【7話 本当の気持ち】
3階建てのその学校にはある噂がある。
屋上の開かず扉、その昔屋上から飛び降りて亡くなった生徒がいてその怨霊が扉を固く閉ざした、という噂。
広「へぇ、七不思議的なもの?」
玄「7つもないので噂、ということになってますね。」
件の屋上に向かいながらそんな話をする。
広「でもさっき幽って人が変わんない、って言ってなかった?」
玄「はい、屋上の扉が開けられないのは俺たちのせいですから。」
シャレにならないカミングアウトをした。
広「えぇ…」
玄「まあ、色々あったんですよ。」
広「どんな?」
回想
その日、当時中学1年の駿河玄は同じく穂波幽と遊んでいた。
穂波が言った、屋上へ行こう。
玄は言う、鍵が掛かってて開かないよ。
鍵ならここにあるよ、と穂波。
なぜか目の前のソイツは屋上、と札の着いた鍵を持っていた。
鍵を回して扉を開ける、確か今日と同じような、暑い秋の日だったことを覚えている。
そこは俺と幽、2人だけの秘密の場所だった、下校する生徒や見送る先生を見ながらお互いに将来の夢の話をしたんだ。
幽は総理大臣になる、なんて言ってたんだ。
俺は…アイドルになる、そう言った。
でもお前歌ヘッタクソじゃん、爆笑してた。
それはもうめっちゃ笑ってた…なんか無性に腹が立ってきたので回想終わり。
隠しておきたいこともあったので誤魔化すことにした。
玄「まあ遊んでいたある日に屋上をふたりの秘密の場所にしようって屋上の鍵を幽ちゃんが隠しましてね。」
広「どこに?」
話をしているうちに屋上の前まで来ていた。
校内と外を隔絶する扉はアルミ戸の引戸だ。
俺はその傍ら、正しく使用された事があるかも不明な汚れひとつないダストシュートを開く。
玄「ここの、枠の取っ掛りです。」
と言ってダストシュートの隙間に手を突っ込む。
ダストシュートの四角い枠、内側の見えない部分には僅かばかりの取っ掛りがあった。
指に何かが当たる感覚、それを掴み手を抜く。
あの日の二人の約束はいとも簡単に破ってしまったが、まあいいだろう。
それを鍵穴に刺して回す、カチャン、とアルミの扉の中から音がした。
カラカラカラ、と調子よく扉が開く。
春の陽気に秋の香りが混ざるパステルカラーな風が心地よく吹いていた。
そう高くない屋上からでも高い建物のない周囲を一望できる、この集落全部が自分たちの思いのままに感じられて好きな場所だった。
広「いい景色、だね。」
玄「はい、昔から俺の好きな場所です。」
隣に立つ篠澤さんはごく自然に手を握ってくる。
なんだかそれが心地よくてしばらくの間そのままいた。
果たしてどのくらい経った頃か、意を決して声をだす。
玄「…篠澤さん、朝の件ですが…」
広「うん…あの、ね。私、プロデューサーの夢とか、プロデューサーになった理由とか…聞いたんだ。」
玄「母上ですね、親父はそういう事話しませんから。」
広「ふふ、正解…それで、ね。分からなかったの。」
玄「なにがです?」
広「…その、どんな顔すればいいか…」
玄「そんな事…」
広「そんな事じゃない、よ…ねぇ、プロデューサー。」
広「もし、ね?私がプロデューサーの夢を叶えるって言ったら…どうする?」
メガネを正しプロデューサーとしての返答をする。
P「貴方が?俺の夢を?見くびられたものですね。」
広「ふふ、それでこそ私のプロデューサー、じゃあ…ハルさんとしての、意見も聞かせて?」
玄「例え、篠澤広がトップアイドルになれなかったとしても、俺はあなたの隣に立ちたい、あなたの隣は俺でありたい、そう思います。」
広「ねぇ、ハルさん…どうして私だったの?アイドルの才能もない…こんな私を、どうしてプロデュースする、って決めたの?仮契約、なんて嘘までついて…教えて?ハルさん。」
