ホグワーツの地下に滑り落ちていったファヴニルとヴィヴィアは、薄暗い、土肌が剥き出しになっていて、所々石ころが転がっていたり、苔むした壁が見えたりと人の手が全く入っていないことがよく分かる道を歩いていた。水路を滑り落ちていった先がこうなっているなど、誰が分かるだろうか。
「そういえば、ポッター達もここに来ているのだろうか」
「いや、ないな」
「なぜそう言い切れるんだ?」
犯人扱いされたりしていたのだから、真犯人を見つけて冤罪であることを示したいと考えるのではないか。
去年のハリー、ロン、ハーマイオニーの行動力を見ているヴィヴィアからしてみれば、そうするだろうと思っていたのだが、ファヴニルはヴィヴィアの考えに否定の意を示してから口を開く。
「ロックハート先生があの二人を見ている。妙な行動をしようとすれば、問答無用で忘却魔法を撃つと言っていたぞ」
「……いつ、そんなことを?」
「少し前だ。彼からコンタクトがあってな。戦士である前に、彼は教師だ。生徒を守るために手段を選ばないだろう」
「なるほどな……うん? じゃあ私達はどうなる?」
「俺の周囲にいるなら俺が守ることにすると言ってある。契約についても少し触れているし、問題ないはずだ」
さすがのファヴニルも何か言われるかと思ってはいたが、ロックハートから言われたのは「できればヨルガンド先生にはあの本について言わないでいただければ」であった。なお、ありとあらゆる本をかき集めて悦に浸っている半人半竜がいるので、ファヴニルが伝えずともヨルガンドにロックハートのことが伝わるので無駄な足掻きである。
「それとヴィヴィア。バジリスクを殺すのはお前だ」
「何?」
「継承者だか後継者だかは俺がやる」
ホグワーツに危害を加えたからといってそこまでやるか、とは言わなかった。ロックハートの授業で行った、闇の魔法使いに対して二人一組で攻撃を凌ぐという授業において、ヴィヴィアは相手を殺さず、仲間を守りながら戦うことの難しさを知った。例えるならば、個人競技のフェンシングが突然団体競技になって二人同時に戦うことになったような状態で、上手く戦えるわけもなく。しかも自分の動きを理解していない味方がいれば、それだけで足枷になってしまう。そこに殺さず無力化するという条件が加わればもうダメだ。
「何、どうせ何かが人間に取り憑いているだけだろうからな。簡単に殺せるだろうよ」
「なぜそう考える?」
「今年のホグワーツの肉体のないやつの臭いと数が噛み合わん」
「臭い? ゴーストにか?」
「ああ。肉体のないやつの臭いは、冷たい。死臭とも違う、妙な臭いがする」
「待て。君はホグワーツのゴースト、その全員の臭いを覚えているのか?」
「ああ。そこまで難しいことでもない。匂いを毎度変えてくる女神に比べれば」
いや、その理屈はおかしい。そう言いたいヴィヴィアであったが、待機形態から武器形態となった剣槍ネァイリングがリィイイイイイイイ……!! と甲高い鈴のような音を鳴らし始めたことで、ヴィヴィアの思考はすぐに切り替わった。
「ニール、これは」
「竜殺しの武器は竜に対抗する力を持つだけじゃない。悪意や邪悪に対して持ち主へ警告する力も持っている。つまり────」
この仰々しい魔法使いと蛇のレリーフが刻まれた扉の先に、ホグワーツの混乱となった原因がいる。しかし、そんな扉は固く閉じており、万力の力を加えても開くかどうか分からない。大広間の扉を超えるサイズの石扉の前で、どうしたものかとヴィヴィアが考えようとした直後、ファヴニルが佩いていた金属製の杖を抜いて擬態を解く。
「少し下がっていろ、ヴィヴィア」
「……ああ、壊すのか」
「ああ。父さんから贈られた杖の性能も確かめたい」
それは、細く削りすぎて短くなったレイピアのような金属製の杖。ラインと名付けられた杖は、ファヴニルが擬態を解いた瞬間から強い力を放っている。材質は銀と鉄、それと少量の金の合金。芯にはドラゴンの心臓の琴線、ルーンを刻んだ石はラピスラズリ。
