「さて、どういうつもりか知らんが……これは状況が混沌としてきたな」
ホグワーツの怪物による被害はクリスマスの夜以降起こっていなかったが、ホグワーツの混乱は収まるどころか膨れ上がっていた。ホグワーツの校長、ダンブルドアが校長職を停職処分になったためだ。
これがホグワーツ内の雰囲気を負の色に染め上げ、状況を混沌とさせていた。次は自分か友達か……そんな考えがずっと堂々巡りしているのだ。
「ニール、どうするんだ?」
「契約の履行は当然として……秘密の部屋とやらを探さねばな」
そんな話をしているファヴニルとヴィヴィアは現在、いつも集まる小部屋ではなく、ファヴニルが使っているコートの中にいる。
「……本当に酒蔵なんだな、ここは」
「竜の楽園にある酒蔵に繋げている。まぁ、次元を歪めて繋げる程度なら誰でもできることだ」
「…………君達ドラゴンはそういう認識だろうが、人間はそうじゃないからな?」
魔法使い達が知れば悲鳴を上げるような魔法を片手間に使うことができるドラゴンに、ヴィヴィアは呆れた笑みを浮かべつつ用意されていた椅子に深く腰掛ける。暖かなオレンジ色の光に照らされている酒蔵には埃一つなく、見たこともない酒樽や酒瓶などが所狭しと並べられていた。
ワイン、ブランデー、ウィスキー、エール、ビール、ラム、リキュール、日本酒など、様々な酒が保管されている酒蔵にいるのはファヴニルとヴィヴィアのみ────というわけでもなく。
「ねぇニール? 蛇酒……というものがあるそうね?」
「ああ、そうだな」
「バジリスクの蛇酒。どんな味がするのか興味が尽きないわね」
「ああ。漬けるつもりだ。……ところで蛇仲間としての忌避感とかはないのか?」
それは、女性の中でも容姿が整っているヴィヴィアですら息を呑むほどの美女であった。彼女達はファヴニルが用意した血のように赤いワインが入ったグラスを揺らしつつ、ファヴニルの頬や首を愛でるように撫で、なぞっている。ファヴニルはそれを全く気にすることなくヴィヴィアとの会話をしている。この酒カスドラゴン、美女に全く動じていない。
「あら。私達に、そんなものがあると思う?」
「全く」
「ふふ。分かっていて聞いたのね」
この美女達はファヴニルの姉ではない。姉ではないが、姉のような存在ではある。姉のような存在ではあるが、ファヴニルと直接血が繋がっているわけではない。ファヴニルの姉であり女好きで喧嘩狂いのティフォンの血を何度も何度も飲まされ、一ヶ月間休む間もなく一方的に
そんな三姉妹がなぜファヴニルの酒蔵にいるのか。それは他でもないファヴニルがヴィヴィアのために呼んだためである。バジリスクの即死光線や毒はバジリスクには想像もできないレベルの上位存在であるファヴニルには通用しないが、人間であるヴィヴィアは別なのだ。ファヴニルの力を吸ったネァイリングで竜の力を使うとしても、即死光線に耐えられるかは微妙なラインであった。
「それで……その子に何をすればいいの?」
ファヴニルに蛇のように絡みついて彼を愛でていた三姉妹の一人、元女神ステンノがアメジストのように輝く瞳をヴィヴィアに向けつつファヴニルに問う。
「鏡の目を借りたい」
「あら。てっきりあなた専用に色々と仕込んでほしいのかと思ったわ」
「仕込む……?」
「ふふ、可愛い子ね。仕込むっていうのは────」
「エウリュアレ」
「あら……」
いつの間にかファヴニルの手にあったハルパーが、エウリュアレと呼ばれた女性の首に当たっている。
「控えろ」
そう言ってエウリュアレを睨むファヴニルの目は、ヴィヴィアが見たこともない色をしていた。それはまるで、民を外敵から守る為政者のような────そんな瞳の色を見て、ヴィヴィアは息を呑んだ。
「残念。つまみ食いできるかと思ったのだけれど」
「その場合、俺は全員を呼んで家族会議を開かねばならん」
