追想-篠澤広P編-   作:霜凍

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番外編 篠澤広の誕生日 後編

12/21 朝

アラームもなく身体を起こす、時刻は6:20…随分と早く起きたものだ。

温い布団の引力に負けないように布団から出る。

ケトルに水を入れ沸かす、その間に冷水で顔を洗う、頭を覆っていた熱い膜がきゅう、と萎んでいく。

湧いたお湯でコーヒーを入れる、今日はなんとなくいい日な気がしていい豆でコーヒーを入れた。

深い夜空に青い星がちりばめられたような美しい逸品が一杯のコーヒーを特別なものにしてくれる…俺のプレゼントが篠澤さんにとってもそうなってくれたら、とても嬉しく思う…

約束の時間まで少しあるのでこれからのレッスンスケジュールを考えることにした、本当にずっと篠澤さんのことばかり考えているな…

………

……

ハッ、時間は!?

10:20

少しウトウトしてしまっていたらしい…

そろそろ迎えに行こう、待っているかもしれない。

 

寮前に到着する、そこで掃除をしている女子生徒を見つける、確か名前は…そうだ。

 P「おはようございます、藤田さん。」

 ことね「あ、おはようございます!えーっと…?」

 P「ちゃんとお会いするのは初めてですね、篠澤広のプロデューサーの駿河といいます、以後お見知りおきください。」

 ことね「あぁー、篠澤さんってプロデューサーさん着いてたんですね。」

 P「クラスも別ですから知らないのも仕方ありません、月村さんとはよくお会いするんですが藤田さんとは全体曲の際にお会いするくらいですからね。」

 ことね「ですねー、それで今日はどう言ったご要件で?」

 P「篠澤さんの迎えです、まだ起きてきてないんですかね?」

 ことね「良ければ見てきましょうか?部屋番分かりますし。」

 P「ありがとうございます、お願いできますか?」

 ことね「はーい、ちょっと待っててくださいねー。」

藤田ことねさん、担当プロデューサーは確か『如月翔太』と言ったはずだ。

成績優秀、制度や効率のいい金策にも明るい人物だがアドリブに弱い印象がある。

担当に対して非常に過保護であり彼女の警護のような印象すら受ける人物…

 ことね「篠澤さんいましたよー、ロビーの机で寝てました。」

 広「おはよう、プロデューサー。」

モコモコのダウンを着て出てくる篠澤さん。

 P「おはようございます、篠澤さん。藤田さん、わざわざありがとうございました。」

 ことね「いえいえ、お気になさらずに!私は掃除に戻りますから。」

それじゃ!と言って駆け出していく藤田さん、元気な人だ。

 P「では行きましょうか。」

 広「うん。」

並び立って歩き出す、道中篠澤さんに寝ていた理由を聞いたところ「楽しみで夜に眠れなかった」だそうだった…

 

 

途中休憩を挟みながらなんとか別邸にたどり着くことが出来た、広い庭を擁する洋風建築、来るのは初めてでは無いが相変わらず厳かというか気が引き締まるような気がした。

玄関の前で家主とその友人のふたりが待ち構えていた。

 千奈「篠澤さんに駿河様、こんにちは!」

 佑芽「おはよう!広ちゃん。」

 広「うん、来たよ。」

 P「こんにちは倉本さん、今日は篠澤さんをお願いします。」

 千奈「任されましたわ!それよりも駿河様、本日は予定を譲ってくださりありがとうございます、とっても感謝してますわ。」

 P「いいえ、お気になさらず。」

 千奈「そうはいきませんので今度お礼をさせていただきますわ!」

 P「ではお言葉に甘えて、打ち合わせの予定通り16:30頃に迎え来ますので倉本さん、花海さん、よろしくお願いします。」

 千奈「はい!」

 佑芽「任せてください!」

 P「それでは俺は戻りますので篠澤さん。」

 広「…広、誕生日の1日くらい、名前がいい。」

 P「どうして急にそんな事を…」

 広「佑芽と千奈に…見せつけたくなっちゃった…」

顔を赤く染めながらそんな事を言う篠澤さん、そんな頼まれ方をされては断れない。

 P「…はぁぁ、仕方ないですね、夕方に迎えに来ますから、楽しんできてください、広さん。」

 広「うん、行ってくるね、ハル。」

背を向けて歩き出す、背中越しで篠澤さんが倉本さんと花海さんから質問攻めをされている声が聞こえる。やはり参加しなくて正解だったようだ、と思いながら俺は事務所に足を向けた。

