

(こいつ、術式を二つ!?)

 

 術式は一人に一つ。

 それは呪霊でも術師でも変わらない基本原則。

 

 消えたはずの呪霊の復活。

 術式の読み違い。

 

 二つ晒した致命的な隙は、死の対価には十分。

 

 

イま、あなたの後ろにいるの

 

 

 その言葉とともに、里香の頭の左半分が弾け飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前、里香になにしてるの?」

 

 その声は、頭の半分を失って、脳漿を地面にばら撒くはずだった里香の口から発せられた。

 

「ぷはっ、里香! お前……?」

「……」

 

 やっとの思いで口から多少の皮膚ごと糸塊をはがした真叶の声に里香は反応することなく、ゆっくりと首を後ろに回す。

 

 45度。

 90度。

 

 

「里香に、なにしたかって、聞いてるの」

 

 135度。

 そして、180度。

 

 可動域を無視して首を回した里香の片目と、『メリーさん』の数十の瞳の視線が交差する。

 

「あたしぃぃぃぃ、メメ、メ? メェ?」

「聞いてるのに、なんで、答えないの?」

 

 里香が手を上げ、その動きを察知して『メリーさん』は里香の背後を離れようとする。

 

「憂太」

 

 短い呼びかけで、一瞬で戻ってきた憂太が『メリーさん』の体をつかみ、里香の背後から逃げることを許さなかった。

 

「里香ね、この世界の全部が嫌い。だって、間違ってるんだもん」

 

 掲げた里香の腕先から『水』が溢れ出す。

 

 なにか嫌な予感がした真叶は咄嗟に別のビルに飛び移り、屋上を満たし始めたそれから逃げたが、遠目でもその正体を察知することはできた。

 

「あれ、呪力か……?」

 

 呪力に何らかの性質が宿ることは稀にある。

 火炎、雷撃、氷。術式の性質から、呪力がそういう性質を持つことはある。

 

 

 だが、里香のあれは違う。

 

 単純に()()のだ。

 

 あまりに濃密すぎる呪力は、空間に存在できる許容値を超え、黒色の水のようにあふれて現実を侵食している。あの水は1mlで、一級術師一人の瞬間出力にも引けを取らない呪力の塊。

 

「里香と憂太が一緒にいられない世界なんて間違ってる。だから」

 

 黒の水が『メリーさん』の頭上に集まる。

 氷柱のような形を成したそれは、その形から予想できる通り。

 

 

「消えろ」

 

 

 まっすぐ『メリーさん』に落とされ、そして。

 

 

 悲鳴の一つすら許されず、それに触れた呪霊は消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 簡易領域は解け、呪霊は今度は間違いなく消滅した。

 

 だが、新たな問題が目の前にある。

 

 里香は相変わらず頭の半分が欠けていて、その内側から絶えず泥のように呪力を流している。

 あの呪力は恐らくは猛毒。一般人が触れたらどうなるか、なんてのは想像もしたくない。下手したら触れた瞬間に死ぬレベルだ。

 

 もうこれは恥だのなんだの言っている場合では無い。

 五条に連絡するため携帯を開き、電波状況が悪くて使えないという表示を見て舌打ちして、そして。

 

 

「……くそっ」

 

 

 メリーさんの電話を受け取ってから、まだ8()()()()経過していないことに気が付いた。

 

 もちろん、普通に考えたら全部里香という女が悪い。

 普通に考えたら、アイツが約束を守らず出しゃばってきたのが元の原因。

 

 

 でも、怪我を治された。

 

 

『真叶って結構便利そうだからね。こんなところで死なれたら困るもん』

 

 

 人を見下していて、からかっていて、どうしようもないほどムカつく笑顔だったけれど。

 あんな邪な感情のない笑みで、認められたことは人生で一度もなかった。

 

「借りを作ったままってのは、性に合わねぇな」

 

 それに、呪いを祓うのは呪術師の責務。

 

「おい里香!」

 

 虚ろな足取りで憂太を引き連れ、人の多い方に移動しようとする里香に声をかけるが、聞こえてない様子。

 

「くそっ、こっち来いって言ってんだよ! 里香ァ!」

 

 止まらないし、止めに行って止められる相手ではない。

 ああもう、最悪。本当に最悪だ。最悪だが、ここで逃げるなんて、それこそ死んだ方がマシだ! 

 

 

 

「おい()()! そのブサイクな面こっちに向けろって言ってんだよ!」

 

 

 その呼び掛けに、反応があった。

 ねじ曲がった首が真叶の方に向けられ、それから里香は指先も向ける。

 

 その指先が黒く光る。

 極めて単純な、呪力の放出。だがそれが超高密度かつ超高圧力ともなれば、回避不能、防御不能の必殺の一撃になる。

 

 真叶にこれを避ける能力はない。

 

 

 

 真叶には、ない。

 

 

「やっほ、真叶。元気してる……ってあれ、ほんとに元気じゃん。なんで?」

 

 真叶の前に一人の女性が現れ、汚泥の呪力は掻き消える。

 伝統を重んじつつ、新しきを取り入れた絶妙なバランスの和服とブーツ。そんな日本の伝統を感じさせる見た目とは裏腹に、白銀に近い髪を腰まで伸ばし、日本人離れした目鼻立ちをした、絶世の美女。

 

「テメェ……色々言いたいことはあるけど、緊急事態だ。アレ、やばいぞ」

「わかってるわかってる。マジベリバな感じだもんね」

「言ってる場合か? あれ、呪力の量なら向こうが上だろ。───五条」

 

 五条と呼ばれた女性は、かけていたサングラスを傍らの真叶に渡し、その宝石のような蒼い瞳で里香を見る。

 

「……うん。ちょっと()()()()ところはあるけれど、大丈夫」

 

 

 都立呪術高等専門学校一年担任、五条 悟璃(さとり)

 

 

「私、最強だから」

 

 

 現代最強の術師が、怪物の前に立ち塞がる。

 

 

 

 

 









乙骨里香の一人称が基本的に自分の名前じゃないのは、自分の名前が好きだからだそうです。


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