俺は、駿河玄は…これは本来、言うべきではない事なんだろう…でも、俺はプロデューサーである前に駿河玄なんだ、だから。
玄「それは…あの時言ったキレイだったのも本当です、でも、本当は…根っこは、あなただから、誰よりも才能がないのに、才能がないからアイドルになりたいと言ったあなたが。篠澤広が、俺の諦めた道を、胸を張って進んで、見たことないようなステージで、誰かの憧れになってほしい、その瞬間を俺がファン1号として迎えたい…だから、篠澤さん。いえ、広さんをプロデュースしたいと思ったんです。
…から、才能がなくて諦めた俺だから、トップアイドルの夢なんかよりもあなたとの、篠澤広との日々の方が何倍も価値が、喜びが、幸せがある、だから俺は広さんがいいんです、俺がいいんです、あなたじゃなきゃダメなんです。」
これが『駿河玄』だ、誰よりも篠澤広に焦がれ恋がれた男、それがプロデューサーの皮を剥いだ本当の駿河玄だ。
広「ねぇ、ハル…私のこと好きすぎない?」
玄「好きですよ、大好きです…失望しましたか?こういう時に見限るようなことを言えない俺は、駿河玄は…あなたのプロデューサーとして相応しくありませんか?」
広「ううん、私ね、嬉しいの。プロデューサーとしてのハルは確かに魅力的だけど…それより、ね。こんなに想われて、想ってくれる人がいて、お互いに想いあえる…私、幸せだよ。」
気がつけば互いに、頬を濡らしていた。
玄「広さん…」
肩を抱き寄せ、小さく震える身体を抱きしめる。
玄「ありがとうございます、こんな俺を思ってくれて、嘘ばかりの俺を受け入れてくれて。」
広「私も、ハルで良かった。」
広がもたれかかるように抱きしめてくる、俺はありったけの気持ちを込めて応えるように抱きしめ返した。
屋上の鍵を閉めて階段を下る。
どのくらい抱き合っていたのか、気が付けばお昼を回っていた。
懐かしい教室の前を通り幽ちゃんがいるであろう職員室に向かった。
呑気にコンビニ弁当を食べていた。
職員室の扉をノックする。
コンコン、という木を叩く小気味いい音が鳴った。
穂波「ん?おーハルちゃん、案内はもういいの?」
玄「もう大丈夫、昼にもなったしさ。」
穂波「…」
俺と広さんの繋がれた手をまじまじと見ている。
穂波「ホントにお前ら付き合ってないの?」
玄「ないよ。」
広「うん、まだ。」
玄「広さん?」
穂波「はは、なんつーかハルちゃん、史さんに似てんな!」
玄「嬉しいやら…思いやられるやら、だけどな。」
穂波「いいじゃんいいじゃん、てかアレだな、職員室で制服の男女だと思えば教師と生徒2人みたいだな。」
玄「じゃあ俺たちは幽先生になんで呼び出されてるんだ?」
穂波「そりゃあもう…不純異性交友?」
玄「失礼だな、純愛だよ。」
穂波「呪〇廻〇かよ…」
ネタのわかるやつだった。
穂波「でもプロデューサーなんて人生アイドルにかけてるようなもんだろ?女たらしめ。」
玄「誰が女たらしだ。」
広「プロデューサーは、割と…結構?そういうとこある。」
穂波「やっぱそうだよなー、ハルちゃんそういうとこありそうだもん。」
たはー、と言ったように笑う幽ちゃん、学生の頃に戻ったみたいで…少し楽しかった。
穂波「あーそうだ、ハルちゃん。」
玄「なんだよ。」
穂波「拗ねてやんの、ハルが拗ねても可愛くねーぞ。」
多分ムスッとしてたんだろう。
広「そういう顔も好き。」
玄「フッ」
口元が緩んでしまった、空いた手で口元を隠して取り繕いメガネを正す。
穂波「ごちそーさま、お昼いらなくなっちゃうよ、んで本題な?この後もデートすんだろ?今日は暑いし川とか行ってきたらどう?ちょっと前まで寒かったし紅葉もいい感じだと思う。」