「ふふ、それは困っちゃうわね。やめておきましょう」
エウリュアレはファヴニルに睨まれたのが嬉しいのか、それとも睨んだ顔がティフォンにそっくりだったせいなのか、恍惚の色を宿した目でファヴニルに笑みを向けてヴィヴィアから離れる。心なしか、ステンノとメデューサがエウリュアレのことを羨ましそうに見ているような気がしないでもないが、気のせいであろう。
「それで……鏡の目だったわね」
「ああ」
「貸すことは別にいいけれど、代価は?」
何事にも代価というものは必要である。ファヴニルに物を貸すのはやぶさかではないが、借りるために何を差し出すつもりなのか。ゴルゴーン三姉妹がファヴニルに問うと、ファヴニルは立ち上がり、酒蔵の中でも厳重に鍵や竜殺しの力を持つ鎖などで封鎖されている扉を開け────一つの酒が入った瓢箪型の徳利を取り出した。
「これをやる」
「「「……まぁ」」」
「ニール、それは?」
「泡盛だ」
「あわ……?」
ファヴニルが取り出したのは今から100年以上前に作られ、ファヴニルの酒蔵にて熟成に熟成を重ねられた泡盛である。これを落札するとなれば恐ろしい金額が付くのだろうが、これはファヴニルの友人から「爺様から成人祝いにってもらったが、俺は飲まねぇから酒好きなあんたにやらぁ」と戦前に譲られたものである。100年以上熟成され続けた酒は、蓋を開けていないというのに濃厚なバニラアイスにも似た芳醇な香りを放っている。
「これが対価だ。鏡の目を借りたい」
「……いいの?」
「ああ。酒は好きだが、友人の命には代えられん」
「……………………変わったわね、ニール」
「変わらんさ、俺は。どこまで行っても俺は酒が好きな竜だ」
まるで自分を嘲笑うような笑みを浮かべて、ファヴニルはゴルゴーン三姉妹に泡盛が入った徳利を差し出す。三姉妹はファヴニルを数秒見つめ、徳利を受け取ってからヴィヴィアに小さな水晶をドーム状に加工したようなものを差し出してきた。
「……これは?」
「これが鏡の目」
「私達よりも格が低い者の魔眼を跳ね除ける力を持ってるわ」
「使い方は……コンタクトレンズ、と言って伝わるかしら?」
キュクロプスがアダマンタイトを加工して作った神器と言っても過言ではないコンタクトレンズ、鏡の目。ゴルゴーン三姉妹よりも格が低い者の呪いを跳ね除け、場合によっては呪詛返しのように弾き返すことも可能な代物であり、魔法界の人間がそれを見たら卒倒するか全財産を叩いてでも譲ってほしいと懇願するものだろう。
「コンタクトレンズ……?」
「なんだ、魔法界はまだ眼鏡しかないのか? ……ヴィヴィア、少し動くなよ」
「ニール……ッ!?」
何やら浄化され続けている水に浸かっている鏡の目を丁寧に取り出したファヴニルは、ヴィヴィアの頬に手を添えて鏡の目を彼女の目に近付けていく。思わず目を閉じてしまいそうになった直後、鏡の目がヴィヴィアの瞳に装着されて、ヴィヴィアの視界がいつも以上に開けた。正確には、今まで見えていなかったか薄っすらとしか見えていなかった魔力の流れなどがくっきりと見えるようになったのだ。
ヴィヴィアはアドワーズ家が始まって以来の才女であり、魔法や魔力の流れというものが薄らぼんやり────意識しないと見えないくらいではあるが────見える特異な体質を持っていた。パーセルマウス、魔の流れを見る瞳、見た魔法をほぼ一発で成功させてしまうような才覚────マーリンに匹敵する純血の才女と謳われるのも頷けるだろう。ファヴニルにとっては全くどうでも良い話だったが。
とにかく、鏡の目ことコンタクトレンズを装着したヴィヴィアはネァイリングを使っている状態であれば、ゴルゴーン三姉妹よりも格下の呪いを弾き、ファヴニル並みの再生能力と強靭性を手にしたと言っていい。剣の名手としても名高いゴドリック・グリフィンドールが今のヴィヴィアを見たのなら、どんな悪夢だと笑うだろう。
