ハリー・ポッターと酒カスドラゴン   作:エヴォルヴ

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次回からはホグワーツに帰ります。秘密の部屋と酒カスドラゴン。


ヴィヴィア・アドワーズと記念日パーティー

 ドレスに着替えたヴィヴィアが見た大聖堂の光景は、圧巻の一言であった。

 ホグワーツの大広間に負けない広さと美しさ、人工的に生み出された荘厳な雰囲気を漂わせつつ、自然の偉大さを思わせる植物がステングラスに巻き付いている。樹木の中に作られていると錯覚してしまいそうになる内装のパーティー会場には、様々な種族が集まっており、全員が笑顔で料理を頬張り、酒を飲み交わしていた。

 

「乾杯の音頭も取らずにとは、相変わらずだなモビーディック」

 

「うん? お前は……ニールか!? デカくなったな!」

 

 もちろんその中にはヴィヴィアを竜の楽園に招待したファヴニルもいる。見たこともない、ポケットだらけのコートに酒瓶を大量に突っ込んで、手には木製のジョッキが大量に乗せられた丸いトレー。給仕係でもやっているのか、酒が無くなった席に酒を注いで回っているようだ。

 

「最後に会ったのは……五十年前くらいか?」

 

「もうそれくらい経ってたっけ……?」

 

 酒を飲みながらそう言ったのは、白い、大きな女性二人組だ。背丈もそうだが、出るところは出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる。そして大きい。あまり大きい方ではないヴィヴィアとしては圧倒されると共に、少しだけ羨ましいと感じてしまう。

 

「そうだな。それくらいのはずだ」

 

「デカくなったな! ……あ、いや、そこまで変わってねえか?」

 

「まだ擬態を完全に解いていないからな」

 

 あの二人もドラゴンなのだろうかと思っていると、海賊じゃないのかと思ってしまうような傷だらけで眼帯をしている隻腕の男がファヴニルの頭をガシガシと荒っぽく撫でた。

 

「ん? 擬態解かねぇのかい?」

 

「友人が混乱しそうでな」

 

「友人……ああ、もしかして、あそこで突っ立ってるお嬢ちゃんか?」

 

 隻腕の男が顎を使ってヴィヴィアの方を示すと、大聖堂の中にいた全員の視線がヴィヴィアに殺到する。何か、粗相をしたのだろうか……そう思った矢先。

 

「ニールの友達だって!?」

 

「形見しか持ってこなかったニールの友達!?」

 

「形見じゃない本物の人間だ!?」

 

「ニールが友達連れてきたぁああああああああああああああ!!?」

 

「飲むしかねぇ! このめでたい日に!」

 

「毎日酒飲んでるドワーフが何を言っているんだ」

 

「ああん? てめえらエルフだってニール坊の持ってきたワインの虜になってるくせによぉ」

 

「あら可愛いお嬢さんね。ニールの友達じゃなかったらティフォン様が手を出してそう」

 

「あはは! 確かに、ティフォン様はそういうことやる! 素敵なお嬢さん、お名前は?」

 

「ティフォンの眷族が抜け駆けしやがった!」

 

「俺らも続くしかねぇよなぁ!?」

 

 わっ、と歓声が響いて次々にヴィヴィアに自己紹介と握手を求めてくるファヴニルの兄、姉の眷族達。殺到する神話やおとぎ話にしか出てこないような者達の圧に、ヴィヴィアは思わず一歩引きそうになりながらも、どうにか挨拶と握手を一人ずつ交わしていく。逃げないのはやはり騎士の家に生まれたからなのか、それともファヴニルの友人としての矜持か、はたまたヴィヴィアもどこかネジが外れているからか。

 だが、さすがに百単位で挨拶と握手を求められると、疲れてくるし対応することが億劫になってくる。もちろん誠意を持って全員に対応するつもりではいるのだが、勢いと熱量が凄まじいせいで疲労感が加算ではなく乗算で積み重なっていく。

 

「全く……どっちが主役か分からんな、これでは」

 

「まぁ、いいじゃねぇか。自由な方が俺達は好みだ」

 

「毎度毎度お祝いされ続けていると、どうしてもマンネリするというか……なぁ?」

 

「うん。だったらヨルとニールの喧嘩を見ている方が楽しい」

 

 血の気の多いことである。白い鯨のように大きなドラゴン、モビーディック・ロズブロークと海賊の風貌をしたエイハブ・ロズブローク、そしてその娘であるイシュメル・ロズブロークの三人がそうなっても無理はないと言えばそうではあるのだろう。片やノルウェー・リッジバックをおやつ代わりに捕食できるドラゴン、片や偉大なヴァイキングの血を引く男────そんな二人の間に生まれた子供もまた、血の気の多い半人半竜となるのは、おかしくはない。