玄「確かにいいかもな、ブルーシートやらお弁当やらコンビニで買ってそのまま行ってもいいし、どうでしょう?広さん。」
広「いいと思う。行こう、プロデューサー。」
俺の手を引き行こう行こうと主張してくる。
玄ハル「じゃあ幽ちゃん、ありがとな。」
穂波「いーのいーの、早くデビューしてテレビで観させてくれよ。」
玄「あぁ、頑張るよ!」
幽ちゃんに背を向けて職員室を出る、来客用のスリッパを履き替えて外へ、暑いくらいの日差しが差す、快晴の秋の陽気の中へ。
【8話 在る】
コンビニでブルーシートや軽食を購入する。
外に出ると「待ってました。」というように広さんが隣に立つ、並んで歩くというただそれだけの事、それが心地よく感じる。
幽ちゃんの言った川、赤淵川。
川の大きさも水量もさほど大規模なものでは無いが清流が流れる川であり、冬以外は地元の子供たちの遊び場となっている。
土手には桜や椛などが植えられており季節ごとに変わった顔を見せる、今はちょうど紅葉が美しい時期だ。
広「ふぁぁ…綺麗。」
玄「これは、すごいですね。」
土手に植えられた椛や楓が赤や黄に染まり美しい絨毯を作り上げていた。
ヤマカエデの深い赤やイタヤカエデの明るい黄色の差し色が退屈しない色のバリエーションを生み出し、まるで一つの絵画のような情景を生み出す。
傾斜の緩い少し開けたスペースを見つけブルーシートを敷き腰を下ろす。
広「こういうの、なんか…いいね。デートって感じがする。」
玄「デートですから。」
広「ふふ、そうだったね。」
微笑みかけてくる広さん。
快晴の天気に暖かい、と言うには少し暑いが日差し、秋の爽やかな風が木々を揺らし枯葉の音と重なり自然の音楽を奏でる、川から分岐した小川が流れる音も気持ちがいい。
広「ねぇ、ハル。」
玄「全く遠慮が無くなりましたね…」
広「…ダメ?」
可愛らしく小首を傾げてくる、そんな事されて否定できるような強いメンタルは、今の俺は到底持ち合わせていなかった。
玄「別に構いませんけど…」
広「なら、いい。それでね、実は私昨日の夜あんまり寝れてないんだ。」
玄「俺のせいですか?」
広「そう、ハルのせい。だから…ね?膝、貸して?」
否定できるメンタルなど、持ち合わせていなかった。
ブルーシートに正座をして広さんが、仰向けになり頭を俺の膝に乗せる。
広「…高い。」
お気に召さなかったようだ。
仕方ないので腰を落として『女の子座り』にする。
広「これならいい感じかも…頭を、撫でてくれたりすると…もっと喜ぶ。」
玄「はい。」
言われるがまま俺は広さんの頭を髪を梳くように撫でる。
少し恥ずかしくて鼻の頭を掻いた。
広「…幸せ。」
ご満悦のようだった。
玄「こんな事、学園じゃ出来ませんね。」
広「うん、そうだね…呼び方も戻さなきゃ。」
物悲しさのような切ない感覚に襲われる。
広「ふふ、そんな顔もできるんだね、可愛い。」
広さんが手を伸ばして俺の顔をペタペタと触る。
玄「そんなに顔に出てましたか?」
広「うん、なんていうかね…お散歩に連れて行ってもらえなかったわんちゃんみたいな顔してた、しょぼんって。」
玄「学園に戻っていつも通りの顔ができるか心配です…」
広「ふふ、そうだね…学園に戻ったら…また。」
すぅすぅと寝息を立て始める「篠澤さん」。
余程思い詰めていたようだった、冷えないように、と上着を掛ける。
学園に戻ったら…篠澤さんの言うところの『ままならない日々』が再開される、俺も駿河玄から篠澤広のプロデューサーに戻る。でもこんな心穏やかに過ごせるなら、たまには…なんて事を思いながら、足にかかる重みを噛み締めて空を見上げた。
雲一つない空にメジロ鳴く声がした。
少し肌寒さをおぼえ目を覚ます。
ん?目を覚ます…?
