ハリー・ポッターと酒カスドラゴン   作:エヴォルヴ

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酒カスドラゴンと騎士寸胴

 馬車に乗る前、その姿を見たヴィヴィアは思わず瞠目した。

 パーティーに参加するということで、フォーマルスーツを着てくるかと思ってたのだ。しかし、その予想は外れ、ファヴニルが身に着けていたのは、ドラゴンの皮と金属性の素材が組み合わされた鎧とも、礼装とも取れる何かであった。

 

「ニール、その鎧は?」

 

「ああ、これか? 今回は騎士、という立ち位置での参加だからな」

 

「そうじゃなくて、その鎧、明らかに……」

 

 ファヴニルの着る鎧は、間違いなく現代の魔法使い達がどれだけ研究したとしても造ることができない強い神秘を纏っている。

 

 その神秘の源となっているのは、ファヴニルの名を付けた者達に起因している。とある五人がハロウィンということで死者の国から竜の楽園に遊びに来ていた時生まれたファヴニル。その五人が名付け親に選ばれ、納得いく名前だったのが、名付け親の二人が死闘を繰り広げた竜の名前であった。

 

 さて、そんな名付け親達、血の繋がりが無いものの甥っ子同然のファヴニルが可愛くて仕方がないようで、様々なものを貸し与えたり、ルーンを教えたりしていた。それらを組み合わせて造られた装束が、この鎧である。ちなみにこの鎧はファヴニルのフォーマルスーツ本来の姿であるが、フォーマルスーツの状態であっても凄まじい性能を誇っている装束であることは間違いない。

 

 夜の帳よりも深い黒によく映える、ラインの黄金を模した金の刺繍、大神の叡智と強大な竜を意味するルーンがあしらわれた鎧は、間違いなく見事な装束であった。

 

 さらに目を引くのは杖と共に立てかけている剣だ。月明かりのような輝きを孕んだ銀の剣は、ホグワーツで見たあの金属製の杖とよく似ている。恐らくは、あれこそが杖の真の姿なのだろうとヴィヴィアが思っていると、ファヴニルは手甲の調子を確かめながら問いかける。

 

「似合っていなかったか?」

 

「いや、似合ってはいるが……けど、これから行くのは魔法使いのパーティーだぞ?」

 

「問題ないだろう。俺は騎士らしいからな。この姿を笑う者がいるなら、それこそ笑いものだ」

 

 アドワーズ家の名誉騎士のお披露目、という意味合いも兼ねて参加して、その名誉騎士が笑われたとしよう。するとどうだろう、アドワーズ家を笑ったことになるのだ。それ以上にこの鎧から放たれる神秘を感じ取れないのならば、それこそお笑い種である。フォーマルスーツの状態であれば神秘は抑えられているため、気付かないのも無理はないが。

 

「俺のことよりも、ヴィヴィア。そのドレス、あれから変わりないか?」

 

「うん? ああ。素晴らしい肌触りだよ。君の母君は本当に凄いな」

 

 ヴィヴィアが着ているドレスもまた、素晴らしいドレスだ。元々ヴィヴィアが持っていたドレスを、ミラディラウスが改造したものである。なお、何か魔術的な改造を施しているわけではなく、使っている材料を改良したものだ。

 

「裁縫狂いだからな。時折ギリシャで知り合った蜘蛛達と機織りに勤しんでいる。元王族とは思えんフットワークの軽さだよ、全く」

 

「王族……ルーマニアの?」

 

「ああ」

 

「…………ワラキア?」

 

「らしいな。ハロウィンや彼岸、盆に訪ねてくる母方の祖父や祖母は確かに王を感じさせる方だ。正直気のいい祖父、という認識が強いが……」

 

 ヴィヴィアは思わず天を仰ぎそうになった。非魔法界の王族とはいえ、魔法界にも名を轟かせる王の一人である串刺し公────ドラクルと呼ばれた王の血を引く者が、目の前の酒カスドラゴンであるとは。……しかし、そうなってくると、ファヴニルの年齢や、ファヴニルの父について分からない点が出てくる。

 

「君、百年くらい生きているんだったな? 父君は?」

 

「三百……いや、五百年くらいだったか? 竜の楽園の時間と、こちらの時間は全く違うから年齢が曖昧になる」

 

「竜の楽園と、こちら側の時間が違うというのは?」

 

「時間の流れが早い。こちらで一週間過ごした頃には、向こうでは半年……いや、下手をすれば一年が過ぎている」

 

 竜の楽園に住む者達────永遠に近い寿命を持つ者達にとって一年など人間にとっての一日と何ら変わりないが、ヴィヴィア達人間にとっては長い年月だ。時間の流れが早いというレベルではない。

