酒カスドラゴンのダイナミックエントリーだ!!
酒とは何か。竜は思う。飲まずにはいられない魅力的な飲み物だ。
酒とはどんな飲み物か。竜は考える。飲むとグラグラと頭が揺れる不思議な飲み物だ。
酒とはどう付き合うべきなのか。竜は唸る。程々に。水を飲みながら飲まないとダメな飲み物だ。
酒の魅力とはどこにあるのか。竜は笑う。誰かと飲み交わすことで幸せになれる不思議な飲み物であることだ。
竜は酒が好きだ。親戚が集まる酒の席が好きだ。友人と飲む酒が好きだ。
ワインが好きだ。ビールが好きだ。ウィスキーが好きだ。日本酒が好きだ。ブランデーが好きだ。リキュールが好きだ。ありとあらゆる酒が大好きだ。見たこともない酒があれば喜んで購入するであろうくらい、酒が大好きだ。人類の歩みを見ているようで、その歴史を紐解いていくのが大好きだ。
「……ああ、素晴らしきかな、人類の進歩」
誰も乗っていないコンパートメントに一人座り、今まで造り、飲んだ酒のリストと新たに造っている酒を見返して恍惚とする鱗を持った少年────ファヴニル・モルトキュールは、酒の味や香りに想いを馳せながら、漬けたばかりの薬草酒と茸酒が出来上がるのを楽しみにしていた。
彼のことを簡単に伝えるのであれば、酒の魅力に取り憑かれたドラゴンと言って差し支えないだろう。酒のためならば様々な物事を学び、実践するし、本気を出せば塵一つ残さず消し去れる人間にも人の姿となって頭を下げる。竜という存在が酒に魅了されるのは遥か昔から決まっていることなのだろうか。
遥か昔から、人類の進歩を見守り続けてきたと言っても過言ではない酒という飲み物。様々な酒を飲んだことがあるファヴニルが手にする酒のリストは、とても分厚い本のようになっている。凄まじい重さではあるが、それだけの進歩や酒に出会ってきたのだと考えればとても感慨深いと、ファヴニルは笑みを深める。
列車が動き出しても、ファヴニルはリストを読み漁り、思い出に浸ることを止めない。彼の知り合いが見れば、列車が動き出したことすら知らないのではないかと思う程、思い出に浸り続けている。彼の耳にはどんな喧噪も入らない。列車が線路を進み、風景が流れていくのを楽しむこともせず、ファヴニルは外界から伝わってくる情報を全てシャットアウトして酒に想いを馳せ続けていた。
「……すまない」
「ああ、この酒も素晴らしかったな……特に香りだ。焼いたオーク樽というのがポイントだったか?」
「聞こえているか?」
「しかしワインを蒸留してブランデーを生み出すとは……やはり人間の発想力とは素晴らしいものだな」
「すまない、君に声をかけているんだが!」
「ん?」
肩を叩かれ、耳元で声を上げられれば、さすがの愚鈍ドラゴンであってもその存在に気付く。酒のリストから目を離して声が聞えた方向を見ると、宝石のような美しさを持った少女が立っていた。
腰の辺りまで伸ばした銀色の髪を靡かせ、どこか呆れているような、疲れているような笑みを浮かべる少女は、間違いなく美少女と言っていいだろう。氷や極寒の絶海を思わせるキリッとした目元や小さく整った細い鼻。処女雪のように白くきめ細やかな肌と、瑞々しい桜色の小さな唇。
成長すれば絶世の美女、傾国の美女と呼ばれるであろう素質を感じさせる少女を見て、ファヴニルは酒に魅了されていなければ、この宝石のように美しい少女を宝として讃えただろうと感じていた。
「ようやく気付いてくれたな。空いている席に座らせてもらっても?」
「ああ、構わないとも。……ああ、その荷物は上に」
「ああ、助かる」
ファヴニルが少女から荷物を受け取り、上にある荷物置きへと荷物を載せると、銀髪の少女はファヴニルの向かいの席に座る。話すこともないだろうと判断したファヴニルは元の席に座り直し、思い出に浸る時間を再開しようとし────向かいに座っている少女にそれを阻止された。
「その分厚い本は?」
「…………興味があるか?」
「ああ。購入する必要がある教科書のリストにそれは無かったはずだからな」
「……なるほど」
「おっと、自己紹介が遅れた。私はヴィヴィア・アドワーズ。親しい者からはヴィーと呼ばれることが多い。君は?」
「ファヴニル・モルトキュール。呼びにくいだろうからニール、もしくはモルトでいい」
「ファヴニル……北欧の竜、ファヴニールか。ご両親は剛毅な名を付けたな」
「そういうお前も湖の乙女ヴィヴィアンから取っているだろうに」
アクアマリンのように輝く青い瞳がとてもおかしそうに細められ、お互い様だな、と頬を緩ませた。
「それで……その本は一体何なんだ?」
「俺が今まで見てきた、もしくは飲んだ、造った酒のリストだ」