ハッと顔を上げる。
ゴンッ、と硬いもの同士がぶつかった音。
広「っ〜〜!!」
瞬時に状況を理解する。
玄「すみません広さん、大丈夫ですか。」
広「だ、大丈夫…かも。」
身体を起こしふらつく広さんの身体を支える。
玄「おでこ、見せてください。」
乱れた前髪を上げる、しっかりと赤くなっているおでこは広さんの元の白さも相まってより、キレイに赤くなっていた。
広「ハルのおでこも、赤くなってる…」
玄「どのくらい寝てました?」
広「私が起きたのが、確か…3時くらいだったはず…」
時計を見る、短針は4と5の中間を指し示している。
玄「すみません、気を抜きすぎました…」
広「いい、よ…ハルの寝顔、可愛かったし。それに…ね?こんな無防備な所…いつも見れないから、新鮮だった。」
寝起きでズレてしまっていたメガネに触れる。
玄「お恥ずかしい限りです…」
広「ふふ、ハルの恥ずかしがってる顔、好き。」
玄「ありがとうございます。」
頬を掻きながら、笑って答えた。
立ち上がり、伸びをする。
空はオレンジと夜の色に染まり山の袖から夜の帳が降り始めている、誰そ彼時と呼ばれる時間。
広「あ…一番星。」
広さんが空を指さす、オレンジと玄くろ、空の狭間に輝く一番星が煌々と輝いている。
宵の明星、ヴィーナスの名を関するその天体ほし。
広「ハル、知ってる?」
玄「何をです?」
広「金星の星占いの意味。」
玄「そういうの、興味あったんですね。」
広「むぅ、私だって…乙女。金星はね…愛、とか調和を意味するんだって。」
玄「愛と調和…ですか。」
広さんの手をキュッと握る。
広「うん、愛と調和…」
その手をしっかりと握り返してくる広さん。
空を見上げる、美しい光を放つソレを見る。
玄「まだまだ遠いですね、
広「うん…でも、掴んでみせるよ、ハルのために。」
玄「俺も、届けさせますから。」
新たな決意を胸に誓う、シートを片付けて帰路に着く。
並び立つ影ふたつ、信ずることに飽かぬその姿は夜の帳の中に消えていった。
【9話 『プロデューサー』と『アイドル』】
玄「ただいま。」
広「…ふふ、ただいま。」
2人並んで玄関をくぐる。
ドタドタという足音が聞こえてきて母上が廊下からこちらを覗いてくる。
水雪「お、お帰り、思ったより遅かったな。」
玄「あーうん、色々あってさ。」
水雪「まあ見たらわかる…広ちゃん、良かったな。」
繋がれた手を見て、茶化すわけでもなく真面目な顔をしていた。
広「うん、良かった。」
玄「親父は?」
照れ隠しで話を逸らした。
水雪「テイクオフしに行った。」
どうやら親父は知らないうちに飛び立ったようだ…
玄「…テイクアウト?」
水雪「あー、それだ。」
母上は天然だった。
広「ハル、お願いがある。」
玄「なんですか?」
広「ここじゃなんだから、部屋まで来て?」
玄「わかりました、片付けが終わり次第向かいます。」
そう言って広さんは部屋に戻っていった、俺もブルーシートやゴミを片付けてから部屋に向かった。
トントン、部屋の戸をノックする。
広「いいよ。」
部屋の主から許可が下りたので入室する。
特に何も無い和室の10畳間、そこに布団が敷かれ床にはキャリーバッグが開かれた状態で置かれている。
広「ハル、ううん…プロデューサー。」
P「なんでしょう?」
広「ライブをする。」
P「は?」
広「ライブを、する。」
P「どこで?」
広「ここで」
P「誰が?」
広「私が。」
本日二度目のやり取りだった。
P「詳しく話を聞かせてください、単純な思いつきではないのでしょう?」
キャリーバッグの中にチラリとライブ衣装が何着か見えた、そりゃ重いわけだ。
広「うん。最初は、私がハルの両親に認めてもらうために、ライブをしようと思ってた、でも…ね、2人とも私に協力してくれて、大事なことを私に教えてくれたの、だから…おかえし、ありがとうってライブで返したい。」
P「ズルいですよ、篠澤さん…そんな言い方されたら俺は止められません。」
思案する、広間の仕切りを無くせば広さは問題ない、照明は諦めて音源は端末から流せば最悪なんとかなるだろう…あとは…
P「せっかくやるなら…幽ちゃんと先生も呼びたいですね、俺のアイドルはこんなに凄いんだってところを見せてあげたい。」
広「ふふ、失敗できない…ね。」
P「当然です、ライブですから失敗はできません。」
