酒カスドラゴンと新しい先生
九月。新たな新入生がホグワーツに迎えられた翌日、ファヴニルとヴィヴィアは相変わらず交流を続けていた。これについて表立ってとやかく言うような輩は減ったが、影では色々と話をしている者は少なくない。
内容は専らファヴニルの身分がどうとか、そういった話が多いが、ファヴニルがヴィヴィアの家に名誉騎士として取り立てられていることや、とんでもなく高貴な血を引いていることを知ったらどうなるのだろう。きっと面白い顔を見せてくれるに違いない。
「そういえばニール、君はロックハート先生と面識があったんだな」
「ヨルが殴り飛ばしていた。その後数ヶ月ヨルに引き回されていたのを見ていただけだ」
「……彼の拳を喰らって生きているというのは、頑丈過ぎないか?」
「俺達は手加減が得意だからな」
新たに闇の魔術に対する防衛術の教師となった、頬の裂けたような傷跡がチャームポイントと化しているギルデロイ・ロックハートは、教師陣に話を聞きながら朝食を口にしている。
ちなみに傷跡はヨルガンドがメリケンサックを付けたままぶん殴ってしまったためにできた傷だ。早期治療によって傷跡が残るのみとなったが、あと少し遅れていれば片頬が無い男となっていただろう。
「あの時のロックハート先生は見るに堪えない醜態を晒していたが、ヨルに数ヶ月連れ回されたお蔭で、いい戦士になったぞ」
「……君が言うのだから、そうなのだろうな」
「特に忘却魔術はいい腕をしているぞ。本人も引退したら聖マンゴか魔法省で忘却師をしたい、とか言っていたしな」
空飛ぶ車で暴れ柳にダイナミックエントリーをかましてみせたハリーとロンがドラコに煽られている中、二人は同じ席で話を続ける。ハッフルパフとレイブンクローの二年生以上の面々はいつものことだと受け入れているが、一年生達────特にスリザリンだ────は驚愕や嫉妬など、様々な視線を向けている。姦しい女子達は、ヴィヴィアがファヴニルのことをニールと呼んでいることや、去年よりも若干や距離感が近いことにキャーキャー言っているが、ファヴニルとヴィヴィアにとっては詮無き事である。
さて、ファヴニルとヴィヴィアとしてはいつも通りの朝、フクロウ便がやってきた。その中で一番老いているフクロウが手紙をグリフィンドールの席にいるロンの下に配達しようとして────シリアルが山と盛られた大皿に激突した。老いとはやはり恐ろしい。
フクロウが掴んでいた赤い封筒を見て、周囲の者達がザワリと湧いたが、ファヴニルはそれを興味深く見ている。
「ロナルド・ウィーズリー!!」
誰もが思わず耳を塞ぐような叫び声が大広間に響き渡った。吼えメールと呼ばれるそれは、予め吹き込んでいた声を百倍程度に大きくして、受取人の前で開封した瞬間に怒ったり、非難したり、嫌がらせをしたりするための魔法道具だ。ちなみに開封しなかった場合、高温になってから大爆発するというとんでもない道具であったりする。
「今回のことでほとほとお前には愛想がつきました! お父さんの車がなくなって、私達がどんな気持ちになったか! あなたもハリーも、ちょっと間違っていれば死んでもおかしくはなかったんですよ! 校長先生から手紙が届いて、私達は心臓が止まるかと思いました! それに、お父さんは役所で尋問を受けたのですよ! マグル保護法を推進する役人が!! いいですか、ロナルド・ウィーズリー! 次、もしほんのちょっとでも校則を破ってごらんなさい、すぐに飛んでいって、家に連れて帰ります! 必ず! その日のうちに! 絶対に! 今年一年、どんな優等生よりも礼儀正しく生きることを、お母さんは期待しています!!」
「いい母親じゃないか」
「ああ。モリー・ウィーズリーはアドワーズ家も一目置いている素晴らしい魔女だよ」
「ほう」
一息で叫びきった赤い封筒がビリビリに細切れになるのを眺めながら、ファヴニルはロンの母親が子供の安全や健やかな成長を一番願っている女傑であることを確信した。母は強し、という言葉もあるくらい、母の力とは偉大なのだ。ファヴニルの母も何だかんだモルトキュール家での発言力が強い。
「ところでニール、君には荷物が届いているようだが」
「うん? ああ、これか」
ヴィヴィアが指摘したのは、ファヴニルの目の前に置かれた長方形の箱だ。プレゼントと言わんばかりに包装されているその箱は、ロンの吼えメールが開封されている中、いつの間にか置かれていたものである。送り主の名前はルルコール・モルトキュール。ミラディラウスの夫────つまりはファヴニルの父親に当たる人物からの届け物だ。
「……ふむ?」
「開けないのか?」
「いや、開けるが……」