 

「喧嘩ではなく決闘だと思うよ、イシュメル。あ、ニール、お酒お代わり」

 

「あんな何でもありなものを決闘と呼ぶのは烏滸がましい話だと思うぞ、ニド姉さん」

 

 ヴィヴィアがファヴニルの知り合い達に囲まれて凄まじい待機列ができている中、ファヴニルの酒をジョッキに追加して口にする魔法使い然とした服装の女性がいた。

 顔立ちはファヴニル、ピュートーン、ティフォン、ミラディラウス同様に整っており、男装の麗人と言うべきか。ただし、ローブ越しに見て取れる体つきは間違いなく女性だ。ファヴニルに似た捻じ曲がった禍々しい角が生えており、黒い鱗と黄金の瞳、白い肌、大きな翼と細長い尻尾……ファヴニルと本当にそっくりな特徴を宿している麗人────ニードヘッグ・モルトキュールは、ファヴニルよりも長く艶のある黒髪を揺らしながら笑う。

 

「いいじゃないか。血沸き肉躍る戦い。あれを決闘と言わずしてなんだと言うんだい?」

 

「喧嘩」

 

「風情がないね。あの可愛いニールはどこに行ってしまったのやら」

 

 長男ピュートーン、長女ティフォンと同じく、ニードヘッグもまた、幼いファヴニルのことを猫可愛がりしていた。兄であるピュートーンはファヴニルが趣味を見つけた頃にはもう一人の男として認め、弟ではあるが対等の存在として見ている。

 しかし、ティフォンとニードヘッグはまだまだファヴニルを可愛がりたいようで、未だにファヴニルのことを可愛がろうとあれやこれやと画策している。ことごとくファヴニルの知り合いや自身の眷族、ピュートーン、両親などに邪魔されているが、全く諦めるつもりはないようである。

 

「らしいが、どう思うヨル」

 

「あ? ニールはニールだろ。姉ちゃんやってるくせに分かってねえなあ。畑仕事ばっかで脳が錆びたんじゃねぇか?」

 

 いつの間にやら、黒い紋付袴に身を包んだ灰色の男が蜘蛛の刺青を入れた女性を侍らせてやってきていた。女性も白無垢を着ており、幸せそうに笑っている。

 

「久しいなヨル。まさか同年代で最初に結婚するのがお前とは思わなんだ」

 

「カカカッ、何があっか分からねぇもんだな。っと、紹介するぜ。土御門機姫(はたひめ)だ」

 

「機姫と申します。……あなたが、ヨルの言っていたニール様ですね」

 

「初めまして、我が親友の伴侶となってくれた美しい人。俺はファヴニル・モルトキュール。ヨルを選んでくれて、ありがとう」

 

「それはこちらのセリフです。あなたがヨルの親友となってくれたことだけではなく……彼らの最期を見届けてくれたこと……あの時代を生きた人間として、心から感謝を」

 

 そう言って深々と頭を下げた機姫が、誰のことを言っているのかを瞬時に理解したファヴニルは、とても嬉しそうに笑った。

 

「お前、あの時新選組にフグ鍋を振舞っていた娘か!」

 

「はい。ニール様とは、話をしたことはありませんでしたが」

 

「妖怪の血が混ざっていたのだな。……大きくなったものだ」

 

「私は土蜘蛛の血を色濃く引いた人間でした。時代が変わってからは、人間と関わることは少なくなり、妖怪達が住む幽世で機織りをしておりましたが……ヨルが突然殴り込んできまして。……その豪胆さに一目惚れしてしまい」

 

「あー……まぁ、その、だな……機姫のアプローチに俺が根負けした」

 

 恥ずかしそうに、どこか嬉しそうに笑った蛇目の青年の腕に自身の腕を絡めさせた機姫。お互いに幸せそうに笑う新郎新婦を見て、ファヴニルは大きな声で笑った。

 

「クハッ……ハハハハハハハハハッ!!? 機姫、この喧嘩好きを根負けさせたのか! この竜の楽園でも中々類を見ない偉業だぞ!!」

 

 中々大笑いしないファヴニルが大きな声で笑ったものだから、ヴィヴィアに群がっていた者達が好奇心剥き出しの目を向けてファヴニルを見た。

 これにより、ヴィヴィアは解放されたが、彼女の心の中にあったのはファヴニルへの恨みがましい感情であった。なぜ助けてくれなかったのか、エスコートぐらいはしろ、など言いたくなったものの……呵々大笑しているファヴニルを見て、そんな思いも吹っ飛んでしまう。