とても魔法使いが使うようなものではない重さをしている杖の持ち手に、ファヴニルは力を込めて己の魔力を流し込む。すると、どうだろう。
「ほう」
「刀……か?」
とぷ……と、杖の形状が変化した。正確に表現するなら、持ち手以外の部分が液状化し、物理法則や質量保存の法則を無視して一振りの剣へと形を変えた。
まるで樹木のように枝分かれした、いわゆる七支刀と呼ばれる直刀となったラインを何度か振るったファヴニルは、仰々しい扉を一瞥し────
「ふっ」
分厚い大理石で造られた扉を炎を纏った七支刀の突きでぶち抜いて扉を開けた。本来であれば蛇語を使って開ける扉のはずなのだが、酒カスドラゴンに儀式なんて知ったことではない。酒に関する儀式であれば興味を持っただろうが、関係ないものならば気にするだけ無駄である。
「よし、行くぞ」
「ああ」
ファヴニルの行動に一々ツッコんでいては、精神がおかしくなると理解したヴィヴィアがファヴニルの後ろを追う。
大扉だったものを潜り抜けて、ファヴニルとヴィヴィアは遂にサラザール・スリザリンが遺した秘密の部屋へと足を踏み入れた。水が囲んでおり、等間隔で設置された蛇の石像、巨大なサラザール・スリザリンの胸像が目立つ広間の中心には、兄弟と同じようにグリフィンドール寮へと入寮したウィーズリー家の長女、ジニー・ウィーズリーが仰向けに倒れている。
「ふむ。……魂を喰われているな」
「見ただけでよく分かるものだ……」
ファヴニルがジニーに近付いて状態を確認したところで、ファヴニルの傍に人影が現れた。人影は体が透けており、ゴーストのようなものだとすぐに理解できる人影────スリザリンのローブを着た青年は顔立ちが整っていた。
「彼女は目を覚まさないよ。永遠に」
「そうか。それでお前は誰だ」
「せっかちなことだ」
くつくつと笑った青年は、ファヴニルではなくヴィヴィアの方を見て恭しく一礼する。その姿はヴィヴィアに敬意を示しているように見えたが、ヴィヴィアは敬意を感じるどころか不快感を感じていた。まるで全身を舐め回されるようなその視線に、ネァイリングを握る手に力が籠る。
「初めまして。僕の名前はトム・マールヴォロ・リドル」
「…………ウィーズリーに何をした」
「何をした、か。そっちの彼が言っただろう? 魂を少し齧らせてもらったんだ」
「そうすると共にあれこれと暗躍させたな? 継承者とは名ばかりの奴隷や操り人形だな」
「
楽しそうに笑ったトムに不快度指数がどんどん上がっているヴィヴィアは、冷静になるように自分へ言い聞かせながら情報を集め、バジリスクへの警戒も行う。
「そう操り人形……そんな彼女の魂を齧らせてもらったんだけれど……それをどうやっていたのか。君達に分かるかな?」
「魔法道具にそんなものがあったはずだ。感情を込めることで魂をその物体に流し込む…………まさか」
「そのまさかさ。僕は日記に魂を宿らせていた。そこにジニーが感情を流し込み、魂を注いでくれた」
子供のように笑みを浮かべるトムは気付いていないが、ヴィヴィアの不快度指数はもう天元突破しており、ファヴニルに至っては「さてどうやって殺すかな」と考えながら酒を飲もうとしている。そんな二人に気付くことなく、トムは言葉を紡いだ。
「人より魂が少なかった僕は、人から魂を貰ったことでこうして実体化している。彼女の魂は素晴らしい。純血で、穢れた血が流れていない……」
「その言い方と魂喰らい。付喪神やホムンクルスというわけでもないな? そして、ゴーストでもない」
「中々聡い少年のようだね。そう、僕はゴーストではない。記憶さ。50年前にホグワーツに通っていたスリザリン生の記憶。記憶とは人を人たらしめるものだ。それを日記に込めれば、意志を持った日記も作れる」
「なるほどな。それで? 時代遅れな能書き垂れるのはもうおしまいか?」
「……何だって?」
ファヴニルのどうでも良さげな声に、トムが反応する。
「僕が、時代遅れだって?」
「ああ。その程度なら、俺の友人の下位互換に過ぎん」
ぐび、と紫色の禍々しい瓢箪に入っている酒を飲みながら、ファヴニルはヴィヴィアをトムの視界から遮りつつ苛立ちを隠せていないトムを見る。