この長方形の箱、無駄に重い。大体四十センチ弱程度の箱だというのに、無駄に重いのだ。何が入っているのか分からないそれに、ファヴニルは若干予想を付けていた。
周囲の目を気にすることもなく、ファヴニルは包装紙を剥がし……【我が子、ファヴニル・モルトキュールへ】と刻まれた木製の箱の蓋を開けると────
「……杖?」
「ほう、これは……」
青い宝石が嵌め込まれた、貴金属の輝きを放つ杖のようなものが入っていた。柄から杖先にかけてまで、見事な装飾が施されており、削りすぎて短くなったレイピアの様にも見える。
「ニール、君は杖をもう持っていたはずだが?」
「ああ。だが、これは恐らくただの杖ではないぞ。何せ俺の父の作品だからな」
箱から杖を取り出してみれば、普通の杖よりも重い。この短さであるというのに、ロングソードを握っているかのような重量がある。妙な重さだ。間違いなく何か秘密が隠されているに違いないと感じさせるその杖は、ファヴニルの手に良く馴染んでいた。
「……ふむ、手紙に材料が記載されているな」
竜の楽園の連中と同じように癖が強いファヴニルの父が作ったであろう杖。もしかしたらオリバンダーの杖と同等か、それ以上に素晴らしい杖であるとヴィヴィアの審美眼が訴えてくるそれがどのように造られたのか……少々武器コレクターとしての素質があるアドワーズ家の人間として、気にならないわけがなかった。
そしてそれは、武器コレクターの気質がある者だけではなく、視線を向けていた全員が気になることである。金属製の杖など、見たこともない。魔法使いが振るう杖は木製なのだから。
「杖の銘はライン。全長四十五センチ、重量二キロ……クハッ、杖とは思えない重量だな」
「それを軽々と振るう君も大概だと思うんだが……それで、何が素材になっているんだ?」
「銀と鉄、それと少量の金の合金だ。芯にはドラゴンの心臓の琴線。ルーンを刻んだ石はラピスラズリ……やろうと思えば杖で撲殺も可能だな、これは」
「ああ、重量でか」
「まぁ、な」
(……含みがあったな? 自由時間、二人だけになった時に聞いてみるか……)
魔法使いに鈍器など、と嘲笑する者が中にはいたが、ファヴニルの正体を少しでも知っているのならばそんな嘲笑をすることはなく、ハリーのように青褪めているか、ダンブルドアのように若干遠い目をするはずだ。ちなみにヴィヴィアは、竜の楽園で行われたファヴニルとティフォンの大喧嘩によって感覚が麻痺し始めている。まだ常識からは外れていないのが唯一の救いか。
「ベルトにでも差し込んでおくとしよう。帯剣用ベルトは便利でいいな」
「ああ、やはりそれは帯剣用のベルトだったのか」
「ああ。便利だぞ。フリントロック式銃だって吊るせるしな」
「銃か……あまり知らないんだが、やはり凄まじいものか?」
「銃の誕生で非魔法界の戦いや狩りは大きく変わったと言っていい」
本当に凄まじいぞ、と笑うファヴニルは用意された朝食を全て平らげて立ち上がった。ファヴニルは結構な健啖家でありながら、食べる速度が常人離れしている。
「今日の授業最初は……闇の魔術に対する防衛術か」
「ハッフルパフとレイブンクローの合同だったはずだ。他のクラスよりも組むことが多い気がするな?」
「グリフィンドールとスリザリンの合同などが最たる例だな。毎度毎度修羅場と化していると聞くが……」
何とも愚かで嘆かわしいことか、と呟いたファヴニルは続ける。
「小競り合いをしている間に、他の者がさらに上へと進んでいることが分からないわけではないだろうに」
「そもそも、こうしてグリフィンドールとスリザリンの関係性が悪化したのはいつのことなのだろうな?」
「ふむ……父さんが在学中はそんなことがなかったと聞いたから……まぁ、あのヴォルデモートの台頭からか?」
各方面から悲鳴が上がったが、そのことについてファヴニルは気にした素振りがなく、ヴォルデモートよりも恐ろしい存在を見てしまったヴィヴィアは苦笑した。
「名前を呼ぶことに躊躇いがないな君は」
「クハッ、テロリストごときに何を遠慮する必要がある」
ファヴニルにとってヴォルデモートという魔法使いは、銃を持ったテロリストと何ら変わりない。さらに言えば、核爆弾を持っているわけでも、妖怪と殴り合うために拳一つで突撃かます親友を引き連れているわけでも、可愛がりと言って内臓を掻き回してから恍惚の表情で啜る悪魔のような姉を引き連れているわけでも、大量の爆弾を空から降らせてくるわけでもない、ただ魔法使いとしての腕がいい闇の魔法使いを過度に恐れる必要性がどこにあるのか。
「恐れが信仰に変わると厄介だぞ。カルト宗教がいい例だ」
「カルト……闇の帝王の信奉者がカルトか。言い得て妙……か?」
「マグル学でそういったことも学べるといいんだがな」
