もしも乙骨憂太と祈本里香が『逆』だったら 作:羂索(792)
真叶は真希さんより性格が良いけど性格が悪いと思います。
「メンゴ。これ思ったよりゲロヤバいかもしれない」
「ふざけんなこれどうすんだよお前!」
五条と里香の戦闘が始まった直後。
里香の呪力が『波』のように五条を襲い飲み込んだ。
五条の周囲の球場の形にのみ波は侵入せず、ついでに真叶も守られていたが、飲み込まれてしまい外は一切見えない。
「彼女の呪力の性質は『浸食』。触れた呪力を自分の呪力に変換する特性があるようだね。加えて、この呪力量」
五条は軽い調子で殺到する波に指を向ける。
「見た目は水だけど、実態は液体状の『星』とでもいうべきだね。要はこれ、ブラックホール。空間の許容値を無視した無限の質量と、術式を食らう毒の呪力」
「つまりどういういうことだよ」
「ほっとくと私の無下限も破られるってこと!」
「死ぬじゃねぇか!」
五条の術式、『無下限呪術』は端的に言えば無限を操る術式。
細かいことは省けば、強力な斥力を操り、五条は常に無敵の防御を纏う、シンプルながら誰も勝てない最強の力。
「あ、そうそう。遅れた理由なんだけどね。じゃーん! 見てみて! これ新発売のお菓子なんだけど、見た目が可愛くてね。絶対映えるからあとで一緒に食べようね真叶」
「言ってる場合じゃねぇだろ!」
「あともう一つは、あの少女、里香の身辺調査で、その結果なんだけど」
「なんでそっち後回しにしてんだよ! 先に言え!」
こんな状態でも相変わらずちゃらんぽらんな五条に苛立ちつつも、こんな状況でもいつもの調子でいてくれている五条を見て、真叶はほんの少しだけ、冷静でいられることに感謝する。
いややっぱむかつくな。さすがに一発殴らせてほしい。
「折本里香の方は家族の不審死こそあれど、普通の家系だった。でも、乙骨憂太の方は違った」
「違ったっていうと?」
「乙骨憂太。享年9歳。当時、折本里香の目の前で交通事故での事故死をした彼は、家系図をたどれば藤原道真の子孫にあたる」
「藤原って、あのか!?」
「そ、超遠縁だけど親戚だね、私とあの子」
藤原道真。
歴史上の有名人物としての名も有名だが、呪術界においては日本三大怨霊として、そして超大物呪術師としての名のほうが知られている。
藤原道真の子孫というだけで、先天的な呪術の才能に関してすべて納得がいく、それほどの存在。
五条が腕を横に払うと、殺到する波が弾け飛び視界が晴れる。
視線の先には、里香の傍らに構える巨大な呪い、『乙骨』の姿。
「じゃあ里香のあの姿も、憂太ってのが残した呪いの影響なのか?」
「まぁ、たぶんね」
ならば憂太の方を倒せば里香も大人しくなる。
そんな希望をあざ笑うように、憂太の巨大な体が里香の頭部の割れ目に吸い込まれ消えていく。
「うん、ひどいよね憂太。みんな憂太と里香を引き裂いて、里香を傷つけようとするんだよ。そんなの、そんなの、許さないよねェ!」
里香の腕が呪力を纏い、巨大な剣に姿を変えて五条へと振り下ろされた。
それは途中、五条が周囲に生み出していた『無限』に阻まれるが、徐々にそれを食い破って五条の頭へと近づいてくる。
「ふふ、無限を超えるために、無限を押し当ててくるなんて。まさしく『怪物』ね」
絶対的な防御が意味をなさない敵。
それを前にしても五条は余裕を崩すことなく、片手で真叶を抱え、もう片手で掌印を結ぶ。
「真叶。彼女を止めることはできるけど、それをやるとワンチャンあの子が死んじゃう。だからせっかくだし見学していくといいよ」
「見学って何をだよ」
「呪術の最奥☆」
里香が剣にさらに呪力を込める。
ガラスが割れるような音と共に、五条の周囲の無限が砕け散る。
振れるものすべてを飲み込み砕く死の刃が触れる、その直前。
「領域展開」
世界が、塗り替えられる。
「あ、あ、ああああああああああああ!!!」
白でもなければ黒でもない、人間の語彙力ではいつまでたっても説明を終えることができない、曖昧にして絶対の色彩を持つ領域内。
里香のもののはずなのに、里香のものとは思えない絶叫が響き渡る。
「私の領域展開は、相手の脳に無限の情報量を叩き込む。無限という情報を脳は処理することができず、よくて廃人、悪くて即死。少なくとも食らえば私の前で数時間ぼーっと突っ立てることになる」
「いや、里香のやつ思いっきり叫んでるぞ」