「日記になった程度で自分は偉いと思っているのかもしれんが……その程度であればちょっと錬金術を学べばできるものだ。ただの、非魔法界の人間でもな」
「……」
「滑稽だな、トム・マールヴォロ・リドル。言動やヴィヴィアへの対応から察するにお前は……非魔法界のことが嫌いな非魔法界で育った魔法使いの────半純血、と言ったところか?」
流石は酒カスドラゴン。トムの地雷を全力で踏み抜いてみせた。
「……まれ」
「魔法を至高として、錬金術を蔑ろにした結果、誰かに依存するしかできない日記になり、それを自慢話にする……道理を知らぬ道化の方が面白いぞ?」
「黙れ!! 人間もどき如きが偉そうに物を語るんじゃない!!」
「クハッ、人間もどきか。まさか人間になりきれない亡霊にそんなことを言われるとは思わなんだ」
さっきまでの紳士的な青年然とした雰囲気はどこに行ったのかと思うような激昂ぶりを見せたトムに対して、ファヴニルは何か感じることもなく、瓢箪の酒を飲み干す。
「この僕が! マグル以下の存在だと!? 遥か未来、畏れ敬われる名を持つ僕が!! マグルに劣るだと!?」
「ああ。トム・マールヴォロ・リドル────お前は井の中の蛙だよ。我が祖父ならば、お前のことなど槍一つで殺せる」
串刺しにする必要もないだろう、と空になった瓢箪の中身を確認するようにひっくり返して口を空けるファヴニルを見て、トムは舐められていると感じ取ったらしい。実際のところ、舐められているどころか歯牙にもかけられておらず、ファヴニルの頭の中はもうバジリスクで酒を造ることしかない。
さて、どうでも良さげな空気を纏ってトムを見ているファヴニルが手にしている瓢箪について語ろう。禍々しい気配を放つ紫色の瓢箪は、紫金紅葫蘆という名前の瓢箪である。本来であれば万物一切を溶かす劇毒で満たされているものであるが、金角と銀角、太上老君と飲み比べをして見事打ち勝ったファヴニルに贈られたこの瓢箪は、毒液で溶かしたものを酒に変えるという力を持つ。瓢箪に詰めるのは手動で行うことも可能で、基本的にはファヴニルが自ら麦やさつまいもなどを擂り潰して瓢箪に流し込んでいる。
ただし、手動でやらずともこの瓢箪は名前を呼んで何でもいいので言葉を返した者を吸い込む力がある。つまりどうなるか────察しの良い人間であればもう分かるだろう。
「トム・マールヴォロ・リドル。一つ教訓を得て逝け」
「何? ────ッッ!!!??」
「見慣れない物を持っているやつと下手に話をするな」
トムが気付いた時にはもう時すでに遅く、紫金紅葫蘆の力は発動した。神の如き力を持つ者であろうが抵抗を許さず、全てを溶かして酒にしてしまうその瓢箪が、トムの体を────霊体と、ジニーのローブの内ポケットに入っているトムの本体である日記を吸い込み始めたのだ。
「ぼ、僕はトム・マールヴォロ・リドルなんてありふれた名前じゃない!! マグルのようなくだらない名は捨てた!!」
「偽名でも名乗ったのだ。この瓢箪が吸い込む条件は満たしている」
「死を振り撒き、飛翔し、魔法界を支配する────ヴォルデモート卿だぞ!!」
「そうか。そんなやつの酒がどんな味なのか、俺は少し興味があるよ」
「い、いやだ……そんな、やめろ……僕はまだ始まってもいないのに……僕は────いやだぁあああああああああああああああああああああああああああ!!」
きゅぽん。
紫金紅葫蘆の中に日記が吸い込まれ、トムの霊体も吸い込まれて蓋がされる。ホグワーツを混乱の渦へと叩き込んだ存在でありながら呆気ない最後であった。
「ジニーの魂はまぁ……問題ないな。少ししか齧られていないなら齧られた記憶を消せば、リハビリをせずとも時間さえあれば修復されるだろう」
「……君、もしかして」
「ああ。全ての功績をロックハート先生に押し付ける」
責任も功績も全て押し付けて酒を楽しむつもりだと理解したヴィヴィアは、呆れて物も言えないと言わんばかりの表情を浮かべつつ、サラザール・スリザリンの胸像の口から現れたそれに槍を構える。