ファヴニルやヴィヴィア達が二年生になってから初めて受ける授業、闇の魔術に対する防衛術の教室にて、その教師はいた。
その教室の教壇に上ったギルデロイ・ロックハートは、多くの注目を浴びつつ、いつものように微笑みを浮かべて言葉を紡いだ。
「改めまして、私はギルデロイ・ロックハート。あれこれ肩書はありますが、ここでの私はただの教授です」
教科書とペン、羊皮紙を取り出して授業の開始を待っていた生徒達を見渡しながら、ロックハートは懐から自身が執筆した本と教科書を取り出す。
「私が担当するこの授業では、基本的に私が執筆した本と教科書を照らし合わせながら授業を進めます。ですが、基本的には実践形式が多いですね」
去年の闇の魔術に対する防衛術を担当した教授、クィレルの授業は彼自身がどもりやすかったために聞き取るのが難しい授業であったが、ロックハートの声はとても聞き取りやすい。
「実技、と言ってもそこまで危険なことはしません。私が教えるのは、逃げる、凌ぐ、守る……そういった行動を行うための技と心構えを身に着けてもらうためのあれこれですから」
臆病風に吹かれたようなロックハートの言葉に、教室に集まった生徒の大半が驚愕や猜疑などの視線を向けるが、ロックハートはそれに怯むこともなく続ける。
「闇の魔法使いと戦って勝つ。そのためにはどうすればいいのでしょう? ……酷な言い方をするのなら、闇の魔法使いを殺すことが確実でしょう」
「こ、殺すって……杖を奪えば────」
「杖を奪った程度で闇の魔法使いがどうにかなると思っているのなら、言っておきましょう。それは大きな間違いです」
ロックハートが浮かべていた微笑が消え、真剣な表情となったことで生徒達は息を呑む。彼が纏っている雰囲気はまさに戦いを生き抜いてきた戦士のそれだったのだから。
「一人の杖を奪ったとて、他の闇の魔法使いがいたら? 自棄になって特攻してくる者がいたら? ……杖を奪い取る間に、大切な誰かを人質に取られてしまったら? 皆さんは対処できるでしょうか?」
杖を奪えばいいと口にした生徒も含めて、反論する者はいなかった。戦場を知らない者達は全員、戦いがいつも一対一の状況であると思い込んでいたのだ。そんなわけがあるはずがないというのに。多勢に無勢が戦いの常と言ってもいい。状況が一転、二転────百転と目まぐるしく変わっていく戦場で、自分達がいつも有利という状況は絶対にないのに。
「だからこそ、それをされないように殺す……それが確実でしょう。ですが、人を殺すというのは本当に労力がかかります。そんなことをしている暇があるなら、どうにかして逃げるか、応援が来るまで凌ぐ方が簡単です」
誰かを守るのは、殺すよりも難しいですが。そう言ってもう一度生徒達────ファヴニルやヴィヴィアも含めた生徒達を見渡して、ロックハートは話を締めにかかる。
「もしここに闇の魔法使いが現れたとして……皆さんが最初にやるべきは逃走です。生きてください。どれだけ惨めであったとしても! ミミズのように地を這ってでも!」
「逃げて、生き残ってください。生きて、生きて、生き延びて、未来を生きてください。そのために私は君達に魔法や、心構えなどを教え込みます。去年の授業がどうだったか、私は知りませんが……断言しましょう。去年の授業よりも、私の授業はハードです」
「それが君達を守り、君達が大切だと思う誰か……これから出会うかもしれない大切な誰かを守ることにも繋がる。そう信じて、是非とも励んでください」
にっこりと笑ったロックハートが話を締めると、ファヴニルは浮かれ気分でいた生徒達の意識が引き締まったような気配がした。戦士の言葉によって、有名人の授業を受けることができるという優越感だとか、夢見心地だった気分が吹き飛んで気を引き締めることができたようだ。
「では授業を始めましょう。さぁ皆さん、教科書を開いて。まずは前年度の復習から行っていきましょう」
実践形式の授業はその後ですよ、と笑ったロックハートの指示に従い、ハッフルパフとレイブンクローの生徒達は教科書を開き、闇の魔術に対する防衛術の先生の話に耳を傾けた。
ラインの杖
ファヴニルの父、ルルコールが造った
ラピスラズリが嵌め込まれた異端の杖
通常の杖とは違い、金属とドラゴンの素材で作られており
杖とは思えぬ重量を持っている
ルルコールが見出した技法を用いて鍛えられた杖の真価は
竜の力を解放した時、見ることができるだろう
古ぼけた酒瓶
ファヴニルが持っている酒、その中でも特別な酒の一つ
古ぼけている陶器の酒瓶は、今でも酒がたっぷりと入っている
それは、ついに開けることがなかった酒であり
ゆえにファヴニルはその酒に彼らの面影を見るだろう
追憶が、戻るはずもないのだけれど