「では、行こうかヴィヴィア」
「どこにだ?」
「決まっている。秘密の部屋にだ」
ついさっき探さないといけないとか言っていなかったか、とヴィヴィアは心の中で呟いたが、契約を履行するファヴニルにホグワーツは全面的に協力するので、その気になれば瞬時に見つかるだろうことを思い出す。じゃあさっさと探しに行け、という話にもなるのだが、ダンブルドアが停職処分になってようやくホグワーツが契約の履行を催促してきたのだ。ファヴニルは悪くない。むしろこんな状況になるまで契約の履行を願わなかったホグワーツが悪いまである。
ヴィヴィアを連れて酒蔵を出たファヴニルは、いつも使っている小部屋から出てすぐの場所にある女子トイレへと何の躊躇いもなく突き進んでいく。
「なあ、ニール? 緊急時だとはいえ、もっと色々あるだろう?」
「知らん。……さて、この辺りに────これだな」
魔力の流れがはっきりと見えているヴィヴィアは、ファヴニルが探していたものが何か特別な扉であることを察する。不自然なまでに魔力がとぐろを巻いており、明らかに秘密が隠されている。蛇口に隠されるように蛇のレリーフも刻まれているので、間違いなくスリザリンの何かがあるのだろう。
「…………ふむ」
「ニール?」
「ヴィヴィア、ここを見てみろ」
ファヴニルに促され、彼が指差した場所を見ると、独特な文体で文章が刻まれている。
“汝、スリザリンの後継を名乗るのならば、純血の証明を。穢れなき無垢なる証明を”
「くだらん」
文章についてそう一蹴したファヴニルに苦笑するヴィヴィアもまた、スリザリンの純血至上主義めいた思想に辟易としていた。
「しかし、証明とはどうすれば…………ああいや、血か」
「かもしれんが、そんな儀式めいたことをするなど時間と血と絆創膏の無駄だ」
腕の擬態を解いたファヴニルが空間が歪んでいると錯覚するほどの万力を込めた拳を構えれば、何をするつもりなのかを察したヴィヴィアが三歩後ろに下がる。竜の楽園でファヴニルとヨルガンドの喧嘩を間近で見たからこそだが、ヴィヴィアも中々染まり始めている。
めり……みり……と空間が歪む程の力が込められた拳を構えたファヴニルは、何かの魔法がかけられている洗面台兼儀式台目掛けて────
「カッ!!!!」
ホグワーツ全体が地震に晒されたと思うような一撃を叩き込んだ。
そんな一撃を喰らえば、サラザール・スリザリンが施したであろう魔法の封印であっても一溜まりもなかったようで、まるで悲鳴を上げるかのような甲高い音を立てながら台座と共に魔法が消し飛んでしまった。
「よし、開通だ。行くぞ」
「君を見ていると、やはり魔法使いはもっと鍛えるべきだと思うよ。本当に」
儀式台が消し飛んで、現れたのはバジリスクも通っていたのだろう巨大な水道管。緩やかな傾斜になっており、地下へと繋がっている気配がするその水道管をよく見れば、蛇のような鱗の意匠が施されている。サラザール・スリザリンもまさかこんな力業で突破されるとは思ってもいなかったかもしれないが、恨むのであれば売ってはいないがファヴニルに喧嘩を売ったバジリスクと、スリザリンの継承者を名乗る何者かを恨むべきだろう。
「ヴィヴィア、一応抱えるから掴まっていろ」
「なぁニール。なぜ横抱きになるんだ」
「この方が抱えやすい。ネァイリングも使えるように待機させておけ」
「それは分かったが深呼吸くらいはさせひゃああああああああああああああ!!!??」
ヴィヴィアを抱えて巨大な水道管を躊躇することなく滑り落ちていくファヴニル。心の準備ができていなかったヴィヴィアは可愛らしい悲鳴を上げながらファヴニルと共に暗がりに消えていく。
バジリスクとスリザリンの継承者の明日はどっちだ。
分かってはいるでしょうがヴィヴィアの男性観はもうぼろっぼろどころが消し炭です