 

「まぁ、そういう特徴もあって、竜の楽園に住んでいる連中の年齢は曖昧だ。俺も本当に112歳なのか怪しいところだぞ」

 

「……それは、数えていないから、ということか?」

 

「いや。俺が死んでいた時期が長すぎるから、だな」

 

「え?」

 

 死んでいた時期が長すぎる、という言葉にヴィヴィアの思考が止まった。

 死。一つの生命の終わり。何もかもが止まった、終焉を告げるもの。死んでしまったら、何も残らない。死んだ者が蘇ることはない。だから、アドワーズ家の使用人達は戦友の形見を大事にしているのだ。

 

 しかし目の前の男は生きている。ファヴニルは間違いなく生きているはずだ。触れてみれば体温を感じるし、やろうとはしないが竜殺しの武器を使えば、きっと血も流れる。そんな彼が、死んでいるはずがない。そう、間違いなく生きているはずなのに。

 

 死んでいた時期が長すぎる、という意味を問うべきか否かを考えていると、馬車が止まる。どうやらパーティーの会場に到着したようだ。

 

「着いたようだな」

 

「……ニール」

 

「さぁ、お手を」

 

 馬車から降りたファヴニルはヴィヴィアに手を差し伸べ、ヴィヴィアが馬車から降りる手伝いを行う。踏み込まれたくないことなのだろうか、とヴィヴィアは考えたが、ファヴニルは全く気にしていないことなので、聞けば教えてくれるだろう。今のヴィヴィアにそれを聞く勇気はなかったが。

 

 冷たいガントレット越しにヴィヴィアの手を軽く握り、エスコートを行うファヴニルはふと、ヴィヴィアの首に光る銀色の指輪を見て口を開く。

 

「ところでヴィヴィア、指輪だが、やろうと思えば形を変えられるぞ?」

 

「何?」

 

「ネックレスにもできるはずだ。指輪のままがいいなら、それでいいんだが」

 

 銀でできたチェーンネックレスに吊るされている銀色の指輪────アドワーズ家の家宝、剣槍ネァイリングはパーティー会場の明かりに照らされて光る。まるでファヴニルの言葉を肯定しているかのような光り方だ。

 

「やり方は……どうだったか……まぁ、あとで教えよう」

 

「ああ、頼むよ」

 

 そんな会話をしつつファヴニルとヴィヴィアはパーティー会場のエントランスに到着し、受付を行っている屋敷しもべ妖精に招待状を見せると、屋敷しもべ妖精は招待状が本物であることを認めたのか、にっこりと笑みを浮かべてパーティー会場の方へと手を向ける。

 

「ヴィヴィア・アドワーズ様と、その騎士様でございますね。あちらでエレイン様とロット様がお待ちです」

 

「……ノルン殿がいるかと思ったのだが」

 

「ノルンお婆様はリリガンお婆様と夜の晩酌会だそうだ」

 

「ううむ、そっちの方が魅力的に見えるな」

 

 屋敷しもべ妖精にお礼を言ってからエレインとロットがいるところまで歩く中、そんなことを小さな声で話す。ロットの母であるノルン・アドワーズとリリガン・アドワーズは同じ姑として気が合うようで、時折非魔法界にお忍びで出掛けている。今回はフランスまで小旅行しているようだ。

 

「来たわね、二人共。疲れたとか、無いかしら?」

 

「正直貴族のパーティーというのは神経を使いますからね。疲れているなら、少し休むことも考えてください」

 

 柔らかく微笑むエレインとロットは、ファヴニルとヴィヴィアの体調について確認してくる。これから神経をすり減らすような場所に向かうが故の心配であった。

 

「いえ、特には」

 

「私も大丈夫です」

 

「そう? ならいいのだけれど」

 

 ファヴニルは貴族の嫌味程度で神経を削るような繊細さを持ち合わせておらず、ヴィヴィアに向けられるであろう公序良俗に反するような視線などについても全てカットする気概である。騎士とは、守護(まも)るものであり、淑女崇拝────崇拝と言っても強く尊敬する程度だが────の下、紳士であらねばならぬものである。もちろん、窘める時は窘めることも忘れてはならない。

 

 いつものようなあまり人間に興味の無さそうな無表情ではなく、人当たりのいい紳士的な男性を思わせる表情を貼り付けているファヴニルに思わずヴィヴィアが噴き出しそうになりつつも、エレインとロットに先導されてパーティー会場に入ると────────

 

 

 