広「それで、ね。『コントラスト』は最後にしたいの。」
P「それは何故?」
広「ここに来て…プロデューサーの事、プロデューサーが選んだ道のこと…色々知って、コントラストは…プロデューサーの為に、ハルのために歌いたい。」
P「…全くあなたは本当にズルいですね…わかりました、母上と親父、それから先生達には俺から話をします。」
広「うん、お願い。」
こうして、篠澤広の即興ステージの開催が決まった。
準備は滞りまくりながらも済んだ、照明は畑で使うライトを寄せ集め、マイクなんて昔俺が使ってたものをpcに繋いで無理やりスピーカーにしている。
両親からの了承も先生、幽ちゃんの招待も問題なく、既に集合を終えている。
あとは篠澤さんがパフォーマンスを発揮できるかどうか…
広「…」
朱色の、普段のステージで使う衣装とは別の衣装に身を包み、イヤホンを指し確認するようにステップを踏む篠澤さん、存外緊張しているのかもしれない。
広「ふふ、不思議。いつものステージの方が、広くて、大きくて、観客もたくさんなのに、いつもよりもドキドキする。」
P「不安ですか?」
広「ううん、不安はない…よ、でもね、私を私として見てくれる人の前でステージに立つのは、初めてだから。」
P「そうですね、アイドルとしてではなく篠澤広としてのステージ、もう少しちゃんとした設備があればよかったんですが…」
広「それ、は…ごめんなさい、私が急に言い出したから…」
なんだかしおらしい、やっぱり緊張しているようだ。
P「あなたが急に何か言い出すのは今に始まったことではありません。求められたら応える、それが俺の仕事です。」
広「…そっか、ありがとう、プロデューサー。行ってくるね。」
そう言って舞台袖の部屋から出ていく篠澤さん。
『迎える、貴方を…』
合図だ、音源を流しかき集めた照明に光を入れる、始まりの曲は『光景』、『篠澤広』の曲。
篠澤さんと俺たちが、わくわくする曲。
俺の心配はどこへやら、篠澤さんは本番以上のパフォーマンスを発揮していた、声の出方やダンスの動きの一つ一つをとっても、まさかレッスンで地に伏せているとは思えないほどのパフォーマンス。
順調に、予定通りに演目が進む。
『光景』『初』『キミとセミブルー』『冠菊』
いよいよ最後、コントラストの音源を流そうとしたその時。
広「今日は急なお願いだったのに、来てくれてありがとう。」
幽「イエーイ!広ちゃんサイコー!」
広「次が、最後の曲…なんだけど。」
篠澤さんが舞台袖を見てくる。
広「プロデューサー、来て。」
立ち上がりステージへ出る。
広「最後の曲、コントラストは…プロデューサーにも、客席側で聞いて欲しいから。」
促され客席側へ、気を利かせてなのか両親と幽ちゃんが真ん中の場所を空けてくれた。
広「えっと、再生がこれ、じゃなくて…こっち?」
音源を流せずに困っていた。
穂波「ハルちゃーん。」
幽ちゃんの声を皮切りに「行ってあげな」と声がかかる。
俺は苦笑いしながら席を立ち端末の前に座る。
P「ほら、早く準備してください、流したらすぐ席に移動しますから。」
広「うん、ありがとう、プロデューサー。」
篠澤さんは客席から見て欲しいって言うけど、実は俺自身はこの舞台袖から見るアイドルの姿が結構好きだ。
アイドルを支える者しか立ち会えない舞台裏、光り輝くステージの見えない部分。
光と闇、アイドルとプロデューサー、その関係性みたいで…もしかしたら篠澤さんが最期に、俺のためにコントラストを選んだ理由は…
篠澤さんがポーズを決める、曲を流して席に戻る。
「モノクロなホログラム、何段階飛ばして映しても無駄…」
何十回も聞いても飽きることないその曲、篠澤広のかつての退屈な日々とアイドルの日々の明暗、なんでも『できた』篠澤さんが『できない』にぶつかっていく、そんな大好きな曲。
『できない』とこに怯えて諦めて投げ出した俺と『できない』を楽しんで先に進む篠澤さん。
ああ、なんて皮肉なコントラスト。
「Getting into life 'Cause I found that it's not so boring Not anymore…」
『人生はそれほど退屈では無いと気づいたから』
それは彼女が初星学園に入学して感じた喜び。
「ねえ…見てみたい、感じてみたい、さあ一緒に。」