「じゃあ、あとは私の番か」
「ああ。気負わず戦え」
目を見るだけで死を与える目を持つ大蛇、バジリスク。その呪いは鏡の目を装着したヴィヴィアには効かず、竜殺しの武具しか有効打が存在しないファヴニルにも効かない。質量攻撃か噛みつきか────バジリスクの勝ち筋はこの二つとなった。それも勝ち筋になるのか少々疑問が残るものではあるが。
トムの命令がまだ生きているのか、それとも秘密の部屋に入り込んだ侵入者を殺すためなのか、バジリスクは眠っているどころか気絶しているジニーや、紫金紅葫蘆を振っているファヴニルを放って、明らかに敵対しているヴィヴィアを狙った。
逃げるべきだったのに。
「竜殺しとはいかないが────その力を示せ、ネァイリング!!」
轟ッ!! とヴィヴィアが握るネァイリングが竜の力を制御する布を介して、ヴィヴィアの体に竜の力を与える。腕に生えていた黒く、逆立った鱗はさらに黒く、堅くなっていき、ヴィヴィアの瞳孔が裂けるように縦となって黄金を宿す。ファヴニル・モルトキュールの炎を吸収し、彼の力を持ち主に与えることで怪物殺しを成す────そのために。
与えられた力の手綱をどうにか握りながら、ヴィヴィアは大きな口を開いて迫りくるバジリスクに向けて高く、力強く飛び上がった。
「ハアアアアアアアアアッッ!!」
雄叫びを上げて、ヴィヴィアがバジリスクの脳天にネァイリングを叩き付けた。ヴィヴィアに流し込まれたファヴニルの力を込めた、地獄の業火を宿したネァイリングの一刺しを受けたバジリスクは、焼き貫かれる痛みと苦しみに絶叫しながら暴れ回る。頭にいる人間を振り落とそう、叩き潰そうとして暴れ回るが、竜の力が宿った状態のヴィヴィアは凄まじい強靭性と頑丈さを兼ね備えており、そう簡単には潰れない。潰れるどころか、叩き潰そうと体を動かした直後、ネァイリングを引き抜き、焼き塞がれた傷口にもう一度一撃を叩き込んで見せる。
「役目は終わった!! もう眠れ、秘密の守護者バジリスク!!」
全身全霊の一撃によって脳を貫かれたことで、バジリスクは大きく痙攣した後、どこか安心したような唸り声を上げて倒れ伏した。────長きにわたる、秘密の部屋の守護の任からバジリスクは解き放たれ、秘密の部屋に沈黙が訪れた。
「さて、何を使って漬けるべきか……」
「この巨体をどうやって漬けるつもりなんだ?」
「何、やりようはいくらでもあるさ」
鼻歌混じりにバジリスクの遺体を綺麗に磨き、消毒などを施しながら巨大な壺を幾つか取り出したファヴニルは、少々勿体ないが────と呟いてバジリスクの体をいくつかに分けて壺に詰め始めた。
ファヴニル
「牙は数本残しておこう」
サラザール
「力でギミック攻略された」
ダンブルドア
「ちょっと想定外だった気がしないでもないけど、バジリスクの牙が手に入ったのでヨシッ!!」
フォークス
「ジニーを運ぶ簡単なお仕事」
トム
「酒にされた」
バジリスク
「ヌンドゥのヌンドゥ(描写下位互換の意)した」
「でも懐かしい人の匂いがする人間に殺されたのでヨシッ!!」
ロックハート(事の顛末を聞いた状態)
「逆転時計渡された時点で嫌な予感がしていました」
「かわいそうなバジリスク…ひとえに野生の勘に歯向かって逃げなかったせいですが」
ハリー&ロン
「「あれ?ロックハート先生に何か聞きたいことがあったはずなんだけど……何だっけ?」」
Topic
当たり前だがヴィヴィアの両親はジェームズ世代。
金属杖ラインはファヴニルの竜の力に反応して形状を変える。今回は七支刀だったが、メリケンサックにもなる。
ファヴニルがジェームズ世代にいた場合、ジェームズ達(グリフィンドールとスリザリン含めて)がファヴニルを死ぬほど苦手にする。
例を挙げると、ドストレートに「人を傷付ける悪戯を行うお前達と、ヴォルデモート含めた闇の魔法使い。どこが違うんだ?」とか真顔でぶっこんでくるので。え?じゃあ悪戯の対象されるだけ?ファヴニルに?悪戯を?本気で言ってる?