 

「聞いたかお前達! ヨルを根負けさせた女傑が来てくれたぞ!」

 

「「「何ィイイイイイイイイッ!?」」」

 

「聞くしかねぇ、その惚気話! 聞くしかねぇ、ヨルの折れた瞬間!!」

 

「遠慮がねぇなてめぇら!?」

 

「ふむ、今のうちに若返りの霊薬を盛ってみるか」

 

「ティフォン姉さんもそうだが、ニド姉さんも大概だな……」

 

 混沌としている。本当に混沌としているというのに、皆楽しそうで、幸せそうで。ヴィヴィアの目の前に広がるパーティーは、アドワーズ家で開かれる誕生日パーティーと同じくらい、皆が笑顔で生き生きとしている。ここにいる全員が神話やおとぎ話に現れるような存在か、ファヴニルと同じように常軌を逸した力を持つ者達だというのに、誰も誰かを見下したり、腹芸をしたりすることがない。

 心の底から笑い、祝福している。これがこの地の結婚式の流儀なのだろう、そう思った直後。もみくちゃにされているヨルガンド・メギングレイプルと機姫の分の酒を注ぎ終えたファヴニルが手を叩いた。

 

「結婚式の始まりを告げよう。まだ来ていない連中もいるが……まぁ、オープニングというのは何度やってもいい」

 

 ファヴニルがそう言うと、ヨルガンドをもみくちゃにしていた者達が頷いて、懐から各々楽器を取り出して楽し気な音楽を奏で始める。

 

「鳴らせ! 歌え! 笑え! トールが名付けた蛇竜が嫁を連れてきた! めでたいことだ! 楽しいことだ! 嬉しいことだ!」

 

「つけた家名は帯と手袋! トールが金槌振るうため、大切なもの! ならばヨルガンドの名前は誰がつけた?」

 

「偉大なる大蛇、世界を覆う蛇! トールの天敵、トールの友!」

 

「友の名前はミドガルズオルム! その親のロキとアングルボザも考えた!」

 

「快活で、大きな器をと、生まれた子供に願ってつけた!」

 

 それはまさしく神話の再現にも似た光景だった。多くの種族が肩を並べ、楽器を演奏し、それに合わせて楽器を持っていない者達が大きな声で、祝福するように歌う。

 

「名前の通り、優しく育った! 強く大きくなった! 退屈を脱する術も身につけた!」

 

「百戦錬磨の拳と槌捌き! バルドルに学んだ喧嘩術! たくさん、たくさん戦った!」

 

「そんな子供が嫁さん連れてやってきた! めでたい! めでたい!」

 

「宴を開こう! 大きな宴!」

 

「好きに飲み、好きに食べて、皆で笑おう! 皆で祝おう! 今日この日! 新たな仲間の誕生に!!」

 

「「「ヨルガンドのお嫁さん、あなたのお名前聞かせてちょうだい!」」」

 

 この場に集まった女性達が機姫を見て歌った。

 

「私は土御門機姫! 優しく、強くて、大きな背中のこの人に一目惚れした土蜘蛛の娘です!」

 

「素敵だ! とっても素敵なお嫁さん!」

 

「皆知ってる! ヨルのこと! 彼の素敵なところを皆が知っている!」

 

「そんな素敵なヨルのことを射止めたあなたはきっと、とっても素敵なお嫁さん!!」

 

 心からの祝福を歌う彼ら彼女らに、祝福されているわけではないヴィヴィアまでもが胸を熱くさせる。一糸乱れぬ力強いダンスを披露しながら歌う男衆と、流麗なダンスを披露しながら歌う女衆。その中心にいて、祝福される二人の心境はきっと、喜色一色だろう。

 

「我が親友、ヨルガンド! ファヴニル・モルトキュールが問う! 汝、永劫の時を機姫と共に過ごす覚悟はあるか!」

 

「愚問だな我が親友、ファヴニルよ! ヨルガンド・メギングレイプルは誓おう! 我、悠久を我が伴侶と共に歩まん!」

 

 ファヴニルが握っていた銀色の杯に、ヨルガンドが自身の左手に傷を付け、血を注ぐ。小さな銀の杯の半分程度まで血が注がれた後、ファヴニルはヨルガンドの瞳と同じ色をした宝石を杯に入れて、機姫に向ける。

 

「我が親友、ヨルガンドの心を奪いし機姫! ファヴニル・モルトキュールが問う! 汝、永遠の時を得る覚悟はあるか!」

 