 

事務所で作業をしていると小腹が減っていることに気がつけば時間は16:0を回ったころになっていた。

そんな時間まで夢中で何をしていたかと言えば24日の全体での打ち合わせに間に合うようにどうダンスを仕上げるかのプランを組んでいた。

実質22.23の2日間しか残されていない以上追い込みをかけるしかない、しかし追い込みの強度に篠澤さんが着いて来れない可能性もあり…

と、篠澤さんの体力のギリギリとスケジュールのギリギリを詰めたレッスン内容を編成していたのだ。

『絶対に間に合わせなければいけない事』に対して全ての要素がギリギリという非常にヒリつく状況…最高にスリリングで楽しく思う、誰の影響か…はたまた持っていたものを呼び起こされたか…

俺の中で彼女の存在は日に日に大きくなる、膨張を続ける宇宙空間のように…そういえば人間の脳の構造は宇宙と非常に酷似していると聞いた覚えがある、始まりの宇宙は何も無かったと言うが今ではもう昔の自分が休みの日に何をしていたのかも思い出せない、篠澤広のプロデュースを考える、それが俺のいちばん楽しい休みの過ごし方になっている、なにせ篠澤広のプロデュースは本気の趣味なのだ。

さて、そろそろ篠澤さんを迎えに行こう。

俺は事務所の椅子から腰を上げて背筋を伸ばし、エアコンも電気もそのままに事務所を出た。

 

 

ピンポン、と聞きしった音を立ててインターホンが鳴る。

 千奈「はい、あ、篠澤さん!お迎えが参りましたわ。」

 広「プロデューサー…た、助けて…」

 P「何があったんですか…」

 千奈「今向かいますので少しお待ちくださいませ。」

ガシャン、と鍵の開く音。

バァン!という音が似合うほど勢いよく開けられたそれは俺の鼻先を掠めた。

中から出てきたのは大型犬だった。

 佑芽「駿河さん!私、すっごい応援しますから!!広ちゃんの話聞いて私もうキュンキュンしちゃって!!」

 P「分かりました、分かりましたから…」

なるほど、篠澤さんが疲弊していた理由はこれか…

 広「ぷ、プロデューサー…」

 P「少し見ない間にまた小さくなりましたね。」

 千奈「すみません、私では花海さんを止めることが出来ず…」

 広「根掘り葉掘り聞かれた…葉っぱは掘れないのに…」

 P「ギ〇ッチョですかあなたは…楽しかったですか?」

 広「うん…とっても。」

ニコリと微笑んでみせる篠澤さん。

 千奈「それは良かったですわ、気合を入れて準備した甲斐がありました。」

 佑芽「私たちは片付けがあるからまだ残るけど広ちゃんはプロデューサーさんと戻ってて、というかそうして!」

 広「ふふ、じゃあお言葉に甘えるね…荷物あるから手伝って、ハル。」

 P「分かりました。倉本さん頼んでいたものはどちらに?」

 千奈「今お持ちしますわ、少々お待ちくださいませ。」

 広「頼んでいたもの?」

 P「はい、この後必要なものです。」

 広「そっか、わたしはこのぬいぐるみと小箱を持っていく、そっちにあるラッピングされてる箱を持って欲しい。」

 P「了解です、荷物を置きに1回事務所に寄りましょうか、1回で篠澤さんが運び切るのは無理でしょうし。」

 広「賛成、わたしもそう思う。」

 千奈「お待たせしました、駿河様に頼まれていたものですわ。」

そう言って白い紙箱を渡してくる。

 P「ありがとうございます、倉本さん。助かりました。」

 千奈「全然構いませんわ、いいお話もいっぱい聞けましたし。」

 広「ふふ、2人とも秘密にしてね…ハルが退学になったら、とっても困る。」

 P「事実に基づいた話しかしてませんよね?」

 広「どうだろう?」

 P「まあいいです。倉本さん、花海さん、今日はありがとうございました。」

 広「2人とも、ありがとう。」

 千奈「はい!また月曜日にお会いしましょう!」

 佑芽「またね、広ちゃん!」

2人に向かって手を振って応え事務所に向かって歩き出す、心なしかいつもよりも篠澤さんの歩くペースが早いような気がした。

 