俺のために歌うと言ってくれたコントラスト。
本当に、貴女はズルい人だ。
目から熱いものが流れる、それでも目を離さない、彼女がファンの俺に歌ってくれているこの曲を一瞬足りとも聴き逃したり出来ない、逃したくない。
「今度こそ、今度こそ、心震わせてみたい。分かち合う、目と目合わせて君と…」
篠澤さんと目が合い微笑んだ。
初めてアイドルに憧れたあの日を上書きされるような、鮮烈な高揚感を感じる。初めて篠澤さんに会った時と同じ、深く脳を焼かれる感覚、こんなにも人を好きになれる、それが幸せでたまらない…この気持ちも学園では隠さなきゃいけない…ままならないな。
「Getting into life 'Cause I found that it's not so boring Not anymore」
ラスサビに入る、愛おしいこのステージも終わってしまう、終わって欲しくない休みが…終わってしまう。
「色付く世界へ 行こう もっと 遠く…」
席を立ち舞台袖の部屋へ行く、音源を止めて照明を落とす、鳴り止まない拍手を耳にしながら一抹の寂しさに浸る。
広「はぁー、はぁー…ただい、ま…プロデューサー。」
息を切らせながら篠澤さんが戻ってくる。
P「お帰りなさい、篠澤さん…いいライブでした。」
広「プロデューサーが私を褒めた…う、嬉しい…」
P「褒めても褒めなくても喜ぶじゃないですか…」
広「ふふ、プロデューサーだから…嬉しいんだよ。」
P「篠澤さん。」
広「…なに?」
P「後で、お話しがあるので部屋まで来ていただけますか?俺は先に片づけをしますので。」
広「うん、わかった。お風呂…入っちゃうね。」
約束を取り付けて片付けにはいる、片付けという作業はどうしてこうも物悲しい感覚に襲われるのか…
穂波「お疲れ、ハルちゃん。」
P「ありがとう、幽ちゃん。」
穂波「片付け、手伝うよ。」
2人がかりで照明を集めて納屋に片付ける、空は暗黒に染まり星々が空を埋める。
穂波「でもすげーな、アイドルって!元気を貰うっつーかさ、俺もファンになっちゃったよ。」
P「だとしたら…俺も嬉しいよ。」
穂波「でも複雑だろ?」
玄「まぁ…そう、だね。」
穂波「明日、戻るんだろ?」
玄「はぁぁぁそうなんだよなぁ…」
穂波「ハルちゃんからクソでけぇため息なんて初めて聞いたかもな。」
ははは、と笑い飛ばす幽ちゃん。
穂波「まあさ、全寮制だし外泊とかそういうのって多分難しいんだろうけどさ、たまには帰ってこいよ…もちろん、広ちゃん連れてな。」
玄「そうだな、たまには…いいかもな。」
穂波「そうだそうだ、これからどうなるかなんて分かんねーしさ。」
玄「これから…か…」
思いを巡らせる、ハロウィンにクリスマス、正月にバレンタインに…これから先イベントは尽きない…また目まぐるしくて、楽しい毎日が始まる。
玄「本当に…いい連休だった。」
穂波「親友にも再会できたしな。」
玄「はぁ?誰のことです?」
穂波「そーゆーとこは水雪さんそっくりだな。」
笑い合う、気を使わなくていい友人、大切にしよう。
母屋に戻る、あとはスピーカー代わりのモニターを部屋に戻すだけとなったその部屋はいつも通りの実家の姿で…
穂波「ハルちゃん。俺、忘れないから…ここでハルちゃんとハルちゃんのアイドルがステージに立ったこと、いつか有名になった時自慢してやるから、だから…気張れよ、ハルちゃん。」
玄「幽ちゃんこそ、勉強頑張れよ。」
穂波「じゃあ、『また』。」
玄「ああ、『また』な。」
パァン!とハイタッチの音が闇夜に響く。
2人の別れは晩秋の秋風のようにカラッとしていた。
トントン、と部屋の戸が叩かれる音がした。
広「プロデューサー。」
P「どうぞ。」
部屋に招き入れる。
昨日とほとんど同じ状況、なんだかドギマギしそうだ。
P「まずは改めて、お疲れ様でした。素晴らしいライブでした。」
広「ありがとう。プロデューサーも、お疲れ様。それで、話って?ついに私を見限る?」
P「それも考えましたがクーリングオフ期間は過ぎているので出来ませんね、話というのは明日からの学園に戻ってからの話です。」
広「…そっか、帰るんだもんね。」
P「はい、戻らなきゃいけません。」
広「…」
P「…」
二人の間に沈黙が流れる。