「もちろんです。彼と共に、私はどこまでも歩いていくことを誓いますとも!」

 

「その覚悟、しかと聞き届けた! ならば、その覚悟、この杯に注がれた竜血を拝領し、示してみせよ!」

 

 差し出された杯を受け取った機姫は、躊躇うことすらなく杯に入っていた血を飲み干してみせる。その瞬間、機姫の腕にヨルガンドと似ている白い、蛇のような光沢のある鱗が生えてきた。眷族化が成功した瞬間だ。これで機姫はヨルガンドと共に、悠久の時を生き続けることになる。

 

「噓偽りのない覚悟、見届けたり! ヨルガンド、機姫。もうあれこれ問うことはない。祝福を。ただひたすらに、新たな門出に祝福を」

 

「堅苦しい話は終わりだ! 皆で飲もう! 皆で食べよう! その前に!」

 

「もう一曲だけ踊ろう! 皆で喜び分かち合い!」

 

 楽し気な音楽が切り替わり、聞き覚えのあるクラシック曲が流れ始めた。ショパンの楽曲、ワルツ第一番華麗なる大円舞曲。誰もが一度は聞いたことがあるだろう曲が流れ始めると共に、ヨルガンドと機姫の衣装も西洋風のタキシードとドレスに早変わりしている。

 

「ヴィヴィア」

 

 呆気に取られていたヴィヴィアの前には、いつの間に近付いていたのか、ファヴニルが立っていた。いつもと違い、黒い髪はオールバック気味に整えられており、黄金の瞳が両方露わになっている。

 楽隊によって奏でられている音楽に合わせて、大聖堂に集まった全員がワルツを踊る中、ファヴニルが手を差し伸べ、恭しく頭を下げた。

 

「私と一曲、踊っていただけますか?」

 

「…………喜んで」

 

 様々な顔を見せてくれたファヴニルが、こうして恭しく頭を下げている光景が、少しだけおかしくなって。思わず笑いそうになりながらも、ヴィヴィアはファヴニルの手を取ってダンスに応じる。

 

「さて、どちらからだ?」

 

「なら、左からで頼むよ。エスコートすらしなかったんだ。このダンスくらいはリードしてくれると嬉しい」

 

「ああ、もちろん」

 

 左手は握り合ったまま、ファヴニルがヴィヴィアの細い腰に右手を添える。ヴィヴィアもまた、ファヴニルの肩に右手を乗せて、踊り始めていた者達に混ざってダンスを始めた。

 

「……上手いものだな」

 

 予想以上に上手くリードしてくれるファヴニルに、ヴィヴィアは思わず感嘆の声を上げた。

 

「非魔法界の貴族にも酒を卸していたからな。なぜか卸先の貴族の娘と一曲踊ることになることが多かった」

 

「多分それはその人が君に好意を向けていたんだと思うぞ?」

 

「好意? 顔を数度合わせて、数回話した程度でか?」

 

「……女というのは、色々あるんだよ」

 

「酒と同じか。そういった機微についてはティフォン姉さんの方が得意でな」

 

 なぜ酒に行ってしまうんだ、とは言わなかった。しかし、自分でも思ってもみなかった言葉がヴィヴィアの口から飛び出る。

 

「話は変わるんだがな、初めてなんだ。ダンスをこうしてやるのは」

 

「うん? 貴族の集まりでやるものだと思っていたが……」

 

「毎回断っていたか、始まる前に帰っていたんだ。だから、家で練習しかしたことがない」

 

「止めておくか?」

 

「いや、ダンス自体には、まぁ……ちょっとだけ憧れがあった」

 

 少し、乙女すぎるがな。そう言って笑うヴィヴィアを見て、ファヴニルは揶揄うことはしなかった。

 

「こうして、心から信用できる友人と共に、踊れるというのは、得難い経験だ。だから……うん。ありがとう、ニール」

 

 ヴィヴィアの浮かべた柔らかくて、あどけない、宝石のような笑みを見て、ファヴニルは少しだけ心臓が跳ねたような気がした。ただ、そんな高鳴りもすぐに消えて、ファヴニルは不思議そうに首をかしげた後、小さく笑う。

 

「……どういたしまして」

 

 月明かりに照らされているように輝く大聖堂で、他の者と混ざって踊る。久しく踊っていなくとも意外とやれるものだなと思いつつ踊るファヴニルと、憧れていたダンスの夢を叶えることができて少しご満悦なヴィヴィアは、この後のパーティーも楽しく過ごした。

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