「私の!! 友人を!!! 馬鹿にするんじゃあないぞッッ!!!! この無礼者がぁッッ!!!!」

 

 

 

 何だかよくないことを考えていそうな金髪を長く伸ばした貴族を叩き潰している真っ最中の巨大な寸胴鍋がいた。その近くにはその息子が泡を吹いて目を回しており、思わず天を仰いでいる金髪の貴族の妻らしき女性がいる。鍋を止めようとしたのか、壁にぶっ飛ばされたらしい恰幅のいい男もいるが、そこは気にしなくてもいいだろう。

 

「聖28だか何だか知らないが! 私の友人を馬鹿にしたやつは誰であろうと許さない!!」

 

「ごっ!? おっぼっ!? ごべるっ!?」

 

 ズガンッ! ドガンッ! と人間から鳴っていい音ではない音が聞こえるが、きっと鍋から聞こえているのだろう。きっとそのはずだ。

 

「どういう、状況だ……?」

 

「あの鍋……マルフォイ家がどこかの家に譲ったとかいう、魔法の鍋かしら?」

 

「喋る鍋って、闇の魔法道具なんじゃないですかね?」

 

 持ち主や持ち主だった者に反逆する道具など、間違いなく闇の魔法道具である。触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに地獄絵図を遠巻きに見ている魔法使いの貴族達は、ヴィヴィア達が入ってきたことにも気づかない程に圧倒されていた。圧倒されずに声を出せる人間がいるなら見てみたいところだ。

 

「………………グウィズノか?」

 

 いた。驚きつつも圧倒されることなく声を上げることができた男が、ヴィヴィアの隣にいた。

 

「うん? ────オー! ファヴニル! 我が友よ!!」

 

 鍋の打撃音が響くパーティー会場でファヴニルの小さな声がよく聞こえたようで、禍々しい目付きと怪物の口のように大きな口を持つ寸胴鍋はファヴニルの方を見てピョンピョンと嬉しそうに跳ね回る。

 

「お前、また鍋の姿になっているのか」

 

「いやな? この姿でいた時間が長くてぐっすり寝ていたら、人間に鍋として使われていたというわけだ!」

 

「戻れるのか、それ」

 

「戻れるとも。前のように手間をかけさせることは……ことは……うーん、うーむ……おおーん……むむう?」

 

「戻れないんだな」

 

「ハハハハ! すまん! 鍋の姿でいるのに慣れてしまった!」

 

 呆れたファヴニルは杖を振るい、鍋にレベリオをかけるが────寸胴鍋が元の姿になることはなく、鍋にすらりとしなやかで美しい手足が生えた異形が生まれていた。

 

「……」

 

「……あー、なんだ、その……まぁ、帰れば戻るだろうから気にするな! シチュー食べるか?」

 

「お前、それが原因だろう」

 

「はっ、しまった! ファヴニル、食え! お前の隣にいる美人なお嬢さんも食え! それが私を助けることになる!」

 

 鍋が自分で自分の中身を取り出して皿に盛る光景は何とも精神を削る様相であったが、貴族達は下手なことを言えば叩き潰されていた男のようになるのは自分であると理解し、何も言わない。賢明な判断である。

 

「……………………ニール、君の知り合いなのか、この寸胴鍋」

 

「おいグウィズノ、これはシチューではなくカレーだ」

 

「嫌いか?」

 

「いや、好きだが。ナンはあるか?」

 

「サフランライスしか炊いてねぇ……!!」

 

「いただこう」

 

 混沌としている光景を作っている寸胴鍋の名前は、グウィズノ・ガランヒル・ブラン・ガラッド・ライフロデズ。死ぬほど長い名前ではあるが、ピカソ程ではない。寸胴鍋であり、籠であり、フライパンであり、角笛であり、ナイフであるこの寸胴鍋は、信じがたいことにかつてアーサー王率いる円卓の騎士達の胃袋を掴み続けた女性であり、ファヴニルの素性をよく知る者であり物であった。なお、未婚である。喪女とかそんなはしたないことを言ってはいけない。そんなことを言えば熱々のシチューが入っている状態でのボディプレスが待っている。

 

 混沌とした宴が、始まろうとしていた。




なお、負傷者が出たのでパーティーは中止になった模様。


グウィズノ・ガランヒル・ブラン・ガラッド・ライフロデズ
調理器具になれる女性。ゴーレムとホムンクルスを掛けて割らずにぶちまけたような存在。友人を愚弄されるとキレて突撃してくる。人間の姿でもフライパンで騎士の脳天を叩き割るくらいのことはするレベル。マーリンは何度もフライパンでぶん殴られているらしい。
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