「それはもうマジであの子が規格外。咄嗟に自分の周囲に呪力を纏って、無限の呪力で私の術式を拒んでいるの」
無限の情報が脳に到達するのを、無限の呪力で押し流す。
毒が体に流れ込むのを、全身の血液を絞り出して防ぐような荒業。しかもこの場合、流れ込む毒も絞り出す血液もスケールは海のようなもの。
「でも、防御に呪力を回して欲しくて領域は展開したんだよねぇ。つまりこれはあーし……じゃなくて、私の作戦ってわけ」
再び、五条は空いた方の手で掌印を結ぶ。
収束する無限。
発散する無限。
二つの無限を併せ生まれる仮想の質量を押し出し、万象を砕く無下限呪術の奥義。
「虚式・茈」
「やっほ、折本里香ちゃん。早速だけど、あなたの死刑が決まったよ」
目が覚めて一発目。
グラサンの女にいきなりそんなことを言われたのにも関わらず。
「憂太は?」
「ふふ、やっぱりあなたとびっきりのイカレね」
「私の目には里香の術式は『幻影』、それから憂太は『模倣』だって見えたの」
一応建前上の検査入院を終え病室から出てきた真叶に、五条は開口一番そういった。
「加えて、里香本人も極めて気まぐれかつ、どこにいるのかわからない。私も探す時間はないし、下手に術式持ちの男を行かせたらどうなるかわかったものじゃない」
「それで、メリーさんとかいう建前で俺に調査に行かせたと?」
「そ。真叶は術式ないし、万が一何か起きても、里香も自分も絶対に生かそうとする。そういう信頼があるからね」
この馬鹿グラサン教師には何を言っても無駄だし、一応理由がわかったので真叶はそれまでにしておくことにした。
「それで、里香はどうなったんだ?」
「仮にも私の『茈』を受けてもぴんぴんしてる人間だよ? 今回は私がいたから被害ゼロだったけど、いなかったらどうなってたことか」
「死刑か?」
「そっちのが安全ってこと」
理由は理解できる。
彼女を放っておくのは危険だ。気まぐれで、気分屋で、正体不明の怪物。
あの里香の中のナニカがもう一度暴れたら、冗談抜きに日本が滅びる可能性だってある。
「俺は反対だ」
「へぇ、あの子を庇うの。もしかしてこれ?」
小指を立ててきゃあきゃあと姦しくなる馬鹿教師は一旦無視。
「俺は現場を見ていたが、里香の暴走は死に瀕したときに起きたことだ」
それまで普通だった里香は、『メリーさん』に頭部を砕かれ、それから暴走しだした。
「あの憂太とかいう呪いが里香にそういう呪いをかけてるのか知らねぇが、とにかく里香は死にかけると『アレ』が出る可能性がある。憂太の解呪を目指す方が、もう一回アレを起こすよりは安全だろ」
「爆弾は爆発させて処分するより、解除してから安全に処分したほうがいい、ってこと?」
「概ねそういうことだ。それに……」
真叶のポケットにしまっていた携帯を握る手に、力が籠る。
「一つ、聞きたいことがある。せめて殺すならその後にしろ」
「それって必要なこと?」
「私用だ。文句あるか?」
「いいね。青春って感じ。じゃあ答えてあげて」
五条がそういうと、隣の病室の扉が開かれた。
中から現れたのは、病院服に身を包んだ里香だった。手には大きなぬいぐるみが抱えられ、服とそれが合わさって先日よりも幼く見える。
「あとはごゆっくり~」
「あ、おいテメェ!」
ニヤついた笑みのまま五条はどこかに走り去ってしまい、残されたのは真叶と里香。
なんとなく気まずく、どちらもしばらく無言で立ち尽くした後、先に口を開いたのは──―。
「やっぱり、かわいいから?」
「あ?」
「私が可愛いから助けたくなっちゃったの?」
もしも時間を巻き戻せるなら、数十秒前の自分を殴り殺したい。
そんな切実な願いが真叶の中に生まれた瞬間だった。
「待って待って、冗談だからそんな怖い顔しないでって」
「生憎生まれつきだ。文句あるか?」
「絶対怒ってるでしょ。それで、聞きたいことって?」
あれだけのことがあったとなのに、里香は平然としている。
欠けたはずの顔の半分も、傷跡一つなく治っているし、あれは夢だったんじゃないかとすら思う。
それを真っ先に否定してくるのが、目の前の女なわけだが。
「お前、あの時なんで約束を破った」
「約束?」
「10分、手を出さないって言ったろ」
あの時手を出していなければ、もしかしたら不意打ちを受けなくて済んだかもしれない。