「……君は不良というやつなのか?」
「生憎、俺は人間達の尺度では生きてないのでな。まぁ、それはそれとして────アドワーズ、お前は酒の歴史を調べたことはあるか?」
唐突な質問に面食らったヴィヴィアはしばらく考える素振りを見せた後、首を横に振る。酒の歴史など、その道の家系に生まれていなければ調べる機会もないだろう。
「すまない。そういった分野には疎くてな」
「そうか。ならば少し話をしようか。歴史の授業は得意か?」
「ああ。こう見えて貴族の家なんだ。新たな知識や教養を得られる機会は願ってもいない」
「それは重畳。ならばこのリストを教科書代わりにして授業を行おう」
そう言ったファヴニルが分厚いリストをテーブルに置いて開いたのは最初のページ。黄金に輝いている酒が描かれているページだ。
「酒というのは先史時代から存在していると言われている。最古とされるのが、この
「先史時代!? 酒はそんな以前からあるのか」
「ああ。一説によれば、ミツバチの巣に溜まっていた雨水を狩人が飲んだことが蜂蜜酒の始まりと言われているそうだ」
気が遠くなるほど遠い過去からずっと酒は人類と共にあった。古代から中世、そして現代に至るまで酒は医療品、嗜好品として人類に重宝され続けている。その始まりであるという蜂蜜酒が描かれているページには、味だけではなく、歴史や豆知識のようなものまで記録されている。
「ある人間は蜂蜜酒の誕生を『自然から文明への発展、そのターニングポイントだった』と言ったそうだ」
「なるほど……自然に生まれたものではなく、人工的に生み出した飲み物と考えれば……興味深いな」
「そしてその原初である蜂蜜酒がこれだ」
「……どこから取り出した?」
「このポケットからだが」
蜂蜜酒を取り出したファヴニルに訝しげな表情を浮かべるヴィヴィア。ありとあらゆる酒、酒の材料、混ぜ合わせるための道具、酒のアテなどを常に持ち歩くため、服のポケット全てに拡張魔法を施している狂半人半竜────それがファヴニルであった。酒をキメることが何よりも幸福であり、美味い酒を友人と共に飲んでいれば大体幸せであると信じてやまない酒カスドラゴンである。
「飲むか?」
「いや、遠慮しておく」
「そうか」
ゴッ、ゴッ、ゴッ、と蜂蜜酒を一気に飲み干していくファヴニルを見て戦慄するヴィヴィアは、飲酒を咎めるべきなのか、それとも酒を持ち込んでいることを咎めるべきなのかを悩み、悩んでいる間にファヴニルは蜂蜜酒を飲み干していた。蛇ではないが蟒蛇である。
「相変わらず野性味の溢れる味わいだ。市販のものは蜂蜜の甘さが際立っているが」
「………………恐らくだが、君には何もかもが暖簾に何とやら、なんだろうな」
「どうした? 噛み噛み白菜の塩漬けでも食べるか? マンドレイクの酒粕漬けもあるが」
「……いただこう」
頭が痛そうにしながらも差し出された塩漬けと酒粕漬けを口にするヴィヴィア。とんでもなく美味しい漬物に一瞬華やぐものの、それをアテにして酒を幸せそうに飲み始めるファヴニルを見て溜め息が出てしまう。
「ふぅ……ところでアドワーズ。確か今年はポッターがいるそうだな」
「ああ、ハリー・ポッター。例のあの人と対面し生き残ったという」
「例の……ああ、voldemortか」
「すまない、もう一度言ってくれるか?」
「voldemort」
「どこの言葉だ!?」
「そうか、聞き取れんか。当たり前ではあるが」
どの言語なのかを考え続けるヴィヴィアを尻目に三杯目の酒に手を付け始める酒カスドラゴンは、名前を呼んではいけないあの人、と恐れられている闇の魔法使い、ヴォルデモートがどうしてここまで恐れられているのか疑問に思っていた。恐れることはいいが、名前を呼ぶことすら憚られるなど、強者として健全とは言えない。名を呼ばれ、畏れ、敬われ、その畏敬の念に誠意と力を以って応えることによって強者として健全であると言えるとファヴニルは考えていた。酒カスであってもドラゴン。腐っても最強種ドラゴンとしての誇りを忘れてはいない。忘れてはいないが酒の魅力に打ち勝てないあたり、本当に酒カスドラゴンである。
酒を飲むことを止めないファヴニルと、ファヴニルが口にした知らない言語に頭を悩ませ続けるヴィヴィアの間に不思議な空気が漂う中、大きなワゴンを押している女性がコンパートメントの扉を開けて現れた。
「何かご入用ですか?」
「ではチョコレートをいくつか」
「3ガリオンです」
カカオの香りが強いチョコレートを数枚購入したファヴニルは、未だに言語について考え続けているヴィヴィアの口にチョコを一欠けら捻じ込む。