P「そ、それでですね、色々秘密にしなきゃいけないことがあります…大きく分けて3つ。」
広「2人だけの秘密…ふふ、魅惑の言葉だね。」
P「まずライブのこと、非公開とはいえ勝手にライブを行った事は非常にまずいです、それに関連して楽曲の使用。」
広「まずいことだらけなのに、よく…許可してくれたね…」
P「もしこの件が漏れて俺が退学処分になったらどうします?」
広「学校辞める。」
P「そう言ってくれると信じてました、というわけでまずはこの2点。」
広「…驚かないんだ?」
P「信じてますから。」
広「ふふ、そうなんだ。もう1つは…学園じゃイチャイチャ出来ないこと?」
その事をどう言おうか悩んでいた矢先だったので...驚きつつ篠澤さんもそう思っていた事が嬉しかった。
P「そ、う…です。イチャイチャという表現でいいのか分かりませんが学園に戻れば俺と篠澤さんはプロデューサーと担当アイドルです。」
広「そう、だね…ちょっと寂しい。」
P「そこで、提案なのですが…」
俺は一つの案を提示する。
見方を変えれば違う意味にもなり得る提案。
広「…ふふ、いい、ね。これからのレッスン、今までより頑張れそう。」
快諾だった。
壁掛けの時計を見やると日付を跨ぐか跨がないかという時間。
広「…もう、今日、終わっちゃうから…最後に、ハル。ギュッてして?」
玄「…どうぞ、広さん。」
腕を広げて彼女を抱きしめる。
それは12時に解けるシンデレラの魔法、駿河玄は『プロデューサー』に戻り、篠澤広は『担当アイドル篠澤広』に戻る。
この時間を惜しむように、終わらないように、その温もりを感じていた。
腕時計をチラリと見る。0:01少しオーバーしていた。学園でもきっと何かしらオーバーしてしまうんだろうな、と少し笑えた。
広「それじゃあ、プロデューサー…おやすみ。」
P「はい、おやすみなさい。篠澤さん。」
あんなに訪れて欲しくなった終わりの日は、存外あっさりと訪れる。
でももう平気だ、あの提案の意味を理解できない篠澤さんではないだろう。
だから、もう俺は今日なんて怖くなかった。
【エピローグ そして未来へ】
新幹線に乗り都内へ、学園へ戻る。
行きと同じように窓の外を眺める篠澤さん。
昨日俺がした提案はこうだった。
玄「この連休が終わって学園に戻れば元のPとアイドルという関係に戻ります、俺と広さん…篠澤さんならきっと今まで通りの日常に戻れるはずです。
だから、この2日間の特別な日々は、未来に預けませんか?いつか『あの日々』に届くように、選びとった先に『あの日々』があるように、だからこれからの日々は…『あの日々』を想い追い続けるように…」
受け入れてもらったからいいものをかなり恥ずかしい台詞を...
広「プロデューサー。」
P「なんですか?」
広「…また、きっと来ようね。」
P「…ええ、必ず。」
迎える、あの日々を...訪れていない未来の光景は決して色褪せないから。
新幹線が動き出す、俺たちの未来を求める場所へ…あの日々を追い続けるために…
後日、とある教室
佑芽「えぇ〜っ!?広ちゃんプロデューサーさんと本契約したのォ!?」
広「うん…お試し契約なんて、最初からなかったんだって。
本当は、私と会ったその日から、一蓮托生だったんだって。
トップアイドルを育てる夢より、私と一緒がいいんだって。」
佑芽「うわぁうわぁ〜、それってさぁ、愛の告白だよね!」
千奈「ふぁぁぁ…とぉ〜ても甘いノロケを聞かされてますわ〜。」
広「だけど…夢を諦めたプロデューサーの成績は順調に進ん落ちていってる。」
……
話のなかで佑芽が言う。
佑芽「伝えなきゃ!プロデューサーさんの夢は私が叶えるって!!」
私は知ってる、その言葉の答えを…私は知ってるから…私の返答は…
広「─俺の夢を?あなたごときが?は…身の程知らずな。
私の好きなプロデューサーなら、冷たい眼差しで、きっとそう言う。」
広「だから、今は言えない。言わない…ワクワクしてきた、ね。」
届かないかもしれない、でも届かせると言ってくれた一番星。
あの
ふふ、ままならない日々は終わらない…ね。
ここまでが本編になります。
元々はプロデューサーが夢を捨てるところから着想を得た今シリーズでしたがいかがでしたでしょうか?
とりあえず私が言いたいことは一つ。
そこのお前、篠澤広推さねえか?
以上です、ありがとうございました。