そうしなければ、里香は暴走せず、死刑を言い渡されることもなかっただろう。
そして、そうなっていたらおそらく死んでいたのは真叶だ。
自傷とはいえそれなりの傷を負っていた。まず間違いなくねらわれたら対処できなかったし、里香にこちらを守る理由はない。
「まさか俺の傷を治しに来たなんて言うわけないよな?」
「ちょっと待って待って」
「あ?」
「破ったって、何の話? 私これでも約束だけは大事にするんだよ」
この期に及んでまだそんなことを言うかこのクソ女。
と、喉元まで出かかっていた言葉を飲み込み、真叶は自分の携帯をポケットから取り出して確認をする。
「私の携帯も見て」
「……あ」
簡易領域に飲み込まれた時。
領域の内外で、時間の流れがずれていたり、あるいは電波を遮断したり。そういう要因で、電子機器が誤作動を起こすことはよくある。
真叶の携帯の表示時間は、里香のそれから5分ほど遅れていた。
設定しなおしたらすぐに直り、真叶の携帯は里香のと同じ時間を表示する。
「……その、なんかごめんね?」
もしも真叶がもう少し携帯に興味津々の現代っ子だったら。
残念なことに真叶の連絡先は同級生二人と五条以外にろくに登録もされていない。
「…………はぁ~~~~。くそ、もうほんと、何やってんだ俺」
「あはは。まさかその確認するためだけに死刑を取り消せだなんて言ったの?」
しかも五条との話も聞かれているし。
最悪だ。この女に弱みを握られること以上にこの世で恐ろしいことが早々思いつかない程度には最悪。
「真叶ってほんとにすごく真面目で融通効かなさそうだよねぇ。びっくりしちゃった」
「うるせぇな。俺は自分を曲げるのが嫌いなだけだ」
「なんで? 自分って、柔軟に曲げて言った方がいろいろやりやすいんじゃない?」
「そうしなきゃ、俺が俺のことを嫌いになるだろ」
「それって大事? 私は私のこと、あんまり好きじゃないけど」
「お前はそれでいいだろ。俺は違うってだけだ」
問答とも言えない、学生同士の他愛のない会話だった。
それでもそれは、真叶にとって人生の全てであり、里香にとっては──―。
「うん。やっぱり五条先生の言う通り、真叶が面倒を見てくれるなら、私も安心して羽を伸ばせそう?」
「……は? 何の話だ」
「あれ、聞いてないの?」
そういって里香は、ぬいぐるみの中に手を入れ何かを探す。
どうやらこのぬいぐるみはカバンにもなっているようで、その中から里香が取り出したものは。
「じゃーん! 乙骨里香、最終学歴更新! 今日から晴れて、都立呪術高等専門学校の生徒です!」
ご丁寧にも名字の部分が上塗りで『乙骨』になった学生証。
それは紛れもなく、所有者が呪術高専の生徒であることを示す代物であり、それには呪術師としての彼女の階級も示される。
四から一。
数字が小さいほど呪術師としての実力が高いことを現し、真叶は四級。そして里香は。
「特級……呪術師」
四から一の数字には表せない特異な才覚。
単身で国家を相手取り、勝利することもできるといわれるその階級に座していたのはこれまで三人。
その座に今日、新たな一人が加わることとなった。
「呪術の扱いさえできるようになれば、死刑を取り消してもらえて里香は憂太とずーっと一緒に幸せに暮らせるらしいの! だから……」
よろしくね先輩、と。
明らかに年上である女は、白々しくも無駄に愛らしい上目遣いでそう言ってきた。
五条悟璃は一人思考する。
乙骨憂太。
自分の遠い親戚で故人。里香にとりつく化け物となり、彼に呪われたことによって里香は特級術師、正確には特級被呪者として登録された。
が、違和感。
その六眼で見た乙骨憂太は、想定よりもずっと慎ましく、穏やかな存在だった。
反対に折本里香は、五条の想定を超える存在だった。
特級呪霊に分類されるであろう出力をもつ憂太をほぼ完璧に制御化に置いていた上に、あの謎の呪力。
六眼をもってしても、その正体は全く見えなかった。
正体不明。
それこそが折本里香の特級分類の真の理由。
あの正体を解き明かさないことには、殺すどころか傷つけることすら危うい。
加えて、心配事がもう一つ。
あの現場に残された残穢。
真叶の呪具、里香と憂太、メリーさんと思われる呪霊のもの。
それからもう一つ、五条だけは決して見間違えないモノ。
「あんたが絡んでるのかね、ゲトちん」
たった一人の親友のあだ名を、五条は小さく漏らした。