 

事務所に到着すると暖められた空気が迎え入れる。

 P「温めておいて正解でした…12月後半にもなると時間関係なく寒くなりますね。」

 広「それは、そう…寒いは好きだけど温いのもいい。」

 P「暖かいものでも飲みますか?」

 広「うん、コーヒーがいい。」

 P「分かりました。」

教わったようにコーヒーを淹れる、自分で飲んで美味しかったんだ、自信を持て…と言い聞かせて丁寧にコーヒーを淹れる、瞬く間に部屋をコーヒーの香りが包む。

 P「どうぞ。」

 広「ありがとう…あれ?」

1口飲んだ篠澤さんか不思議そうに首を捻る。

 広「ねぇプロデューサー、豆変えた?」

 P「いえ、変えてませんよ。」

 広「いつもより美味しい…角がないというかまろやかな感じ。」

 P「たまたま上手くいったのかもしれませんね。」

内心ガッツポーズしながら倉本さんに渡された紙箱に目を落とす。

 広「千奈から渡されてたそれ、何?」

 P「ケーキです。」

箱を開けてみせる、至ってシンプルなショートケーキが2つ入っていた。

 広「ケーキ?なんで?」

 P「誕生日はケーキで祝うものって相場が決まってるんですよ、倉本さんに頼んでいたんです。」

 広「へぇ、夕飯前に戻ってきたのって…」

 P「篠澤さんの食べる量では夕飯を食べたらケーキが食べれなくなるのが目に見えていましたので。」

 広「きっと正解、千奈のお昼はすっごい豪華だったけど量が少なくて助かってたから。」

 P「せっかくコーヒーも淹れましたから、食べましょうか。」

 広「うん、でもその前に、プロデューサー。」

 P「なんです?」

 広「わたし、今日誕生日。」

 P「そうですね。」

プクーと頬が膨れてくる、意地悪はやめておこう。

 P「すみません、お誕生日おめでとうございます、篠澤さん。」

 広「…」

プイ、とそっぽを向いてしまう。

ふくれっ面も可愛らしいなんてずるい人だと思う。

 P「誕生日おめでとう、広。」

 広「っ…」

口元が緩んで心なしか顔が赤い。

 広「プ、プロデューサーはずるい…急に呼び捨てなんて…」

 P「そう仕向けたのは広さんでは?」

 広「いつもみたいに、さん付けで来ると思ってた…不意打ちは卑怯。」

 P「いつもされる側ですから、仕返しです。」

 広「…もしかして、プロデューサー。わたしが名前で呼ぶ時、ドキドキしてる?」

ニヤリ、と悪い顔…これは主導権を握られる流れだ。

どうする?どうすれば火傷せずにこの場をきりぬけられる?

 P「…悪いですか。」

出てきた言葉は事実上敗北宣言、ガチ照れであった。

残念ながら今日も俺はこの人に勝てない。

 広「ううん、嬉しい…ふふ、真っ赤になったハルも可愛い…」

 P「ぐぬ。」

 広「ふふ、凄い顔してる…真顔になりたいけど口元が緩んじゃうって顔…ふふふ…」

 P「こ、ここまでにしましょう、いくら休みの日とはいえアイドル科もプロデューサー科も動いてる人は動いていますから…」

 広「…そうだね、ハルの可愛いところ、堪能できたし。」

 P「あなたという人はどうしてそんなセリフを恥ずかしげもなく…」

 広「あの…ね、プロデューサー。」

空気の切り替わりを感じて姿勢を正す。

 P「なんでしょう?」

 広「わたし、アイドルを目指して良かったって…すっごい思う。プロデューサーに出会えて、千奈や佑芽、手毬に美鈴…色んな友達が出来て、わたしの世界の彩度がどんどん鮮やかになってる。