「むぐっ!?」
「一度考えるのを止めたらどうだ? 分からないことを考え続けても、分からないことしか分からないだろう」
「…………それなら一言声をかけてくれるだけで良かったのだが」
恨めしそうな表情を浮かべるヴィヴィアにどこ吹く風なファヴニルは酒ではなく、酔い覚まし用の薬水を飲みながらチョコレートを齧る。酔い覚ましのために大量の薬草が煎じられている薬水はとても飲みやすいとは言い難いが、慣れてくるとその癖のある味わいが何とも癖になる。チョコレートと合わせるとさらに味わい深い。
チョコレートと薬水に舌鼓を打っているファヴニルはふと、ヴィヴィアに問いかける。
「アドワーズ、お前はどの寮希望だ?」
「私か? 私は……まぁ、恐らくスリザリンだろう。レイブンクローも捨てがたいが」
「ならばレイブンクローに行けばいいだろう」
「私の家は代々スリザリンの出身でね。組み分けではスリザリンに割り振られることが目に見えているのさ」
貴族の多くはスリザリンに行くことが多い。そう言って苦笑するヴィヴィアだったが、それがどうしたというのだと言わんばかりにファヴニルは続けた。
「代々そうだったからと言ってお前もそうなるとは限らないだろう。例えば……ゴドリック・グリフィンドールとヘルガ・ハッフルパフが結婚したとして」
「突拍子もないことを言い出したな」
「最後まで聞け。……そしてその子供がサラザール・スリザリンとロウェナ・レイブンクローの間に生まれた子供と結婚し、子供が生まれた。その子供にも子孫が生まれたとして────その子孫はどの寮に入る?」
ホグワーツ創設者達の子孫達はどの寮に入るか。そう聞かれたヴィヴィアは考えるが、答えは出てこない。どの寮に入ったとしても間違いではないのだから。グリフィンドール、スリザリン、ハッフルパフ、レイブンクロー。その四つの血を引いている者がいたとすれば、どの寮に入ったとしても間違いにはならない。そうなれば、最終的に決めるのは本人の意思なのだ。
「最終的な判断は本人が握っている。お前が強く望めば、別の寮に入ることだって可能だろうよ」
「……そうだろうか?」
「素質があれば、だがな」
「そういうものか」
「そういうものだろうよ」
「……そうか」
どこかホッとした表情のヴィヴィアを確認したところで、酒のリストに目を落とすファヴニル。ヴィヴィアが何かを言い出す前にリストに全意識を集中させてしまっているため、何を言おうとも今のファヴニルには届かない。
ただし酒についての話題だけには意識を割くようで、時折ヴィヴィアが酒のリストを覗き込んでは質問し、ファヴニルがそれを簡単に返す────そんな不思議な会話がホグワーツ最寄り駅であるホグズミード駅に到着するまで続いた。
──────────────────────────────────────────────────ー
「イッチ年生っ! イッチ年生はこっちだ!」
列車がホグズミード駅に到着した後、巨大な毛むくじゃらの男が声を大きく張り上げて新一年生の誘導を行っているのを見て、ファヴニルはあれだけ目立つ者がいれば迷子は出ないだろうな、と新しい制服の袖を弄りながら考えていた。
「彼は半巨人だろうか?」
「俺が知る半巨人はもっと巨大だったと思うが」
「君の故郷は修羅の国なのかい?」
共に列車から降りたヴィヴィアがファヴニルの隣で口を開く。その問いかけにファヴニルが答える前に、大男が付いてくるようにと声を上げて、大男の後に続くと────数人が乗れる程度のサイズの小舟がいくつも用意されている湖畔に辿り着く。
「ほれ、どれでもいいから乗りな」
大男が新一年生に乗船を促し、指示に従ったファヴニルやヴィヴィアを含めた新一年生達が小舟に乗り込む。全員が乗り込んだ後、何らかの魔法がかけられているのか、小舟は一斉に湖の沖へと動き出す。ランタンだけが暗闇を照らし続ける夜の湖畔。どこか不安を煽るような時間は数分で終わりを告げることとなる。
「……これが」
「ホグワーツか」
現れたのは湖畔の崖に聳え立っている大きな城だった。城の中から溢れてくる光が湖畔を照らし、小舟に乗る新一年生達を歓迎するかのようにゴースト達が現れては消えていく。ゴーストも酒に漬けることができるのだろうか、というとんでもないことを考えているファヴニルだったが、美しく壮大な光景に心を揺さぶられないわけではない。ただ、それ以上に酒の方が魅力的に感じているだけで。
(この風景を見ながら酒を飲むとしたら、やはりワインだろうか。夜景を楽しみながら……白か? 赤か? それともロゼか?)
どこまで行っても酒カスドラゴンは酒カスであった。