前のわたしの世界には、白い紙や服と黒いコーヒーと線くらいしかなくて、つまんなかった。

実はわたし、コーヒーってあんまり好きじゃなかったんだ。」

 P「そうなんですか?毎日飲んでいたので、てっきり好きなのかと思ってました。」

 広「わたしにとってコーヒーは自分で作ったインスタントばっかりだったし…作業中に眠気覚ましと習慣、あとは生命維持に必要だから水分を摂ってただけみたいなものだったから。

でも…ね、初星学園に来て、プロデューサーと契約して、毎朝プロデューサーがコーヒーを淹れてくれて…味の変化が分かるくらい、好きになっちゃった。

毎日が始まる1杯が、わたしに居場所を証明してくれるみたいで…プロデューサーが支えてくれるって気がして、やる気がでるんだ。」

その独白は、俺の涙腺を刺激するには十分すぎる効果があった。

 P「それは…とても嬉しいです、でも…なんでそんな話を?」

声が上擦るのを何とか我慢して言葉を発する。

 広「だってプロデューサー、わたしの誕生日プレゼント、コーヒー関係の物じゃない?昨日抱えてもらってた時、いい香りがしてた。」

 P「時折見せるその頭脳をもっと他の事にいかせないんですか?」

 広「無理、わたしのリソースはアイドルとプロデューサーの事でいっぱい。」

 P「ですが正解です、篠澤さんの前で隠し事はできませんね。」

 広「うん、プロデューサーのことなら…なんでも見抜く自信がある。」

 P「怖いことを言うのはやめてください、どうぞ、俺からのプレゼントです。」

事務所の机からラッピングした箱を取り出す。

 広「ありがとう、木?開けていい?」

 P「もちろん。」

ラッピングを剥がすと桐の箱、それを開ければ白と青色マグカップと赤のマグカップが顔を出す。

 広「2つ…片方はプロデューサーの?」

 P「そうです、ここでコーヒーを飲むのに使おうと思いまして…せっかくならペアにしたくて。」

 広「ふふ、嬉しい…わたしが選んでいいの?」

  P「いいですよ。」

 広「じゃあ…こっちの白い方。ちなみにプロデューサー、贈り物の意味とか知ってる?」

 P「あまり詳しくは知りませんが、多少は。」

 広「今日千奈に色々教えてもらったんだけどね、マグカップは『一緒に過ごしたい』って意味なんだって。」

 P「…そうなんですね。」

 広「…わたしが白い方を選んだ理由、分かる?」

 P「…いいえ、全くわかりません。」

 広「ふふ…洞察、すっごい苦手になったね。」

 P「い、いいから食べましょう、ケーキが温まっちゃいます。」

 広「ふふふ、そうだね…ねぇ、プロデューサー。」

 P「はい、篠澤さん。」

 広「わたし達、お互いに色んな価値観とか、夢とか、将来とか混ざりあって捻じ曲げあって…どうなっちゃうんだろうね?」

 P「先の事は分かりませんが…『見えているもの』が同じならきっと上手くいきますよ。」

 広「ふふ、きっとそうだね…コーヒー、もう1杯ちょうだい、こっちのカップで。」

 P「分かりました。俺もマグカップ、変えますね。」

暖かい、優しい空気が部屋を包んでいた。

こんな日々が毎日続くように、毎年誕生日を祝えるように、これからも頑張らないと、そう決意を固める。

まずは明日のレッスンを…そんな固い考えはケーキのクリームに包まれて、ただただ彼女の誕生日を祝う想いでいっぱいになった。




誕生日の前日13:00に書きあがった作品なので非常に思い出深いですね。
このあたりからイースターエッグ的に意味合いを込めたアイテムがちょこちょこ出てくるので意味の分かった方は博識だと思います。
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